列車暴走事件から釈放数日後
チハルとマキナがモーテルに入った10分後
ガチャッとドアが開錠され、カチャッと照明のスイッチが入る。
「ただいま疲れたマジしんどー……」
玄関でブーツを乱暴に脱ぎ捨て、コンビニ袋を台所に置くリョーコ。
「スミレー、ただいまー。スミレー」
リョーコがリビングに向けて呼びかけると、『お帰りリョーコ』という女性の声が返ってきた。
『今日もお仕事お疲れ様』
「んー、めっちゃ疲れた。やっと報告書出来たんだけど、速攻で揉み消された」
『え、このところ家でも頑張って書いてたやつ? 酷すぎないそれ?』
「そう思うでしょー? 上司に提出したら「これは非常にセンシティブな案件だから」って。なーにがセンシティブよ、どうせ外部の圧力に屈しただけのくせにさ。顔色ばっか
『外部の圧力って、タイタン?』
「そう。いくら連邦最大の企業だからって警察まで買収するとかえげつないよね。マジでぶっ潰したいわあの会社」
『まぁ政府ともズブズブの関係にある会社だからね。やろうと思えば何でも出来るんじゃない? アタシの死因も簡単に
「……」
『……』
「シャワー浴びてくるわ」
『いってらー』
シャワーを終えてルームウェアに着替えたリョーコは、電子レンジで温めたコンビニ弁当、冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを手にリビングのソファに座った。
『ソレ何弁当?』
「新松坂牛弁当。もー今日はむしゃくしゃしてるからいちばん高いのにした」
『いいじゃん、美味しそう』
「んー、しっかしまぁ納得できないわ。こっちが残業してまで書いた報告書、一瞬でポイだもん。いくらこっちがヒラ警官とはいえよ? あまりにも失礼って話じゃん」
『アタシならリョーコの上司の頭、鉄パイプでかち割ってるわ』
「サイボーグだからどうだろ。まぁ凹むぐらいはするかな」
ビールをひとくち飲んでから弁当に箸をつけるリョーコ。
「うーわ、肉うっす。これで90セントはないわー」
『コンビニ弁当あるあるだよね。見た目はいいけど中身はっていう』
「えーこれ上げ底とかしてんの? してたらマジで許さん……あ、してないわ」
『ソコは良心的なんだ』
「弁当の底だけに? ははっw ……はぁーあ」
『……元気ないね、リョーコ』
「んー……どうもね、最近自分が警官に向いてない気がしてさぁ」
『そんなにショックだった? 報告書のこと』
「まぁそれもあるんだけど、その前からね。このまま警官続けてもいいのかなぁって」
『リョーコは頑張ってると思うけど、警官として』
「んー、そうなのかなぁ。まぁ
『じゃあ、辞めちゃうの? 警官辞めたら何するの?』
「うーん……どーしよっかなー。前職が警官でも変な目で見られない仕事……なんだろ」
『警備会社とか?』
「あー、でもさー警備会社ってひとくちに言っても法律スレスレな仕事やってるとこも多いからね。というかアウトな仕事やってるとこもザラだし。このまえ検挙したサイボーグ二人組も砂糖の密輸やってたし」
『重罪じゃん』
「うん。まぁそれも報告書で書いた事件でうやむやになって釈放されたけどね。他の犯罪者たちも」
『アカネちゃんもその中にいたんでしょ?』
「うんいたよ。私は会うの初めてだったけど、名前見てすぐ分かった。ギャラクシースピリッツの初代さんの養女だって。スミレは何度か会ったことあるもんね」
『うん。初代さんにはお世話になってたからね』
「本当、あの頃が懐かしい。バイク魔改造して乗り回してさぁ、敵対勢力ボッコボコにして、安酒場で祝杯あげてさ。戻れるならあの頃に戻りたい」
『アタシも。戻れるなら、あの日に戻りたい』
スミレの言う〝あの日〟がどんな日か、リョーコにはすぐ察しがついた。
雨の降る中、スミレは独りバイクを走らせ、赤信号でちゃんと停まった。「スピードは出せ、だが信号は守れ」が千賀浜愚連隊のポリシーだからだ。信号が青になり、スミレはアクセルを踏んだ。そこへ信号無視をしたタイタン工業のトラックが突っ込み……。
「ごめんね」リョーコは目を伏せながら言った。「あの日、私が家で一緒にレンタルビデオ観ようって誘わなければ……」
『まぁ悪いのはあのトラックだし』
トラックは警察や救急へ連絡することもなく走り去り、いつまで経っても来ないことに不信感を抱いたリョーコが現場に向かい、そこで息絶えたスミレを見つけた。
