魔獣を撃破した後、すぐに2つの勢力からコンタクトがあった。
1つは言わずもがな、樹雷皇国である。
国境線上とはいえ、世界最古の国が目の前で魔獣討伐の栄誉を奪われることはメンツを潰してしまったか、と思ったが、意外にも感謝の言葉が述べられていた。
そして、特例としてダヴィスに従五位を与える旨が書かれていた。
もう1つの勢力が、トリステイン王国だ。
オリヌス伯爵領から見て北方にある小国だ。だが、魔法に関する研究に力を入れており、魔法学院や研究所では他国よりはるかに進んだ研究が行われている。
トリステインの若き女王アンリエッタの手紙には、ダヴィスの優れた魔法を研究したい、という旨が記されていた。そのために、女王から使節として若く優秀な魔法使いを送る……と。
そういうわけで、オリヌス伯爵領に異邦からの使者が立て続けに二人、滞在することになった。
ダヴィスとしては、二人の使者のどちらかを優遇するわけにもいかず、同列に扱っていることをアピールする必要があった。
そこで、12時からの昼食にトリステインの公爵令嬢を招待し、18時からの夕食に樹雷特使を招くことにした。同じ日に二人と初対面した、ということで面目を保つ腹づもりだ。
このスケジュールが、予想外の事態を引き起こした。
時刻は15時。ダヴィスが住む城の門前に、二つの馬車が止まった。
「トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家が末姫、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様のご到着!」
白いしつらえの馬車から、一人の少女が下りてきた。
ウェーブがかったストロベリーブロンド。長いマントはトリステインの魔法使い、つまり貴族の正装である。
もう一方の黒檀づくりの馬車からも、別の人影があらわれる。
「樹雷皇国に古より仕える名門、白鬼院家の嫡流に連なるご息女、白鬼院(しらきいん)凜々蝶(りりちよ)様のおなり!」
まっすぐに伸びた濡れ羽色の髪、紫の瞳。装いは王国に合わせたモノトーン。
ぴったり同時に現れた二人は、門の前でにらみ合った。
「どういうこと?」
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは不機嫌さをあらわにしてつぶやいた。
「この私が到着したのに、伯爵の出迎えがないなんて!」
「しかし、お約束は12時のはずでは……」
「私は忙しいの。遅れるのは仕方ないことよ」
「立派な家紋の馬車だから、どんなに立派な人が下りてくるかと思ったら」
黒髪の少女、白鬼院凜々蝶は冷ややかな目つきをルイズに向けた。
「遅刻しておいて出迎えを要求するなんて、貴族らしいのは見た目だけのようだ」
「んなっ……!」
ルイズはものすごく挑発に乗りやすい性格をしていた。
「言っとくけど、これは交渉術よ! わざと遅れて着くことで、こっちの立場が上であることを伝えてるの! 私は公爵家、相手は伯爵! 私のわがままをかなえることは義務なのよ、義務!」
「立場?」
凜々蝶は鼻で笑って見せた。
「公爵なのはあなたのお父上で、あなた自身が叙勲を受けたわけじゃないだろう?」
「私は女王様の命を受けてここにいるのよ。本当なら今日は、学院で使い魔召喚の儀の予定だったのに」
「そんなに狭いところに閉じこもっていたいなら、学院だか犬小屋だかで尻尾を振っていればいい。僕は自分の意思でここに来たんだ」
もちろん、ふたりはお互いの立場を知っている。情報収集は怠っていない。
「国から追い出されたんじゃなくって?」
「妙な屋敷(マンション)に叩き込まれそうになったのさ。そんなことより、外の世界を見たいと思ったんだ」
風が吹く。ルイズの桃金髪と凜々蝶の濡れ羽髪が大きくなびいた。
凜々蝶は内心、焦っていた。
(またやってしまった……)
表面上は堂々と向き合っているが、自分への呆れと失望で今すぐ頭を抱えたい気分だった。
どうしてこんなにきつい態度をとってしまうんだ。きちんと礼儀正しくしたいのに。
(僕はいつもこうだ。思ってもいない悪態で人を傷つけてしまう。僕のことを誰も知らない土地に行けば、少しは自分を変えられるかと思ったのに)
15年の人生で、凜々蝶という個人の内面を見ようとするものはひとりとしていなかった。家族ですら。
だから、本当は期待していた。別の国でなら、自分と対等に話ができる相手がいるかもしれない。
魔獣を一撃で倒したというオリヌス伯爵。その人柄と様子を探るよう、勅命を受けた。
若い貴族の娘を他国に送るというのは、言外に結婚相手としてふさわしいかどうかを見極めろというのに等しい。
もしかしたら、自分の夫になるかもしれない相手。
そのうえ、同じ時期にトリステインからも使者が送られたと聞いて凜々蝶は想像を膨らませた。
同じ年ごろの女の子で、同じぐらい高い身分のある相手なら、もしかしたら僕のことを対等に見てくれるかもしれない。
すぐには無理でも、ひとめ会うだけでも……そう思って、18時の予定よりもかなり早く訪問したのだ。
それなのに、よりによってその本人と口喧嘩する羽目になるなんて。
「顔が引きつってるわよ」
鉄面皮の凜々蝶に対して、ルイズは非常にわかりやすかった。
(まったく、どうして私がこんなところに!)
魔法学院の筆記試験では主席をとっている。
小国であるトリステインが大陸で存在感を発揮しているのは、独自の教育制度の賜物である。魔法を使うことができる貴族の子女を一カ所に集め、体系化された魔法を修得させる。
他国の貴族は魔力を思いのままにふるうが、トリステインでは違う。魔法を四つの系統に分け、呪文を用いて制御することで、高い威力と精度、そして効率を兼ね備えた魔法を身に着けるのだ。
その術を学び、尊敬を集め、いずれはアンリエッタ女王の側近として華々しく活躍する……
それが、ルイズの人生設計だった。
ルイズは若き女王の幼馴染みである。彼女から一番の信頼を置かれていると自負していた。
ところが、当のアンリエッタからの命を受け、縁もゆかりもない他国に派遣されることになった。
(学院を卒業する前からよその国に行けなんて、アンリエッタ様は何を考えてるの!)
