アキラの本日3回目になる巡回依頼は順調に進んでいた。しかしそれはトラックが不意の事故による停車を強いられる訳ではないということであり、その荷台に乗っているハンター達の追加報酬が欲しいという望みを別にして。
巡回作業用に改造されているトラックには、かなり広範囲を索敵可能な大型の索敵機器が搭載されている。そしてこの巡回はモンスターの間引きも兼ねているので、遭遇率が余りにも低い場合は、進んで探しに行く。それでも遭遇しない。こうなると周囲一帯にはモンスターが一切いないということになる。
それが続いたことで荷台のハンター達の空気は完全に弛緩し切っていた。トラックが急に停車するまでは。
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荷台の中央でカツヤとシカラベが言い争いをしている。当初シカラベはカツヤの要望を面倒そうに断っていただけだったが、次第に声を荒らげて注目を集めていた。
「いい加減にしろ! 駄目だと言っている! しつこいぞ!」
「ドランカムの方針では緊急依頼は積極的に受けて
「それは生きて帰れる
ヒートアップしていくその言い争いに終止符を打つように、キバヤシの声が響く。
「時間だ! 緊急依頼を受ける者は手を挙げろ! ……反対多数! すぐに都市に向けて帰還する! 残るやつはとっとと降りろ!」
運転席に戻ろうとするキバヤシを見て、カツヤが悔しそうに呟く。
この巡回依頼が始まる前、カツヤ達はエレナ達と会っていた。本来はそこで指導役がシカラベからエレナ達に切り替わる予定だったのだ。しかし当日キャンセルを喰らった。依頼を発注し、受注も確認したドランカム側からすれば憤慨ものではあるのだが、エレナから「統企連が親元の指名依頼が来た」と言われれば冷静になる。
統企連は東部全域を統治支配している大企業。そこから出た依頼に茶々入れることはイコールで死を意味する。少々納得いかないが、理解は出来た。エレナ達もメッセージでハイ終わり、とすることなく
ハンターは一種の自営業。都合がつかなくなることは日常茶飯事なので、仕方がないと割り切ることも大切だ。
そしてエレナ達が去ったあと、カツヤ達は巡回依頼を続けるか止めるかの選択肢があった。
シカラベとしては解散一択だったが、危機的状況でもない現状、上の指示でカツヤ達に命令出来ない。そしてカツヤのチームはカツヤが提案したことは、まず通る。カツヤの案にユミナとアイリがほぼ無条件に賛同するからだ。
表向きだけの多数決が毎度の如く行なわれる。その所為で他の若手ハンターからも敬遠されており、カツヤのチームは人の入れ替わりが激しくなった結果、いまは固定の3人だけになった。そのことにチームリーダーであるカツヤが気付いてないことがお笑いごとであり、最悪な現実だとシカラベは内心吐き気を催している。
シカラベが心の内で「解散にしろ」と念じていたが、それは叶わず。カツヤの巡回依頼を続行するという発言にアイリが乗じ、1人不安材料を提示したユミナも結局は懸念材料を思い出させるだけで、元から賛同寄り。カツヤの案は容易く通った。
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そして現在、カツヤの目の前では危機的状況が発生しようとしている。そして自分の知り合いであり尊敬する女性ハンター2人がそこへ向かっているという可能性。カツヤにそれを無視することは出来なかった。
シカラベからの嘲笑と侮蔑、そして僅かながらの老婆心から来る叱責。ユミナやアイリからの無謀だという苦言。それでもカツヤの中にある英雄として咲き誇るに足り得る才覚は、カツヤ本人へ成し遂げられるという中身のない自信を与えていた。
行けと叫ぶ自分。止まって欲しいと
止まれないのなら動けないようにする。死んで欲しく無いから死なない程度には負傷してもらう。カツヤの優しさは尊ぶべき。それで救われる人がいる。実際に助けられた人がいる。
とても立派だと。人助けに見返りを求めぬその姿勢に、自分は惚れたのだと。慈愛の籠った微笑みで真摯に伝える。