「でもさぁ……あんまりじゃん。確実な人身事故なのに、タイタンが金で揉み消してさぁ……何よ、雨でスリップして勝手に事故ったって」
リョーコは目頭が熱くなり、鼻を何度もすすった。
「ホームレスの目撃者だっていたのに、それでさえ金掴ませて黙らせたし……だから決めたんだよ私は。警察官になって、いつかタイタンに復讐してやるって。悪事の尻尾握って、白日の下に晒してやるって」
『……リョーコ』
「でも、結局無理だってことが今回の事件でも分かっちゃった。報告書は揉み消されるし、証拠品は一切合切タイタンに持ってかれたし。ごめんスミレ、私なにも出来ないわ」
『……とりあえず鼻かみな』
スミレに促されるがまま、リョーコはティッシュを手に取り鼻をかんだ。
『リョーコ、いつまでも過去に囚われないで、前を向いて? どんな生き方でもリョーコはリョーコなんだから』
「うん……ありがとう」リョーコは目から
『……それとねリョーコ。実はずっと言いたかったことがあるの』
「なに?」
『リョーコ。もうさ、いつまでも記憶媒体のアタシに依存するの良くないよ。精神衛生的にも』
リョーコの目の前には、ブラウン管のモニターがある。
そこには〝在りし日〟の
スミレは生前、記憶のバックアップ保険に加入しており、受取人にリョーコを指名していたのだ。
「何で、そんなこと言うの?」
『アタシがこの保険に入ったのは、万が一アタシが総長のまま死ぬことがあったら、跡を継ぐリョーコに少しでもサポート出来ればと思ったから。でもリョーコは隊の解散を選んで、私もそれに同意した。リョーコが警官になることも応援した。そしてリョーコは警官になって、ちゃんと仕事してる。もうアタシに出来ることはないよ』
「そんなことないよ。いつも話し相手になってくれるし」
『そのせいでリョーコ、リアルな人間関係希薄になってない? 隊のメンバーたちは別として、職場の人たちとかさ』
「それは……」
『アタシはねリョーコ、川崎速玲という人間のバックアップに過ぎないの。AIで記憶を維持させているだけの存在。しかも開発したのはタイタン工業』
「……」
『別にリョーコのことが嫌いになったとかじゃないの。ただいつまでもこんな生活を続けてたら、リョーコの人生の
「……」
『分かったら、もう保険の延長はやめて。大丈夫よ、アタシはずっとリョーコの
「……星にでもなったっていうオチ?」リョーコはすすり泣きながら言った。
『それもいいかもね。ロマンチックで』モニターに映るAIのスミレは、小さく笑った。
「……もう、切るね」
『うん、それがいい。今日はお疲れ様』
「うん……じゃ」
リョーコはリモコンを手に取り、モニターの電源を落とした。
「はぁーーーー……」
これ以上とない深い溜息を吐き、リョーコはソファにもたれながら天井を見つめた。
そして、呟いた。
「警官辞めて、族に戻ろっかなー。アカネちゃんに頼めば何とかなるだろーし」
すると消したはずのモニターが再び点き、険しい顔をしたスミレが映った。
『は? ちょっと待って浮気するつもり? 族人生はアタシと一途って言ってたじゃん、なにアレ嘘だったワケ? ねぇちょっと?』
「えっ⁉ あ、いやその……」
『あー、リョーコってそういう奴だったんだ。あんだけ散々二人で寝たのに、次は年下の子と遊ぼうっての? ねぇ?』
「いや、違うって。話し聞いて……」
『あったまキタ。ちょっと早くゴーグル着けて。みっちり調教してやっから』
「え、今? まだ晩御飯の途中なんだけど……」
『んなこと後でいいから早くしろっ! リョーコっ!』
「は、はいっ」
すっかり萎縮したリョーコは床に置いていたゴーグルをすぐに拾い、恐る恐るといった様子で装着した。
ゴーグルの電源ボタンを押すと、リョーコの意識はケーブルを通して電子空間に飛んだ。
目の前にはスミレの姿。
ダークピンクの特攻服を脱ぎ捨てると、おもむろに顔を近づけてリョーコの唇を奪った。
感触は、リアルにキスをしているソレと何も変わらない。
甘美な味、舌触り。
お互いの胸がくっつく感触も、本物のソレと変わらない。
お互いに舌を絡ませ合う二人。
快楽に溺れかけているリョーコは思った。
これだから脱依存できないのだ、と。
次回 『配膳ちゃん』