絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
それから毎週末、ボクは彼女が歌い始める前にそこで待っていて、彼女もボクと少し雑談をしてからギターを弾き始めるようになった。
その中でボクは、彼女がボクの通っているのとは違う所の大学生であること、同い年であること、春から思い切ってここで歌い始めたことを知った。
彼女の方もボクの素性を少しずつ知っていった。
そしていつの間にか、夜も良いくらいに更けると彼女はボクが最初に聴いた歌で路上ライブを締め、ボクは五百円玉を彼女のギターケースに投げ入れるというのがお決まりになっていた。
八月の終わりのある日のこと。
いつも通り五百円玉を取り出そうとしていたボクの手を彼女が握ってきた。
ビックリしたまま固まるボクに、彼女は五百円を払う代わりに自分と食事に行くことを提案してきた。
ただでさえ彼女の肌に触れられて緊張していたボクの頭は、一瞬の内にそんな煩悩も吹き飛ばして真っ白になった。
火照った顔で迫る彼女の勢いにボクはあっさり押し切られた。
冷静さを取り戻す頃には既に日時も場所も彼女に指定されていて、まるで夢でも見ていたかのようにボクは一人地下駐車場の通路に突っ立っていた。
高校生時代、修学旅行や大学受験の前日ですら緊張して眠れないという事態はなかったボクだが、彼女との食事の前日に初めてそれを体験することとなった。
そもそも彼女とはまだお互いの電話番号とかメールアドレスとかすら交換していない間柄だったので、冷やかしだったのではなかろうかと少し疑いもしながらボクはその夜ずっと起きていた。
そのまま朝を迎えてしまって、寝不足で会うというのもどうなのだろうかと思ったけれど、待ち合わせの時間が近付くに連れて朝方感じていた倦怠感は身を潜めていった。
休日の昼前、駅の西口を出た所にある噴水の近く。
そこが彼女の指定してきた待ち合わせ場所だった。
そもそも地方都市であるこの町で、しかも祝日にわざわざ駅近くの噴水で待ち合わせする人なんかいる訳もなくて、駅から出て来る人々の流れの中でボクだけが一人立ち止まっているような状況だった。
ボクは待ち合わせの十五分前に来ていて、彼女はそれから十分後にやって来た。
いつもの週末の姿と違って見えたのはギターケースを肩に担いでいないからだけではないのだろう。
彼女のスカート姿を、女の子らしい水色と薄桜色を基調にした姿をその時ボクは初めて目にしたのだ。
ボクが見惚れてしまったのも仕方のない程、力強いイメージのいつもとは違う愛くるしいようなその姿も彼女には似合っていた。
彼女がボクの手を引いて入ったのは駅近くのデパート内にあるレストランだった。
元々外食をあまりしないボクにとっては初めて訪れる場所だったのだが、それは彼女も同じだというのはそこで食事をしている時に聞いたことだった。
何でも、そのレストランのオムライスの評判を人から聞いていつか食べてみたいと思っていたのだが、何となく尻込みして一人で入る勇気がなかったらしい。
そんな話を聞いている間でも、オムライスの卵にスプーンを入れる動き、グラスの水を唇から喉へと流す様子……ボクは彼女の仕草一つ一つに視線を奪われていた。
そのことに彼女は気付いているとボクには分かったけれど、彼女が嫌がる素振りを見せないことと目が合う度に笑顔を見せてくれることから、ボクは彼女を見つめることをやめなかった。
それ以降彼女とは頻繁に食事に行くような関係になった。
もちろん最初の時にお互いの連絡先も交換したし、毎週末以外でも会う機会が少しだけ増えていった。
それでボクは満足だったし、素敵なことだとも思えた。
そこまでで良かったんだ。
それ以上でもそれ以下でもなく、ボクは彼女の中にほんの少しだけ癒しの種を見出して、彼女はボクをただの常連客と見なしながら歌い続ける。
「彼女は無償の愛を持っているのかもしれない」と、そう思って近付いた時拒まれるのが怖かった。
「無償の愛を持っている人間なんていない」と、脆弱な希望にすがっているのが危うく思えた。
「そんな簡単にこのキズが癒されて堪るか」、「この痛みがそんじょそこらの人間に理解されて堪るか」とさえ感じた。
じれったくてもどかしくて、なんとなくの期待だけを持って、大きな発展もないままちょっとだけ距離が変わったり変わらなかったりする。
近付き過ぎれば壊れる幻想、離れ過ぎれば二度と出会えないオアシス。
「友達か?」と聞かれると「そこまで相手のことを知らない」と答えるしかないけれど、少なくともボクは彼女と友達とは異なる特別で奇妙な関係にあるという自信があった。
それくらいの関係が本当は一番良かったんだ。