「あれは何だったの?」
ダヴィスの腕に包帯を巻きながら、砂沙美は不安げに言った。
「奴らは合成魔獣アクエリア、と呼んでいた。魔獣の骨と水で作った巨人のように見えた」
「どうやったらそんなことが……」
「わからない。たぶん、俺たちが知らない魔術を使ってるんだ」
未知の技術。未知の力。ダヴィスは思考を巡らせた。だが、考えても分かりっこない、ということにすぐに思い至った。
「おにいちゃん、血は止まったけど……」
アクエリアの水には強い妖力が含まれていた。傷つけられた腕はどす黒く染まり、異様なオーラが漂っている。
「治療のために魔力を集めていれば大丈夫。でも、しばらくこの腕は使えないな」
「そんな……」
泣きそうな表情を浮かべる砂沙美の頭をもう一本の手で撫でる。
「それより砂沙美ちゃん、津名魅は……」
「う、うん。秘密だけど、水の上だけじゃなくて、陸でも動けるの」
恐るべし、樹雷の超技術。彼らがその気になれば、始祖二人分の力を持つ軍艦を地上の戦いでも運用できるわけだ。
「ねえ、樹雷に行こう。お父様たちにも船を出してもらえば、あの怪物もやっつけられるよ」
ダヴィスは考え込んだ。確かに、最強と名高い樹雷艦隊ならばアクエリアを倒すことができるかもしれない。
だが、と、ダヴィスは砂沙美に悟られないように考えた。
(これはチャンスでもある。これだけ強力な敵を倒せば、褒美は思いのまま。もっと高い爵位をもらうことや……場合によっては、王国に独立を認めさせることもできるかも)
いち領主でなく国王ということになれば、複雑な婚姻のバランスをとる心配はなくなる。たぶん他の部分がもっと大変になるだろうが、大手を振って彼女らをめとることができる。
「いや……樹雷艦隊が出るとなると時間がかかる。その間に、魔境の拠点はあいつらに蹂躙されるだろう。まずは拠点に引き返して、やつを倒す方法を考える」
「考えるって、あてはあるの?」
ダヴィスは、確信を込めてうなずいた。
「ある」
▶
襲撃からまだ夜が明けていない。拠点は大わらわだった。
津名魅を着水させて河港につけるなり、怒号が響いた。
「どうなってるのよ、これは!」
きーんと耳に響く大声。風にたなびくストロベリーブロンドを押さえながら、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが立っていた。
「説明しないといけないことがたくさんあって……」
「どうして君が樹雷の軍艦に乗っているのかな」
こちらは白鬼院凛々蝶。
「手紙には、とにかくこっちに来てほしいってことが書いてあったからねー」
後ろにはメイド姿のマナがいた。
「えーと……こっちで婚約者を一人増やしました」
「征木砂沙美樹雷です」
ダヴィスの後ろからぺこりと少女が頭を下げた。
「征木って……」
凛々蝶の鉄面皮もさすがに驚きの形に変わった。
「樹雷皇家の家名じゃないの!」
「よろしくね、ルイズおねえちゃん」
「……っ! な、なかなか……かわいいじゃない」
ルイズは三女である。姉にかわいがられることはあれど、姉と呼ばれて慕われることはなかった。
「でも、さすがに皇女にそんな……」
「婚約したのは砂沙美が最後だもん。お嫁さんの先輩としてよろしくね、ちよねえちゃん」
「っ……わ、わかった。仕方ないな……!」
凛々蝶は家族から離されて育った。だから家族とのふれあいに飢えていたのだ。
こうしてあっさり懐柔された婚約者たちと専属使用人のマナを連れて、ダヴィスらは津名魅に乗り込んだ。
そして、今もなお魔境に潜む脅威、アクエリアについて説明した。
「それは……おそらく、水の精霊の力を使ってるんだわ」
ルイズが言った。
「魔力を媒介にして自然の力を操る方法はトリステインでも研究されているけど、そこまで大規模なことができるのは精霊そのものを使役しているとしか思えない」
「精霊を操るために、古代の秘法を使ってるんじゃないかな」
と、マナ。
「金属片を使ってるって言ったでしょ。それって、古代の石板と同じ術法を再現しているんだと思う。その術で魔獣や精霊を扱ってるんだと思う」
「でも魔獣を継続的にコントロールするのは無理だ」
凛々蝶が
「あまり人に語りたくはないけど、僕の先祖は魔獣との混血だろう。その方法についても教えられた。とても複雑な術式を使うけど、操れるのは一晩がせいぜいだ」
「確かに、俺たちが魔境で会った魔獣も、自在に操られている感じじゃなかった」
ダヴィスはスレッタを助ける前のことを思い出しながらうなずいた。
「そうか、だからスレッタが必要なんだ」
アクエリアの姿を思い出しながら、ダヴィスは頷いた。
巨人の体を形作っているのは魔獣の骨と水だった。その骨には金属板が埋め込まれ、古代秘術で死んだ魔獣の体を精霊の力を用いて操っている。
その水の中にスレッタが眠っていた。高度で複雑な理屈はいま考えて解き明かされるようなものではないが、生きた人間がそこにいなければ、アクエリアは成立しないに違いない。
「すごいすごい! あっという間にいろんなことが分かっちゃった」
両手を打ち合わせて、砂沙美が弾んだ声をあげる。
「君のお姉ちゃんたちはすごいだろ?」
自慢の婚約者たちを見まわしてから、ダヴィスは胸を張った。
「つまり、その巨人を倒すには、なんとかして中にいる女の子を引き離せばいいのね」
「どうすればいい?」
「そうね、まずは……」
作戦会議が始まった。
▶
うっとりとしたまどろみのなかに、スレッタはいた。
全身が包まれている。
揺蕩(たゆた)っている。
生まれる前のころのように、体をまるめて、ただ揺らされている。
何も考えなくてよかった。
何も感じなくてよかった。
呼吸さえも、今は必要ない。
ただ身を任せるだけでよかった。
彼女の体を、脳と神経を、魂と精神を、代わりにアクエリアが支配していた。
あらかじめ決められた衝動――強い魔力の持ち主を殺すという目的に衝き動かされて、アクエリアは動いていた。
合成魔獣に意思はない。心もない。ただ、形を保つ必要はあった。
何十体もの魔獣の骨を使ってくみ上げられた体を統御する「本体」が必要なのだ。
自分がどんな形をしていて、どんな風に動くことができるのかを「知っている」肉体がなければならなかった。
スレッタは母に愛されていることを知っている。
精霊にささげるためには、愛された子でなければならなかった。
母の愛が本物であることは知っていた。だけど、それが同時に何かもっと大きなもののための手段であることもわかっていた。
スレッタはアクエリアに身をゆだねながら、自分がまだ求められていることだけを感じていた。
体の外で何が起きているかも知らずに。