紫藤議員に関する情報が紫藤先生のノートパソコンに存在する事を確認した、翌日の夜。ボクは隣町に設置されている公衆電話を使い、ある場所に電話をかけていた。
そのある場所とは、県下最大勢力を誇る国粋右翼団体、『憂国一心会』の本部だ。ちなみに右翼団体という組織を簡単に言い表すと、ヤクザに近い過激な政治家団体のことである。
まあ当然そんな巨大な組織が、公衆電話から発信された電話で、自分の名前も名乗らず、まともな挨拶もしないで組織の会長と話をさせろ、なんて一方的に要求しているんだからイタズラと判断されて怒鳴られながら電話を切られ、今夜は終わ……、
『会長の高城だ』
…………。
……イタズラと判断されて今夜は終わり、再度数日かけて何度も電話して、それでも繋がらない場合は最初から脅迫まがいなことして、こちらが本気だと思わせた上で会長さんに繋いで貰う手筈……、
『どうした? 私と話がしたかったのだろう?』
……あれ? 切られるはずの受話器から威厳たっぷりな低い声が聞えてくるぞ?
「あの……もしかして『憂国一心会』の会長、
『そうだ』
……うん。
なんでバカ正直に公衆電話からの電話に出てるんだこいつぅぅぅっ!? 普通会長ご本人が公衆電話からの電話なんかにでないだろ!?
さっきまで受話器越しで会話――とも呼べない「会長を電話に出せ」っていう一方的な要求をされてた男も無礼すぎるボクに烈火のごとく怒っていたのにぃっ! なんで電話に出てんだよこいつはぁぁぁああっ!?
『なんだ、ただのイタズラだったのか?』
「――っ!」
い、いやっ! そもそも会長を電話に出すことが目的だったんだ。予定してた目的は達成してるんだから、落ち着いて次のステップへ向えばいい。
ああ、そうだ。それに失敗は出来ないんだし、ここで落ち着いて取引を進めないと……。
『私も暇ではないのでな。用がないならこれで……』
「待ってください」
『む?』
「用なら……ちゃんとあります」
ボクはなけなしの勇気を振り絞り、県下最大勢力を誇る国粋右翼団体、『憂国一心会』の会長に向って、口を開いた。
「――ボクと、取引をしてもらえませんか?」
◆
『取引だと?』
受話器越しから聞えてくる声の温度が確実に5℃は下がった――が、無視して続ける。ここで怯んだらこちらの負けだ。取引を有利に、そして確実に進めるためにも弱みを見せられない!
「はい、取引です。――その取引でボクがあなたに要求することは、地元の議員をしている紫藤一郎氏を逮捕して……」
『警察をあたれ』
ブツッ、と電話が切られた。
「…………」
ま、まあ、こうなるよな……。公衆電話の上に積んだ10円玉を投入して、もう一度電話をかける。電話に出てくれたのは、会長だった。
『……なんだ?』
「逮捕して欲しいといっても、警察にそう呼びかけて調べさせるだけでいいんです。そうすればあとは勝手に紫藤議員がボロを……」
『話にならんな』
ブツッ、と電話が切られる。
…………。公衆電話の上に積んだ10円玉を投入してもう一度電話をかける。
そして、相手が電話に出た瞬間に言う。
「こちらの要求を呑まない場合は、あなたの組織のバック……後援会や関係している会社を潰します」
『……なんだと?』
こちらの取引材料……というか脅迫に、会長さんの声質がさらに低くなった。同時に会長さん(軍服&銃刀法違反ガン無視の日本刀を帯刀)の姿(+額に青筋数本)が脳裏に浮んですっごく怖いっ! 電話越しにも迫力が伝わってくるようだった……。
――けど、現時点でこの人を頼る他方法はない。これがダメならもっと自分を危険に冒すハメになる。
受話器を電話の上に置き、あらかじめ印刷したリストの中からいくつかの社名を読み上げて受話器を取る。
「こちらの要求を呼んでもらえない場合は、先ほど読み上げた会社の株を暴落させます」
『…………。ふんっ……取引ではなく、脅迫か』
「紫藤議員を逮捕することが出来た場合、現金で5000万円をお支払いしましょう」
『…………』
無言で黙る会長さん。……沈黙がものすごく怖い。居場所の逆探知をされてるんじゃないかって不安になる。
電話が切れないように10円玉を投入しつつ、数十秒後……会長さんが重い口を開いた。
『私と紫藤議員が
「……もちろん、考えています。紫藤議員と『憂国一心会』は同じ県……しかも比較的近い場所に存在しているので。当然横の繋がりも存在してるものと考えています」
