ダヴィスは砂沙美の先導で樹雷軍艦・津名魅への乗船を許された。
船内には本当に他の乗組員はおらず、砂沙美が一人で操船できるようだ。本人いわく、「手足を使うのと変わらない」感覚で扱えるらしい。
砂沙美が見せてくれた魔境の地図は、ダヴィスが持っているものよりずっと詳細だった。オリヌス領では冒険者頼りで小規模な探索を繰り返すのが限界だが、樹雷は組織的に魔境を調べることができるのだ。
魔境を縦断する大河の以西は調査の手が進んでいないようだ。
必然的にダヴィスの調査範囲はそこになる。そして、調査の際は砂沙美が同行するため、樹雷にも情報がわたる。
「川岸までは津名魅で行けるよ!」
とのことなので、ダヴィスにとってもメリットはある。
霧に包まれた未探索エリアには、手がかりはない。湿地と砂漠が入り乱れていることさえあるのだ。
ダヴィスと砂沙美は津名魅を拠点に未探索地の調査をはじめた。
人の手が及ばないエリアには魔獣が闊歩している。ダヴィスにとっては大した脅威ではないものの、気を抜けないのは厄介だった。
さらには、資源は見れば分かるようなものではない。延べ棒の形で落ちているわけもなく、おおよその印象を地図に記し、破片を持ち帰ってあとで専門家に調べさせる。
どれが「当たり」なのかわからない状態での調査は、思ったよりも疲弊する。ダヴィスは早くも魔境を開拓する難しさを実感していた。
異変は3日目に起きた。
何体目になるかわからない魔獣を撃退したあと、その体内に金属片が埋め込まれていた。その金属片は平らな長方形で、あまつさえ端が丸く加工されている。明らかな人工物だ。
その上、びっしりと文字が刻まれている。だが、少なくともダヴィスの知っている言葉ではなかった。
「魔獣に埋め込まれていたのか?」
いぶかるダヴィスに対して、砂沙美は「調べてみる」と言った。
砂沙美が金属片に両手をかざすと、額の紋章が薄く輝き、その魔力が瞳をも輝かせる。その目には、金属片が過去にたどった道のりが見えるらしい。
いわく、
「ワンちゃんがにおいをたどるようなものだよ」
とのことらしいが、ダヴィスにはどんな魔法でならそんなことが可能なのかまったくわからなかった。最も古い国、樹雷の秘術なのだろう。
砂沙美とともに危険な魔境をあちらこちらへ動き回った末、ひとつの洞窟にたどり着いた。入り口は自然のものに見えるが、中には明らかに人の手が加えられている。
なめらかに削られた石の道を進んでいく。奥にはいくつも檻が並べられた空間があった。金属片と同じものが何十枚もあった。
(ここで魔獣を捕まえて、体内に金属片を埋め込んでいたのか? 誰が、何のために?)
