※この作品はR-18です。

英雄ミチオの迷宮討伐物語 − 外伝   作:頁の片隅

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「ジョブ獲得法 ――未定稿――」 【ミオ】

 

 

物心がついたころから、父上はときどき妙なことを私にさせた。

 

最初は、それが妙なことだとも思っていなかった。

 

父上がやれと言う。

 

母様たちも一緒にいる。

 

だからやる。

 

小さいころは、それだけだった。

 

 

「ミオ。これ、採ってみるか?」

 

父上が指したのはキュピコだった。

 

「これ?」

 

「うん」

 

私は手を伸ばした。

 

一つ採る。

 

父上を見る。

 

「もう一個」

 

もう一つ採る。

 

「もう一個」

 

三つ目。

 

父上が私をじっと見た。

 

その横でセリー母様も私を見ている。

 

「どうですか?」

 

「まだ。まあ、村人がLv5になってないからねぇ」

 

「ですよねぇ」

 

二人で納得していた。

 

何の話か分からない。

 

「もっと採る?」

 

「いや。もういい」

 

「もういいの?」

 

「うん」

 

それだけのために畑へ来たらしい。

 

と思ったら、父上が鍬を持った。

 

「せっかく来たんだから、一日手伝っていくか」

 

帰れなかった。

 

父上とベスタ母様と一緒に畑で働いた。

 

草を抜いた。

 

水を運んだ。

 

土を掘った。

 

籠を運んだ。

 

ベスタ母様は大きな籠を軽々と持った。

 

私は両手で持っても重かった。

 

「重い」

 

「ミオにはまだ大きいですね」

 

ベスタ母様が笑う。

 

「こうやって、膝を使うんです」

 

真似してみた。

 

やっぱり重い。

 

「重い」

 

「それはそうですよ」

 

また笑われた。

 

父上も普通に鍬を振っていた。

 

昼には手が痛くなった。

 

夕方には足も痛くなった。

 

「つかれた」

 

「だろうな」

 

「毎日やるの?」

 

「農家の人はな」

 

「大変」

 

「大変だな」

 

父上は、それ以上のことは言わなかった。

 

帰りの馬車で、

 

「まあ、一回くらいやっとけばいいだろ」

 

と言っただけだ。

 

何を一回くらいやっておけばいいのか。

 

畑仕事なのか。

 

最初にキュピコを三つ採ったことなのか。

 

そのころの私には分からなかった。

 

 

魚屋にも連れていかれた。

 

ミリア母様の店だった。

 

「ミオ、今日はこれを売ってみて」

 

魚を一匹渡された。

 

「お魚?」

 

「そう。値段はこれね」

 

教えてもらった。

 

お客が来た。

 

魚を指した。

 

「これをください」

 

「はい」

 

お金をもらう。

 

魚を渡す。

 

「ありがとう、ございました」

 

父上が私を見る。

 

まただ。

 

「どうですか?」

 

セリー母様が聞く。

 

「やっぱりまだ。村人がLv5になってからだな」

 

「でしょうね」

 

また二人だけで分かっている。

 

「もう一匹?」

 

「一匹でいいよ」

 

父上が言った。

 

本当に一匹だけだった。

 

なのに、その日は夕方まで店にいた。

 

ミリア母様から、水産業のことをいろいろ教えてもらった。

 

魚を獲るところから、港へ揚げ、運び、店に並べて売るところまで。

 

人を雇うこと。

 

品物を仕入れること。

 

売れ残れば損をすること。

 

お金を受け取り、支払い、最後にいくら残るのか。

 

小さい私には分からないことも多かったけれど、ミリア母様は一つずつ教えてくれた。

 

でも、魚を一匹売ったことより、その日のことの方をよく覚えている。

 

帰るとき、父上が言った。

 

「商売も面白いだろ」

 

「うん」

 

「ミリアはすごいんだぞ」

 

「知ってる」

 

ミリア母様が笑った。

 

父上も笑った。

 

