ー郊外の研究所ー
夜闇に紛れ、先生とヒナ、そして風紀委員会のメンバーが研究所を包囲する。
先生は、静かに周囲を見渡しながら状況を確認する。研究所の周囲には、武装した傭兵達が配置され、厳重に警備されていた。
「……警備が厳重だな」
先生は、傭兵達を見ながら呟く。
人の出入りがあった事は分かってはいたが、事前の情報と比べると、明らかに警備の数が増加している。
「恐らく、私達が研究所を襲撃する事を予測して、警戒を強めたのね」
「そうだね。でも、やるしかない」
先生の言葉に、ヒナは強く頷く。既に陽動である風紀委員会は行動を開始している。イオリとアコを中心とした風紀委員会のメンバーはヒナの合図一つでいつでも突入できる態勢を整えていた。
「ヒナ、準備はいい?」
「勿論よ」
周囲を確認しつつ、搬入用の地下通路に繋がる入り口まで移動する。事前の打ち合わせ通り、此処から地下通路へ侵入して敵の裏をかく。陽動部隊の突撃を合図に、ヒナと先生は素早く施設内に潜入し、誘拐された生徒達を保護。そして首謀者の身柄を拘束する。
今回の作戦は、如何に敵を欺くかによって勝率が左右されるといってもいいだろう。
ヒナと先生達は、静かに作戦を実行する準備を整える。通信機からは準備が整ったと連絡が入る。後はタイミングを見計らって作戦を開始するだけだ。
「……カウントダウン開始」
ヒナが通信機を通して指示をする。
その言葉に、通信機越しに緊張が伝わり、皆が皆、固唾を飲んで合図を待っている事が伺えた。そして、通信機から開始の合図が告げられ、ヒナは先生と共に地下通路に繋がる入り口へと駆け出した。
同時に、陽動部隊である風紀委員会が研究所に突撃。周囲を警備していた傭兵達に攻撃を開始する。
先陣を切って突入するイオリの怒涛の攻撃に、傭兵達は防戦一方となるも、予め襲撃を予想していたのか、徐々に陣形を立て直してイオリ達風紀委員会を撃退しようとする。
「恐れるなっ! 相手は少数だ!」
イオリの檄に、風紀委員会のメンバー達は奮い立つ。武装した傭兵とはいえ、数では風紀委員会が優っている。
しかし、防衛戦においては、傭兵達が有利といっていいだろう。
遮蔽物を巧みに利用しながら、傭兵達は風紀委員会の猛攻に耐えつつ、反撃の機会を伺っている。
風紀委員会も正面の入り口から建物内に突入するには身を隠す遮蔽物がなく、攻めあぐねていた。
前に出れば集中砲火を浴びるのは目に見えている。
イオリ達もそれが分かっているのか、迂闊に前に出る事ができない。
「っ!」
イオリは傭兵達の銃撃を受け、後退する。幸いにも致命傷には至らなかったが、イオリは厳しい表情を浮かべる。このままでは膠着状態となり、傭兵達に制圧されるだろう。
しかし、それは予想の範囲内だった。イオリ達の目的はあくまでも傭兵達の注意を引く事であり、陽動である。
既に先生とヒナは地下通路を経由して研究所内に潜入している。後は敵の裏をかき、誘拐された生徒達の救出と首謀者を確保するだけだった。
施設内に潜入した先生とヒナは、見取り図の情報を基に、慎重かつ迅速に歩を進めていく。警備や巡回をしている傭兵がいると思われたが、予想に反して傭兵の姿は殆ど見られない
「警備が手薄ね」
ヒナは警戒しながら呟く。
「イオリ達が陽動として傭兵達に攻撃を仕掛けているからね。流石の彼等も、そちらに戦力を割かざるを得ない……と、考えるべきかな?」
「楽観的に考えるのはよくないけど、今はそう思っておいた方がいいわね」
見取り図に書かれている地下通路を通りながら、施設の地下へと移動する。誘拐された生徒達が何処に囚われているのか考えた時、最も可能性が高いのは地下施設だろう。
地下施設は、地上部分とは異なり、通路と直接繋がっており、物資の搬入や研究に必要な設備が整っている。
仮に、荷物の運搬と併用して誘拐した生徒達を運び入れたとなれば、施設の最下層にある可能性が非常に高い。
そして、地下施設の最深部。そこに誘拐された生徒達が収容されていると予想した。
「……先生」
ヒナが足を止める。
