絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
そもそも親に完全な遠慮をしながら反抗できる子もいなければ、完全な嫌悪を示して反抗できる子もいないとボクは思う。
皆、親に対する愛情と憎しみの間で葛藤しながら反抗するのではないか。
だからこそ親に反抗した後には達成感が生まれて、罪悪感もまた生まれる。
ボクの場合、罪悪感を抱くための要素が人より少し大きかった。
弱くて小さい存在である母をそれ以上傷つけることが同時にボク自身を傷つけることに繋がるのは容易に想像できるだろう。
だが、それだけならまだボクは母に反抗できる。
通常のそれとは少し違うかも知れないが、確かにボクは反抗期を迎えその中を通り抜けられたハズだ。
でも、実際ボクにはそうできなかった。
ボクが反抗期を他の人々のように過ごせなかったことの要因は二つ。
一つは、丁度ボクが反抗期に入る時期であった十一才の春、事故による母の病気が判明したことだ。
それまでただ「理由もなく」母は応えてくれないとボクは思っていたが、本当は「病気のせいで」母自身の気持ちとは裏腹にボクに愛情を与えられなかったとその時分かった。
つまり、ボクにとって母は「理由の分からない加害者」から「完全な被害者」へと変わってしまったのだ。
そうなればボクが元々反抗する際抱かざるを得なかった罪悪感は更に増大し、ボクを押し潰しにくるのも理に適ったことだった。
ボクの中で、母はいよいよ「弱き者」、「傷つけてはいけない小さき者」として認識されるようになった。
しかし、それで簡単に反抗心を捨て切れる程人は単純じゃないと思うし、少なくともボクはそうだった。
寧ろ「どうしようもならない現実」を目の当たりにしてボクの苛立ちは募り、反抗心と大きな繋がりがある憎しみはそのことと比例するように大きくなっていった。
何を憎めば良いのか、恨めば良いのか。
それに適する存在を見つけられず、そのこと自体にも苛立ち……ボクはボクが傷つけても良い、壊しても良い存在を求めて荒れるようになった。
それもまた一つの反抗期の形であり、非行少年の多くの形なのかも知れない。
そんな一応の反抗期すらボクが過ごせなかったのは、二つ目の要因、兄の存在による影響だった。
成長期に入ったことで力を増しつつあったボクを、兄はそれ以上の力を以て抑え込んだ。
兄にとっても母の病気のことは少なからずショックだったに違いない。
だからこそ、長子である兄は母のことを守ろうとしたのだろうか。
それ以上弱くて小さい存在である母が誰にも傷つけられぬよう、必死になっていた。
或いは、ただ目の前に立ちはだかったどうにもならない現実に対する怒りを、ボクが周りに対してそうしようとしていたように、ボクにぶつけていただけなのだろうか。
それも母を守るという正当な理由を盾にして。