その想いから来る行動を前に、ユミナの本気を目の前にして、ようやくカツヤは現実を見た。流石に無理だ。無謀が過ぎると。
それら一連の流れが終わり、カツヤが力なく椅子に座ったところでシカラベも内心で湧きたたせていた現実を知らないガキへの苛立ちを抑える。そして荷台の上に居る他のハンター達へ騒がせたことへの軽い謝罪を済ませ、トラックを停車させていた運転手へと発進を促した。
だが発進しない。ずっと停車しっぱなしだったのは、自分たちの騒ぎが静まるのを待っていたからではないかと思っていたシカラベは不思議に思う。荷台とは違って運転席はしっかりしたフレームと走行に守られている分、音が通りにくいだろう。そう思って声を張り上げたが、キバヤシに届いてなかったか? とシカラベが首を傾げ、ならもう少し近くで声を掛けるかと歩き出そうとした時、他のハンターが声を上げる。
なにがあった? と釣られたハンター達が荷台からトラックの外へと目を向けた。
「……、あいつは……」
シカラベは荒野へ下りているキバヤシと、彼から貰った小型バイクに跨っているアキラを視界に収め、アキラのことを思い出した。
今日行われた2度目の巡回依頼で目にした子供のハンター。空いている席を探すために周囲を確認していたが、自分たちの方へは数瞬だけ、他よりも長く視線を止めていた少年。その理由を推察したが、シカラベの脳からは自分以外の若手ハンターが珍しいのだろうという無難な答えしか出てこず、自分自身がそれに首を傾げることになった。
そっちもそっちで、最近は若手ハンターに掛かりっきりで自分のハンター稼業が出来ていない所為で勘が鈍って結論を出すまでに数秒かかったのだろう。それもまた、当の若手共の所為だとして不機嫌になったのは言うまでもない。
それらの起因となったアキラがキバヤシから情報端末を返却して貰った後、勢いよく小型バイクを走らせて荒野へと消えていく様に感心して、あれも立派なハンターだろうと口角を上げて笑った。
「あいつ、1人で行ったのか。マジかよ……。やるな」
生きて帰って来れたなら、一端のハンターの証明となる。シカラベはアキラの根性を認めて軽く称賛する。
カツヤはどこか悔しそうな表情で、羨望と嫉妬、それらを複雑に織り交ぜた内心を乗せた視線でアキラの後姿を眺めていた。都市へ戻る自分と、戦場へ向かうアキラ。したいことが出来なかった自分と、
冷静さを取り戻した自分は無謀だと判断している筈が、ハザワやシカラベに己を認めさせるアキラの後姿に、カツヤはどこか成し遂げてしまうのだろうという予感がしていたのだ。
(……外れれば)
この僅かばかりの予感は、きっと先程までの熱が悪さしているだけなのだと、カツヤは見て見ぬ振りをした。
カツヤ達の言い争いが激化するより前。多数決によって都市への帰還が決まり、運転席へと戻っていくキバヤシの後ろ姿を見ていたアキラが席を立つ。
その様子にアルファが訝しむように問い掛ける。
『アキラ? 何をする気?』
『稼ぎに行く』
『危険よ? 聞いていたでしょう? 都市の防衛隊も出撃準備に取り掛かってるって。つまり今回の非常事態に関して都市の上層部も危険度の上限を明確に出来てないってことなの。
断言するわ。アキラが行ってもその危険な敵には
『だけどオレにはアルファがいる』
アルファの説得にアキラが返す。他者依存的思考のような発言。まるで寄って
だがアルファは自分を頼って大事を
逡巡の後、肩をすくめて呆れたように溜め息を吐き、微笑みを映して了承する。
『まったく。しょうがないわね』
『助かるよ……』
荷台の上に居るハンター達は全員カツヤとシカラベの言い争いに注目している。アキラは彼らの後ろを通って荷台から一旦荒野に降りたキバヤシの下へと歩いていった。
自分以外の足音に気付いたキバヤシが振り返り、不思議そうにアキラへ声を掛ける。
「どうした? もう出発するぞ?」
「緊急依頼を受ける。手続きはどうすればいい?」
その予想外のないようにキバヤシが驚愕を、そしてその後に困惑を表に出して聞き返す。
「え? 行く気か? 歩いて?」
「走ったほうが早い」
