そいつは2人の25メートル先まで近づいて来た。
まるで土石流の勢いで巨体が迫ってくる。
20メートル
15メートル
「撃て!」ルイスが叫んだ。
ガガガ!ガ!
「わ!!」
2人が撃ったのとほぼ同時に、巨体が飛びついた。2人は反射的に左右に散らばった。
ゴシャ!!
ズザザザザ!
恐竜の頭が先程2人がいた所に突っ込んできた。
その後、岩肌をずり落ちて行く。地面に落ちた巨体がビクビクと痙攣している。
オスカーは間一髪、恐竜の突進を避けていた。
「おい!無事か!!」
「……くそ。何てヤツだ。ったく」ルイスも間一髪避けた様だ。
ルイスは高台からずり落ち、恐竜の横に落ちた。彼は生き残った喜びよりも、怒りが勝っている様だ。
ルイスが立ち上がり、恐竜のそばを離れようとした時だった。突如、巨体の痙攣が止まった。倒れていた恐竜がガバッと起き上がった。
「ワッ!!」
ガガガ!!ガガガ!!
ルイスがライフルを連射する。しかし恐竜は怯まない。恐竜が頭を旋回させルイスに向かって横から頭突きをした。彼は軽々と吹き飛ばされた。
オスカーはその様子を見てただただ焦っていた。彼はM4のチャージングハンドルは何度も引いている。再び弾詰まりを起こしていた。
その間に恐竜はルイスにゆっくり近づいている。その先にいるルイスに目を向けると、彼は気を失っている。
「ワー!!」オスカーはどうする事も出来ず、大声を出した。
恐竜の動きは止まっていない。
ドカ!!
恐竜の背中にオスカーが全力で投げた拳大の石がぶつかった。恐竜は驚いたのか、瞬きする間にザッ、と巨体を反転させた。
シャー!!
オスカーは怪物に威嚇されると、息が止まり、背筋が凍りついた。彼はガタガタと震える右手で、腰に下げてあるM9ナイフの鞘の留め具のボタンをパチリと外し、スーっとブレードを引き抜いた。
彼の方が高台にいるせいか、恐竜はすぐには襲って来ていない。
オスカーは、怪物と間合い数メートルで向き合いながら、ゆっくりとM9ナイフをライフルの先端に着剣させた。
この時の彼は、人生で最も恐怖を感じている瞬間だったが驚く事に、着剣は滞りなく、間違える事なく終えた。
槍を手に入れたオスカーは、少しばかりの威勢が芽生えていた。
「どうした?かかって来いよ」M4の先端につけたナイフを怪物に向けて彼は震える声で囁いた。
恐竜はその声に反応したのか、オスカーに向かってドカドカと歩き出した。
オスカーは何も作戦は無かった。この高台とはいえ、銃剣ではどうにもならないだろう。
一瞬、彼の脳裏に、食われた男達の姿が浮かびあがり、彼も死を覚悟した。しかし、ルイスの方を見て、彼は仮面の下で笑みを浮かべた。
ガガガ!!ガガガ!!ガガガ!!
