あれから数分経っただろうか。坊主頭は呼吸が落ち着き、少しずつ冷静さを取り戻していた。
彼は覚悟を決めたようにカモフラージュ用のツタから身を出し、リュックとライフルを背負った。
窪みから身を乗り出し、周りを見渡す。男が襲われていた地面が荒れており、そこが嫌でも目に入った。
窪みから完全に身を出すと、岩の斜面をずり落ちて地面に着地した。昨日登った時は、岩肌に苔の剥がれや足跡など痕跡を残さないよう気をつけていたが、今はそんな余裕は無い。
「冷静になれ……ビーチへ降りよう……」
彼は小さな声でつぶやいた。
*
足早に斜面を降りる。フェンスから遠ざかるにつれて恐怖も薄れたのか、足取りが少し軽くなってきた。
携帯端末で状況を確認しようとポケットに手を突っ込んだ、その時だった。
――ズザザザッ!
彼は足を突っ張り、急ブレーキをかける。体のバランスが崩れたが、近くの木を掴み、何とか転倒を免れた。
坊主頭は恐怖で凍りついた。視線の先に、アイツがいる。彼は荒くなる息を押し殺し、そいつを凝視した。
先の開けたエリアの中央、こちらから見下ろした数十メートル先に、そいつはいた。幸いなことに、まだバレてはいない。
恐竜は背を向け、斜面の下を見下ろしている。足は止めているが、頭と尻尾はキョロキョロと動いていた。さっきより明るい場所で見るそいつは、さらに毒々しい色に見えた――。
坊主頭は音を立てないようライフルを構えつつ、後退りをはじめた。あいつと自分の背後を交互に見ながら移動する。
目撃地点から二十メートルほど後退しただろうか。その後、振り返って元来た山道を再び登った。ライフルを握る彼の手はガタガタと震えていた――。
*
斜面を駆け上りながら、手で握れる太さの比較的まっすぐな枝を拾っていく。長さは彼の身長ほどだ。窪みのある岩壁に戻った時には、枝の束を両手で抱えていた。
今朝の惨殺現場を横目に見ながら、岩の窪みの下へ行き、リュックのショルダーを強く締めた。リュックを背負い、背中との間に横向きで枝の半分を挟み込む。
枝は二度に分けて窪みに運んだ。窪みに上がると、ナイフを取り出して枝の先端を削り始める。枝は窪みからはみ出しており、作業は窮屈そうだった。
一本目を削り終えると、尖った先端を見つめた。それは原始的な槍だった。
すべて削り終えると、最後にナイフをライフルの先端に着剣した。ライフルを最後の槍としたのだ。
槍の穂先を窪みの外に向け、反対側を岩壁に当てて並べる。怪物が飛びかかってきた時には、串刺しになるはずだ。
坊主頭は槍の間に膝立ちでライフルを構えた。先ほどここに戻って来た時よりも、冷静さを取り戻しているようだった。
見張る先の森には朝日が差し込み、張り詰めた緊張感とは対照的に、清々しい空気が流れていた――。
*
数時間が経った。だが目の前の森は相変わらず穏やかな風景のままだ。昨日は時折聞こえていた銃声も、今日は聞こえない。
彼は何度も気が緩みそうになったが、目の前の荒れた草むら――捕食現場――を見るたびに、気を引き締め直した。
坊主頭は数分前から携帯端末で時間を確認している。
時刻は十一時五分。
そして、携帯以外にもう一箇所、何度も視線を送っていた。フェンス基礎の上、五十メートル先にある鋼鉄のボックスだ。
彼は周りをよく見回す。特に、さきほど逃げてきた斜面を注視した。
ライフルをリュックに戻して背負うと、音を立てず素早く窪みから飛び降りた。
――ドッ。
着地すると同時に、フェンスの基礎へ走り、飛び乗る。
――タッタッタッタッ。
コンクリート製のフェンス基礎を素早く移動し、何度も確認していたボックスに到着。窪みからわずか数秒の間だった。
携帯端末をボックスのBluetoothへ接続し、支給品リストを開く。そして『暗視スコープ』の横に表示された数値を確認した。
「……クソ!」
思わず声が漏れた。その数値は、なぜか昨日より大きくなっていた。
次に彼の目はマガジンとモバイルバッテリーへ移る。どちらの数値も昨日より大きくなっている。それを見た瞬間、彼の動きは止まった。
「うこうな!!」
