絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
翌週末、ボクは先週彼女を見つけたのと同じくらいの時間に駅の地下通路に入った。
だけど、いくら歩き回っても彼女がいた場所には中々辿り着けなかった。
一時間か二時間か探して続けて、「今晩は諦めようか」と、「もう彼女はいないだろう」と思っていた時、先週と同じ歌声が、ギターの音色が聴こえた。
ボクは夢中になってその二つを辿った。
誰かがいたら不審者として見られても仕方のない程、焦るように走って行った。
見覚えのある壁の落書きを過ぎて、切れ掛けている電灯の下を通って、角を曲がれば……そこには先週と同じように自由で好きに歌っている彼女がいた。
その時ボクはどれだけホッとしたのか、早くなっていた鼓動を感じながら自然と笑みを漏らしていた。
そんなボクを見つけて、彼女は気持ち悪がるどころか満面の笑みを見せてくれた。
息を整えながら、先週よりも少し近い場所の壁にもたれ掛かってボクは彼女のライブを堪能した。
ボクが来てから彼女の歌声はより大きく伸び伸びとしたように思えたけれど、流石にそこまで断言してしまうと自分でも寒気がしてくるので止めておこう。
路上ライブはやはり長く続いた。
ボクが着いたのが遅かったので先週程ではなかったけれど、終わった時刻は先週とほぼ変わりなかった。
ただ、先週とは違ってボクはある決心をして来ていた。お金を払うのだ。
開けられたギターケースに五百円玉を投げ込む。
その一動作のために決心とは少々可笑しな話かも知れないけれど、ボクは真剣だった。
ズボンの後ろのポケットから長財布を取り出し、小銭入れ部分のジッパーを開け、五百円玉取り出す、と同時に一緒に入っていた小銭が散らばった。
一円玉から十円玉から百円玉まで……。
手が緊張で震えていたせいか、宙に舞った数枚の小銭はギターケースに入ることなく、彼女の近くに乱雑に転がった。
ボクの顔が真っ赤になったのは言うまでないだろう。
そしてすぐにボクがその場から逃げ出したのも容易に想像できることだろう。
彼女の視線は小銭の方を追っていたので、どんな顔をしていたのかは分からない。
ボクはただ必死に走って、駐車場の通路の中を散々迷って、彼女のいる場所に戻らないよう気を付けながら駅から脱出することしかできなかった。
その日は帰った後即座に眠りに就いた。
また一週間経ってからも、ボクは再び彼女の所へ行くのを躊躇っていた。
あんな恥ずかしい格好を晒して合わせる顔がないような気がしていた。
だけど、電車から降りて改札を抜け、駅の構内を進む中、腕時計の針が彼女と会った時刻に近付いていくとそんな迷いよりも「会いたい」という衝動の方が大きくなっていった。
気持ち悪がられたり嘲笑われたりすれば、確かに大きく傷付くかも知れないけど納得のいく終わりを迎えることができる。そうとも思っていた。
その日、急に「会いたい」「もう一度あの歌を聴きたい」という衝動が湧いたことよりも不思議だったのは、迷うことなく彼女の路上ライブ会場へと辿り着くことができたということだった。
三度目の正直とでも言うのだろうか。
ただ、ボクが着いた時、そこには彼女の姿はなかった。
笑顔で迎えられれば嬉しいし、嫌な顔をされれば悲しい。
そう予想できていたのに、結果はどちらでもなくて、ボクはどういう気持ちになれば良いのか分からなかった。
肩透かしを食らって、先々週とは違う意味で棒立ちになっているしかなかった。
「もうここで弾き、歌うことはしないのだろうか」「それはボクが原因なのだろうか」と様々なことが思い浮かんでしまう。
嫌な方に考えが進んでしまう。
そんな時、後ろからふいに肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこにはギターケースを担いだ彼女がいた。
何でも今日は偶然来るのが遅くなったとのことで、そしてその偶然にボクが早く来たという偶然が重なったのだった。
そう、ボクはこの時初めて彼女の歌声以外の声を聞いた。
彼女の歌は軽快なギターにメッセージ性の強い詞を乗せていくものだったが、彼女の普段話す時の声は他の女性よりも少し高めで歌っている時と大きな違いはなかった。
驚くボクに説明を入れた後、彼女はお金をもらったことについてのお礼を、深々と頭を下げながら言ってきた。
小銭を散らばしてしまったことに対する羞恥心が帰ってきたけど、ボクはそれに耐えてなんとか一言「素敵な歌声だったので」と伝えることができた。
感謝の言葉と、それに対する言葉。
それがボクたち二人の初めての会話だった。
その夜、ボクは彼女の目の前に体育座りして歌を聴いていた。
彼女はずっとボクのことを見つめながら、時に笑顔を見せながら歌ってくれた。
その場所には他の誰もいなかったし、来なかった。
真夜中の路上ライブはボクと彼女、二人だけのものだった。