絶歌~destrudo~ 作:柳川 秀@尾上 愛‗VTuber
ボクの人生に影響を与えた人としては、母の話の際少しだけ登場した母方の祖父母も外してはならないだろう。
直接的な影響ももちろんだが、一緒に住んでいた訳ではない祖父母は間接的な影響を多く与えていた。
祖父はボクが生まれた小さな町の小さな駅の前にある店を営んでいた。
元々曾祖父の代からやっていた肥料の売買に加え、祖父自身が様々な事業に手を付けてきた中で得た配管工事などライフライン設備系の仕事も行っていた。
小さな町の小さな駅ではあったが一応駅前であったことからか、或いはそんな町に設備系の会社はあまりなかったからか、祖父はそれなりに町の中では知れた人物だった。
そんな祖父は中々の手腕の持ち主であったようで、面倒見が良かったことや新しい事柄に目がなかったことも相まって祖父を慕う人は多かったらしい。
そのことは父のいないボクにとって「カッコよく働く身内の大人」として誇りに思えた。
ただ、その新しい事業へ次々と資金を使ってしまうことは時に仇となることもあったようで、後述することとも含めて同時に祖父を憎む人もどのくらいかは知らないが存在していた。
そのことをボクが認識するようになるのは反抗期を兄により力ずくで抑え込まれた後、高校に入ってからのことだった。
祖母は副社長という立場にあり、祖父の公私に亘るパートナーであった。
詳しくは覚えていないが、社内の人的・物的環境設備を主に担当していて、数人しかいない社員からは祖父以上に慕われていたような気がする。
そんな祖母は所謂「天然」という性分で不思議な言動も多く、そのことも慕われる要因になっていたのかも知れない。
特に人前でノロケることもイチャつくこともなかった祖父だったが、一度だけ叔父から祖母の天然っぷりによる失態のことについて「本気で怒ったことはないのか」「嫌にならないのか」と聞かれた時、「そこがええんじゃが」とうっかり洩らしたことは家族の誰もが忘れられないことだ。
ちなみに祖母の方は尋ねられれば幾らでも祖父との思い出話を喋るような性格で、その度に普段は落ち着いた雰囲気の祖父が慌て出すのだった。
都心部では学生運動が盛んになっていた時代、そんなことなど微塵も感じられない地方の町で学生だった祖父母は出会った。
母が祖母から聞いた話なのでどれ程の信憑性があるかは分からないが、曰く、美男美女としてお互い有名であり、恋人関係になった際は大泣きしながらも「あの二人ならお似合いだ」と言う人々が大勢いたとのことだ。
前者についてはボク自身祖父母の友人から聞いたこともあるがそれはお世辞であるということも考えられるし、正直言って後者については今でも冗談としか思えていない。
祖父母は同じ学校に通っていた訳ではない。
信仰深いクリスチャンであった二人が出会ったのは教会の日曜礼拝にて、祖母が讃美歌の本を忘れてしまったことに気付いた祖父が隣に寄り立ち、そっと自分が持っていた本を一緒に見るように促した時だった。
このどことなく昭和でロマンチックなシチュエーションについては、後に発見された祖父母の交換日記の中でも語られていたため認めざるを得ない。
またその交換日記によると、それから祖父母は教会で隣り合わせに座って一冊の聖書と讃美歌の本を共有するのが当たり前になり、礼拝が終わった後はお茶をしながら信仰のことについて語り合ったり、お互いのことを質問し合ったりして親交を深めていったそうだ。
その過程で交換日記も始まった訳だが、その中では祖父母の相手に対する情熱的な想いがその時代特有の詩的かつ甘美な文章で綴られていて、そこら辺の官能小説よりも読んでいると耳が熱くなってくるのである。