坊主頭はその声を聞くと、ピタリと止まった。声は、坊主頭が走って来た方向とは逆側の基礎上から聞こえている。
「ハァ、ハァ、ハァ てをあへて ハァハァ こっひをむへ」
坊主頭はゆっくりと手を挙げて、声のする方をゆっくり見みた。すると、坊主頭と同じ格好―デジタル迷彩の服に、黒い仮面―をした男が、M4の銃口を向けて立っていた。
背丈は、横幅は坊主頭より一回り大きい。坊主頭は一眼でそいつが危険な状態な事がわかった。
その男は左腕が異常な状態だったのだ。左腕はだらんと垂れ下がっており、迷彩服は切り取られ、血だらけの肌が露出している。その肌は血が付着していないは、この青白い生気のない色だった。左腕の根本に迷彩服の腕部分で作ったと思われる止血帯が締められている。
その男は肩で息をしながら言った。
「おはえほ、 ハァハァ みはか?」
「あの怪物か?」と坊主頭。
「ハァハァ みはか ヒュー おれはきへん ハァハァ すふ」
「俺もそのつもりだ…お前口どうした?」
「ハァハァ うはふ! ヒュー うほはん」
「何があったんだ?」
男は喉からヒューヒューと呼吸音を出すだけで答える気はないらしい。
「いろいろあったみたいだな。……で、俺をどうする?」
「ひほりは ハァハァ ひぬ ヒュー やはほ ふはりへ おりふ」
「2人で山を降りるんだな。わかった、俺も助かるよ」坊主頭はゆっくり頷いた。
「へいはいを ハァハァ よほへ」
男のM4の銃口が坊主頭の携帯に向いた。
坊主頭は少しの間止まり、そして、ゆっくりと携帯をポケットから出すと、鋼鉄のボックスの上に置き、再び両手を上げた。
男は、肩で息をしながら基礎上を歩き、ボックスまで行くと携帯を取りポケットへしまった。そして、顎で斜面の下側を差し、坊主頭へ言った。
「ハァハァ おまへは ハァハァ はきをあるへ」
「この先はあれがいる…お前が来た方から降りよう」
男は肩で息をしながらかぶりを振った。
「ハァハァ こっひもひる ハァハァ」
「なら…俺も銃を使わせてくれ…俺も一人じゃ降りられない…お前を撃つ理由は無い」
ヒューヒューと男の呼吸音が辺りに響いている。
「わかっは ハァハァ おまへは ハァハァ はきをあるへ」
坊主頭はゆっくり手を下ろした。男がM4を斜面下へ向けると坊主頭は巨大フェンスの基礎を降りて、斜面を下った。その後ろに男が重い足取りで付いていく。
*
ヒューヒュー
基礎からまだ数十メートルだろうか、後ろの男の呼吸が大きくなってきた様だ。
「ハァハァ あっ!へ!」
その声に坊主頭が振り向くと思ったより離れた所に男が立っていた。相変わらず肩で息をしている。
ヒューヒュー
「かはお」
ヒューヒュー
「かひへふへ」
男のM4がプルプルと震えながら坊主頭に向いている。
チッ と坊主頭が舌打ちをした。
「わかったから、その状態で銃を向けるな」
坊主頭は男の方に歩みよって肩をかした。それからは2人の進むスピードは格段に落ちた。
坊主頭の耳には男のヒューヒューという呼吸音と自分の吐く息の音が聞こえている。
ガアアアア!!!
坊主頭の耳に悲鳴が響き、思わず彼も大声を出した。
ウアアア!!
肩をかしている男が悲鳴を上げ、倒れ込む。男は仰向けになりのたうち回った。
「ワッ!!」と坊主頭も声を出した。
男の左足が脛から下が無くなっており、ドロドロと赤黒い液体出ている。
坊主頭は、周りの林を見回した。
そして、ハッとし、林を見ながら男の服から携帯を探そうとした。しかし、激しく暴れる男の体はそれを拒んだ。
坊主頭の体がピタリと硬直した。生臭い匂いが漂ってきたのだ。男の血の匂いとは違う、今朝嗅いだあの匂いだ。
男はいつのまにか叫び声と動きが止まっていた。坊主頭は再び周りを見渡しながら男の体を探った。
ヒューヒュー
男の呼吸が聞こえている。坊主頭は携帯の様な膨らみを手に感じた為、視線を周囲から男の体に向けた。
ガサ、ド!ド!
重い音が響いたと思ったら男の体が坊主頭の腕からすり抜けた。
「ワッ!!」
坊主頭が男の体を目で追った先にあいつがいた。男の右足に食らいついている。坊主頭は驚いてその場で尻餅を付き、その光景を見た。
アアアア!
