※この作品はR-18です。

学園黙示録 覚醒のモブメガネ   作:上平 英

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第2話 はじめての修羅場

 午前10時。ボクと麗さんは身支度を整えて、ラボホテルから出る。

 

 部屋の使用料を入り口にある清算機に吸い込ませ、周りを警戒しながら出入り口へ。

 

 出入り口から頭だけ出して、表の通りを覗き、知り合いがいないか確認する。

 

「大丈夫みたいだね」

 

「ええ」

 

 ボクと麗さんはそそくさと繁華街を抜けて、住宅地のほうへ向う。

 

 住宅地へ戻れても、今日は平日だ。学生は学校へ行く日である。

 

 このまま制服姿で住宅地をうろうろするのはマズい。警官にでも見つかったら、補導されるかもしれない。

 

 周囲に目を配りながら声をかける。

 

「麗さん」

 

「何?」

 

「麗さんの家はここから遠い?」

 

「ええ、10分ぐらいは歩かないといけないわ」

 

「10分……。それなら、一旦ボクの家に行かない?」

 

「カズの家?」

 

「うん。ここから5分もかからないよ。親もいないし、学校が終わる時間までボクの家に……」

 

 麗さんがジト目で見る。怪しむように見つめて、

 

「変なこと、しないでしょうね?」

 

「へっ、変なこと!? そんなことしないよ!」

 

 じーっとボクの目を見る麗さん。

 

「ほ、本当にしないから。ただ、補導されたりしないためだから」

 

「…………」

 

「ほ、本当だよ……?」

 

「……わかったわ」

 

 麗さんはボクから視線を外す。ふぅ……。

 

「じゃあ、こっちだから」

 

 麗さんを先導して、ボクは自宅へと向った。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 住宅地の真ん中にある、四方を塀で囲まれた2階建ての一軒屋。

 

 表札には石井の文字。

 

 ボクの自宅だ。

 

 ドアのカギを開けて、まずは麗さんをなかへ入れる。

 

「おじゃまします。――へえ、結構広いのね」

 

 麗さんに続いて、ボクも家のなかへ。玄関のカギを閉めて、訊ねる。

 

「とりあえず制服でも洗濯する? ホテルの臭いがついちゃってるし」

 

「そうねえ……」

 

 麗さんは腕を鼻に近づけて制服の匂いを嗅ぐ。

 

「確かに臭うわね……。うーん……」

 

 悩むように唸りながら、ボクを見る。

 

「どうかした?」

 

「…………」

 

 数秒無言で見つめられて、気づく。

 

「あっ、着替えなら――下着は、ないけど……。まだ着てないパーカーとズボンがあるよ」

 

「…………」

 

「男物は嫌、かな……?」

 

 恐る恐る訊ねたボクに、麗さんはなぜか小さく息を吐いた。

 

「男物でもいいわ」

 

「じゃあ、着替えついでにシャワーも浴びてきたらどうかな? その間に洗濯すればいいし」

 

「それもそうね。そうさせてもらうわ」

 

「お風呂場は右側のドアだから。その反対側がトイレだよ」

 

「右がお風呂場ね。あと、洗濯は自分でするから触らないでよ?」

 

「うん。洗剤も好きに使っていいよ。着替えはカゴに用意して入り口の側に置いておくから」

 

「わかったわ。――ありがとう、カズ」

 

「うん。じゃあ、ボクは着替え用意しに行くから」

 

 そう言って自分の部屋がある2階へと向った。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 麗さんの着替えを用意して、ボクも制服から私服に着替える。

 

 そして、昨日から何も食べていないことを思い出す。

 

「麗さんもラーメンでいいかな?」

 

 一応、冷蔵庫に食材はあるのだけど、調理はあまり得意じゃない。ボクが一生懸命調理したとしても、おそらく不味いものが出来上がるだろう。

 

 麗さんに不味い料理を食べさせるぐらいなら、大量に買い込んでいるノンカップ麺を作ったほうがいいと思う。

 

「まっ、先にサラダでも作っておくか」

 

 ラーメンはすぐ出来るんだし。

 

 ボクは食器棚からガラスの皿を2枚取り出し、冷蔵庫へ。

 

 冷蔵庫から最初からカットされた野菜を取り出し、皿へ乗せる。

 

 トマトとハムを切って野菜の上へ乗せて、ドレッシングを数種類テーブルに用意。

 

 調理時間2分もかからず完成。

 

「…………」

 

 あまりに早すぎたな……。

 

