ダヴィスは襲撃者たちが使っていた荷車に彼らを乗せて拠点に戻った。
襲撃者たちは罪人として捕らえ、尋問を行う。裁判権を持つのは領主代行であるダヴィスだ。非合法な組織が魔境に潜伏しているという事態に対処するため、ダヴィスは拠点に滞在することにした。
スレッタは読み書きができるようだったので――それどころか、いくつかの分野に関しては職人以上の知識を持ってすらいたので、魔境で集めた素材の管理や加工の仕事をすることになるだろう、とのことだった。
さて、困ったことがいくつかあった。
まず、拠点は領主が滞在することを想定していない。総督府の客室が最上級の部屋だが、長期滞在には適していない。本来なら、貴族が出入りするような場所ではないのだ。
そして、夜を過ごすとなれば……
(……ムラムラするな)
すっかり女の味を覚えたダヴィスは、ひとりで寝室にいることに耐えられなかった。
さすがにルイズや凜々蝶を魔境まで連れ出すわけにはいかないが、マナを連れてきたほうがよかったかもしれない。
(いや、待てよ。まだ処遇が決まってないならスレッタをここに呼んで……」
自分より身長の高い女性を抱くのはどんな感じだろう、と考えていたところで、扉がノックされた。
「砂沙美様がおよびです」
樹雷への報告のため、対岸に向かった津名魅が河港に戻ってきていた。
さすがに別の女のところへ通うわけにもいかず、ダヴィスは津名魅に向かった。
「ちょっと待っててね! すぐ作っちゃうから!」
出迎えた砂沙美はなぜか割烹着姿だった。手にはお玉を持っていた。
そして数分後。妙に所帯じみた六畳間のちゃぶ台で、ダヴィスと砂沙美は樹雷の料理を食べていた。
「砂沙美ちゃんが作ったの?」
貴族なのに……とは言わない。王国では専門の調理人に任せるのが一般的だが、女主人が家政をとりしきる家系もある。そういう貴族の女性は、もちろん料理をはじめとした家事を身に着けるものだ。だが、砂沙美の年齢でこれほどの腕は聞いたことがない。
「花嫁修業……ってやつ。将来の旦那様に、おいしいものを食べてほしいから」
「将来のって……」
砂沙美はにっこりと笑みを浮かべた。
「成熟魔獣を倒したよね」
ダヴィスは頷いた。
「あの時の船が、この津名魅だったんだよ」
確かに記憶がある。サンショウウオのような成熟魔獣と戦うとき、樹雷の軍艦を守り、そして助けてもらった。
ダヴィスは他の艦を見たことがなかったから、それが津名魅だったと言われるまで考えてもいなかった。
「それじゃあ、あの時乗っていたのも砂沙美ちゃん?」
「うん。砂沙美と津名魅を守ってくれたおにいちゃんの背中を見てたんだよ」
蒸かしたにんじんを箸でつまんで、砂沙美はダヴィスをじっと見た。
「だから、もうひとめ会いたいと思って、いろんな人とお話したり、勉強したりして、おにいちゃんと会えるようにしたんだ。魔境の監督官にしてもらったりね。本当はお仕事じゃなくて、もっとお話したり、一緒にお散歩したり……したかったけど、待ちきれなくて。だって、おにいちゃんには婚約者がいるんでしょ? しかも、もう3人も」
「凜々蝶からの手紙を読める立場なの?」
「へへっ」
照れ笑いでごまかしながら、砂沙美は煮物のにんじんを差し出した。
「砂沙美、夢だったんだ。好きな人に『あーん』してあげて、手料理を食べてもらうの」
さすがのダヴィスも、ここに至っては理解するしかなかった。
この状況……彼女自身の領土である船の中で、二人きりで、そして彼女の料理を食べているこの状況は、目の前にいるコケティッシュな少女が意図して作り上げたのだ。
ダヴィスがルイズや凜々蝶を相手に策を練っている間に、それをはるかに超える周到さで砂沙美はダヴィスをものにする計画を張り巡らせていたのである。
「おにいちゃんは、ワガママな娘は嫌い?」
光が飛び散りそうなぐらいにうるんだ瞳で砂沙美が見つめる。
据え膳食わぬは男の恥。どころか、自分で箸を持つ必要すらなかった。
「あーん」
と、にんじんを食べさえてもらうのを待つだけだった。
「えへ……」
日差しをたっぷりと浴びて育ったにんじんは甘い味がした。
(こんなに小さいのに、なんてすごい娘なんだ)
ダヴィスは感服していた。この瞬間、外交のバランスのことなど頭から吹き飛んでいた。
「あっ、もうすっかり暗くなっちゃった。おにいちゃんは領主様なんだから、こんな時間に出歩くのは危ないよ」
と、砂沙美は手を打った。船と一心同体である彼女には、この六畳間から外が見えるらしい。
「津名魅にはお風呂もあるの。ねえ、泊まっていってくれる?」
すっかり打ちのめされていたダヴィスは、頷くしかなかった。