男が覚醒して悲鳴を上げた。怪物は男の体を、自分の足元に引き込むと右足から口を離した。その隙に、男は右腕で体を仰向けからうつ伏せに反転し、ズリズリと腹這いで坊主頭の方に進んできた。
引き摺られた衝撃で男の仮面は外れており、真っ青で恐怖と苦痛で歪んだ青年の顔が現れていた。
男は坊主頭に視線と右手を向けて助けを求めた。坊主頭は尻餅を付いたまま、男と同じスピードで後退りしている。
ドッと重い音と同時に、男が再び悲鳴を上げた。恐竜の大きな後ろ脚が男の臀部を踏みつけたのだ。
そして、巨大な頭をヒュと下げると男の右肩に食らい付いた。それは鳥が幼虫をついばむ様な動きだった。そして、動作だけでなく、速さも鶏がそのまま大きくなった様な異様な速さだ。
男の押さえ付けられた臀部に対して、食いつかれた右肩が持ち上がった為、男の上半身は弓なりに反った。
オーオーオオ
男はまだ意識が有るのか悲鳴にもならない声を喉の奥から出している。
「ウワッ!!」と坊主頭が声をあげて逃げ出そうとしたした所、恐竜は男の肩を咥えたままクッと視線を坊主頭に向けてきた。それにより坊主頭の動きは止まってしまった。
坊主頭が怪物の視線を逸らすことが出来ずにいると、そいつは男の右肩を咥えたままゆっくりと頭部を上に引き上げた。
オオオオオオ
男の声が大きくなった直後、ゴキゴキっと男の上半身から鈍い音が坊主頭の耳に届いた。
男の上半身が不自然に曲がっている事が、正面からでもわかった。男の口からは血が吹き出し、叫び声はいつの間にかゴポゴポと排水口から空気が逆流する様な音になっている。
ガガガーン!!!
出し抜けに銃声が響き渡った。その音と同時に怪物は飛び上がり、ザッと男の体ごと林の奥に瞬時に消えた。
坊主頭のライフルからわずかに煙が出ている。彼は足をガクガク振るわせながら立ち上がり、周りを見渡した。
ヒューヒュー
耳を澄ますと目の前の林の奥から男の呼吸音が聞こえて来る。
坊主頭は、ザッと振り向き、斜面を降りた。走るというより、何度も何度も飛び降りている様に斜面をくだった。
左手はしっかりとM4を握り、右手は目の前に現れる草や枝を次々と払い除けている。
バサバサ!!
坊主頭が山を駆け下りる音より、大きく激しい音が後方から響いた。そして、音が出ている距離が徐々に近くなってきた。
彼は走りながら振り向いた。
「来るな!!」
後方数メートルにあいつがいた。坊主頭が振り向いている間にも距離を縮めている。
彼が出鱈目にM4を撃とうとしたら、恐竜の口から何かを吹き付けられた。その体液は、ドバッと坊主頭の仮面に付着した。
ガガガ!!
坊主頭の撃った弾は空を切った。彼は頭は銃を撃った衝撃で、背中から転倒した。そして、迫り来る恐竜の口が坊主頭の足先まで近づいている。
ドス!ズザザザザ!!
坊主頭の体が背中から地面に叩きつけられてると、そのまま滑っていった。彼の体は急斜面を頭から滑っている。坊主頭の足から牙が遠ざかっていく。
恐竜は急ブレーキをして止まった。足を突っ張りながら斜面に落ちない様、踏ん張っている。
彼は滑り落ちながら、足の向こうに見える恐竜にライフルを向けた。
するとフワっと彼の体が宙に浮いた。
「ワッ!ウワ!!」
彼は崖から滑り落ち、頭から落下した。
ゴボ!!ゴボボボ!!
彼は上下左右がわからなくなり、水中でもがいた。そして光の方へ急上昇した。
水面へ出るとそこは滝壺だった。霧が立ち込めている上空の10メートルほど上に崖が見える。彼はあそこから落ちてきた。
彼は近くの岸へ泳ぎ、水から飛び出した。そして、川沿いに走り出そうとする。
「うわっ!ぐっ!」
坊主頭は仮面の上から左目を押さえてうずくまった。そして我慢出来ない様子で仮面を取り外して川の水を目にかける。
「何だこれ!!?」
彼が叫んでいると、上の崖に何かがいる気配がした。
「頼む、こっちに来ないでくれ」
彼は涙声でそう呟くと、ヨロヨロと立ち上がり川の岸沿いを降った。
*
ハァハァ
彼の走るペースが格段に下がってきた。あの男の様に肩で息をしている。
ガサガサ!