 サラダを作り終え、テーブルに座って待っていると、お風呂場のドアが開く音が。

 

「カズー?」

 

「こっちだよ、麗さん」

 

 席を立って廊下へ顔を出し、麗さんをリビングに呼ぶ。

 

「着替えはそれでよかった?」

 

「ええ、充分よ。ありがとう」

 

 笑顔でお礼を言う麗さん。

 

 灰色のパーカーにジーパンという普通の格好だったが、ドキドキした。

 

「よ、よかった。じゃあご飯でも食べようか? お腹、空いてるよね?」

 

 ボクは麗さんに悟られないように、顔を背ける。うるさい心臓を無視して、麗さんに訊ねた。

 

「うん……。そういえば、昨日から何も食べてなかったわ」

 

「一応、ラーメンでも作ろうと思ってるよ」

 

「ラーメン?」

 

 小さく首を傾げた麗さん。やっぱり女の子にラーメンはダメだったかな? カロリーとか高いし。

 

「嫌だったら、他のを作るけど……」

 

「食材はあるの?」

 

「冷蔵庫のなかに、あるにはあるけど、料理は苦手で……」

 

「それなら――私が作ってあげようか?」

 

「えっ!? 作ってくれるの?」

 

「シャワーとか洗濯機まで貸してもらってるんだから、それぐらいするわよ。それに、こう見えても私、料理は得意なのよ」

 

 麗さんはそう言ってニッコリ微笑んだ。

 

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします、麗さん」

 

「ふふっ、任せなさい」

 

 麗さんは振り返って、冷蔵庫のほうへ向う。

 

 麗さんの手料理……ッ!

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

「はぁ……食べた食べた」

 

「ふふ、美味しかったでしょ?」

 

「うん。本当に美味しかったよ。こんなにたくさん食べたの、久しぶりだ」

 

「そう言ってもらえると、私もうれしいわ」

 

 ご機嫌そうに、鼻歌混じりに食器を洗う麗さん。

 

「…………」

 

 ボクは机に頬杖をついて、ボーッと後ろから麗さんを見つめる。

 

 背中越しに時々覗ける陽だまりのように輝く笑顔。

 

 そんな笑顔を見つめながら、改めて思う。

 

 この人が好きなんだ、と。

 

 …………。

 

 ――っ。何恥ずかしいことを考えてるんだ、ボクは!?

 

 うう……顔から火が出そうだ……。熱い……。

 

 コップに入れたお茶を飲んで、何とか心を落ち着かせる。

 

「じゃあ、そろそろ洗濯が終わる頃だと思うから」

 

「う、うん。乾燥機もあるけど、使う?」

 

「うーん……乾燥機はすぐ乾くけど、シワが出来ちゃうのよねえ」

 

「なら、外――はマズいから。部屋のなかに干そうか? 2階に空き部屋があるし」

 

「ありがと、助かるわ」

 

「うん。空き部屋でよく洗濯物干してるから、道具もそろってるよ」

 

「じゃあ、取ってくるわね」

 

 そう言って、麗さんがお風呂場へと洗物を取りに向う。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 洗濯物を両手に抱えた麗さんを連れて階段を昇る。

 

 階段を昇りながら麗さんがつぶやく。

 

「そういえば、カズの家って少し変わってるわね。壁とか音楽室みたいだし」

 

「あははは、音楽室か」

 

 確かに、ボクの家の壁は普通の家とは違う。ボクは壁を触りながら言う。

 

「この壁は防音素材なんだよ」

 

「防音?」

 

「うん。家全体の壁とか色々、音が漏れないようにされてて……」

 

 あれ?

 

「どうしたの、麗さん」

 

「その防音って、私が大声で叫んでも……」

 

「まず誰にも聞えないと思うよ」

 

「そう、なんだ……」

 

 麗さんの表情が硬く強張る。……ああ、そういうことか。

 

「誤解させちゃったみたいだけど、家の防音は父親が音楽家だからだよ」

 

「そう、なの……?」

 

 少しだけ表情が和らぐ。うん、やっぱり誤解させちゃっていたか。

 

「うん。1階の部屋にはピアノもあるよ。ここって住宅街だから、近所迷惑にならないようにって、完全防音にしたそうなんだ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「ゴメンね、誤解させちゃったみたいで」

 

「う、うん。私も誤解してゴメンなさい」

 

 誤解が解けたところで、2階へ向う。

 

 廊下を曲がって、一番奥の部屋が空き部屋だ。

 

