絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
人間を信じられない、人間の愛を疑うしかできないような奴を、それでも無条件に愛してくれるような人。
無償で理不尽な愛を持ち、「マザー」としてボクのことを受け入れてくれる人。
そんな人がこの世界に存在するなんて思ってもいなかった。
きっとそういう存在はフィクションの中にだけいるのだと思っていた。
現実世界に存在しないから架空の世界の中にそういうキャラクターを生み出して、そこから皆癒しを受けているのだと思っていた。
でも、ボクはある日そういう人に出会った。
本当に「マザー」だと思えた。
祖父の言うような宗教でなければ信仰でもないのかも知れないけれど、ボクには絶対的な存在として彼女のことが見えた。
彼女とはボクが大学に行く際使っている駅で出会った。
夏の始まりの、ある週末の夜のこと、駅の地下駐車場の迷路のように入り組んだ通路、そこで彼女は路上ライブをしていた。
特に人通りが多い訳でもなく、実際ボクも偶然迷い込んだだけだったので、ボクが彼女を見つけた時その歌を聴いている人はいなくて、彼女はギターを好きに弾きながら自由に歌っているようだった。
自作の歌なのかどうかは分からなかったけれど、ともかくボクはそのメロディと歌詞に惹かれていた。
そんなハズないのに、その歌はまるでボクに対して歌われているように思えた。
気付くと一曲終わるまでボクは少し離れたその場に棒立ちになって聴き入っていた。
そして彼女と目が合って、そのまま立ち去るのも気まずくなって、ボクはとりあえず拍手を送ることにした。
彼女はちょっと驚いたように目を丸くしたけど、すぐにニッコリと笑って返してくれた。
後から聞いたことだけれど、ボクが初めて足を止めて聴いた人だったらしい。
ボクが拍手を止めてから間髪を入れずに彼女が次の歌を弾き出したのも、初めてのお客さんにできるだけ長く自分の歌を聴いていてもらいたかったからしい。
二曲目が終わって、三曲目が終わって……。
二人だけの路上ライブは夜中になるまで続いた。
中にはボクが知っている歌もあり、女声ボーカルばかりでなく男声ボーカルの歌もギターアレンジで歌っていた。
それでもボクは手拍子をすることもなく、距離を保ったまま棒立ちで聴いていた。
もう何曲聴いたかも分からなくなった頃、途中途中ペットボトルの水を飲んでいたとはいえ喉も枯れてきたのか、彼女は汗を拭ってボクに一礼してからギターをケースに収め始めた。
その間ボクは「何か声を掛けるべきか」とか「いくらかお金を置いていくべきか」とか考えていて、やっぱり棒立ちのままだった。
結局、その日は声も掛けずお金も払わないまま、ギターケースを担いで帰り際に一度だけ礼をした彼女の背を見送ることしかボクにはできなかった。
家に帰ってベッドに寝転んでからボクはそのことを結構後悔した。
折角の出会いを自分から投げ捨ててしまったような気がした。
同時に、狙ったようにもう一度聴きに行けば引かれるかも知れないとも思えて、でもあれだけ足止めするように歌い続けてくれたんだし良いかなとも思えて。
いつの間にか後悔は次の週末への期待感に変わっていた。