最初の一匹以外は、普通の教育だったのだと思う。

 

たぶん。

 

 

自爆玉を使ったことは覚えていない。

 

養子に来る前に済んでいたそうだ。

 

父上がそれを気にしたのは、私が父上の家で暮らし始めてしばらくしてからだった。

 

「ミオ、自爆玉は?」

 

「覚えてません」

 

「だよな」

 

父上がルティナ母様を見る。

 

「ルティナ、分かる?」

 

「確認してみます」

 

後で聞いたところでは、養子に来る前に一度使っていたらしい。

 

「では、問題ありませんね」

 

「うん」

 

それで終わった。

 

何がいいのかは、やっぱり分からなかった。

 

 

剣はロクサーヌ母様から教わった。

 

「魔物が何をしてくるかは見ていれば分かりますから、頭がフッと動いたときに、それにあわせて、こう体をハッと引けばいいのです」

 

分からなかった。

 

「フッと?」

 

「はい」

 

「ハッと?」

 

「はい」

 

ロクサーヌ母様がやってみせた。

 

速すぎて分からない。

 

もう一度やってもらった。

 

やっぱり分からない。

 

父上を見る。

 

父上は私から目をそらした。

 

「父上」

 

「俺も昔、同じようなことを言われた」

 

「分かった?」

 

「分からなかった」

 

安心した。

 

「ミオ。少しゆっくりやりましょう」

 

ベスタ母様が助けてくれた。

 

「相手が剣を振る前には、肩や腕が先に動きます。そこを見てください」

 

ゆっくり剣を振ってくれる。

 

今度は見えた。

 

「見えた」

 

「では、剣が来るところから体を外します」

 

やってみる。

 

「そうです」

 

何度か繰り返した。

 

「これを速くやれば、ロクサーヌさんの言う『ハッと』になります」

 

なるほど。

 

ロクサーヌ母様を見る。

 

「そうです。ハッとです」

 

とても満足そうだった。

 

「セリー母様は分かっていたの?」

 

「いいえ。私も昔、同じように教えていただきました」

 

「どうでした?」

 

「ご主人様を見ました」

 

父上が何も言わずに横を向いた。

 

 

少し大きくなると、父上が何か企んでいるのが分かるようになった。

 

何を企んでいるのかまでは、まだ分からなかった。

 

「父上」

 

「何?」

 

「村人にもレベルがあるんですか?」

 

父上とセリー母様が止まった。

 

「どうして?」

 

「父上、私を見て『まだLv3』って言ってた」

 

「聞いてた?」

 

「聞こえました」

 

セリー母様が少し困った顔をした。

 

父上は頭をかいた。

 

「探索者にはレベルがあるだろ」

 

「はい」

 

「村人にもある」

 

「商人にも?」

 

「ある」

 

「農夫にも?」

 

「ある」

 

「どうして父上には分かるの?」

 

そこで父上は黙った。

 

セリー母様も何も言わない。

 

「秘密?」

 

「秘密」

 

「私にも?」

 

「まだ」

 

まだ、らしい。

 

その日から、父上とセリー母様が何を話しているのか、少しだけ分かるようになった。

 

全部ではない。

 

でも、私に何かをやらせたあとに二人が数字の話をしているなら、たぶんジョブの話だ。

 

それだけは分かった。

 

 

滝にも打たれた。

 

白い服を着せられた。

 

水が冷たかった。

 

「ちゃんと集中するんだぞ」

 

父上が言う。

 

「どうやって?」

 

「何も考えない」

 

「寒い」

 

「それを考えない」

 

無理だと思った。

 

滝の下に入る。

 

冷たい。

 

痛い。

 

うるさい。

 

何も考えないどころではない。

 

寒い。

 

冷たい。

 

痛い。

 

寒い。

 

冷たい。

 

痛い。

 

そのうち、本当に何も考えられなくなった。

 

滝から出た。

 

体が震える。

 

「ミオ」

 

