チハルの様子はやはりおかしかった。
「ねぇ~、マキナ~~~♡」
マキナの腰にベタベタと抱きつき、猫撫で声を出す始末。
「ちょっ、チハル」
「ねぇ~触って~? ねぇねぇねぇ~~~♡」
「ちょっと、落ち着けって」
「触ってくれないなら~、チハルから触っちゃうもんね~~~♡」
顔を上げたチハルの目は完全に
「ちょ、ちょっと⁉」
「わ、柔らか~い♡ 前よりグレードアップしたじゃ~ん♡」
「いや、ちょっと……そんな揉むなって」
「ンフフ♡ 顔赤いよマキナ~♡」
(ダメだこれ、完全に変なスイッチ入ってんな。酒に酔ってもこんな風にはなんねーし、いやそもそも酒飲んでねーし……飲んだもの……ん?)
マキナは冷蔵庫の上に置かれたジュース缶に目を遣った。
「まさか、アレか?」
「んぁ~、ちょっとどこ行くの~?」
しつこく絡むチハルを振りほどき、マキナは空き缶を手に取った。
人差し指を変形させ、針状の器具を缶に残ったジュースの水滴に当てる。
モニター画面に『成分分析中』と表示され、ほどなく結果が出た。
ユグドラシル果汁……80パーセント。
甘味料……5パーセント。
サテュリオン……15パーセント。
(サテュリオン?)
ネットを通して『サテュリオン』を検索する。
『サテュリオン(英語:Satyrion)は媚薬の一種。地球由来の植物を原料とし、タイタン製薬が独占して製造販売を行っている。性的興奮を非常に高める効果があるが、過剰摂取して死亡した事例があるため、購入時の制限や法律で販売禁止としている惑星もある。(Mikipediaより一部引用)』
「ってコレ媚薬入ってんじゃねーか! はぁ⁉」
マキナはジュース缶の成分表を見たが、サテュリオンについての記載はどこにもなかった。
「え、何どゆこと⁉ 誰かが細工して媚薬混ぜたってことか? いやそうだよな絶対」
「もーマキナー」と、背後から抱きつくチハル。
「ちょ、なんだよ」
「なにブツブツ言ってんのー? ねぇ~、ベッドで楽しいコトしよーよ」
「落ち着けって、今チィ媚薬盛られてそういうモードになってんだよ」
「いーじゃん別に~。ねぇ~イチャイチャしたーい♡」
チハルはマキナにベタベタとまとわりつき、マキナの耳(音響感知装置)に「フゥ」と息を吹きかけた。
「はぁ~ん♡……って、ふざけるなよ!」
「ンフフ♡ マキナ耳弱いもんね~」
「ち、ちげぇし! ノイズ入るから嫌なだけだし!」
「フゥ」
「んはぁ~~~♡ っておい!」
小悪魔のように笑うチハル。
これでは埒が明かないと思ったマキナは、チハルが背中から抱きついたままドアの方へ歩き出した。
「どこ行くの~?」
「もうこっから出よ。何か変だわこのモーテル」
「え~~~、ヤダヤダヤダー。まだエッチしてないじゃーん」
「だぁから、そういう目的で来たんじゃねーべ」
ぐだぐだと不満を垂れるチハルを無視して、マキナは歩みを進める。
その前に、配膳ちゃんが立ち塞がった。
「あぁ? 何だよおい」
マキナがガンを飛ばしたその時、館内放送が掛かった。
『あ、あー。マイクテストマイクテスト。えー、当モーテルをご利用のお客様にお伝えいたしまーす。このたび当モーテルは連邦保健省のテストモデル施設に選ばれましたー。つきましてアベックのお客様方にテストのご参加をお願いいたしまーす。テストの内容はとっても簡単でーす。お部屋でおせっせに励んでいただければそれでOKでーす。逆におせっせをしないとお部屋からは絶対に出られませんので、ぜひお励みくださいませー。あ、ちなみにこのテストはまだ非公表の政策なのでー、終了後外部に口外することはお控えくださいませー。さもないと黒グラサンに黒スーツの執行人が来ちゃいまーす。ご案内は以上でーす』
放送は終わった。
ポカンとするマキナ。
相変わらず抱きついたままのチハル。
「……はぁっ⁉ ど、どーゆうことよ⁉ んな無茶苦茶なテストがあってたまるかよ!」
「マキナ怖ーいw」
「チィはいいかげん正気になれって! ここヤベーってマジで!」
「ンハハw ヤバいのマキナじゃーん、めっちゃイライラしちゃってさぁ」
「……もうダメだこれ、こうなったら強行突破しかねぇわ」
マキナはうんざりしながら、右のジャンパーの袖をまくり、右腕をドアに向けた。
通常モードから攻撃モードへ変わり、変形した手首からレーザー銃を出す。
パワーの充電が始まった時、再び館内放送が掛かった。
『あ、あー。追加でお伝えいたしまーす。強引にお部屋からは出ないようにお願いいたしまーす。もし破壊行為とかされたら警察を呼びますのでー』
「はぁ⁉ え、何、どっかで監視でもしてんのかよ⁉」
『器物破損は立派な犯罪なのでー、おやめくださいねー。以上でーす』
「……はぁ」
右腕を下ろし溜息をつくマキナ。
(マジかよ、またお巡りの世話になるのとか勘弁だしなぁ。かと言ってこのままじゃ……ん?)
