絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
Ⅰ『Let Me Live』
ビルの屋上では冷たい夜風が荒れ狂っていた。
縄張りを主張するライオンのように、ウイルスを排除するリンパ球のように。
「帰れ」とでも言いたげに、ボクのことをビルの中へ追い返そうと四方八方からソイツは襲い掛かってくる。
かと思えば、古錆びたドアから離れてしばらくすると、風は「行っておいで」と言うようにボクの背中を押してくるのだった。
人間はたった一つの切っ掛けで壊れる程単純ではない。
また、たった一つの言葉で立ち直れる程簡単でもない。
一歩、また一歩と終焉へ進んでいる今なら、ダラダラと続いてきた物語を終わらせようとしている今ならそのことがよく分かる。
どちらにせよボクのことを追い出したい何かがいる、そんな場所の縁から見下ろす世界は暗く静かで、それでいて不気味だった。
ひとりにしてくれればいいのに。そのまま放っておいてくれればいいのに。
ここから飛び降りれば楽になれるかと、そう思って来たのだけれど。
いざ目の当たりにするその闇に、ボクはここに至るまでの経緯を思い返さずにはいられなかった。
Ⅱ『SMILES and TEARS』
母が死んだ。最近にあったのはそのことか。
一人親だった母が死んだ年齢は四十七歳と二ヵ月。
世間では「若過ぎる死」とでも言われるのだろうか。
この死について「早過ぎる」と言うのなら、人はいつまで生きれば「丁度良い」と、もしくは「遅過ぎる」と言えるようになるのだろうか。
ボクは自分のことを「若過ぎる」と思っていたから今まで何も行動しようとしなかったのだろうか。
母がボクを生んだのは二十六歳の時で、既に母は三児の親として生きていた。
母は兄を十六歳と九ヵ月の時に産んだ。
上の姉をその二年と四ヵ月後に、下の姉をその更に一半年後に産んだ。
四番目ではあったもののボクの時はかなりの難産になったらしい。
出産予定日当日の夜中に陣痛が来た母はその日の内に産まれるとばかり思っていたが、その時胎児であったボクは病院に着いてからも眠っており、胎内から外へと……この世界へと産まれようとしていなかった。
詳しくは知らないが、出産は母と子の共同作業であり、産み出そうとする母親側の動きと産まれ出ようとする胎児側の動きが合うことが必要となる。
母親がいくら外へ産み出そうと力んでも胎児が産まれ出るのに適した姿勢になるなどしなければ、延々と痛みが続くだけで出産は終わらない。
ボクを産む時、母は実に三日間も痛みに耐え抜いた。
もちろん七十二時間途切れなく痛みが続いた訳ではないが、その間に産み出そうとする母と産まれ出ようとしないボクを繋いでいた胎盤は両者の力のせめぎ合いにより剥がれ落とされ、子宮は傷つけられていった。
胎盤が完全に剥がれ落ちれば、酸素を充分に供給できないことで胎児は酸欠状態になり、溜まった血の腫瘤で母親は血液の状態に異常を来すようになる恐れも出てくる。
そうとも知らずにボクは眠り続け、母の胎内を傷つけ続け、ボクの次に別の生命がそこへ宿る可能性を壊し続けた。
薬や医師の働きによってようやくこの世界にボクが引きずり出された頃には、母の身体は既に妊娠し難いものになっていた。
母は子どもが大好きだった。
年齢と財産が許す限り、何人でも産み育てたいと思っていた。
だから、母はこの時「とてもショックを受けた」と言うが、同時にその四年後病気により子宮を摘出したことや子育てにどれ程の金額が必要になったかを持ち出して、「四人も産めれば充分だった」とも言っていた。
誕生日を迎える度、ボクは酒で酔った母にこの話を聞かされた。
それこそ耳にタコができる程だった。