ロクサーヌ母様がすぐに大きな布で包んでくれた。

 

「冷えましたね」

 

髪を拭かれる。

 

そのまま抱き寄せられた。

 

暖かい。

 

ロクサーヌ母様はとても暖かい。

 

ただ、顔が大きな胸に押しつけられるのは、少し困る。

 

もっと小さいころなら、何とも思わなかった。

 

今は少し恥ずかしい。

 

でも、離れると寒い。

 

黙っていた。

 

「どうですか?」

 

セリー母様が父上に聞く。

 

父上が私を見る。

 

「出た。神官Lv1」

 

「確認できましたね」

 

セリー母様は紙に書く。

 

ロクサーヌ母様は私の髪を拭く。

 

「よく頑張りましたね、ミオ」

 

頭を撫でられた。

 

やっぱり少し恥ずかしい。

 

でも、悪くなかった。

 

 

迷宮には、なかなか連れていってもらえなかった。

 

これは不思議だった。

 

剣を習わせる。

 

体も鍛えさせる。

 

滝行までさせる。

 

なのに魔物は倒させない。

 

「父上。迷宮に行きたい」

 

「まだ駄目」

 

「なんで?」

 

「まだ」

 

「いつ?」

 

「そのうち」

 

ずっと、そのうちだった。

 

母様たちは迷宮へ行く。

 

父上も行く。

 

私は留守番だ。

 

貴族なら、いずれ迷宮へ入る。

 

領内の迷宮を討伐するのは貴族の責務だ。

 

それなのに、父上は私に魔物だけは倒させなかった。

 

理由が分かったのは、初陣の日だった。

 

 

「ミオ。今度の盗賊討伐に行くぞ」

 

父上が言った。

 

「私も?」

 

「うん」

 

耳を疑った。

 

迷宮は駄目なのに、盗賊はいいらしい。

 

ロクサーヌ母様も行く。

 

セリー母様も行く。

 

ベスタ母様も行く。

 

父上もいる。

 

出発前、父上が一本の剣を渡してきた。

 

大きな剣だった。

 

父上が使っているのを見たことがある。

 

「これ使え」

 

「父上の?」

 

「今日はな」

 

持ってみる。

 

大きいのに、妙に扱いやすかった。

 

「軽い」

 

「そうだろ」

 

父上が少し笑った。

 

その剣の名前を、私はまだ知らなかった。

 

「一人は自分で倒せ」

 

父上が言った。

 

「分かりました」

 

「危なくなったら俺たちが助ける。でも、とどめは自分で」

 

いつもより念を押された。

 

戦いになった。

 

怖かった。

 

ロクサーヌ母様みたいに、フッと来たらハッと、などと考える余裕はなかった。

 

ベスタ母様に言われたとおり、肩を見る。

 

相手が振る。

 

外へ動く。

 

剣を振る。

 

手応えがあった。

 

盗賊が倒れた。

 

人だった。

 

動かなくなった。

 

手が震えた。

 

父上がすぐに来た。

 

「ミオ」

 

「……はい」

 

「大丈夫か?」

 

「はい」

 

答えたけれど、手の震えは止まらない。

 

ロクサーヌ母様もそばへ来た。

 

「ミオ」

 

頭に手を置かれた。

 

「よく頑張りましたね」

 

「……はい」

 

それから父上が、いつものように私を見た。

 

「……よし!」

 

父上が声を上げた。

 

セリー母様がすぐに振り向いた。

 

「ご主人様?」

 

「英雄。Lv1」

 

セリー母様が目を見開いた。

 

「本当に?」

 

「うん」

 

父上がすごくうれしそうだった。

 

私はまだ、少し震えている。

 

「父上」

 

「何?」

 

「どうして喜んでるの?」

 

「ああ」

 

父上が少し困った顔をした。

 

そして、ようやく教えてくれた。

 

父上も、最初に倒した相手は盗賊だった。

 

そのあと、英雄というジョブを取得した。

 

