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朝になるとダヴィスと砂沙美を乗せた戦艦・津名魅はそのまま川を渡り、ダヴィスはそのまま樹雷皇と会談する運びとなった。
樹雷皇は娘の意思を尊重するという旨を伝えたが、砂沙美を不当に扱うことは許さない、と表明した。
つまるところ、正室として迎え、他の婚約者たちとは別格の扱いをしろ、ということだ。
「君自身が国王であればともかく……」
ダヴィスは名目上、王国の臣下だ。自分自身の土地を与えられてはいるが、その土地は国王より拝領しているという形式になっている。
その地方領主が樹雷の皇女と婚約した、となれば……
(王国からの独立をもくろんでると思われても仕方ないか……)
そして樹雷皇は、暗にそうなることを望んでいるように思えた。
婚約は認められ、ダヴィスはその場で従三位へと命ぜられた。王国の臣下であり、同時に樹雷の上級貴族としても扱われる、すでに特殊な立ち位置だ。
考えることはたくさんあるが……
「結婚させてくれるって。よかったね、おにいちゃん」
帰りの船の上で、お味噌汁を作る砂沙美の小さなお尻を見ていると、(まあ、いいか)という気分になってくるのだった。
「お姉さんがすごい目でにらんできてたけど……」
「そうかな? きっとおにいちゃんのことを見極めようとしてたんだよ」
なんとも不穏なものを感じながら、ダヴィスは再び魔境の中の拠点に降り立った。
「いってらっしゃーい」
砂沙美はいちおう、樹雷の監督官だ。これからダヴィスがする仕事は、魔境に潜伏していた勢力の調査であり、それについては伯爵領の組織で行うことを伝えていた。
夜になったら、津名魅に帰ることになっている。拠点にはダヴィスにふさわしい執務室や寝室がないので、戦艦ごと通い妻をしている婚約者がいることはありがたかった。
総督府へ向かう。名前は仰々しいが、小ぢんまりした建物である。
霧が濃い魔境では、大規模な工事はできないのだ。
「あ、おかえりなさい」
と、出迎えたのはスレッタだった。先日、魔境の中でダヴィスが謎の勢力から救出した少女だ。
なぜかメイドの衣装を着せられていた。
(背が高いせいでだいぶ、脚が……)
すらりと長く見えるのにどこか肉感的な脚が、腿の半ばまで見えている。
ダヴィスは、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
「その格好、どうしたんだ?」
「まだ仕事が決まってなくて。ひとまず、この建物の中の掃除でも、と」
「わかった。くつろがせてもらうよ」
総督の執務室にあるソファに座って、ダヴィスは時間を過ごすことにした。最近の魔境の産出物についての報告書に目を通す。
(有力な産出物はいくつかある。鉄、金、数種の薬草。川魚も資源になりうるかもしれないが、安定して取るのは難しそうだ……いや、樹雷の造船技術があれば……)
「魔石の量が減ってますね」
「うわっ!」
急に後ろから声をかけられて、思わず声を上げた。スレッタはモップで床を拭きながら、ダヴィスの肩越しに資料を見たらしい。
(そういえば、奴隷身分なのに読み書きができるんだったな)
「魔石が何か知ってる?」
「魔獣から取れる不思議な石ですよね。純度がいいものは、道具に使えます」
「実物を見たことは?」
「ありますよ。母がよく扱っていました」
「お母さんが?」
「母は魔獣や魔石の研究をしているんです。道具を開発したり……」
(なるほど、奴隷と言ってもかなり高度な仕事をさせられていたらしい)
当然のことながら、魔力以外の素養に優れた隷祖はいくらでもいる。主祖がその気になれば、隷祖の身分を奴隷にすることは簡単だ――スレッタの母かその一族は、その知識に目をつけられて奴隷として研究に従事していたのだろう。
「お母さんは?」
「それが、魔境の中にいるって聞かされたんですけど」
「少なくとも、この拠点では聞いたことがないな」
スレッタとの会話で、ダヴィスはおおよそ見当をつけていた。
彼女の母は、おそらく潜伏勢力とかかわりがある。
魔境の中に非合法な連中が逃げ込むのはよくあることだ。広大な魔境のすべてを監視できるわけではないから、入り込む方法はいくらでもある。
しかし、たいていは拠点を頼るものだ。魔境の中で独自に勢力を作り、領主の目をかいくぐって組織化しているというのはかなり危険な兆候である。