キバヤシの疑問にアキラは自分の太ももをパシパシと叩いて答えた。
「いやいやいや、そういう話じゃなくてな? 確かに行く気なら徒歩で行けとは言ったが、それは物の例えであってな?」
「強化服で走る訓練はしっかりしたから時速70キロで1時間走るぐらいなら出来る。トラックよりも遅いけど、それなら一度都市に戻るよりずっと早いしな」
「決を取る時、お前は手を挙げなかったよな?」
「あの騒ぎに巻き込まれると話が
「……ハハッ、……本気かよ」
アキラの答えにキバヤシの顔が唖然としたモノから笑みへ変わっていく。心底楽しそうに笑い声を上げたあと、上機嫌でアキラに尋ねる。
「お前、バイクの運転は?」
『大丈夫よ』
「大丈夫だ」
それを聞いたキバヤシが楽しそうに運転席へと乗り込み、何かを抱えて降りてくる。それはトラックの助手席に乗せられていた折り畳み式の小型バイクだ。
小型ではあるが、造りは荒野仕様。その頑丈さは申し分なく、トラックが走行不可になったり都市との通信が繋がらない場合に使用する為に用意されていた。本来はハンターオフィスの職員が万が一の場合に救援を呼ぶための物だが、キバヤシは嬉々としてこれをアキラへと譲渡する。
荷台の上の騒動もそろそろ終わりの兆しを見せた頃、バイクの組み立てを終えたキバヤシがシートを軽く叩いた。
「これに乗っていけ。走るよりは早く着く。それとハンター証を出せ」
キバヤシがアキラからハンター証を受け取って職員用の情報端末に読み取らせた。
「これで緊急依頼の手続きは済んだ。お前の情報端末を使ってハンターオフィスのサイトから手続きをすると、どの場所に派遣されるかは未定になる。今の処理で最短距離の戦場が目的地になった。あとこのバイクは緊急依頼の報酬の前払い分だ。気を付けろよ? 逃げるとハンターオフィスに地の果てまで追いかけられるぞ?」
軽く脅しを入れてきたキバヤシに、アキラが平然と答える。
「そんなつもりがあるのなら、1人で緊急依頼を受けるなんて
キバヤシが更に上機嫌に楽しげに笑う。
「そりゃそうだ! よし! 行ってこい! 無理無茶無謀! 命をチップに大金を
「エンターテインメントとして消化するなよ。悪趣味が過ぎるな」
呆れながらもアキラはバイクへと
「正確な位置は情報端末で分かるが、場所は大体ここから北西、あっちの方角だ! ある程度近付けば、ハンターの銃声やモンスターの騒ぎですぐに分かるはずだ! 頑張りな! 良き狩りを!」
キバヤシの号令に荷台の上でカツヤ達の言い争いを眺めていた者たちも興味を惹かれて身を乗り出す。そしてバイクを走らせ始めたアキラを見て各々が様々な感情を抱き、表情を表し、去っていくアキラの後姿を見ていた。
驚愕、称賛、羨望、困惑、嫉妬、嘲笑、各自が様々な感情を抱きながら、自分たちとは別の選択をした者の背を見ていた。
『アキラって結構後先考えずに行動するわよね?』
『なんだよ、藪から棒に』
『良いじゃない。このバイク、小型だけどなかなか性能が良いから早く着くわ。走るよりもね。でも時間が掛からないって訳でもないのだから、少しは雑談でもしましょう?』
『まぁ、暇だし良いけど。アルファの索敵範囲にモンスターが出現したら絶対に教えてくれよ?』
『問題無いわ』
現在は昼を超えた程度の時間帯。周囲はまだ明るいが、それでもモンスターの影も見えない、ひとりぼっちの寂しい荒野だ。そこをバイクで駆けて行く。情報端末に記載されている救援場所はまだまだ遠く、この時間はモンスターの奇襲でも起こらなければ継続されるだろう。
そこへアルファからの揶揄いも交えた雑談の提案だ。時に珍しいことでもない。アキラは了承した。
話の題材はアキラとアルファ間に契約が為されたあとから続く、アキラの不可思議な行動原理だ。
臆病な行動を心掛けているにしてはエレナ達を襲い始めたハンター達を襲撃し始めたりと、自ら厄介事へと介入する。アルファの責任も多々あったがシェリルとの蹴れる交渉を受け入れて、自分の作った貸し借りの一部をシェリルに渡したりと、便宜を図っていたりと。
そして今回のこれだ。アルファは一時的な関係の悪化を招くことになろうとも、アキラという人物を知り今後の誘導を確かなものへ変えるために聞くことにした。