と、考える間もなく、物陰から飛んでくるものがあった。ボウガンで放たれた矢だったが、始祖であるダヴィスはもちろん、主祖の砂沙美にも当然、通用しない。だが念のためにダヴィスは砂沙美をかばい、魔力を放って矢を吹き散らした。
襲撃だった。幾人かの男女――なかには従祖も混じっていた。
殺すこともできたが、ダヴィスにとっては捕縛することに大した苦労はなかった。彼らの着ていた服に自分の魔力を伝わせ、硬質化する。ついでに魔力封じの術をかければ、無力化完了だ。
「はえー……すっごいねぇ」
砂沙美はその手際に感心していた。魔境の監督官というのは肩書きで、彼女が生身で魔獣と戦った経験はないのだろう。もちろん、暴漢とも。
「まだだ」
と、ダヴィスの直感が告げていた。
従祖なら、自分たちに攻撃が通じないことぐらいはすぐに分かるはずだ。逃げるならともかく、襲ってくる道理がない。
時間稼ぎだ。
「砂沙美ちゃん、ついてきて」
「でも……」
「彼らは重要なことは知らないよ」
襲撃者たちをその場に残し、ダヴィスは奥へと飛び込んだ。砂沙美は不安がったが、自分と一緒にいるのが一番安全だ。
はたして、洞窟にはもう一つの出入り口があった。そして、すんでのところでダヴィスは彼らに追いついた。
襲撃者たちとまったく同じように、逃亡者を無力化した。彼らは荷車をいくつか引き、どこかに向かっているようだった。
「この人たち、樹雷の人じゃないよね」
「もちろん、オリヌス領の市民でもない」
非合法の滞在者だ。見つけてしまった以上は、拠点まで連れて行かなければならない。資源採集どころか、まさか犯罪者を見つけてしまうとは。
(今回はこれで打ち切るしかないか……)
未踏の土地を冒険するのは、マナと遺跡を探索したときのようでいくらか心が躍ったが、今は気楽な身分ではない。この魔境に不法滞在している彼らが何をしようとしているのか、探らなければならない。
「……これも成果だと思おう。彼らを津名魅まで運ぶけど、いいかな?」
「それはいいけど……おにいちゃん、あれ」
荷車の一つを砂沙美が指さした。布がかぶせてあって、その下でごそごそと何かが動いていた。
「俺の後ろに」
ここには魔獣が連れ込まれていたのだ。ダヴィスは片手で顔をかばいながら、荷車の布をぱっと取り去った。
「むーっ!」
そこにいたものが唸り声をあげた。
朱色の髪の少女……といっても、年齢はダヴィスより上だろう。長身を折り曲げるように荷車に押し込められている。着ているのはところどころほつれた麻の服だ。夕暮れの小麦畑に似た色の肌は健康的で艶があり、こんな状況でも生命力を感じさせた。
「……女の子、だよね」
「んむぅー……!」
少女は縛られて、さるぐつわを噛まされていた。助けを求めるように、哀れっぽい目をダヴィスたちに向けている。
「まず口枷を外して、安全だと思ったら縄をほどく。いいね?」
少女がこくこくと頷くのを見て、ダヴィスはさるぐつわを外した。
「ぷはっ! た、助かったぁ……」
「俺はオリヌス領の領主代行、ダヴィスだ。彼女は……俺の同行者。君は?」
「はいっ! スレッタと言います!」
さるぐつわを外すときに体に触れたので、ダヴィスには分かっていた。彼女は隷祖だ。脅威はまったくない。
「君はなぜここに?」
「話せば長くなりますが……」
スレッタは己の出自を語った。彼女は南方にある島に暮らしていた。しかしその島は王国と帝国との小競り合いの中で領主を失った。奴隷となる予定だったスレッタは母の手引きで脱出、川をさかのぼるルートで魔境に入ったという。そこで母の友人を頼るはずが、こうして洞窟に連れ込まれたのだという。
「逃亡奴隷か……」
本来なら主人のところに送るところだが、すでに国がほろんでいるのなら返すべき主人もない。オリヌス領で引き受けるべきだろう。
「とにかく、まずは津名魅に、それから拠点に連れて行くよ」
「わ、私はどうなるんでしょうか?」
「うーん……」
ダヴィスはスレッタの顔と体を眺めた。体格がよく、どことなく丸っこい野性味がある。ダヴィスが普段触れ合う貴族階級とはまったく違った魅力がある。その服の下の体も確かめてみたいが……
「じーっ」
と、砂沙美がもの言いたげに見つめていたので、その考えを中断した。
「ひとまず、この魔境にある拠点で引き取ることにする。ここを任せている総督に判断させるよ」
ダヴィスはちらりと砂沙美をうかがった。彼女はダヴィスの行動を監督している立場である。
「ないせーふかんしょー、だよ」
監督官どのは川のこちら側で見つけた奴隷をダヴィスが扱うことに同意してくれたようだ。
こうして、資源調査に向かったダヴィスは、代わりに二つの成果を手に入れた。
ひとつは、魔境に潜伏する謎の集団がいること。
もうひとつは、逃亡奴隷スレッタという少女。
この二つの成果は、のちにオリヌス領最大の危機を脱する決めてとなる。