『ならばどうして私に話を持ちかけてきた?』
それは単純に紫藤議員よりも権力があって場所も近いし、海外の企業はともかく、日本で組織と関係のある会社の株は安くて手に入れやすく、脅迫しやすかったから――って言ったら怒りそうだな、このおっさ……男。
脳をフル回転させて、いい感じになる理由を捜し、ゆっくりと口を開いていく。
「『正邪の割合を自分だけで決めてきた男』が、紫藤議員がこでまで裏で仕出かしてきた悪ぎょ……」
『嘘だな』
「…………」
せめて最後まで言わせてくれよ……。
『おまえが、そのようなちんけな正義感で動くような男には見えない』
…………。
『おまえは自分の利になること以外では決して動かない、狡猾な男だ。そのような男が正義感ごときでこのような危険を犯すはずがない』
そう断言してくれる会長さん。……わかっていたけど、酷いなぁ、ボクの評価。仕方がないけどさ。
受話器の向こう側の会長さんは、小さく笑い声を漏らしてこう続けた。
『何か理由があるのだろう、お前には。危険を冒してでも行動に出なければいけない理由が』
「……それは……」
……これ以上、無駄に会話するのは危険、か。ボクは会長さんの話を強引に打ち切って話を戻す。
「それより、取引は? 結局のところ、受けてもらえるんですか?」
『ふっ、脅迫までしておいて今さらだな』
「……それは、受けてもらえると?」
『ふんっ、いいだろう』
「ありがとうございます」
声に出ないよう、内心でバンザイしながら喜んでいると、
『――それで、紫藤議員を逮捕に追い込む材料はなんなのだ? 当然、用意しているんだろう?』
「――っ!」
こちらが言う前に会長さんからそう訊ねられた! お、落ち着け……それぐらい読まれても当然だろ。元々一般市民のボクがいち組織のボスに交渉で勝てるわけがないんだから。落ち着いて取引を続けるんだ。
「はい、もちろん用意しています。――紫藤議員の息子、紫藤議員が理事を務めている高校の教師、紫藤
『……そうか』
「では、これ以上の説明は不要でしょう。その他のやり方はお任せしますが……年明け前までに逮捕まで持ち込んでください」
『年明け前までとは随分と性急だな。一週間もないではないか』
……それは本当にすみません。
『……1億』
「はい?」
『1億で受けてやろう』
最初の倍かよっ! で、でもまあ、受けてもらえるなら金ぐらい、いくらでも払うさ。元々、宝くじで当てた大金をゲーム感覚で株取引し続けて儲けて溜め込んでた金なんだし、麗さんのためならいくらでも。
「わかりました。1億の受け渡しは年明け。受け渡しの方法もその時に……ということでお願いします」
『了解した』
「では……」
ガチャっと受話器を置いて、電話を切る。
「はあぁぁぁぁ……緊張したぁ……」
大きく息を吐きながら、その場にしゃがむ。あ~……足がガクガクして立てねえ。ほんとに緊張したぁぁ……。
「それにしても本当にヤバいな、会長さん。さすが組織のボスっていうか、脅迫されてんのに最後まで威厳たっぷりだったし……。しかも当然のように報酬を倍に増やしたし……」
だが、これで紫藤議員が逮捕されてくれれば……いいけど、されない場合は――、
「紫藤議員と一緒に、『憂国一心会』も潰さないといけなくなる」
……もしもそうなったら、マジでヤバいな。深みに嵌るどころの話ではなくなっている。
改めて自分が危ない橋を渡っていることを認識し、電話ボックスの壁に寄りかかる。床を見下ろして緊張を解すように長いため息を吐く。
「自分の安全に億単位の金もかけてるんですから、本当にお願いしますよ、会長さん」
◆
それから3日後の朝。自宅のリビングで、静香さんと朝食を食べながらテレビを見ていると、
『――○○議員の紫藤一郎氏が警察に逮捕されました。罪状につきましては現在のところ情報は入ってきてませんが、紫藤一郎氏の息子である紫藤浩一氏が先に任意同行されていたことが……』
「あらぁ、うちの理事長と紫藤先生って逮捕されちゃったんだー」
「…………」
「あら? カズくん、ご飯こぼれてるわよ?」
「う、うん。ありがと、静香さん……」
「どういたしまして♪」
『まだ詳しいことはわかりませんが、捜査関係者からの情報によると、紫藤浩一氏が所持していたノートパソコンから紫藤一郎氏が今まで行なってきたと思われる不正の情報が次々に――』
