絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
上の姉だって、最初から父を憎み続けていた訳ではない。
寧ろ父に一番懐いていたのは、父を追い出した上の姉だったらしい。
上の姉が所謂オタクになったのは父の影響が大きい。
父自身はオタクという程でもなかったが、フィクションを好んでいたのは確かだった。
漫画やアニメ、小説、ドラマ、演劇……媒体やジャンルは特に定まっていない。
ともかくそういった創作物を鑑賞するのが趣味だったと聞く。
父のその趣味によく付き合っていたのが上の姉だった。
兄と下の姉はそういった物に小さい頃から興味がなく、父に誘われても断って外で遊んでいた。
夕方、上の姉があぐらをかいた父の膝に乗って二人でお茶の間のテレビに向かいアニメを観るのは、父がリウマチに侵される前の穏やかな日常的な光景で、写真が押し入れの奥にあったアルバムに残されていた。
それだけ慕っていた父が自分に暴力を振るうようになったというのは、上の姉にショックと混乱をもたらした。
虐待を受ける子どもが尚も親を慕うということはよく見受けられる状況らしいが、それと同じように上の姉は父に愛憎の入り混じった感情を持って接し続けていた。
憎しみの方に振り切れたのは、先述の通りボクの存在があったからだろう。
男の初恋の相手は母親、女の初恋の相手は父親という言葉がある。
それに従うと、最初に恋した相手からそんな複雑な感情を抱かされたからだろうか。
それとも、フィクションという世界の中にいる完成されたキャラクターばかり見ているオタクとしては当然なのか。
上の姉は現実の男に対して何の恋愛感情も抱いたことがない。
今でも画面の向こうの美男ばかり追いかけている。
ボクもアニメや漫画は好きな方だし、一般的な人々からすれば充分オタク的な人間なのだろうけど、それでも姉のように二次元に浸ってばかりはいない。
三次元の、現実の世界に対する執着は捨てていない。
フィクションの中にはいくらでも「マザー」となり得るようなキャラクターがいる。
でもそれは、最初から「マザー」として人を包容するように設定された存在であり、需要に対する供給のような、都合の良い商品に過ぎない。
人工的であり、人間的でない。
父が自ら母との離婚を考え出さなかったのも、そうした架空の「マザー」ではなく実際に存在し触れることのできる母のことを手放したくなかったからなのだろうと、今では思う。
上の姉が切り出す以前から母の中に離婚という選択肢はあったと話したが、それは普段娘夫婦のことには介入しない祖父による影響だった。
父は兄が仕方なしに産まれてから少しして、祖父に許しを得て母と籍を入れた。
その後、父親であるのに稼ぎ口がなければ生活に困るだろうという祖父の判断と考慮で、父は祖父の会社で働かせてもらうこととなった。
若い娘を孕ませた張本人ではあるものの、父に対し何だかんだ言って祖父は他の人々に対するのと同じかそれ以上に面倒見が良かった。
短大を出ただけの父に祖父は様々な資格を取るよう促し、そのための勉強の資金も研修の費用も全て出した。
父に取らせた資格の種類は豊富だったが、特に工事系のものが多く、自身の会社の仕事の幅を増やすことを考える裁量、娘のことに対し責任を負わせ逃がさないためのプレッシャーを掛ける厳しさ、独立してからも充分に働けるだけの技術と知識を持たせる優しさなど、そこには祖父の人としての大きさが垣間見えるような気がした。
そう、父は祖父から沢山の恵みを与えられていた。
にも拘らず、父は祖父を裏切るような行為をした。
リウマチの症状が落ち着いて、いくつかの困難は残っているが仕事はできるくらいにまで回復した頃、前述のような状態にあった父は大きめの失敗を犯してしまった。
そのせいで祖父の会社は多額の赤字を背負い込むことになった。
でも、その後すぐに祖父の会社には公共事業の話が舞い込んで来た。
父による赤字を帳消しにできるどころか更に多くの利益を得られるような仕事だった。
その事業はある資格を持つ人材のいる業者でなければできないものだったのだが、ここで本当の裏切りは起こる。
そのタイミングで、その事業に必要不可欠な資格を唯一持っていた父は独立したいと言い出したのだ。
完璧主義者でもあった父は先の仕事の失敗に対する自分への失望感に負けたのか、失敗した現場から逃げ出したかったのか。
どういう理由かは知らない。ただ、祖父にとっては余りにも最悪のタイミングだった。
結局独立するかどうかの話し合いはもたつき、まるで兄が産まれた時と同じようにゴダゴダしている間に事業の話は流れてしまった。
祖父は多額の借金に対応するために、会社を潰して立ち上げ直したり規模を縮小したりするなど様々な手を尽くした。
このことはいくら人材育成に熱く若手社員に寛容な祖父でも許し切れなかった。
だから祖父は母に対し父と別れるという選択肢を推していた。