川の反対側の高台に気配を感じた。あいつがしつこく追って来ている。
彼は走るのを止めて川から少し離れた。そして、向こう岸の高台に向けライフルを構えた。銃口は照準が合わずカタカタと震えている。
ギャー!!バザバサ!!
その時、高台から複数の叫び声が響いてきた。
坊主頭は川岸にある岩に登り、高台の様子を見た。
坊主頭の体がビクッと反応し、動きと息を止めた。彼の視線の先、木の隙間からあいつの頭が見えた。襟巻きを開き、坊主頭とは別の方向を威嚇している。
「よーし、よし 良い子達だ」彼は震える声で囁いた。
彼の視線の先には恐竜がもう一匹いた。そして、二匹は睨み合っている。坊主頭は二匹が牽制し合う隙にこっそりとその場から離れた。
一時間ほど斜面を下ると、ヤシの群生が見えて来た。潮のにおいや波の音から海の気配を感じる。坊主頭はジャングルとビーチの境界線をふらふらになりながら歩いている。
左手にはライフルと右手にはアンダーシャツと木の枝で作った白旗を持っていた。
坊主頭はヤシの林からビーチの様子を確認した。誰もいない。波が砕ける音と、海風が吹く音が響いているだけだ。
彼は、少しの間、ヤシの影で立ち止まり何か考え事をした。
波の音を何回か聞いた後、彼は再びビーチへ進んだ。白旗を上げながらゆっくりと波打ち際まで進む。再びビーチを見回して、それからヤシの群生地を見返した。
坊主頭がビーチに到着して数十分経っただろうか。彼は波打ち際に近い所で旗を立て、火を起こしている。
昨日、水を汲んだ水筒を薪の中にいれ、そして携帯食料の封を開ける。
「さあ、これからどうする」
坊主頭は携帯食料を食べながら、考え事をしている。
彼は隣に置いてあったM4をスッと手に取った。そして、周りを一度確認した後、手際良くマガジンを外す。
そして5.56m弾を取り出し、砂浜に並べる。弾はあと18発。彼は周囲と弾丸を交互に見た後、弾を再びマガジンに装填した。
彼はマガジンをM4にセットすると海を眺めた。
昨日の上陸時は、彼を岸へと押し出してくれた波は、外に出る際は堅牢な檻となる様だ。海への脱出不可能だろう。
海を少し見た後、彼は携帯食料を持ちながら近くのヤシに近づき見上げた。
*
彼はヤシの林を見ながら波打ち際を歩いている。可能な限り林から距離を取りたいのだろう。肩で息をしてふらふらな足取りで、何度もヤシの林と後方を確認しながら歩いている。
火を焚いた所から、東側に数百メートルは歩いただろうか。彼の視線の先に一際、斜めで大きなのヤシがあった。
坊主頭は、周囲の警戒をしつつ、そのヤシの天辺付近を観察した。
その大きなヤシは、幹は斜めに生えているものの、天辺付近の葉が生えている所の高さは2階建ての家の屋根ぐらいはありそうだ。
そして、彼の目線はヤシの幹が生えている地面に移った。
*
「これはいい」坊主頭は思わず声が出た。
彼は放射状に生えているヤシの枝に腰掛けている。下を見ると少しゾッとする高さであるが、彼の声には緊張の糸が切れた安心感が漂っていた。
目の前には、鬱蒼とした密林が広がり、左右にはビーチが続いている。
彼はリュックを前に抱え、ベルトで太い茎と腰を括っていた。日差しを遮る為に、近くの葉を寄せて屋根の様に重ねている。
坊主頭が登っているヤシは海からの風によりゆっくりと揺れていた。
彼は海風に吹かれながら仮面を外した。彼の左目の周辺が真っ赤に腫れ目は開かない状態だった。そして、酷く疲れ切った表情が浮かんでいる。
その表情は風と波の音を聞きいている内に穏やかになり、そして彼は眠りに落ちた。
*
ふと目を開けると世界は薄暗くなっていた。彼は少し体を縮こませて、あくびをした。そして、何かを思い出した様に目の前の森とビーチを見回す。
眼前の森は漆黒の闇に包まれていた。そして、ビーチは赤紫色の空に照らされた僅かに青白い砂浜が広がっている。
ヤシにより割かれる風と海からの波の音が昼間より大きい。
ビーチには相変わらず誰も、何もいない。目の前の森も虫と小鳥の鳴き声が僅かに聞こえてくるだけで、大きな生き物の気配は無い。