9発の弾丸が恐竜の頭に打ち込まれた。恐竜の頭部が破壊された後、巨体が前のめりで崩れた。
倒れた恐竜の近くまでルイスが駆けつけて、再び頭部目掛けてバースト射撃を2回、つまり6発の弾丸を打ち込んだ。
巨体はビクビクと痙攣しているが、頭部の損傷状態を見る限りさすがに生き絶えただろう。
「ハァハァ……危なかった……」ルイスが呟いた。
「おい!大丈夫か!!?」
「問題無い!!そっちは!!?」
オスカーはルイスに近づきながら言った。肩で息をしている。
「大丈夫だ。すまん、しくじったよ」
「いや、君がいなかったら俺はやられてた……礼を言うよ」とルイスが言うと、オスカーは「お安いご用意」と言わんがごとく右手を振った。
「ところで、君のマガジンを見せてくれないか?」
オスカーは一瞬止り、マガジンを抜いてルイスへ見せた。ルイスはマガジンを見ると、オスカーへ視線を向けた。
「これが原因だ。口が少し開いてる……こうなると弾詰まりが起きやすいんだ」
ルイスが自分のマガジンを抜き、オスカーの物と比較している。確かにオスカーの物は口が開いている。
「……こんなことがあるんだな」
「君のルートは有利なポジションだから……これは調整なのかもな」
「ハンデってことか?そうなら、陰湿すぎるだろ」
「とりあえず一つ覚えたな。別のマガジンを使おう……あと、間違って使うと地獄だ。これは捨てていこう」
オスカーは不良品のマガジンから弾を取り出し始めた。
ルイスが倒れている恐竜を見つめている。
「この巨体であのスピードとは……信じられないパワーだ」
恐竜の大きさは、頭から尻尾まではやはり小舟ほどの大きさだ。歩幅測ると6メートル程有った。体重は数百キロか?リュック程の大きさだと思った頭は、V字のトサカを含めるとそれより遥かに大きかった。
オスカーが恐竜を見ながら言った。
「こいつは、俺を襲ったヤツより一回り小さいかも」
「すると……こいつは若者なのかもな……行動が獰猛過ぎるというか、無謀だったから、そう考えると辻褄があう」
「へー、そういうものかい?」
「……動物も人間と同じで、思春期の様なものがあるらしい……思春期の若者は、ある時は引っ込み思案で、ある時は危険な行動をするみたいだ」
「まあ、人間はそうかもな……こいつもそうかもしれない……上陸直後に、たぶん俺の近くにいたんだが、武器を持っていないのに何もしてこなかった。なのに、今回のこれだ」
「……動物も人間も、若い時に無茶を繰り返して、危険を学んで行くんだ。そして、その過程で死ぬやつも多い。こいつもそうなってしまったな」
「……」
おもむろに携帯端末を確認するルイス。
「また1人減ってる。9人になった……恐竜にやられたな」
「何で恐竜にやられたってわかるんだ?」
「全体のBTCが減ってるからだ」
「そういうルールなのか?」
「恐らくそうだろう、プレイヤーにやられた時はやったプレイヤーに入る……恐竜がやった場合は、胴元に入るんじゃないか?まあ、予想に過ぎないが」
「なるほど、あり得るな」
ルイスがニヤリとした。
「今ので0.2ほど入った……すごい」
オスカーもニヤりとする。
「死に掛けたんだ。そんなもんだろ」
少しの間喜んだ後、2人は体制を立て直し、再び箱を目指した。
*
「この辺だ」オスカーがルイスの肩を掴み立ち止まった。
「どうした?」ルイスは周りを警戒しながら立ち止まった。
「一緒に逃げたやつが殺られたのが、おそらくこの辺だ」
「そうか ……そうなら、所持品が落ちているかもな……探してみるか」
オスカーはそれを聞くとルイスの肩から手を外した。
「いや、今はやめておこう」オスカーは余計な事を言ったと後悔した。
「何故だ?貴重な物資を手に入れるチャンスだろ」
「もう一匹が出るかもしれんだろ」
「それなら、尚更好都合だ」
「おっ、俺は、ここではごめんだ、まずは箱を目指そう」と言うと見覚えのある森の景色で視線が止まった。ルイスもオスカーの見ている先を見た。
「あっちの方だな?」とルイスがその先に顎向けた。
「いや、違う」オスカーは否定したが、その時にはルイスはその先に向かって歩いていた。
「待て、岩壁から離れると危ないぞ!」とオスカーの警告も無視してルイスは進んでいる。
ルイスは草を灌木の間を進みながら言った。