「どうしたの?」
「この先、警備の傭兵がいるわ」
ヒナが指差す先。通路の先には、傭兵と思われる人物が二人。このまま前に進めば戦闘は避けられないだろう。
できるだけ戦闘は避け、誘拐された生徒達を救出したかったが仕方がない。
先生はヒナと目配らせをすると、合図と共にヒナが遮蔽物の陰から飛び出し、傭兵達に向けて突撃した。
「なっ! 敵襲!」
ヒナに気付いた傭兵達が、慌てて銃を構えようとする。しかし、それよりも先に引き金を引いたヒナの銃弾が、傭兵達に被弾し、一瞬にして無力化した。
その銃声により、他の傭兵達が外で戦っている風紀委員会以外の人物が潜入していた事に気付くも、兵力を入り口前に集中させていた事もあり、増援は間に合わない。
「先生、こっちよ」
ヒナは先生と共に施設の最深部へと急ぐ。道中、室内で待機していた他の傭兵達との小競り合いがあったものの、僅かな手勢ではヒナの相手になる筈もなかった。
そして、最深部へと到着した先生は周囲を見渡す。そこには、多くの研究設備が整っており、無機質な機械の稼働音や計器の音が木霊していた。
敵の姿はない。
目視出来る範囲の設備からして、敵の組織にとって重要な設備である事は間違いない。恐らくは、誘拐された生徒達はこの奥に囚われていると考えられる。
先生は静かに辺りを見渡す。
辺りを見渡し、そして疑問に思う。
何故、此処だけ守りが手薄なのか。此処が重要設備である事は明らかであり、そう簡単に侵入者に踏み込まれる筈はない。にもかかわらず、誰一人としていないと言うのは不気味である。
「ヒナ、気を付け……」
嫌な予感がする。
注意を促そうとした瞬間、ヒナは踵を返すと共に先生に向かって飛び掛かり、そのまま抱き締めると同時に腰の付け根から生えていた翼を大きく広げ、先生を包み込んだ。
一瞬の出来事で、先生は反応できなかった。しかし、振り返った瞬間のヒナの表情だけは、鮮明に覚えている。
その瞳に浮かんでいたのは焦り。そして、焦燥。
何が起こったのか。それを問い詰める間もなく、轟音と衝撃により世界は白一色に塗りつぶされた。
空崎 ヒナの行動に、彼は流石と言わざるを得なかった。
無論、外で傭兵達の注意を引く風紀委員会の実力もさる事ながら、空崎 ヒナの臨機応変な対応を賞賛していた。
此方が用意していた悪意を察し、身を挺してまで先生を守ろうとした。
その行動力は、賞賛に値すべきだろう。だが、それも無意味な事である。
「空崎 ヒナ。君はやはり、詰めが甘い」
自分一人の力で先生を守れると、本気で思っていたのだろうか。
確かに、通常ならばその判断は間違ってはいない。
だが、今回は違った。
廃墟となった研究所。
搬入された機材の数々。
そして、雇われた傭兵達。
それらを鑑みれば、先生達が認識する敵は、この研究所を重要な拠点としていると考えるだろう。
だからこそ、その仮定に則った対処で行動した。
そう、それこそが認識の違いである。
彼にとって、この施設は先生とヒナを嵌める為の罠であり、あくまでも消耗品としか捉えていない。
貴重な機材も、傭兵達も、全ては先生達を誘い込む為だけの道具に過ぎず、本命は最深部に潜入した先生とヒナを、他の風紀委員会のメンバーから隔離する為の手札でしかなかったのだ。
彼にとっての本命は、先生達が最深部と認識していた区画と二人の潜入通路を完全に遮断する為の爆破装置の起動。
無論、それだけで済むとは思っていない。この程度の困難ならば、空崎 ヒナは乗り越えるだろう。
だが、空崎 ヒナよ。気付いているか?
先生を守りたいというその思いが、先生を助けるという強い意思が、己の首を絞める事を。
そして理解するといい。
如何に優秀な貴女であろうと、過去の記憶から逃れる事は出来ない。
そう、先生を守る事が出来なかったという過去のトラウマからは……。
その為の用意した手駒である。
その為に投資した手駒である。
彼女達の姿を見た貴女の反応が楽しみだ。
そして、彼等の反応を見た時の貴女の反応が楽しみだ。
さぁ、証明の続きといこうじゃないか。