初代皇帝にも、初陣で盗賊を討ったという伝説がある。

 

だから私にも、最初に盗賊を倒させた。

 

「それで迷宮に連れていってくれなかったの?」

 

「先に魔物を倒したら、取り返しつかないかもしれないだろ」

 

「ずっとこれを待ってたの?」

 

「まあな」

 

父上は、何年も前から私の初陣を決めていたらしい。

 

「ご主人様」

 

セリー母様が言う。

 

「これで、ご主人様とミオ。少なくとも二例になりましたね」

 

「初代皇帝も入れれば三つ」

 

「そちらは伝承です」

 

「そうだった」

 

二人とも、もういつもの調子に戻っている。

 

セリー母様が私を見る。

 

「ミオ。英雄のことは、人には話さないでください」

 

「どうして?」

 

「英雄は初代皇帝が就いたとされるジョブです。持っていることが知られれば、謀反の意思があるのではないかと疑われる可能性があります」

 

「謀反?」

 

「皇帝に背くことです」

 

私は父上を見る。

 

「父上も秘密なの?」

 

「ジョブはな」

 

「でも、父上は英雄って呼ばれてるよ?」

 

「そっちは別」

 

セリー母様が少し笑った。

 

「ご主人様は陛下とも親しくしておられますし、師兄とまで呼ばれる間柄です。御親征でも、陛下の露払いを務めておられます。ご主人様を『英雄』と称すること自体は、今さら問題にはならないでしょう」

 

「でも、ジョブが英雄なのは?」

 

「秘密です」

 

「ややこしい」

 

「ややこしいな」

 

父上もそう思うらしい。

 

父上と同じ秘密が一つ増えた。

 

それは少しだけ、うれしかった。

 

 

次の日。

 

「迷宮行くか」

 

父上が言った。

 

「行く!」

 

即答した。

 

今度は止められなかった。

 

 

初めての迷宮は、思っていたより暗かった。

 

もっと特別な場所だと思っていた。

 

普通に壁がある。

 

普通に床がある。

 

そこに魔物が出る。

 

セリー母様が剣を持っていた。

 

普段見るものとは少し違う。

 

「その剣、何?」

 

「スキルを融合してあります」

 

セリー母様が言った。

 

「今日は、ミオが倒しやすいように加減します」

 

コボルトが出た。

 

セリー母様が斬る。

 

倒さない。

 

私を見る。

 

「ミオ」

 

「はい」

 

剣を振った。

 

倒した。

 

父上が私を見る。

 

「Lv4」

 

「もう?」

 

セリー母様が言った。

 

「早いな」

 

そのまま進んだ。

 

次の魔物も倒す。

 

もう一匹。

 

何匹目だったかは覚えていない。

 

コボルトを倒したところで、父上が止まった。

 

「Lv5」

 

セリー母様が父上を見る。

 

「では?」

 

父上が私を見たまま、笑った。

 

「いっぱい出た」

 

「何が?」

 

父上が指を折る。

 

「農夫。商人。魔法使い。森林保護官……」

 

セリー母様が紙に書く。

 

父上が読む。

 

セリー母様が書く。

 

二人とも楽しそうだ。

 

「小さいころにやったこと、まだ残ってたんだな」

 

父上が言った。

 

「やはり、条件を満たしてから時間が経っても問題ないようですね」

 

セリー母様が書き足す。

 

そこで、やっと分かった。

 

キュピコ。

 

魚屋。

 

自爆玉。

 

あれは全部、このためだったのだ。

 

「父上」

 

「何?」

 

「最初から?」

 

「うん」

 

何年も前からだった。

 

「まだある?」

 

聞いてみた。

 

「ある」

 

父上が言った。

 

「じゃあ、次は?」

 

「それは帰ってから」

 

父上が楽しそうに笑った。

 

その顔を見て、私は初めて思った。

 

父上は、これを楽しんでいる。

 

私も少し楽しくなってきた。

 

 

迷宮へ入るようになってから、ジョブはさらに増えた。

 

