モーテル内の廊下を歩くチハルとマキナ。
「えーっと、217号室217号室……あ、あった!」
ルームキーに書かれた部屋番号と同じ数字のプレートを見つけたチハルは小走りした。
「えーっと、どうやって開けんだっけ」
「ドアノブの上にほら、ピッてやるやつあんじゃん。そこじゃね」
「あーコレか。ていうかチハルずっと思ってたんだけど、このピッてやる機械なんてゆーの?」
「え? えっと、電子カード検知機、とか?」
「えー可愛くなーい」
「いやいや機械の名前に可愛いとかあんのかよ。じゃあ排除くんは可愛いワケ?」
「いやあれは別。ビリビリしてくんじゃん、ヤダ」
「じゃあオータムちゃんは? チィ最初カワイイとか言ってたじゃんw」
「なっ⁉ 今はちっっっっっともそんなこと思ってないから!」
「だから〝っ〟が多いんだって」
「そーじゃなくてさぁ、こういう無害な機械には可愛い名前があっても良いと思うって話」
「はぁ……分かるような分かんないような。じゃあチハルはどんな名前がいいワケ?」
「んーーー…………ピーちゃん!」
数秒の静寂。
「……いやごめんやっぱ違う」
「いいから早く開けろよw」
ドアを開錠して中に入る二人。
「えっと、カードをここか。よいしょっと」
ドアに近くに設置されている機械にルームキーを差し込むチハル。
すると部屋の照明が点き、その全容が明らかになった。
天井から吊り下がるシャンデリア。
アールデコ調の壁紙。
高級感満載のジュークボックス。
広々としてぴっしりとリネンがメイキングされたダブルベッド。
チハルとマキナは声を合わせた。
「おー……ラグジュアリー」
*
「あー、やっと動いたわ。どんだけ待たせんだよ」
「んー、でも今がこの時間じゃ、確実に遅れるよねー」
「んー……ったく、ツイてねぇわ」
「まぁしょうがないんじゃない? 別に俺らのせいでもないし」
「でも確実に詰められるべ。融通が利く相手じゃねぇし」
「まぁ確かに……はぁーあ、エスケープしたい」
「あ、俺もソレ思ったわ。まぁ出来ねぇけど」
「せっかくならみんなで遊びに行きたかったよねー」
「みんなって?」
「ん? そりゃチハルちゃんマキナちゃんアカネちゃんカナちんのこと」
「あーそういう……まぁ何だかんだ釈放された後に連絡先交換したしな」
「実は
「へぇ、やっぱあの二人いつもつるんでる感じなんだな。ていうかお前も変わったな、他人に興味持つなんて」
「まぁほら、あの二人はなんか特別感あるじゃん? 排除くんやっつけた時のこともあるし」
「あー、まぁそれは分かるわ。うん」
「で、どこ行くのーって聞いたらバルカンって答えてたけど、アレってちょうどこの道路の反対方面じゃん?
「うん。もしかしたらどこかで行き違ってたかもな」
「それで思い出したんだけど、この道路の上り方面に変なモーテルがあるんだって」
「変なってどんな?」
「そこに宿泊した客はどういうわけか蒸発しちゃって、ネットに映像だけが残されるっていう。つまりネット世界に飛ばされちゃって、二度と戻って来られないんだって。そこだけ不思議な磁力が働いてるとか、あるいは呪われてるとか……」
「へぇ……変っていうか、めっちゃホラーじゃん」
「ホラーだよねぇ」
*
「おーすごい。これミナミちゃんの曲全部揃えてるし、スリスタも完備してるじゃん。すご」
ジュークボックスの前でテンションを上げるマキナ。
その横にちょこんと立つチハル。
「スリスタって、スリースターズっていうんだっけ? 昔のアイドル?」
「うんそう。一世を風靡した伝説の三人組アイドルで、ミナミちゃんがいちばん尊敬してるんだ」
「へぇ、さすがオタク。詳しい」
「雑誌のインタビューで答えてた。曲聴けば分かると思うけど、かなりミナミちゃんスリースターズの曲調とか歌詞を意識してるんだよね。でもまるっきりパクってるわけでもなくて、そこはちゃんとミナミちゃんらしさを出してるのが好きでさ、そこが魅力っつーか」
「ごめんストップ」チハルが手で待ったをかけた。「マキナ超早口、オタクモードになってる」
「あーごめん、つい。チィ何か聴きたいのある?」
「んー、今は特にないかな。マキナの好きなのでいいよぉ。それよりー……とぅっ!」
ベッドに思いきりダイブするチハル。
