その船の甲板には3人の男がいた。船は長さ10メートルほどの古びた漁船だ。
3人のうちの1人は、囚われている様に見える。頭に白い布を被せられ、甲板の操縦席付近の縁に座っている。後ろ手に手錠を掛けられている為、上体は前のめり気味だ。
―そして、それらの様な扱いとは正反対に、服装は真新しい深緑基調で目の細かいデジタル迷彩の軍服を着ている―
残りの2人の男はモスグリーン一色の少しくたびれた軍服姿である。頭にはベレー帽にティアドロップのサングラスをかけている。
1人は痩せ気味の体型で、手錠の男の近くで見張りをしている。もう一方はがっちりした厳つい男で、船の先端付近にて目の前にある孤島を眺めていた。
そして、物騒なことに、その2人の肩にはサブマシンガンMP5が下げられ鈍い光を放っていた。これらも彼らの軍服同様、年季を感じる。
時間は9時34分。
太陽はすでに高く登っており、甲板をジリジリと照り付けている。海はこの3人の男には似合わない綺麗なマリンブルーだ。
天候は快晴で、空気が澄んでいる。そのおかけで船の先端にいる厳つい男は北側に広がる孤島の全体像を見渡すことがきた―
船から300メートル程北に褐色の砂とヤシの木が群生するビーチが広がっている。東西方向に数キロは続いていそうだ。
船はビーチの東端の先にいる。船と島の間の海は白波が立っており、海岸線付近では十分にサーフィンが楽しめるほどの波が立っている。
ビーチの西側は遠くに掠れている。そこは岩場がせり出て、島とビーチの終点の様だ。
一方、船の前方にある東のビーチ終点も岩場になっている。更に東側は切り立った岩場となっておりそこで島は終わっていた。
船から見る分には、この島の東面は浜辺は無く、海との繋がりは巨大な岩により崖となっている。
そして、ビーチの奥には小高い山が見える。鬱蒼とした熱帯雨林が広がっており、木々の周りは白いモヤがかかっており、幽玄な様子を醸し出している―
厳つい男がサングラスを上げた後、首に下げている大きめの双眼鏡で東西に伸びるビーチを見渡した。そこには不自然なことに、点々と数百メートル毎に人の姿が見えた。
その者達は海に入っていた様で皆ズブ濡れだった。服装は船にいる手錠の男と同じ迷彩服を着ている。
何やら準備をしている者、座って海を見ている者、ビーチ奥の熱帯雨林を見上げてる者など様々な行動をしている。
皆揃ってなかなか逞しい体型の男だということがシルエットからわかる。
そして、もう一つ特異な点が有る。彼らの顔は黒い物で覆われているのだ。それにより何やら不穏で、不気味な雰囲気を出していた。
ビーチより手前の海を見ると、白波に揉まれている人物がいた。船から数百メートル北西の位置におり、ビーチまで残り僅かな距離だ。
点在している迷彩服の男達は、数えるとビーチに4人、海に1人、船に1人の合計6人いることになる。
―少し時間を遡ると、この6人はこの船に乗っていた。何かしらの目的で島に移動したのだった―
*
厳つい男が双眼鏡を下ろして言った。
「この辺だろうな。準備するか」
厳つい男がMP5の銃口を手錠の男に向ける。
「立て……揺れに気をつけろ」痩せた男が手錠の男に言った。
手錠の男は船の揺れにバランスを取りながら立ち上がった。手錠の男が立ち上がるのと同時に、痩せた男が彼の頭の布を乱暴に外した。
すると布の下から、坊主頭の青年の顔が現れた。
青年は眩しさに黒い目を細めた。直後に反抗的な目つきで布を取った痩せた男を睨んだ。
坊主頭の青年は精悍な顔つきをしており、年頃は二十代中頃。中肉、中背。一見普通の青年の様だ。
だが、たくましい前腕や襟から覗く厚い胸元から、彼が戦士の肉体を持っていることが、迷彩服の上からでもわかった。
そんな屈強な体と目つきとは真逆に、何故か彼の顔は青ざめている様だ。
痩せた男が坊主頭に話しかけた。
「こっちの組はお前が最後だ……先に出た奴らより有利な場所だぞ」
それを聞いた直後に坊主頭は後ろを向き、船体から頭を出した。咄嗟に厳つい男が銃を構える。
その直後、波の音の間にドボドボと海に液体が落ちる音と咳き込む声が聞こえた。
「お前……そんなんで大丈夫か」痩せた男が坊主頭の背中を摩る。
坊主頭は上体を起こしその腕を払いのけて睨んだ。
「……船が……苦手なだけだ」
彼の顔は船の甲板の様に蒼白だったが、目には鋭い光が宿っている。
痩せた男は少し驚いた後、操縦室に行きペットボトルの水を持って来た。
「飲んでおけ……すぐに倒れられたら、俺達も困る」
痩せた男が坊主頭の口へペットボトルを突っ込むと、彼はゴクゴクと水を飲んだ。三分の一程飲んだ後、坊主頭がペットボトルを押し返し口を離した。
坊主頭は口から水を滴らせ、青白い顔で文句を言う。
「なんでこんなボロ船を使うんだ?ヘリぐらい有るだろ?」
「余計な事を喋るな!さっさと準備しろ!」厳つい男が吠えた。
チッ!っと舌打ちしてその男を睨む坊主頭。
痩せた男は再び操縦室に入っていた様だ。帰って来ると、手に2つの物があった。