しばらくして、総督が戻ってきた。
捕らえた勢力らの尋問の報告を聞くため、スレッタを下がらせる。
「やつらは、自分たちを『解放軍』と名乗っているようです」
「何を解放するっていうんだ?」
「『人民』だそうです。主祖の支配から、人々を解放するのだと」
「なるほど……」
その手の思想はたびたび生まれる。生まれによって階級が決まる社会は間違いだという主張が生まれては消えていく。
消えていく理由は簡単。主祖がいなければ、魔獣に対処することができないからだ。
たとえ隷祖だけで土地を得て、そこで共同体をつくったとしても、いずれ現れる成熟魔獣に対処することができない。
あるいは、こんな例もある。王国からの独立を唱えた隷祖らが独立を目指して作った村が、『どこからともなく』現れた魔獣によって、壊滅した。その魔獣は、『折よく』通りがかった従祖の一団によって退治された。実際には何が起きたのか、想像することは難しくないだろう。
「奴らの仲間については?」
「そこは口が堅く、なかなか聞き出せません。ただ、革命軍にとって重要な役割を果たす『魔女』と呼ばれる人物がいるようです」
「『魔女』か……」
スレッタの話が頭をよぎる。いや、邪推はよそう。
「わかった。そのまま尋問を続けてくれ。俺はそろそろ、本領に指示を出さないと」
「はい」
総督府にはいくつも手紙が届いていた。魔境にこもりっきりのダヴィスに、本領の様子を伝えるものだ。中には、ルイズや凛々蝶からのものもある。
さすがに、それらを津名魅の中で読むのは気が引けたので総督府の客室を臨時の執務室ということにして、返事をしたためた。
婚約者が不在でさぞかし寂しがっているに違いない……と思いきや、ふたりはたびたびダヴィスのいない城で交友を深めているらしい。マナのもてなしを気に入っているようだ。
ダヴィスは少しだけ泣いた。
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「おかえりなさい」
「ただいま」
津名魅で出迎えた砂沙美がその場を動かず、上目遣いに見上げてくるので、「ただいまのチュー」を交わした。
「えへっ。報告が届いてるよ」
夕食を食べながら、樹雷から届いたというメッセージの内容を確かめる。
魔獣の中に埋め込まれていた金属片は、端的に言えば魔獣を人間が制御するためのものだという。
「そんなことができるのか?」
「今の魔法ではできないけど……」
(古代魔術か。いや、マナがやったのは精霊の召喚だ。だけど、精霊を呼び出す魔法があるなら魔獣を操る魔法だってあるのかもしれない……)
続けて、凛々蝶の顔が浮かんだ。
「先祖返りだって魔獣の力を使っているんだ。それなら、古代の樹雷は何らかの方法で魔獣を制御していたはずだ……」
「そうなの?」
高度な話になると、さすがに砂沙美には難しいようだ。
(ルイズがいればな……)
トリステインの高度な魔法研究の見地があれば、もっと具体的に検証できるかもしれない。
考え込んでいるときだ。
ドン、と大きな音がした。
襲撃を知らせる鐘の音が鳴り渡る。
「津名魅、サーチして!」
空中に四角いビジョンが浮かぶ。周辺地形にぽつぽつと、妖力を示す点が表示された。
「魔獣か、しかも複数……」
「おにいちゃん、私も」
「砂沙美ちゃんはここで、河港を守って。ここさえ無事なら、物資を運んで立て直せる」
頷く砂沙美を残して、ダヴィスは拠点に飛び出した。
数匹の魔獣が拠点の壁を壊し、入り込んでいる。さらには建物に火がつけられ、大混乱が巻き起こっていた。
「隷祖たちは兵士の指示に従ってくれ! 従祖兵や冒険者は消火を優先しろ! 魔獣は俺が倒す!」
混乱の大きさに対して、鎮圧はあっという間だった。ダヴィスは四方からやってくる魔獣たちを一撃のもとに倒していく。火の手が収まると、あたりは嘘のように静かになった。
「魔獣が群れをつくるわけがない。……どうやら、操作できるというのは本当らしいな」
総督府で被害状況の報告を聞きながら、ダヴィスは確信した。襲ってきたのは「解放軍」に違いない。
(しかし、何のために……)
と、総督府の狭い室内を見回したときにふと気づいた。
「彼女は?」
「彼女というのは?」
「スレッタだ!」
いない。猛烈に嫌な予感がした。
「おにいちゃん!」
河港の津名魅から、砂沙美の声が響いた。
「北に逃げていく魔獣がいる。何かを盗まれたんだよ!」
ダヴィスは再び駆け出した。