私はトリステインにいないほうがいいってこと?
ルイズは突如、抑え込んでいたはずの怒りが再燃するのを感じた。
「格の違いをわからせてあげるわ!」
そして、その怒りを手近な相手にぶつけることにした。
怒りに任せて、ルイズはマントの裏から杖を抜いた。
瞬間、凜々蝶は目を見開いた。
(なんだ、この魔力量は――!?)
魔法を使う瞬間には、魔力がオーラとなって放たれる。近くにいる魔法使いは、そのオーラを感じることができる。獣の強さが体の大きさで分かるように、魔力の量が分かるのだ。
主祖が持つ魔力量には個人差があるが、ある程度の範囲に収まる。小柄な牛も大柄な牛もいあるが、牛の大きさはだいたい決まっているのと同じようなものである。
ところが、ルイズのオーラは、その範囲をはるかに超えていた。象と同じ大きさの牛を見たようなものである。
ぞっと背筋が震えた。この魔力量をぶつけられれば、同じ主祖でも耐えられない!
本能的に、凜々蝶は姿を変えていた。
頭に角が生え、瞳が妖しく輝く。
凜々蝶は「先祖返り」と呼ばれる、特殊な存在だった。
かつて、樹雷人間に魔獣の血を与え、魔獣の妖気を持った人間を生み出した。
その子孫は数世代に一度、魔獣の血を色濃く残した子が生まれるのだ。
普段は妖気を抑え込んでいるものの、いざというときには姿を変える。主祖としては非力な彼女だが、妖気を身にまとうことで力を爆発的に高めることができた。
殺される前に、殺すしかない。
ルイズの膨大なオーラを目にして、凜々蝶はそう判断したのだ。
「ファイヤー……」
ルイズの声が響き渡る。呪文を唱え終える前に、白いのどに凜々蝶の手が迫り……
「……ボール!」
ルイズが呪文を唱え終えた瞬間。
凜々蝶が一瞬にして距離を詰めたその間際。
「待て!」
門を飛び越えて現れた影が2人の間に割り込んだ。
ダヴィスだ。
一瞬のうちに飛び込み、ルイズの杖を天に向けさせ、凜々蝶の腕をつかんで止めていた。
「なっ……!」
凜々蝶は二つのことに驚いた。
一つはダヴィスの身体能力だ。貴族は全身に魔力を行きわたらせ、身体を強化することができる。凜々蝶は姿を変え、さらに妖力を使って通常の主祖よりもさらに強く、速くなることができる。
だが、ダヴィスはさらに速かった。そして今、凜々蝶の腕をいとも簡単につかんでいる。
圧倒的な魔力量の差がある、ということだ。
もう一つは――ルイズの魔法がマッチ棒をこすったほどの小さな火を生み出しただけで終わったことだ。
最初から単なる脅しのために呪文を唱えただけなのか? いや、あの魔力量で脅しも何もない。
「待たせてすみません。オリヌス・ダヴィス伯爵です。お二人とも、ようこそいらっしゃいました」
冷や汗をかきながらダヴィスは言った。
昼食に来るはずのルイズがいつまでも現れないのがトリステイン流の交渉術だと判断したところまではよかったのだが、他に何の予定も入れていなかった。少しの待ち時間に耐えきれず、ちょっとくらいならとマナを呼びつけてその体に溺れていたところであった。
門前でふたりの特使が鉢合わせているという報告を聞いて、あわてて服を着て飛び出してきたのだ。
(ぎ、ぎりぎりだった……)
マナは「口で掃除してあげる♡」と言ってくれたのだが、その誘惑を振り切って飛び出してきた甲斐があった。
まさか一触即発の事態になっているとは。
「ふ……ふん、私を待たせたあなたの責任よ!」
杖を下ろしたルイズは、顔を紅潮させながら叫んだ。
大陸いちの魔法学院の首席でありながら、魔法がうまく使えない――最大の弱点を、いきなり交渉相手に知られてしまったことに恥辱を感じたのである。
どちらかというと、すぐに激昂する性格のほうが弱点として大きいことに本人は気づいていない。
秘密を明かしてしまったのは、凜々蝶も同じだ。
「先祖返り」であることは、ある意味で彼女の切り札だった。単なる主祖だと思わせておきたかった。
(その上、他国の貴族を手にかけようとする邪悪な鬼だと思われてしまうだろう……どうして僕はいつもいつもこうなんだ)
今度こそ本当に頭を抱えてうずくまってしまった。
「とにかく、」
「こんなつもりじゃなかったのに……」
大声を上げるルイズと、目に見えて落ち込む凜々蝶。極端な反応をする二人を前に、ダヴィスは冷や汗をかいていた。
「とりあえず……お茶にしますか?」
昼食には遅すぎ、夕食には早すぎる。
気の利かない提案をするのが、精いっぱいだった。
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こんなところまで読んでいるあなたは少数派です!
本作を書くために原作を一通り触れたのですが、特にファンタジア文庫の「天地無用!魎皇鬼」の視点を次々に切り替えながら書いていく文体がとてもクールで、なんとかこの面白さを本作には入れたいなと思いました。(ハーレムものですからね)
というわけで、ルイズと凛々蝶、ふたりの視点を切り替えながら対立させることに挑戦してみました。
ハーレムものとの相性も抜群だと思うので、今後もやっていきたいですね。