「もう少しだけだ、異変があったらすぐに……」彼の言葉が止まった。
「どうした?」
「来てみろよ」とのルイスの言葉に、嫌々ながら岩壁を離れて20メートルほど離れていた彼の様子を見に行った。
灌木の間で見えているルイスの頭は、周囲を警戒しつつ、足元を確認している。
草と枝を掻き分けて彼の後ろにたどり着くなり、見覚えのあるものが目に入った。
「君の相方のものか?」とルイス。
仮面の下のルイスの視線の先には、ボロキレとなったデジタル迷彩の服が落ちていた。その周囲は草が荒らされており、ところどころに赤黒いものが付着している。オスカーはそれを見るなり吐き出しそうになった。
ルイスがM4の先端にボロキレをひっかけて、彼の仮面に近づけた。彼は何かに気がついた様で、M4に引っ掛けたボロキレを左手で探り、何かを取り出した。
「宝物発見」彼の左手には携帯があった。「君のものでは?」とオスカーに渡してきた。オスカーは恐怖心が吹き飛び、端末を受け取った。彼の端末のPINコードを素早く入力すると、画面が開いた。
「おお、助かったよ」と感極まりルイスの方を見た。その視線を携帯からルイスへずらした時だった。生臭い空気が漂った。オスカーの全身の毛が逆立った。
「な、なあ、頼む、ここの探索は後にしよう」
「もっと何かあるかも知れないぞ」
「ダメだ。ここは、何か不味い気がする」
オスカーの異様な怯え具合にルイスも折れて、そこの探索は早々に切り上げた。
*
「ハァハァ……もうすぐ……フェンスだ……近くに……作った拠点がある」少し息を切らしてオスカーが言った。
「そうか……例の……他のプレイヤーが殺されたのも……この辺か」ルイスも息が上がっている。
「そうだ」
そこから少し登るとフェンスが見えてきた。右手の岩壁には昨日オスカーが潜んでいた窪みがある。足元の草は荒れ、所々に黒いものが付着している。―殺された男の血痕だ―オスカーは昨日の出来事を思い出すと、ライフルを握り締める手に力が入った。
捕食現場の手前まで来るとルイスが立ち止まった。
オスカーが急かすように言った。
「おい……どうした?」オスカーはさっさとそこを通り抜けたかった。
「もう一匹を、君の拠点で待ち伏せするのが良いかもな」
オスカーはこの忌々しい空間に留まることは真っ平ごめんだった。
「まっ、まずは箱に行こう……次の動きは支給品次第で変わるだろ?」と平静を装い流そうと思ったが、吃ってしまった。
その後、2人は足早に窪みの前を通り過ぎて行った。そして、フェンスの基礎に乗ると、そのまま駆け足で箱へ向かった。
「おい、無事到着できたぞ!!」とオスカー。
「予定通り」対してルイスは冷静である。
「やるな、あんたのおかげだ」オスカーは緊張の糸が切れている様だ。
ルイスが端末を触りながら言った。
「ところで…もう一匹をはじめに見たのはここか?」
「そうだ……さっきの窪みから、他のプレイヤーが襲われるのを見てた」
「そいつは、どんな動きをしていた?」
「ええ、っと。やられた男がフェンス沿いの西側を警戒している時に、斜面側、つまり南側から上がって来た。男は食いつかれる寸前まであの巨体の接近に気付けて無かったよ」
「……さっきの奴より賢いかもな」
「さっきの奴より賢いのは間違い無い……その男は恐らく、西側から追われて来たんだ。だから追ってきた方を警戒してた。まさか、あの怪物が不意打ちで死角から接近してくるとは思わないよな」
「そうだな」
「あと、何というか……すごく残忍なやつなんだ」
「……どんな所が?」
「食うだけじゃなくて、何か…遊ぶんだよ、獲物で。必要以上に怖がらせて、すぐに殺さずにゆっくり痛めつけていくんだ」
「なるほど …君がやたらとそいつを恐れているのはそれが理由か」
「いやいや、俺はビビってないよ」とこれがオスカーの精一杯の去勢だった。
「嫌なやつだな……とりあえず、支給品を回収しよう」ルイスの声に焦りの色が混ざっていた。
ルイスは、マガジン3つとバッテリー、携帯食料、それから暗視スコープをそれぞれ一つずつ入手。
オスカーはマガジン3つとバッテリー、携帯食料まではルイスと同じ、それからWebカメラとザイルを入手した。運が良いことに、オスカーの所持金も増えていた。
荷物を回収し立ち去ろうとした時だ。
ザッ!ドサ!!