密封されたビニール袋と強化樹脂製の仮面だ。仮面は悪人がつける様な嫌悪感を感じるデザインをしている。艶消しの黒色で目の部位は人の目の形、口の部位は小さい穴が複数有る。そして右耳部は少し切り欠きがあった。
痩せた男は坊主頭の肩を掴み後ろ向きにすると、手錠のかかった坊主頭の手に袋と仮面を掴ませた。痩せた男が坊主頭に忠告した。
「今から手錠を外す。下手に動くと撃つぞ」
痩せた男が坊主頭の手錠を外すと、坊主頭はゆっくりと両手を前に回した。
痩せた男が坊主頭に忠告した。
「袋の中に携帯端末とwebカメラが入っている。使い方は聞いてるよな?」
坊主頭は無言で頷いた。痩せた男が続けた。
「一応両方とも防水だが、念の為―
「もう何回も聞いてた。それよりこんな波……誰も溺れて無いのか?」
坊主頭がうんざりした口調で遮った。
痩せた男が坊主頭とは対照的に、穏やかな口調で答える。
「荒れてる様に見えるが……むしろ、岸まであの波が送ってくれる。こっちの組は全員上陸した。向こうの組からも溺れたって連絡は来ていない」
厳つい男がニヤ付きながら言った。
「もう怖気付いたか!?まだ始まってもいないぞ!」
坊主頭はその言葉を無視し、迷彩服の中にビニール袋と仮面を重ねてしまいこんでいる。厳つい男は無視されイラついている様だ。
荷物をしまい込むと坊主頭は孤島側の縁に近づいて行った。痩せた男が声をかける。
「岸まで300メートルだ」
坊主頭は一瞬動きを止めた後、振り返る事なく青い海へ飛び込んだ。
*
海の中は思ったより冷たい。海面はゆっくりと大きく揺れている。ビーチは白波が遮り見えたり見えなかったりを繰り返している。坊主頭は不格好な平泳ぎで岸へと向かった―
ビーチまでの距離の三分の一程進んだだろうか。海面が大きなウネりから波に変わり始めた。
ザザッ!!と波の音がし始めている。
坊主頭は後ろから来る波のタイミングに合わせて泳ぎのスピードを上げて、波に乗ろうとしていた。僅かに乗れるが置いていかれている。少しばかりは波の力で速く進めている様だ。
それからビーチまで残り半分程の所まで進むと波の先端が白くなってきた。波の高さは1m程ある。波に乗れる時間が増えて来てグイグイと岸に近付き始めた。ビーチは大分近づいていて、ヤシの木々が大きく見えてきた。同時に周辺の波の先端が倒れ始めてきた。
出し抜けに、ゴーッという轟音と共に2m級の大波が彼に迫った。
ウワッ!!
波は彼を巻き込む形で崩れ始め、大量の白波と共に彼を水中へ引き込んだ。
坊主頭は抗いようの無い自然のエネルギーに晒されて、水中で揉みくちゃになる。
彼は海水を飲まない様に必死で息を止めた。
そして、服の中のビニール袋と仮面を守る様に抱え込み、水の中で丸まった。
ズザザザ!!
上下左右がわからなくなっていると頭に何かが擦れた。砂の様だ。
波が過ぎ去った後、必死で体を起こし体を伸ばすと足先が地面に当たった。波が引いて行くと水位は胸の高さだった。
一安心した所で再度後ろから崩れた大波が彼を襲う。坊主頭は背中からどつかれた様に岸に向かって押し込まれた。
その波が引いた時には腰ほどの水位の所まで来ていた。坊主頭は、次の波が押し寄せるタイミングに合わせ、岸に向かって走り始めた―
*
彼は上陸に成功するとすぐ近くにあった乾いた岩へ駆けつけた。びしょびしょの迷彩服の中からビニール袋と仮面を取り出す。彼は袋を岩に置き、仮面を取り付けた。
仮面を取り付けると坊主頭の様子が急変して見えた。
仮面が彼の目や青年の表情を隠した事で、急に人間味が無くなったのだ。健康的でたくましい体や綺麗に刈られた坊主頭は、嫌悪感の有る黒い仮面とのコントラストの影響か、攻撃的かつ猟奇的な雰囲気を纏い始めた。
深緑基調のデジタル迷彩服も陰湿的な印象に様変わりし、まるでこの狂人の心の闇や狂気を表している様に見えて来た―まるで猟奇殺人鬼だ―
坊主頭がビニール袋を破ると中から仰々しいカバーがついた携帯端末とウェアラブルのWebカメラが出てきた。
カメラは右耳付近に取り付けるタイプで後頭部を通り両耳に掛けるマウントで取り付ける。
端末のインカメラで自分の顔を写しウェブカメラの装着を試みる。仮面の切り欠きにカメラの筐体がすっぽりと入りカメラがしっかりと固定された。
携帯端末に電源を入れると時間は9時52分だった。
ホーム画面にはアプリが一つだけ入っており開くと周辺のマップ画面を中央に左上にはカメラの映像、右上には*と*/*と2段で表示されていた。
坊主頭は端末を見たまま海岸線へ移動した後、漁船に向かって手を振った。
画面を凝視していると左上の*が上段は16、下段は0.005/0.08と表示された。
坊主頭はそれを見ると急いでマップの画面の縮尺を変えて何かを探した。不気味な仮面とアンマッチな行動がとても滑稽に見える。探し物は直ぐに見つかった様だ。
彼はここから北側、ヤシ林の奥に続いている鬱蒼とした小山を見上げた。右手は岩場が続いている様で、それに沿って登ればとりあえず迷うことは無さそうだ。
左側のビーチにいる男達が続々とヤシの中に入っているのが見えた。坊主頭は再度、端末の画面でカメラの状態を確認した後、小走りでヤシの群生するエリアに入って行った。