「おー、すっごいフカフカ! さすがラグジュアリー」
「寝るんなら靴脱ぎなよ」
ベッドの心地よさに酔いしれるチハルに注意するマキナ。
ジュークボックスが曲を流し始め、マキナは曲調に合わせて首を小さく振った。
「これなんて曲ー?」
「スリスタの『銀河航路へ一直線!』っていうの。むかし惑星間フェリーのCMで使われた」
「へー、確かにメロディはミナミちゃんのと似てるかも。あ、好きだわチハルこれ」
「ね、いいっしょ?」笑顔を見せるマキナ。「あ、冷蔵庫あんじゃん」
マキナはベッド脇に置かれていたボックス型冷蔵庫の扉を開けた。
「何があるー?」
「んーと、缶ビールに水、あとユグドラシルジュースと
「ユグドラシルジュース!」
「あいよ。とりあえず座って飲みな」
ベッド端に二人は並んで座り、チハルは缶ジュースの
「あっちのボックスは何だろ? マキナも何か飲んだり出来るものあるんじゃない?」
ジュースをちびちびと飲みながら、チハルは冷蔵庫の横に置かれていたボックスを指差した。
「あーいや、アレはそういうんじゃないから……」
「ん? なに?」
「いいよアレは無視で」
明らかに〝触れなくていい〟というオーラを出すマキナのことを察しつつも、好奇心からボックスの前へ移動するチハル。
「あ、ちょっ……」
「なーんだ。いわゆる大人のオモチャでしょコレ?」
ガラス張りのケースになっていたその中には、チハルの言うように大人のオモチャが陳列されており、料金を投入すれば扉が開いて取り出せる仕組みになっていた。
「いや、その、えっと……」
「もーさー、ウチらも一応大人なんだからこんなんで恥ずかしがることないじゃ―ん」
「うんまぁ、そうなんだけど……」
「あ、しかもマキナ向けのもあるじゃん。チュー出来るデバイス」
「いやそれ、むかし使ったことあるじゃん……で、モニターがなんかヒリヒリするからヤなんだよ」
「でもそれ昔の話じゃん。今のやつは改良されてるかもよ?」
「うーん……ていうかほら、ここには休憩目的で来たわけで……」
「なに顔赤くしてんのさーw」
「し、してねーって!」
「ねーコレ買おうよ。ねぇねぇ」
「えー……でもなぁ」
「それとも、もっとエロいの買う?」
「はぁ⁉ な、なんでよ⁉」
「めっちゃ顔赤いじゃんマキナw」
「う、うっさいもう! あー知らない知らない!」
マキナは堪らず背中からベッドに寝転がった。
「ふふ、そういうところ昔から変わらないよねーマキナ」
ベッドに戻ったチハルは再びマキナの隣に座った。
「チハルがキスしたいって言った時も、めっちゃキョドってたし」
「……」
「まぁ何だかんだしたもんね、キス。中学生の時」
「……」
「チハルは気持ちよかったけど、マキナさぁ、あーモニターがーモニターがーって手で顔を隠してさぁ、めっちゃムスカみたいだったよねw」
「……」
「チハルの初キッス、マキナとなんだよねぇ。ね?」
「……」
「あれ? もしかして寝た? え、寝た? マジで寝た?」
「起きてるわ!」ガバッと起き上がるマキナ。「んな話蒸し返されたら寝れねーっつーの!」
「なんだ起きてんじゃんw」
ジュースを飲み干したチハルは空き缶を冷蔵庫の上に置き、マキナの方へずいっと顔を寄せた。
「キスもだけどさぁ、エッチもしたよね。初エッチ」
「え、あ……まぁ、うん……したことは、したけど」
「修学旅行」
「うーわ、マジでその話すんのー?」マキナは顔を手で覆いながらベッドに寝転んだ。「勘弁してよー」
「部屋が二人だけでさぁ、チハルが持って来たアレ付けてさぁ」
「もういいもういいその話、マジのマジで恥ずいから……」
「耳元でさぁ、マキナ言ったよねぇ。チィのことはずっとあーしが守るからってw」
「あーもう……恥ずい、ヤバイめっちゃCPU破裂しそう……」
「でも嬉しかったよあの言葉、本当に。今でもこうして一緒にいてくれてるし」
「……ん」
「これからもずっと一緒にいてくれる?」
「……モチよ」
「じゃあキスデバイス買って」
「うん分かっ……って何でそうなる!」
クスクスと笑うチハル、赤ら顔が収まらないマキナ。
その様子を、部屋の隅に設置されていたカメラが捉えていたことを、二人は知らない。
次回 『勘崎両子の憂鬱』