2人は飛び上がった。何かがフェンスにぶつかり、コンクリートへと叩きつけられた音がした。それは、水分を含んだ物の様な鈍い音だった。2人は西側のフェンス沿いに視線を向けた。
「わ!!」オスカーの叫び声が、シンとした森を貫いた。
そこには信じられないものが落ちている。 赤黒い塊の中に、白い筋が見え隠れしている物体だ。
「まっ、待て、落ち着け」ルイスが後退りするオスカーを抑える。しかし、彼も酷く動揺している。
四肢が欠損した胴体が彼らの視線の先、コンクリートの基礎上に落ちていた。皮膚が無くなった頭部らしきものがこちらを向いて横たわっている。
「ハァハァ、あれは、俺の携帯を持ってたやつだ!!」オスカーのライフルがカタカタと震えている。
「落ち着け!」
「あいつ!俺たちをあそこからつけてのか!?」
「オスカー落ち着け!近くにいるぞ」
ふとあの臭いが漂った。腐った魚の様な生臭ささだ。オスカーは視界が狭くなり、激しい吐き気に襲われた。
「くそ!!気持ち悪いヤツだ!おっ、おい、どうする?」
「あの巨体だ、この箱に隠れても回り込まれたらアウトだ」
「ハァハァ もうたくさんだ 今のうちに言っておく」
「なんだ?」
「俺が捕まってダメだと思ったら俺の頭を撃ってくれ」
「次どうするか考えろよ!」とルイスはオスカーの肩をバシッと叩いた。
それによりオスカーが少し冷静さを取り戻した。
「ハァハァ 窪みで殺ろう」とオスカー。
「おお、そうだ 忘れてた、あそこが最適だ」
2人は目を合わせた後、箱から離れようとした。その時、オスカーにあの光景が甦った。すかさずルイスの肩を掴んだ。
「いかん、罠だ」
「どうした」ルイスが振り返った。
「ここで殺られた男と同じパターンだ、あそこに登る前に2人ともやられる」
「……なるほど」
オスカーは瞬時に昨日の逃走劇を思い出した。
「川に行こう 、俺があいつを巻けたのは崖を飛び降りたからだ」
「距離があるけど行けるか?」
「アイツの裏をかくんだ このまま真っ直ぐ、全速力で斜面を駆け降りよう 数分もせずに川に辿り着く」
「賭けだな あいつが窪みの近くに潜んでると願おう 左目の調子はどうだ?」
「視界はまだ半分だ」
「……よし、君が先に進んでくれ。行き先だけに集中しろ。俺が後と左右を警戒しておく」
「わかった」
「123で飛び出そう、準備は良いか?」
オスカーは無言で頷いた。
「1」
オスカーは口の中の酸っぱいものを飲み込んだ。
「2」
アイツの瞳孔がフラッシュバックしてきた。
「3 いくぞ」
オスカーは目の前の箱の上に飛び上がり、すかさず前へ飛び降りた。M4は構えず、両手を自由にして全速力で駆け降りた。背後の様子から相棒はついて来ている様だ。
昨日も2人で降りた道だよく覚えている。昨日は川までは長い距離に感じたが、実はそう遠くない。それを踏んでオスカーはこの選択をした。
「ハァハァ 後ろにいる!」とルイスの声が聞こえた。
それを聞くと尻に火がついた様に走った。すると川の気配がして来た。川はすぐ近くだ。
彼は灌木でところどころに生えている開けた所にでた。右手に崖が見える。
「ここで止まろう!」ルイスが叫んだ。
後ろを振り向きライフルを構える2人。
ルイスが切れ切れに囁いた。
「ハァハァ……あの林の……中にいる」
「川の……ハァハァ…様子を見る……そのまま警戒しててくれ」オスカーが川の方をチラチラ見ながら言った。
「ああ」
オスカーがライフルを構えながら、川に近づいて行く。崖までジリジリ近づき、下を覗き込んだ。
彼の立っている場所の真下でさ、白波が立ちザーッと水が流れる音がする瀬が広がっていた。
その数メートル下流は川がカーブしており、エメラルドグリーンの水面が太陽の光をテラテラと反射している淵が見えた。
「ハァハァ……もう少し……降ったところに深みがある。崖下は7メートルといった所だ……構えたまま移動しよう」とオスカー。
「わかった」
川の深みがあるポイントの崖へ少しづつ近付く2人。
「ここだ。ここから飛び降りるぞ」オスカーは川と林を交互に見ながら言った。
「俺はやつの居場所がわかってる。見張っておくから先に飛び降りてくれ」
「わるいな」
オスカーは崖下を覗き込み、深みで濃い緑色になっている水面を確認し、仮面を抑えながら間髪入れず飛び降りた。
ザッ!!