……会長さん、ほんとに仕事が早いっスね……。
◆
紫藤議員の突然の逮捕報道から十数時間後の夜。前回とは違う町、違う場所の公衆電話からボクは『憂国一心会』へ電話をかけた。
部下らしき男性から会長さんへ繋いでもらう。今度はすんなりと会長さんが電話に出てくれた。
『おまえか』
「はい。――こちらの要求通りに動いてもらったようで助かりました」
『ふん、脅迫されているのだから動く他ないだろう』
「それはそうでした。――では、報酬の1億は……」
『年明けでも構わん』
「そうですか、わかりました。年が明けてから……」
『私は年末から1月の半ばまで予定がある』
「……はい。それ以降にお電話させていただきます」
『うむ』
……うむ、じゃねえ! 脅迫されてるっていうならそんなに偉そうにするなよっ。ボクが脅迫されてるみたいじゃないか……。
『私も紫藤議員の逮捕で忙しくなってな。これ以上用件がなければこれで電話を切らせてもらうぞ?』
「はい……」
ブツッと電話を切られた。
……ま、まあ、紫藤議員はともかく、どうやって紫藤先生を逮捕させたのか方法を聞いてないけど、別にいいか。聞いても仕方がないし。結果だけあれば十分だ。
電話ボックスの扉を開けて、自宅へ向って歩き始める。
夜道をひとりでしばらく歩いていると、携帯に電話がかかってきた。着信画面には『宮本 麗』と表示されてる。
ボクは携帯の受話器ボタンを押して、電話に出る。
「もしもし、麗さん?」
『もしもし、カズ!? 今日ね、紫藤議員と紫藤先生が逮捕されたってニュースが流れて……! それでね、お父さんがもう大丈夫だって! 私、留年しなくてよくなったんだって!』
「うん」
『紫藤先生のノートパソコンから不正の情報と一緒に私を留年させようとした情報も出てきたらしくて……』
電話越しからも伝わってくる喜びの感情。興奮のあまり内容が途切れ途切れになってる麗さんだけど、言おうとしている事はしっかりとボクに伝わっていた。
ボクは喜んでいる麗さんの姿を思い浮かべながら、心の底からつぶやく。
「本当に、本当によかったね、麗さん」
『うん! これで春からカズや皆と一緒に3年生よ!』
「ボクも麗さんと3年生になれてうれしいよ」
『本当によかったぁ……』
安堵からか、電話越しに麗さんの泣き声が聞えてくる。
とりあえず、麗さんの留年は回避そうだ。
これであとは……会長さんがこのままボクのことを放っておいてくれるか、だな。
まあ、明日明後日とそうすぐにボクまで足が着くことはないだろうし、約束の金も用意してる。取引通りに全額支払うつもりだ。もしボクの身元がバレたとしても、そうそう手荒い手段になんて出ない……はず、だよな?
……いきなり夜道で襲われたりとかないよね?
暗がりに入ったところで新撰組よろしく斬り捨てられないよな?
……ちょっと不安になってきたぞ……。
なにせ会長を含めて『憂国一心会』は腰に日本刀を帯刀してる連中だしなぁ。本当に斬り捨てられてもおかしくはなさそうだ。
…………。
と、とりあえず、突然襲われたとしても助けが呼べる程度には鍛えようかな。麗さんにも体触られた上で貧弱って言われたわけだし……。
まずはランニングから始めるかぁ。
◆
紫藤議員と紫藤先生の突然の逮捕報道から2日後の月曜日。とうとう冬休みが始まるまで2日を切った頃。
「ねえ聞いた? 紫藤先生逮捕されたらしいわよ」
「うん、すごいよね、ニュースとかにもなってたし」
「結構カッコイイ先生だったのに、ざんねーん……」
「そういや父親の理事長も捕まったって話だよな?」
「ああ、親子そろって逮捕とか……笑えるよな」
「まあ学年主任の紫藤はともかく、紫藤議員のほうはそうとう汚いことやってたらしいからな、当然だろ」
「そういや結構有名だったよな、紫藤議員って。実は暴力団とかと繋がってるとかいう噂もあったし。女性問題でも結構週刊誌に載ってただろ」
学校全体が紫藤親子の逮捕報道の話題で持ちきりだった。
特に学校の理事長と学年主任がほぼ逮捕されたことで、学校前の校門には早朝から何十人という記者たちが集まり、登校する生徒たちにマイクを向けてインタビューしたりと、校門前はすごい騒ぎになっている。