 ドアノブに手をかけてまわす。

 

「結構換気とか掃除もしてるから、キレイだと思うよ」

 

 ドアを開けて、部屋のなかへ。

 

 絞まっているカーテンを開けて窓を開けると、冷たい風と共に部屋の空気が変わり、冬の日差しが部屋を照らし出す。

 

 床一面に敷かれた畳。部屋の隅に置かれたタンス。一般的な和室になっていて、壁の上辺りに洗濯物を干すための突っ張り棒が2本付けられている。

 

 その2本の突っ張り棒にはいくつものハンガーがかけられていて、いくつかのハンガーにはすでに服がかけられていた。

 

 その服の中で特に目を引いたのは、メロンが入りそうな巨大なブラジャー。黒色で、豪華なレースの模様が美しい。

 

 そして隣にも、数サイズ小さい黒色のスポーツブラがかけてあった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 …………。

 

「カズ、これは、何?」

 

 仮面のように動かない笑顔を顔に張り付かせた麗さんが指を指す。

 

 ボクは指が指された方向とは全く別の方向を見る。

 

「カズ? あなたの家族構成は?」

 

 すぐバレる質問なので、正直に答える。

 

「……ち、父親だけ、です」

 

「そうよね。お姉さんや妹さんはいないのよね?」

 

「はい……。肉親は父だけです」

 

「そのお父さんは?」

 

「た、単身赴任中です。去年から」

 

「……じゃあ、部屋にかけてある女物の下着は何かしら?」

 

 麗さんがボクを睨むっ。まるで取調べの刑事さんのような視線に、ボクは自白を始める。

 

「き、近所の……お姉さんのモノです」

 

「違うサイズが混じってるけど?」

 

「お、お姉さんは、ふ、2人……いて……ですね……」

 

「そういえばカズって『経験』があったのよね? その2人としたの?」

 

「は、はい……」

 

「へえ……」

 

 声の温度が下がる! こ、氷のようだ。怖いっ、今の麗さん、怖いっ!

 

「カズ……」

 

「……はい」

 

「私のこと、『好き』って言ったわよね?」

 

「うん」

 

「お姉さんたちは?」

 

「……え?」

 

「お姉さんたちは好きじゃないの?」

 

「それは……」

 

 言いかけて、止まる。正直、2人に対してそういう事を考えたことがなかった。

 

 どうなんだろう?

 

 ボクは2人のことが好きなのかな?

 

 …………。

 

「好きは……好き、だと思う。けど……」

 

「けど?」

 

「麗さんに向けてる『好き』と、2人に向けてる『好き』が同じか、よくわからないんだ」

 

「…………」

 

「麗さんに向けてる感情は、もちろん恋愛感情だと思うよ。でも、2人にボクが向けてる好意が恋愛感情なのか、よくわからないんだ」

 

「わからないんだ……」

 

「うん。今まで本当のお姉さんのように過ごしてたから、改めて訊かれるとね」

 

「エッチはしてるのに?」

 

「うっ……。……うん。ゴメン」

 

 正面を向いて頭を下げる。

 

 麗さんはしばらく無言だったが、

 

「ふぅぅ……まあ、いいわ。とりあえず洗濯物を干すから出て行って」

 

 息を吐いて、雰囲気をやわらげてくれた。

 

「あっ、2人の服は乾いてるみたいだし、先に片付けるよ。かけるときに邪魔になるだろうから」

 

「……そうね。お願い」

 

「……う、うん」

 

 ボクは急いで2人の洗濯物をハンガーから外し、両手にかかえて部屋から出て行く。

 

「じゃあ、ボクは1階にいるから」

 

「ええ、干したらすぐ行くわ」

 

 ……とりあえず畳むのは後にして、自分の部屋のベッドに洗濯物を放っておく。

 

 うう……2人の洗濯物を干してたの、忘れてた。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 キッチンに隣接している1階のリビング。

 

 ボクはソファに腰掛け、大型テレビに映っているニュース番組を観ているフリをしながら、後ろで電話をしている麗さんに聞き耳を立てる。

 

 麗さんの電話の相手は家の人。

 

 服を干し終えたあと、リビングの壁にかかっている時計の時間を見て、さすがに一度は家に連絡を入れないマズいと、ボクの家の固定電話から自宅へ電話をかけたのだ。

 

「うん……こっちは大丈夫。……うん、昨日は友達の家に泊めてもらったから。心配かけてゴメンなさい」

 