水面の硬い衝撃の直後に、足が水底についた。着水の衝撃でズレた仮面を元に戻しながら、水面に浮かぶのとほぼ同時に岸へと辿りついた。
「早く飛べ!」
崖を見上げるとまだ相棒の姿は見えていなかった。焦り、再びルイスを呼ぼうとしたら、彼の姿が見えてそのまま川へ飛び降りた。そして、ルイスの体を追う様に、恐竜の頭が崖から出てきた。
ザン!!
ルイスが着水した後、浮上してきた。
頭上の崖を見ると、恐竜が威嚇して口を開き、こちらを見下ろしている。
「ワッ!!こいつ本当にいやがった!」オスカーが叫んだ。
「頼むからこっち来るなよ」ルイスがびしょびしょの顔で囁いている。
少しずつ後退し川から離れる2人。恐竜と2人はお互い目を離さない。
「ここまで離れたら、流石に飛び付いって来ないだろう……ダメ元で足を狙って見るか」とルイス。
「良いぞ、右足だな?合図をくれ」
2人は右足に狙いを定めた。すると、勘付かれたか、恐竜はピクリと止まり、ザッと木の中に消えて行った。
「やはり賢いな」ルイスと苦虫を噛み潰した様に言った。続けて彼が言った。
「下手したらビーチまで降りてくるぞ」
「……ビーチで迎え撃とう」とオスカー。
「そうだな……その為には準備がいる……降りながらロープになりそうな蔓があったら回収して行こう」
「何に使うんだ?」
「ヤシの間に張り巡らす。簡易バリケードだ」ルイスは元々考えていた様に答えた。
「へー……やつに効くかね?」とオスカーは仮面の下で眉を顰めた。
「効果は有ると思う。数秒でも足止め出来れば十分だ。狙う時間が稼げる」
「なるほど……了解した」
*
2人は昨日オスカーが下山したルートを進んだ。そして、下山と並行して程よい蔓を回収して行く。ビーチに着く頃には2人とも両手で抱え込む程の蔓を回収出来た。
しばらく進むと今朝休んでいたヤシの木の近くに出た。時間は12時18分。太陽は真上にあり、森の中にも光が差している。
「真昼の内にバリケードを作らないとな。場所は君の上陸ポイントが最適だ」仮面の下に見える首に沢山汗をかいているルイスが言った。
2人は蔓を束ねてリュックへ縛り付けた。両手をフリーにしてライフルを構える為だ。森を警戒し、なるべく海側の波打ち際に近いルートを小走りで進んだ―
オスカーの上陸地点へ到着したのは12時40分を超えていた。
ルイスがビーチの終点となっている岩場を見ながら言った。
「ここを拠点にしよう。……そしてあそこから……あそこまでバリケードを作る」
彼は岩場のすぐ隣のヤシの群生エリアを指差している。
彼が言ったのは拠点とする岩場からヤシエリアまでは20メートル。そこにロープを張り巡らし、バリケードとする作戦だった。少しの間足止めできればM4でも十分に勝機はある。
「君は目を負傷しているから、俺が見張りをする。その間にバリケードを作ってくれ」
「わかった」オスカーは頷いた。
まずは一番丈夫なザイルを一番重要な場所に張った。ザイルは太さ10ミリ、長さは20メートルだ。ルイスのものとオスカーのもので2つ有る。
その2本を岩壁のすぐ隣に生えているヤシから西側へ20メートル張った。地上からおおよそ0.7メートルと1.5メートルの高さにその2本のザイルを張る。あとは、回収した蔓でその間の高さの補完、バリケードの延長を行った。最終的にバリケードは高さ2メートル、長さは25メートルになった。
