絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
ようやく分かってしまった。
彼女が「マザー」ではないことを。
彼女も人間であって、傷付くことがあることを。
誰の笑顔も守れないどころかボクは結局それを奪う側にいることを。
そんな自分という存在がこの世界にいてはならないことを。
誰も信じず生きてきたのは誰かを傷付けるのが怖かったからだということを。
その恐怖が現実になった時どれだけ自分と相手を傷付けるかということを。
幻想を捨て切れぬままそれに近い存在が現れた時、少しのズレも許せなくなることを。
そうして自分の理想を他者に押し付けて生きていくことしかできないことを。
自分のことを肯定できないまま生きることへの不安は、自己を肯定する以外の方法では解消できないことを。
他者に肯定されても延々と自己否定を止められないことを。
自分に何かを恨み何かを呪う権利すらないことを。
ボクが見下してきた他者の姿全てが、ボクが見下すボク自身の姿を映したものだったことを。
母さん、ボクはアナタにまだ甘えていたかっただけなのかも知れません。
兄さん、ボクはアナタのように自分のこの生き方を誇ることなんかできません。
じいちゃん、ボクはアナタが否定した宗教的な利用を彼女でしてしまったようです。
父さん、ボクはアナタが遺した詩と、アナタが歩んだ道と同じものを辿ってしまったようです。
そしてやっぱり、ボクは青空にはなれませんでした。
そうだ、ボクは最初から彼女を愛してなんかいなかったんだ。
彼女はボクに対し、ボクがボク自身のことを大切にするように願った。
誰にも振り下ろせないナイフを自分自身に向けないように願った。
でも、本当は最初からやっぱりボクはボクのことしか考えていなかったんだ。
この手に持っているナイフはいつだって、自分に向かっているようで、そうすることで他者を脅し甘えようとしていただけなんだ。
無償の愛を求めるのは、理不尽な愛にすがるのは、自分からは何も差し出さずに都合良く与えられていたかったから。
信じられるものを探していたのは自分の思い通りに動くものがほしかったから。
一度でも彼女から求められたことに応えたことがあるか?
ボクは沢山のことを彼女に求めたのに、彼女から求めることは「無償の愛ではなくなるから」と否定していたのではないか?
見返りを求めぬ者だけを受け入れ、見返りを求める者を拒み、その結果ひとりぼっちになれば「皆が見返りを求めるのが悪い」と自分勝手な主張をし出す。
ボクは人を愛したことなんか、今までで一度もない。
ボクのために歌ってくれる彼女に対して、ボクは五百円という対価を差し出す。
本当は無償の愛ではなくて、「有償の愛」こそがバランスの取れた人間の形だったのかも知れない。
お互いがお互いに求め合うことができて、対等な位置にあって、何も後ろめたさを感じることのない調和した形。
それが、ボクが否定し続けていた有償の愛なのかも知れない。
そしてボクは、この世界に無償の愛がないことを、それがない方が皆幸せに生きていけることを知っていたのかも分からない。
でも、今更そんなことに気付いたところで意味はない。
歌は絶えた。もう聴こえない。
あんなに良い歌声を殺してしまうなら、いっそボクなんか生まれてこなければ良かったんだ。
誰も信じることができず、自分の人生に胸を張れず、彼女を神格化しその汚れを許さず、自分が傷付くことが怖いから誰にも心を許せない。
そんなボクなんかこの世界にいなければいいんだ。
「死の欲動」という概念がある。
人の持つ生きる力やそれに関わる本能「リビドー」と相反する物で、死ななければならないという衝動「デスリビドー」のことだ。
今ボクはボク自身がそれに支配されていることを自覚できている。
でも、自覚できていることやその知識があることと、その衝動に逆らうことができるかどうかは別だろう。
ある程度理性で抑えつけることができるのは確かだが、今のボクのこの欲動は、彼女を犯した時のあの欲動と同じように、ボク自身にも止められはしない。
でも、ボクの中ではある意味で生にすがりつくための本能もまた激しく沸き上がっている。
ボク以外の全てを傷付きようがどうなろうがボクのために利用するという考え。
即ち、どこまでも利己的になって、他者の尊厳を全否定するという考え。
或いは、その正反対の考え。
即ち、どこまでも利他的になって、ボク自身の感情を全否定するという考え。
どちらにせよ今のボクにとって「生きる」とは何かを「殺す」ことを意味している。
だけど、自分以外の全てを「殺す」ことが人間にできるのかな?
或いは、自分自身の全てを「殺す」ことができるのかな?
そう、そんなことできる訳ない。
少なくともボクは完全に利己的になることもできないし、完全に利他的になることもできない。
そんな中途半端な人間だから、誰かを完全に愛することもできなければ、誰かから完全に愛されることもできず、どっちつかずのまま傷付き傷付けることしかできない。
ならどうするか?
ああ、そうさ。
「死ぬ」か「殺す」か、二十年くらい生きてみてやっと答えが見つかった。
だからボクだけ死んでやる。
これ以上誰かを傷付けたくないから、誰からも傷付けられたくないから。
本当のひとりぼっちになるために、ボクはボク自身を殺す。
ボク自身の歌を、叫びを、今ここで終わらせる。
――さようなら