戦士。

 

剣士。

 

父上が私を見る。

 

「出た」

 

セリー母様が書く。

 

また父上が見る。

 

「こっちも出た」

 

セリー母様が書く。

 

何をすれば何になるのか、私にも分かるものが増えてきた。

 

「次は素手で」

 

「僧侶ですね!」

 

思わず声が出た。

 

父上が残念そうな顔をした。

 

「知ってた?」

 

「知ってます」

 

「そうか」

 

「もう私も小さくありません」

 

「そうなんだよな」

 

魔物をぎりぎりまで弱らせてもらった。

 

殴った。

 

一発で倒れた。

 

拳は痛かった。

 

「僧侶Lv1」

 

父上が言う。

 

「やった」

 

今度は私もうれしかった。

 

 

「今日は石鹸を作る」

 

「錬金術師」

 

「……もう分かる?」

 

「分かります」

 

父上がまた残念そうな顔をした。

 

材料を量る。

 

混ぜる。

 

火加減を見る。

 

父上が横から口を出す。

 

セリー母様が記録する。

 

出来上がったところで、父上が私を見る。

 

「錬金術師Lv1」

 

「やっぱり」

 

「つまらないな」

 

「何がですか?」

 

「先に当てるから」

 

父上は本当に残念そうだった。

 

「父上」

 

「何?」

 

「これ、楽しいんですか?」

 

父上が黙った。

 

セリー母様が笑った。

 

「ご主人様は、ご自分だけでなく、私たちにも取れるジョブをずいぶん取らせておられますから」

 

「取れるものは取っといた方がいいだろ」

 

「私、一つしか使えませんよ」

 

「取るだけならいい」

 

それで分かった。

 

実験だけではない。

 

父上は集めたいのだ。

 

私のジョブも。

 

 

それからは、何かをやらされるたびに、何のジョブなのか考えるようになった。

 

当たることもあった。

 

外れることもあった。

 

父上しか知らない条件もあった。

 

セリー母様が、

 

「ご主人様。今度はこれをミオに試していただけませんか」

 

と言うことも増えた。

 

父上は私を見る。

 

「出た」

 

セリー母様が書く。

 

「出ない」

 

セリー母様が書く。

 

「まだLvが足りないかな」

 

セリー母様が書く。

 

このころには、私も何をされているのか分かっていた。

 

嫌ではなかった。

 

むしろ、

 

「次は何?」

 

と聞くこともあった。

 

 

勉強もした。

 

これはジョブとは関係なかった。

 

たぶん。

 

家庭教師から算術を習った。

 

土地の広さを測る。

 

建物の高さを求める。

 

直角を作る。

 

測量もする。

 

父上は、それとは少し違うことを教えた。

 

分からない数を文字にする。

 

二つの式から二つの数を求める。

 

数字を並べて表にする。

 

点を打って線で結ぶ。

 

「これは?」

 

「グラフ」

 

「何に使うんですか?」

 

「いろいろ」

 

父上の説明は、こういうところだけ雑だった。

 

セリー母様は横で、

 

「その方法はどこの学問ですか?」

 

と聞いた。

 

「師匠のところ」

 

父上が答える。

 

また師匠だ。

 

父上の師匠は、剣も教え、算術も教え、どうやら何でも知っている人だったらしい。

 

便利な人だと思う。

 

 

父上がいる間、私のジョブはよく変わった。

 

今日はこれ。

 

迷宮ではこれ。

 

今度はこっち。

 

父上は簡単に変える。

 

私にはできない。

 

父上のように、いくつものジョブを一度に使うこともできない。

 

私が使えるのは一つだ。

 

ある日、聞いてみた。

 

「父上」

 

「何?」

 

「最後は何にするんですか?」

 

「何が?」

 

「私のジョブ」

 

父上が考えた。

 

「英雄でいいんじゃないか?」

 

「秘密なんですよね?」

 

「あ」

 

忘れていたらしい。

 

