王城に高らかなラッパの音が響き渡った。
レヴィオス王国、その王都――その中心に立つ白亜の城に、ダヴィスはいた。
「オリヌス・ダヴィス」
かしずいたダヴィスの前に立つのは、広大な大陸の半分以上を統治するレヴィオス王その人である。
「はっ」
「父母の喪が明けるまでの統治、そして成熟魔獣に続き合成魔獣の撃破。この世にそなたの資格を疑うものは一人もいない。レヴィオス王家の名と紋章において、伯爵位を授ける」
叙任剣が肩に置かれた。たった数か月のことだが、長い時間が流れたように思えた。
「これを」
その剣を王が差し出す。ダヴィスは両手で恭しく、その剣を受け取った。
列席者たちは固唾をのんでその光景を見守っていた。
広大な王国では、地方領主に対する叙勲をわざわざ謁見の間で行うことなどめったにない。王の代理を送ることがほとんどだ。
だが、わざわざ王城にまでダヴィスを呼びつけたのには理由がある。
彼の功績が、あまりにも大きいからだ。
成熟魔獣の討伐だけでも、英雄として讃えられるのにふさわしい。だが、合成魔獣アクエリアはそれをはるかに超える危険を持っていた。主祖を殺すための兵器。もし魔境から外に放たれていたら、何人の貴族が犠牲になっていたか知れない。
その功績を王が讃え、褒美を与える。その儀式は、ダヴィスが今も王国に忠誠を誓っていることを確かめることになる。
なにしろ、樹雷がすでに位を与えているのだ。いつの間にか伯爵領が樹雷の一部になっていたなんてことが起きうるかもしれない……加えて、ダヴィスは国境を接したトリステインの公女との婚約もしているのだ。
王は規格外の貴族に対して、権威を示す必要があった。
「そして、革命軍を騙る不届きものどもを一掃した手柄を讃える。褒美は望みのままに与えよう」
列席者の注目がダヴィスに集まる。
一国を征服するのに匹敵する功績である。
もしダヴィスがさらなる領土を求めれば……たとえば、クオルデンツェ侯爵領を欲しがれば、王はそれを受け入れるしかないだろう。それほどの偉業である。
「では、恩赦を」
「恩赦?」
王は思わず聞き返した。
「革命軍は王命により捕らえられ、陛下の裁きを待っているところと聞き及びます。そのうちの一人……スレッタという少女を私にお与えください」
「これだけのことをして奴隷一人が欲しいのか?」
「左様にございます」
「なぜ?」
ダヴィスは顔を上げた。
困惑に満ちた国王の顔をしっかりと見据えて、こう答えた。
「口づけを交わしましたので」
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「何を考えてそんなことを!?」
牢から解放されたスレッタは開口一番にそう言った。
ダヴィスは外の光景を見ていた。大陸の中央部から、東の端のオリヌス伯爵領までは長い旅になる。
「何って?」
「だって、私は奴隷なんだから、お金さえ出せば手に入ったのでは?」
「うーん……たぶん、そんなに簡単にはいかないかな。君は革命軍の重要人物だ。アクエリアのことを知ってるだろ?」
「わ、私は知りませんよ。たぶん、やったのはほとんどお母さんだし……」
「それも理由のひとつだ。君の母はまだ身柄を見つけられていない。たぶん、魔境のどこかに潜伏してるんだろうな。彼女を見つけ、詳しい話を聞くためにも君には俺の手元にいてほしい」
「お母さんが、まだ……」
スレッタは視線を進路の先に向けた。伯爵領、そして魔境があるほうだ。
「君を俺の妻に迎えようかと思っている」
「ふへぇ!? なんでそんなことに!?」
「唇の感触が気に入ったから」
「んぇえっ……」
にやりと笑みを浮かべてから、ダヴィスは肩をすくめた。
「というのは冗談で、君が欲しくなったからだ」
「大して変わってない!」
腕をクロスさせた防御姿勢をとるスレッタ。おもしれー女だ、とダヴィスは内心で思っていた。
「貴族は貴族と結婚して、周囲の女たちに適当に種をばらまくのが世間じゃ道徳ってことになってる」
上等な馬車はあまり揺れない。ダヴィスは上機嫌に姿勢を崩すと、スレッタの太ももに頭を乗せた。
「誰かに見られますよ」
「いいんだ、もう十分変な目で見られてるし」
しっかりと柔らかな膝枕に甘えながら、ダヴィスは目を閉じた。
「でも、それって相手の身分によって扱いを変えるってことだろ。それは仕方ない……生まれてくる子供の強さが違うんだから。でも、俺の場合は生まれてくる子はみんな主祖になるらしい」
「隷祖の私とでも?」
「答えが分かるのは一年ぐらい後だろうな」
「えっ、もう決まってるんですか!?」
素直な反応にくつくつと笑ってから、ダヴィスは目を開けた。スレッタの顔は半分ほど胸で隠れている。
「だったら、俺の子を産む相手の扱いに差をつけるべきじゃない……と、思うんだ」
「そんなこと、許されるんですか?」
「まわりから文句を言われないためにも、君の力が必要なんだ」
「というと?」
「君の母の言葉を信じるなら、アクエリアは主祖の魔力を使わずに作り上げられた。あれがどうやって動いているのか、調べれば……今の大陸を支配している貴族主義は絶対じゃなくなるかもしれない」
「お母さんは、たぶん……そのつもりです」
ダヴィスはうなずいた。
「俺もそうなるべきだと考えている。今は、魔獣に対抗できるのが主祖しかいないから仕方なく主祖が上に立ってるだけだ。でも、貴族の魔法がすべてじゃない……」
いずれは、他の力が重要度を増していくだろう。古代魔術や、精霊の使役や、アクエリアを作った技術が。そうなれば、もはや世界の主導権は貴族だけのものではなくなる。
「君の母のように主祖を殺して勝ち取ることには賛同できないけど、他の方法があることを知ってしまった。だったら、俺はその力を一番に欲しい。そのとき、俺に隷祖の妻がいたら格好がつくだろう」
「難しくなってきたけど、お母さんを見つけるためには、私にもあなたの力が必要だと思います」
スレッタはダヴィスの髪をなでながら、窓の外を見た。
冬の光は景色を透き通って見せる気がした。
「というわけで、この体は俺のものだ」
と、言いながら、ダヴィスはスレッタのしっかりと広いお尻をなでた。
「ぎゃあっ!?」
色気のかけらもない悲鳴をあげてスレッタは立ち上がり、ダヴィスは馬車の床に盛大に頭を打った。