絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
そんな母のそもそもの死因は白血病だった。
なんでも元々患っていた病気も要因の一つになったのではないかとのことだったが、動揺していたボクには医者の話など入って来なかった。
それよりも語るべきは、母が白血病のことをボクに言わなかったことだろう。
大学に進み家を離れたボクは、金銭的に帰省することも稀にしかできなかったから母が死ぬまでそのことを全く知らないでいた。
年末になれば帰省できて、その時家の様子は相変わらずで、母は小休止を何度も挟みながらお節料理を楽しそうに作っている。
そう呑気に、だけど当然に思っていた。
最後に帰省したのは去年の年末から今年の正月の間。
たった二週間程のことだったが、珍しく家族が揃ったこともあって皆でカラオケに行ったことを覚えている。
僅か十六歳で一児を抱えたとはいえ、母の中学生時代や小学生時代は丁度アイドルの黎明期だったからか、母は歌うことが大好きだった。
その時カラオケに行こうと言い出したのも母だったと思う。
母はカラオケでもやはり当時のアイドルの歌を選ぶことが多かった。
病気を患っている身なのに、調子の良い時なら踊ろうとすることもあった。
でも、最後にボクが聴いたのはそんなキラキラとしたアイドルの歌ではなく、しんみりとした雰囲気のバラード。
ボクが生まれた頃に流行り、兄が遊んでいたゲームのエンディングだった。
当時のゲーム機器では音声まで収録したゲームを出すのが困難だったためか、歌詞そのものは最初から設定されていて攻略本に載せられていたものの、作曲家とあるバンドのコラボによりボーカル入りの歌として世に出されたのはそれから十五年後のことだった。
所謂ウィスパーボイスで、まるで幼い少女がたどたどしく歌っているように聴こえるその様は、ゲームの主人公たちである子どもの視点から書かれた歌詞とも相まって、壮大な物語の静かなエンディングを感じさせてくれるものだった。
様々な悲しみや痛みもあったけど、それでも確かに歩いてきた。
そしてこれからも歩いていく。
そんな歌詞を、母はそのボーカルと同じ囁くような声で、しかし子どもとしてではなく、母として子守唄を聴かせるような声で歌った。
実際、母はまだボクを子ども扱いしていたのだろうか。
「不安にさせたくないから」と、「心配を掛けたくないから」と。
もう二十歳を越えたのにボクをまだ子どもとして見ていたから、母は自身の様態について何も教えてくれなかったのだろうか。
それとも、ボクの心の弱さを見抜いていたのだろうか。
確かに、白血病のことを聞かされたボクの心身が更に弱ることは明白だったろう。
だけど、何も言わずに去られても、それは脳の病が判明した時さえ上回るショックをボクに与えた。
この世界の誰もが信じられるような良い人ばかりではないけど、それでも信じる気持ちだけは捨てられない。
信じることだけはやめられない。
あの歌ではそうも言っていたけど、一番と断言できるくらい子が自然に信頼を置く存在の母にそうして裏切られたボクは、もう信じる心さえ捨ててしまったように思う。
しかしボクにとっての母は弱くて小さい存在だった。
だから、ボクに充分な愛を与えず、それどころか裏切るように黙って逝ってしまった母を、ボクは恨むことも憎むこともできなかった。
ただそこにはやるせなさだけが残った。
ボクは母の涙も笑顔も確かに覚えている。
でも、母から得られる愛に満足できず、外に「マザー」という代理を求めるようになったボクを見れば、母はどんな顔をするのだろうか?
ボクには分からない。