セリー母様がため息をついた。

 

「領主になるのでしたら、騎士系がよろしいのではありませんか」

 

「聖騎士とか?」

 

父上が言った。

 

「ハルツ公も聖騎士だったし」

 

「ハルツ公と同じ?」

 

「強いぞ」

 

理由はそれだけらしい。

 

でも、悪くないと思った。

 

領主になれば迷宮にも行く。

 

領民を守ることもある。

 

「じゃあ、それでいい」

 

その場では、そんなふうに決まった。

 

本当に最後まで聖騎士にするかどうかは分からない。

 

父上がまた珍しいジョブを見つけたら、きっと試したがる。

 

「でも、それまでに取れるのは取るぞ」

 

やっぱり言った。

 

 

何年か後。

 

セリー母様が書いている原稿を見せてもらった。

 

『ジョブ獲得法』

 

まだ完成していない。

 

読んでいると、知っている話がたくさん出てきた。

 

私がやったことも出てきた。

 

名前は書いていない。

 

父上のことも書いていない。

 

父上がどうやって分かったのかも書いていない。

 

英雄のことも、もちろん書いていない。

 

でも、私には分かる。

 

「あ。これ、私ですね」

 

「どれです?」

 

「これ」

 

「さあ」

 

セリー母様は知らないふりをした。

 

「こっちも」

 

「似た例はほかにもあります」

 

「これは絶対に私です」

 

「証拠はありますか?」

 

ない。

 

ずるい。

 

ページをめくる。

 

父上が私にやらせたことが、立派な文章になっていた。

 

不思議だった。

 

私はただ、父上に言われてキュピコを採っただけだ。

 

魚を一匹売っただけだ。

 

滝に打たれた。

 

石鹸を作った。

 

料理も作った。

 

魔物を殴った。

 

毒針を投げた。

 

魔物のドロップ品を拾った。

 

父上はそのたびに私を見ていた。

 

私には見えないものを見ていた。

 

セリー母様は、それを全部書いていた。

 

「父上」

 

「ん?」

 

「すごいですね」

 

「何が?」

 

父上が本当に分からない顔をした。

 

「父上には、人のジョブとレベルが見えるんでしょう?」

 

「ああ」

 

「私は見えません」

 

「そうだな」

 

「セリー母様も見えない」

 

「はい」

 

セリー母様が答えた。

 

「父上は、神殿に行かなくてもジョブを変えられる」

 

「うん」

 

「私にはできない」

 

「そうだな」

 

「なのに、こうやって本にできるくらい分かったんですね」

 

父上がセリー母様を見る。

 

「セリーがすごいんじゃないか?」

 

「父上もすごいです」

 

「そう?」

 

「はい」

 

父上が少し照れた。

 

珍しい。

 

「ただし」

 

セリー母様が原稿を閉じた。

 

「この本に書けるのは、普通の人でも利用できることまでです。ご主人様と同じことができるようになる本ではありません」

 

「それはそうだな」

 

父上が言う。

 

普通の人は、父上のようにジョブを見ることはできない。

 

自由に変えることもできない。

 

神殿で転職して、そこで新しいジョブを授かる。

 

それでも、何をすればどんなジョブを取れるのか分かっていれば、できることは増える。

 

父上にしか見えなかったものが、セリー母様の文字になって残っていく。

 

「父上」

 

「ん?」

 

「ほかにもありますか?」

 

「何が?」

 

「私が取ってないジョブ」

 

父上の顔が変わった。

 

「ある」

 

即答だった。

 

セリー母様が新しい紙を出した。

 

やっぱり。

 

これは教育で。

 

実験で。

 

父上の収集でもある。

 

私は一つしか使えない。

 

いつかは一つに決める。

 

たぶん聖騎士。

 

でも、その日までは。

 

「次は何をするんですか?」

 

父上が笑った。

 

私も少し笑った。

 

もうしばらく、父上の収集癖に付き合ってもいいと思う。

 

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