見通しのきかない魔境の中を走る。
本来なら、危険この上ない行為だ。一歩先が崖かもしれないのだ。
だが、ダヴィスは全速力で走った。始祖の魔力を身体強化に使えば、馬よりもよほど早い。
未開の魔境には真新しい轍(わだち)があった。魔獣に車を曳かせるとは。解放軍は、想像よりもずっと魔獣を使いこなしているらしい。
やがて、湖にたどり着いた。多くの男女が集まっていた。
湖は浅く、水中には魔獣の骨と思しき白いものが積み重ねられ、その上に下着姿のスレッタが寝かされていた。
「いいところでご到着ね」
その傍らに女がいた。仮面をつけた、背の高い女だ。
「何をしている!」
怒り任せにダヴィスは叫んだ。
「あなたがオリヌス伯爵ね。噂はかねがね。成熟魔獣を一人で倒すほどの強さだとか」
「お前が『魔女』か?」
「あら、よく調べているわね。でも残念、『魔女』は私のことではないの」
女がぱちんと指を鳴らした。直後、湖の水がごうごうと渦巻き始める。
「全員吹っ飛ばして、止めてやる!」
「術が発動した以上、私たちを全員殺したって止まりはしない」
水は中央の骨に押し寄せた。スレッタの体と魔獣の骨を巻き上げる。
「く……なんだ?」
空中で水と骨が奇妙に回転しながら一つの形を成していく。獣のような、人のような骨格。様々な魔獣から集めた骨を使っているのだろう。不揃いでいびつだが、全体は人間の形に似ていた。
水と骨でできた巨人。骨の中には金属の板がいくつも埋め込まれている。
「ご紹介するわ。この子は合成魔獣アクエリア。隷祖の力だけで作り上げた、主祖を殺すための兵器」
女が示すと、獣の頭蓋骨を持った巨人ががらんどうの目をダヴィスに向けた。
スレッタは巨人の腹の中にいた。水の中で眠っている。どういう理屈なのか、溺れてはいないようだ。ただ眠っている。
「そしてその制御を担っているのが、私の娘スレッタ――『水精の魔女』」
アクエリアの指先がダヴィスに向けられた。
次の瞬間、
――ヒュッ!
音がするよりも先に、圧縮された水が放たれた。
ダヴィスはとっさに顔をかばった。その腕からぱっと血がほとばしる。
「痛っ……!」
鋭い刃物で切り付けられたようだった。圧縮した水を刃にして飛ばしたのか?
だとしても、始祖であるダヴィスの体に傷をつけるなんて!
「アクエリアの攻撃は魔法では防げない。たとえ、成熟魔獣を殺すほどの主祖でも!」
アクエリアの巨体が飛んだ。解放軍の男女を飛び越え、ダヴィスに迫る。
「くそっ!」
ぱっと水の刃が放たれる。岩をバターのように切り裂く威力だ。
しかも、繰り返し、いくらでも撃てるようだ。反撃するために魔力を練る時間がない。
(退かないと……!)
その時、
どぉん!
何かがアクエリアの側頭にぶつかった。衝撃で水の中の骨が飛び散る。
「おにいちゃーーん!」
霧のなかから、船が現れた。樹雷軍艦・津名魅である。
「陸の上なのに!?」
「説明は後! 乗って!」
津名魅は砲撃を繰り返しながら、離脱しようとしていた。
アクエリアは……なんと、吹き飛んだ頭部を再び水が引き寄せて、同じ形に戻りつつあった。
(ばらばらの骨と水でできた体……壊しようがない)
「一時……撤退だ!」
ダヴィスは津名魅の船体に飛び乗った。船は水の刃を受けながら、その場を飛び立った。