坊主頭は周囲の観察をひと段落させると、ライフルの先端に着剣しているナイフを取り外した。
そして手の届く範囲にあったのヤシの実を、体のバランスを保ちながら切り取った。
ナイフの先端を実に突き刺し、グリグリと回す。すると、数秒の内に表面の繊維質に穴が空いた。そこからから少しの間、ナイフの先端で実の殻と格闘する。実に穴が明くと、器用にナイフで広げた。
彼は実の中の胚乳を飲み、ゴクゴクと中身を飲み干した。彼は飲み干したヤシの実のカラを背面のビーチへ放り捨てた。
そして、坊主頭の動きが止まった。彼は目の前の森をじっと見つめている。
*
ガガガーン
森から銃声が聞こえてきた。音の大きさからすると、かなり距離がありそうだ。
久々の音に、坊主頭は前屈みになり森を見回したが、気配はその銃声のみしかなかった。
坊主頭がここに座ってから何時間経っただろうか。すっかり日が沈み、辺りは暗くなっている。坊主頭の耳にはら再び虫の鳴き声と風、波の音だけが入ってきた。
ビーチは月明かりでほのかに砂が青く照らされている。ふと、東側のビーチで何かが動いた。坊主頭の上半身がビクッと反射的に動いた。
遠くにいるが、わかった。あの恐竜だ。
そいつは、ビーチをうろついている。数百メートル先だ。
坊主頭は固唾を飲み、その恐竜から目を離さないでいる。森の方を向いている体をゆっくりとそいつがいる東のビーチへ向けた。
そして、ライフルをゆっくりと構え、リアサイトから敵を覗く。
リアサイトの先では、黒い影が浜辺を移動していた。フンフンと鼻息を鳴らしているのが遠くからでも伝わってくる。
坊主頭はドクンドクンと鼓動が早くなり、視界が狭まった。
ツーっと額から一筋の汗がしたたった。
「よーし、良い子だ ……そう…そのままお帰り」
そう坊主頭が呟くと、そいつはM4のリアサイトの先で、ビーチから暗い森に入って行くところだった。
彼の体の緊張が解けた時だった。
「おい」
その声に坊主頭はビクリとする。さっ、と後方のビーチに目をやるが何もいない。
「おい……下だ」
下を見ると仮面の男がいた。ライフルを坊主頭に向けている。坊主頭は顔と手を上げ言った。
「待ってくれ。俺は棄権したいんだ」
「カメラは回ってるか?」仮面の男が喋った。
坊主頭は上を見ながら言った。
「いや……そっちは」
「俺も回して無い……あと、戦う気も無いよ」と首を傾げた。
「そいつは助かる」と言うと坊主頭はゆっくりと顔をその男に向けた。
するとその男が仮面を脱いだ。そいつも坊主頭だった。年齢は少し上だろう、30前後に見える。神経質そうで少し痩せ気味だ。顔が酷く疲れている様子が月明かりでもわかった。
「俺も棄権するつもりだ」とその男が言った。
「そうか……まあ、さすがに食われるのはごめんだよな」
「……棄権の申請はしたのか?」とその男が聞いてきた。まだ銃口を坊主頭に向けている。
「していない。俺は携帯を無くした……だから、白旗立てて他のプレイヤーを待ってた」と坊主頭。
「そうか……期待させてしまって悪いが……その、残念だが、棄権できないかもしれない」
「おい……どう言う事だ」
「またあとで説明する……それより、すまんが俺もそこに登らせてくれないか」
「隣の木を使ってくれ」
「……ヤシは登れないんだ。これを縛ってくれないか」そいつは手にザイルの束を持っていた。反対の手はまだM4を坊主頭に向けている。坊主頭は少し間をおき言った。
「しようがない、そいつを投げてくれ」
「すまない」
坊主頭は、自分が登っていたヤシに男のザイルを縛り付け、自分は隣のヤシの木に登った。男はザイルを登り、ヤシの枝に座った。
「寝床をとって悪いな」と男が言った。もう彼のM4は坊主頭に向いていない。
「貸しだ……その顔は寝てないんだろ。俺が見張ってるから少し寝ろよ」と坊主頭。
「悪い」
「ところで今何時だ?」
「3時半だ」と男が携帯を見て言った。
「朝日が出たら起こす」
「わかった……ところで何て呼べば良い?俺は……ルイスで頼むよ」そいつは目を閉じながら言った。
坊主頭は一瞬考えて答えた。
「俺は……オスカーで頼む」