「……あとは、無駄かも知れないがビーチの真ん中に焚き火を付けよう」ルイスがバリケードを見ながら言った。
「視界確保なら……暗視スコープが有るだろ?」オスカーは肩をすくめた。
「それは最後の切り札だ……他の方法で代替が効くならそれを使うべきだ」
「……さっさとケリを付ける方が良くないか?」
「最善を尽くした方が良い……暗視スコープだけに頼るのは危険だ」ルイスはかぶりをふっている。
「わかったよ」
「そうだ……君の射撃の腕を見たい 」
「……急にどうした?」
「ちょっと気になってな……」
ルイスがヤシのエリアから拠点とする岩場へ歩き始めた。岩場に着くと、直径2〜3センチほどの小石を三つ岩の上に置き、オスカーに声をかける。
「そこから、これらを撃ち抜けるか?」
距離はおよそ20メートル。
オスカーがジャキッとチャージングハンドルを引き、ライフルを構えた。
「……多分いける」
岩場から離れるルイス。
小石をM4のリアサイトで覗きこみ、照準をあわせた。ゆっくり呼吸をするオスカー。
そして息を止めた。
ズガーン!!!
銃声と共に一番右の小石が飛び散った。
オスカーが次の石を狙っている。
ズガーン!!!
さっきの銃声から数秒後に、また小石が飛び散った。
ズガーン!!!
三つ目も飛び散った。ルイスが視線が飛び散った小石からオスカーに向いた。
「やっぱり上手い……才能が有るな」
「……そうなのか?だとして、いつ気がついた?」
「一匹目が突っ込んできたとき、恐らく君の弾丸は全て当たってたみたいなんだ」
「まあ、あんなもんだろ」
「いや、君は才能があるよ、少なくとも俺よりは正確だ……だから、暗視スコープは君が使ってくれ」
「ああ、了解……―
2人はその後、岩場の拠点とバリケードの中間地点のビーチへ薪を集めた。山積みにし、高さは彼らの身長ほどになった。それらの作業が終わり、オスカーが端末を確認すると時間は15時48分だった―
岩場の上に移動する2人。そこはビーチからは1.5メートルほど高台になっていた。アイツとやり合うには心持たない高さだが無いよりマシだ。また、その場所は遮るものが無い為、海からの風が強く、快適とは言えない環境だった。そこから海側は20メートルほど岩場が続き、波打ち際となっている。そして、山側はすぐ隣りが切り立った岩壁となっていた。
「風が鬱陶しいな」オスカーが呟いた。
「……仕方ない、風以外はここがベストの場所だ―
夕暮れが近付いてくると、風が若干収まってきた。
「もうそろそろ、火付けるか」携帯食料を食べながらオスカーが言った。
「そうするか」
オスカーが薪へ火を付けた。火が徐々に大きくなる。
そして火柱が発生し始めた頃には、周りはすっかり暗くなっていた。岩場の拠点では、風の音と、パキッと薪が爆ぜる音が聞こえていた。
その時だ。
森の方から微かにあの声が聞こえた。
ホー、ホー
オスカーは胃が締め上げられる感覚に襲われた。
「……やっぱり、来てるぞ」
「……」ルイスが無言で頷いた。
「わざわざ知らせてくるとは……嫌なやつだ」
「作戦を言って無かったな」
「そうだな……どうするんだ?」
「奴が襲ってくるルートは2通り、バリケード側かバリケードを迂回して西側の砂浜から来るかだ。
バリケードから来た場合は……運良く足止めできたら足を狙おう、こっちから近い左足だ。バリケードを破られたら胸を狙う。砂浜ルートは、手前20メートルまでは左足、超えたら胸で行こう」