『…………、さてな。オレにも分からん……』
『分からないって……』
アキラの返答に困惑する。しかしアルファも言葉通りに受け取った訳ではない。
この会話は念話により行なわれている。送信されてくるその文字情報には、他にも多数の情報が付与されアルファの下まで送られて来ているのだ。それを演算に回してもそれで分かるのは機械的な判断。アルファの主観が混ざったアキラというガワだけの人間性でしかないのは変わらない。
そして
自分の不運に巻き込まれた何も悪くないエレナ達が被害を
共感、できない。
それでも生き残る必要性は最低条件。分からずともなぞる。従う。そして抗う。
自分は
そしてそれを考慮し優しくしてくれるほど、この荒野は、旧世界の遺跡は、東部はヌルくない。
少しばかり悲しそうに、苦しそうにし始めたアキラに予定通り関係は少しだけ悪化したのをアルファは察知した。しかしそれで膨れ上がるのは自分への不信感だと思っていた分、これは予想外とも言える。
また分からないことが増えたことにアルファはどうしようかと考えたが、その時間は消えた。反応が近付いてきたのだ。他のハンターではない。モンスターだ。
『アキラ。来たわよ』
『そうだな』
『あら? 稼ぎに行くって豪語したのはどの口だったかしら?』
『念話だから口は通ってないんだよなぁ!』
アキラが胸の内に湧き上がり始めていた膿を吐き出すように強気に笑う。
対してアルファは妖しく微笑んだ。
『へぇー、そんなこと言っちゃうんだ? なら……、ちょっと強くいくわね?』
それと同時に強化服の動きが洗練されていく。アキラの操作よりもアルファの操作優先度が上がった証拠に、アキラが顔を引き攣らせる。
『あのー、アルファさん? 』
『AAH突撃銃の改造を済ませておいて良かったわね? これならいーっぱい稼げるわ。私も全力を尽くすから、アキラも頑張ってね?』
アルファの満面の笑顔に対し、アキラの顔が蒼白に染まっていく。左手が動くことに気付いた瞬間、ポーチに入れておいた回復薬を口の中へと急いで入れた。少なくとも容赦のない動きは自分では決してできない達人の域に届く挙動へと変わり、追い付けない生身の肉体が強化服の素早い挙動の
その対処は大きく分けて二つだ。
1つ目は、強化された身体能力によって常人ではできない挙動に付いていけるほどの技量を身に付けること。それによってアルファの動かす強化服の一挙手一投足に寸分の違いも発生させることなく追い付かせ続け、生身と強化服のズレを完全になくす。
今のアキラではまず無理だ。筋力が足りてない。骨格の強度が低い。神経の反応が鈍い。一般人としては上等でも、ハンターとして成り上がるなら足りなさすぎるとハンコを押される程度。
二つ目は、置いていかれた生身に生じる自傷に近い負傷を何とかすること。そしてそれならばアキラにも可能だ。その為に旧世界製の回復薬を収集した。それを今使う。
今後もお世話になると考えていたが、案外早く来たなと思いながらアキラは数錠を先に服用し、痛覚だけを鈍化させる。
(いつも思うけど、痛覚だけ一点狙いで麻痺させるとか、本当に旧世界の技術力は凄いな!)
アキラの駆ける小型バイクは徐々にモンスターの群れに接近していく。
そしてAAH突撃銃の有効射程内に入った瞬間、引き金を引いて発火炎を荒野に撒き散らし始めた。
拡張部品を組み込んだアキラのAAH突撃銃は拡張弾倉に加え、強装弾も使用可能だ。この後出てくるであろうキャノンインセクトにも有効打を用意できたという安堵に身を任せ、無理矢理にでも笑みを作る。
(今日も絶対! 生きて帰る!)
拡張弾倉の中にある100発近い弾丸を使い果たした。即座に次の物を取り出し再装填する。通常弾だけでもまだまだ大量にあるのだ。自分の有利を押し付けてやると、先程までの鬱屈した気分と空気など知らんと一蹴するように、アキラは笑ってモンスターの死骸を戦果として積み上げていった。
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