□【破壊王】シュウ・スターリング
アルター王国で最も栄える都市のひとつ、決闘都市"ギデオン”。
その8番街にひっそりと佇む闘技場の中、夜風にあたる影が一つ。
彼は神衣を身に纏い、彼は思案にふけている。
彼の名はシュウ・スターリング。
またの名を、"正体不明”――【破壊王】。
彼は今、彼の弟が……正確に言えば彼らのクランが8番街に拠点として購入した闘技場の結界の中で、珍しく着ぐるみではない姿で佇んでいた。
瞼を閉じた彼の瞳に映るのは、今日に至るまでの彼の歩み、その道筋。
らしくもないことをしていると思いながらも、彼は感慨に浸り、自らの足跡を思い返していた。
彼が出会ってきた中でも、指折りの強者たち――世界に"最強”と呼ばれる<マスター>たちのことを。
砂漠で相対した地上最大の魔力を持つ男、“魔法最強”。
――私は、与えられるべき中身を失った杯です。
――父は私に何も継がせてはくれませんでした。
――私を恐れたから、国を共和制などに変えてしまった。
――私に継がせないために。
――おかげで、私の展望は全て崩れてしまいました。
――創造ははるかに遠くファー・アトゥム。
――だからこそ、この世界での私は自ら獲得します。
――自らに与えられるべき、全てを。
――私の行く道を示すと妻は言いました。
――代わりに、妻の行く手を阻む全てを私が打ち崩します。
――そして妻が言うのです。
――『シュウ・スターリングはいずれ私達の邪魔になる』、と。
――先ほどの共闘でも、君の実力は感じられました。
――だから今度は……直接君の力を測定させてもらいますよ、シュウ。
神衣を得て天地を去る寸前に遭遇した規格外の技を持つ男、“技巧最強”。
――使わねば。
――使わねば、伝来の技を揮うこの指はなまってしまう。
――皮を撫で、肉を切り、骨を断ち、生殺を与奪する。
――それだけが鍛錬になる。
――だからと言って表の世で生ける物を使えば、住処を変え続けなければならない。
――それはとても煩わしい。
――しかし此処ならば、鍛錬で生ける物を使っても問題がない。
――誰かに継ぐまで技の質を落とせないから、僕達はここにいる。
――ところで、僕達は<カムイの森>の神獣を生き試しに使うつもりだった。
――それを君が倒してしまった。鍛錬の相手がいなくなった。
――代わりに君で鍛錬をすべきだと考える。
決闘都市で出会った最強の肉体を持つ獣とその主、“物理最強”。
――ならば構いません。私は、貴方と純粋な力の闘争が出来ればいいのですから。
――ですから、あれは貴方が闘争以前の相手でないかの最終確認です。
――あっさり殺されるような相手は敵ですらない……ただの小石なのだから。
――やはり貴方は私達の敵に相応しかった。
“最強”と称される連中との記憶を振り返り……そして最後に、苦渋の顔を浮かべる。
その人物は思い返すのも憚られ、上に挙げた三人の"最強”たちも並べられることを忌むだろう。
それほどまでに、その男は――最後にして最悪の"最強”は異質だった。
けれども、シュウは…王国は、彼に返しきれない恩を抱えていた。
彼は人であり、男であり、獣であり――そのいずれでもない。
かつてレジェンダリアにて遭遇した埒外の技能と思考と共に、あらゆる規格に収まることを知らないその男、"精力最強”。
――君は誰かを愛しているか
――愛というものを、俺は心の底から信じている
――そしてこの世の全ての存在を、とりわけ男を、この俺は心から愛したいと望んでいる
――けれど、俺は真の意味での愛を知らない。
――だからこそ、俺は彼らをこの腕に抱き、性を注ぎ、答えを探し続ける。
――それこそが、俺の探求であり、尽きることのない欲望だ。
――だが、この身にできることには限界があり、この手が届くところには限りがある。
――法が阻み、倫理が阻み、世間が阻み、性差が阻み、時間が阻み、法則が阻み……世界が俺を封じ込めようとする。
――それも愛らしくはあるが、やはり少し疎ましい
――無限の可能性を謳うこの世界ならば、俺は万物に等しく愛を注ぎ、無尽の欲を満たすことができる
――そして、その果てに、俺が求めるモノに辿り着けられるはずだ
――もちろん、君のことも愛したいと思っている
――いい体をしているな、この後暇?
「……やっぱり、レジェンダリアには変態しかいないクマー」
精神的にも性能的にも、シュウと彼との相性はある種最悪だった。
“最強”と呼ばれる連中は、誰しもがそう呼ばれるだけのの突出した自我を持ち、相手の事情などお構い無しに自らの道理を押し通すような奴らであったが……中でも、シュウが最後に思い浮かべたその男は、飛び抜けて厄介な性質をしていた。
「兄貴?」
シュウが苦渋の表情を浮かべていると、背後から聞き馴染んだ声がかけられた。
「珍しいな、戦闘時でもないのに着ぐるみ脱いでるなんて」
振り向けば、弟の…玲二の、<Infinite Dendrogram>内での姿があった。
「ま、ちょっと考え事をしててな。……風に当たりたくなった」
「ああ。着ぐるみ着たままじゃムリだな、それ。それにしても……」
「どうした?」
「いや、今の格好が普通の筈なのに、なんだかクマの着ぐるみじゃないと違和感があるような……」
「それ前にも知り合いに言われたクマー」
雑談を続けながら、シュウは先程まで続けていた思考を打ち切った。
他の3名は兎も角、四人目に関しては考えるだけ損だろう。
「?どうしたんだ、兄貴?」
「なんでもないクマー…いや」
言葉を濁そうとして、シュウは打ち止めした思考を再び回し始めた。
記憶の中の彼は、ある意味では無差別ではあるが、全く条件や好みが存在しない訳でもないだろうと予測が着く。
そして、かつてのやり取りから察せられる彼の好みや目的に……玲二がヒットしてしまっている可能性もある。
曲がりなりにも兄貴として、弟に毒牙が迫る可能性は示すべきかと、シュウはレイに向き直った。
「…さすがに無いとは、思うが。……もし、どこかで“精力最強”と名乗る変態に出くわしたら、即その場を逃げ出して俺を呼べ。いいか、絶対にまともにやりあったり、必要以上にコミュニケーションを取ろうとはするなよ」
玲二の肩を掴み、神妙な面持ちでそう伝えると、しかし玲二は「ギクリ」と肩を揺らし、僅かに視線を逸らしながら間を置いて答えた。
「……お、おう。そうだな」
僅かに青ざめたような、逆に赤らんだような頬をかきながら、決して自分の目を見ようとしない玲二を見て――、
「……ちょっとあのクソ変態野郎ぶっ壊しに行ってくるクマー」
「ちょ!?待て兄貴、ちょっと落ち着けって!!??」
思わずレジェンダリアまで侵攻しかけたシュウを止めるため、玲二どころか<デス・ピリオド>全員が巻き込まれることになるのは…ご愛嬌、といったところだった。