そして教師たちも、理事長と学年主任の逮捕報道についての説明を求める保護者たちに対応するべく、早朝からずっと職員会議を開いていた。
「さて、どうなるのかな?」
ボクは窓側の一番後ろという最高の席から窓の外を見下ろす。人並みはずれた視力がグラウンドを越えた向こう側の校門を捉えてくれる。
学校の校門には登校時とは違い、マイクや大きなカメラを持った記者たちの前に、数十人という人々が立っていた。服装から見て、おそらく学校に通っている生徒の保護者やPTAの方々だろう。その代表らしい人が怒りの表情を浮かべ、校門を開けるよう職員室に怒鳴っているようだった。
代表らしい人が怒鳴り始めてからほどなくして、警備員と一緒に数人の教師が校門を開けにやって来たようだ。教師たちは保護者たちに怒鳴られながら、記者たちに問い詰められながら、保護者たちだけを体育館へと誘導していく。
ぞろぞろと長い列を作って体育館へと向っていくPTAを含む保護者たち。この学園は全寮とはいかないまでも生徒の8割近くが寮に入っていて、普通の高校よりも生徒数が多いから、保護者たちの数も相当なものなんだよなぁ。
おそらくこれから体育館で保護者への説明会でも始めるんだろう。未だに締め出されたままになってる記者たちは、保護者たちが戻ってくるまで待つつもりなのか、機材のチェックやどこかへ連絡を取り始めていた。
……この騒ぎのキッカケを作ったのは自分だけど、ほんと、ものすごい状況だな。昨日と今日では状況が違いすぎる。
――と、ここで教室の扉が開いた。
扉を開けて入ってきたのは担任の男性教師ではなく、数学担当で卓球部顧問の女性教師、
林先生の登場に、先ほどまで席を立って騒いでいた生徒たちが自分の席へと戻り、座り始める。
林先生は教壇に立つと、現在の説明を開始した。
まっ、説明といっても、もう皆が知っている紫藤議員と紫藤先生の逮捕と、学校側は当然の事態で何も把握で着ていないということ。
そして、予定を前倒しにして冬休みになるということだった。
2日早く訪れた冬休みに喜び合うクラスメイトと、それを宥める林先生。林先生はものすごく疲れた表情のまま、何種類かのプリントを配り始めた。
プリントはおそらく終業式の日に配る予定で作っていた冬休みの生活を考えさせるもので、中には急造して作成したと思われる保護者さまへの説明プリントも入っていた。
プリントを配り終えたあと、林先生は成績表を配ると出席番号順から呼び出し始めた。
恐る恐る林先生から成績表を受け取った麗さんは、自分の席に戻る途中で、受け取った成績表を開いてボクのほうに見せてくる。
麗さんの成績表には、新しく修正されたと思われる手書きの数字と、謝罪文らしい文章が記入されていた。
成績表を閉じて満面の笑顔を浮べる麗さん。
麗さんの成績を見る限り、これで留年はあり得ない。これで、麗さんの留年は完全に回避できたんだろう。
ボクは「よかったね」という意味を篭めて麗さんに笑いかけた。
◆
終業式から数日後の12月24日。
「あの……麗さん? 大丈夫?」
「ん~……べつにぃ、ぜんせんだいほうぶよぉ~?」
「いやでも、全然呂律回ってないし……」
「もぉっ、だいじょぶっていっれるれしょっ! うるっさいかじゅなんか、こうしてやるんだかりゃぁ~」
「ちょっ!? 麗さん!?」
「ふへへへぇ~、よいではないか、よいではないきゃ」
「うわわっ!?」
「もうなによぉー? かじゅだってその気だったんじゃないのぉー」
「いや、それは……しっ、静香さんも見てないで助けてください……ッ!」
「ん~? 私にも混ざって欲しいの、カズくん」
「静香さん話聞いてました!?」
「ふふっ、もうカズくんったらエッチなんだから~♪ いいわよぉ、この静香サンタがカズくんにエッチなプレゼントを贈ってあげる♪」
「ダメだ! 全く聞いてない!」
「むぅ~、恋人のサンタさんよりカズは静香せんせぇのサンタがいいのぉ?」
「そ、そういうわけじゃないよ! というか麗さん、しゃべりながらペニスに頬ずりしないで」
「むふふっ♪ じゃあ私は上を攻めちゃおうかしら♪」
「静香さんっ!? ――むぐっ……!」
「うふふっ、美味しぃ♪ カズくんの口からさっきまで食べてたケーキの味がするわぁ……」
「せんせぇ、ずるーいっ! あたしもキスするぅー!」
……ボクは2人のサンタさんに襲われていた。
エロシーンは先送り。