 麗さんは携帯電話……というか、今は財布も何も持っていない。お父さんから話を聞いて、思わず家を飛び出して来たから、何も持ってこなかったそうだ。

 

「うん、今日は……夕方までには帰るから。うん……じゃあね」

 

 ガチャ。

 

 通話を終えたのか、麗さんが受話器を置き、戻ってくる。

 

「電話貸してくれて、ありがとう」

 

「うん。それで、家の人は?」

 

「すっごく心配してたわ」

 

 麗さんはボクの隣に腰を下ろす。大きく息を吐いて、背もたれに体を預けて、天井を見上げた。

 

 天井を見上げたまま、麗さんはつぶやく。

 

「ゴメンなさい」

 

「え?」

 

「すごく迷惑だったでしょ? ホテルのお金とかも払ってもらったり、こうして家にいさせてもらったり……。私、カズにすごく迷惑かけてる」

 

 そう言って息を吐く麗さん。そんな麗さんに、ボクは正面を向いたまま言う。

 

「全然、迷惑なんかじゃないよ」

 

「…………」

 

 麗さんが顔をこちらに向ける。

 

 ボクも、麗さんのほうを向いて言う。自分の素直な気持ちを伝えるために。

 

「まあ、最初は戸惑ったし、ホテル代で財布の中身は一気に軽くなったけど。麗さんのこと、全然迷惑だなんて思ってないよ」

 

「……本当に?」

 

「うん。本当に。――むしろボクは麗さんが近くにいるだけでうれしいよ」

 

 麗さんの手に、自分の手を重ねる。

 

「…………」

 

 麗さんはボクを無言で見つめたまま、ゆっくりと手の平を返して手を繋いだ。

 

 しっかりと手を繋いで見つめ合っていると、

 

「はあぁぁ……」

 

 麗さんが突然大きく息を吐いた。息と共に麗さんの体から力が抜けていく。

 

 部屋の暗かった雰囲気もゆっくりと霧散していき――。

 

 全身から力を抜いた麗さんは、ゆっくりとボクの肩へと寄りかかってきた。

 

「麗さん?」

 

「……少し、寝るわ……」

 

「……うん、おやすみ」

 

「ん……」

 

 ボクの肩に寄りかかって目を閉じる麗さん。

 

 ボクは静かにテレビの電源を落とした。

 

 ――おやすみ、麗さん。

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 日も暮れ始めた夕暮れ。制服も無事に乾き、麗さんは元のセーラー服姿に戻っていた。

 

「じゃあ、帰るわね」

 

 靴を履き、玄関のドアを開ける麗さんに、ボクは声をかける。

 

「そこまで送っていくよ」

 

「別にいいわよ。そこまで遠いわけじゃないんだから」

 

「でも……。ボ、ボクが麗さんを送りたいんだ」

 

 ドアに手をかけたまま、麗さんがボクを見る。クスリと笑って、

 

「じゃあ、お願いするわ」

 

 手を差し出してきてくれた。

 

 ボクはその手を優しく掴む。

 

「うん。ありがとう、麗さん」

 

「ありがとうって。それは送られる私のセリフでしょ」

 

「あはは、そうだったね」

 

「ふふふっ」

 

 2人で笑いあって、ドアを開ける。

 

 手は繋いだまま、僕らは歩き出す。

 




―帰り道―

麗  「もうすぐ家だからここまでいいわ。送ってくれてありがとう、カズ。また明日、学校でね」

カズ 「どういたしまして。またね、麗さん」

麗  「うん、またね」


―近くの路地―

孝  「なあ、永。あれって……」

永  「……」

孝  「麗、だったよな?」

永  「……ああ。麗だったな」

孝  「隣のヤツと手ぇ繋いでなかった?」

永  「繋いでたな。それに、すごく親しそうだった」

孝  「そういえば、昨日の夜、麗の家から電話が……」

永  「俺のことにも電話がきた。麗がそっちに行ってないかっていう電話だった」

孝  「もしかして、さっきのヤツのところに……?」

永  「……」

孝  「いや、だけど……。麗があんなひ弱そうなヤツとなんか……」

永  「あ、相手の見かけなんて、麗には関係ないだろ」

孝  「それはそうかもしれないけど……って、永? 大丈夫か?」

永  「はぁはぁっ……ああ、大丈夫だ。俺は冷静だよ、孝」

孝  (全然大丈夫そうに見えない……)

永  「まさか、孝じゃない他の誰かに取られるなんて……」

孝  「僕もまったく同じことを思ってるよ、永」
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