「了解」
オスカーがバリケードの右側、ルイスがバリケードの左側と砂浜ルートの監視で分担をした。2人は固唾を飲んでライフルのリアサイトを覗いている―彼らの周辺は薪が爆ぜる音と波、風の音のみが響いていた―
*
ライフルを構えてからどれだけ経ったか。恐らく2時間以上経ったはず。ビーチの焚き火が小さくなってきた。携帯で時間を確認するオスカー。携帯の時間は21時05分を示していた。
ルイスが囁いた。
「火が小さくなってきた……消えるとマズいな」
焚き火は既に火柱は無くなっていた。しかし組まれている薪の内側で、赤と橙の炎が静かにユラユラと光を漏らしている。
「……アイツはまだいると思うか?」とルイス。
「……たぶんいるぞ」
それから少し時間が経過すると、火の灯りがさらに小さくなり、月明かりの方が目立ち始めた。
「……暗視スコープを使おう」とルイスは言った。
「頃合いだな」
ルイスがリュックから暗視スコープを取り出し、オスカーに渡した。オスカーは暗視スコープを手際良くM4に取り付けている。その隣りでライフルを構えながらルイスが言った。
「しつこいやつだな……結局、切り札を使う羽目になったか」
「……そういえば襲われた奴は、朝方だったよ……もしかしたら、朝まで粘られたのかもな」
薪の火は細い赤い線がチリチリと瞬くほどになっていた。オスカーは暗視スコープのセッティングを終えると、サッとライフルを構えた。
「よし……それじゃ探してみる」
そう言うと彼は暗視スコープを覗いた。スコープ越しでは緑色の視界が広がっており、バリケードのザイル、蔓の輪郭がはっきり見えた。その奥の林も木々の形がわかる。しかし、色がわからない為、アイツが木々の間にいても直ぐにはわかりそうもない。
ゆっくりと林を順番に確認して行くオスカー。ルイスが聞いてきた。
「……どうだ。いそうか?」
「いや……まだいない……ん?」オスカーが何かに気がついた。
「……たぶん、見つけた……バリケードの中央から左に2メートルの奥の林……距離は50メートルだな」
「撃てそうか?」とルイス。
「いや……致命症になる所が見えない」
「そうか……逃げると厄介だから……下手な所を撃たないように」
「わかってるよ」
「どんな状態なんだ?」
「たぶん、林に隠れて様子をうかがっているんだと思う」
「よし、林から出て貰おうか」
「……どうするんだ?」
「俺が囮になるよ」
「え?」と、驚いたオスカーがスコープから目を離した。
「ビーチに降りて……挑発する」
「いやいや、危険すぎる」
「こいつは一筋縄じゃいかんよ。リスクを負わないと倒せないと思う……あと、君の腕なら1発でやれるはずだ」
「買い被り過ぎだぞ」
「……それじゃ、頼んだ」
「オッ、ちょい……勘弁してくれよ」
ルイスはドッと砂浜に着地した。
「俺の弾に当たらない様に、なるべく波打ち際を移動してくれ……あとバリケードは危ないから近づくなよ」とオスカー。
「わかってる」ルイスが頷いた。
そういうと彼は森の方を向きながらゆっくりと岩場から離れて行った。急いでスコープに目を戻すオスカー。
ゾクリと背筋に電流が流れた。奴がいない。オスカーは化け物を見失った。
「待て!見失った!戻れ!!」
その声にルイスはピタっと足を止めた。