気づくと、マキナの背中からチハルが離れていた。
「チハル?」
マキナが振り返ると、チハルは冷蔵庫横のボックスの前でしゃがんでいた。
そして、何かごそごそとやっている。
「えっと、何してんの?」
マキナはチハルの方へ近寄った。
すると不意にチハルが立ち上がり、マキナに振り向いて手を伸ばしてきた。
モニター下部のデバイス接続部分を開き、そこに何かを挿した。
「わっ、ちょっ、えっ?」
「あーもう動かないでー」
チハルはマキナの首に腕を回し、接続したデバイスを
「でーきた♪」
「え、これって……」
戸惑うマキナに対し、チハルは腕を回したままぐっと顔を近づけた。
触れ合う強化人間の唇と、作り物の唇。
キスデバイスは唇の触れた感触を電気信号に変換し、マキナの脳に〝これは快楽です〟と教えた。
要するに、人間同士がキスで得られる幸福度と同じ幸福を感じていた。
最初はわなわなと震えていた指先は段々と落ち着き、マキナは両手をチハルの腰に回した。
「んー……ぷはぁっ♡ ねぇどう? モニターヒリヒリするぅ?」
「……いや、しない」
「ほーら、やっぱ昔より改良されてんだよぉ。良かったね」
「ん、まぁ……ていうか
「顔赤ーいw」
「うっさい。……ん?」
「おりょ?」
着メロが流れ、それがほんの数秒で切れたことに二人は気づいた。
「あ、チハルのだ」ズボンのポケットに入れていた携帯電話をチハルは取り出した。「あ、マックス君からだ。でもすぐ切れちゃったみたい」
「あ、それだ!」
「何が?」
「だから、どっかに連絡取って助けてもらうってことよ。カートとマックス、あの二人なら何とかしてくれるっしょ。金かかるかもしんないけどこの際……」
「でも何か圏外になってるけど」
「は?」目が点になるマキナ。
「ほら」チハルは携帯の画面を見せた。確かに電波表示が圏外になっていた。
「嘘でしょ? ……あ、ダメだ。あーしもネット繋がらない。え、何で? さっきまで繋がってたのに」
「もういーじゃーん。それよりさぁ、何か気分が上がる曲かけてよ」
チハルは強引にマキナをジュークボックスの前に誘導した。
「ロマンチックっていうか、ベッドの上でノリノリになれる曲にしてー」
「んなこと言われても……」
「あ、ほらミナミちゃんの曲に恋愛テーマにしたのあったじゃん。何とかABCってやつ」
「あー、『ラブミー♡ABC』? まぁ確かに恋愛がテーマの良い曲だけど……」
「それにしてー。さもないとまた耳にフーするよ?」
チハルがマキナの耳元に口を近づけると「わ、わーったって!」とマキナはジュークボックスの操作ボタンを押した。
ほどなくメロウな曲調の音楽が流れ始め、「あ、そうそうコレコレ!」とチハルは明るい声を出した。
「歌詞がちょっとエッチなんどよねぇコレ」
「まぁ確かにミナミちゃんにしては攻めた曲だなとは思うよ。でも恋愛を真摯に受け止めていて良い曲なんだよね。ミナミちゃんのラジオの恋愛相談コーナーでも決まって使われて……」
「はいはい、オタトークはそこまで」
チハルはまたも強引にマキナを誘導し、ベッドに移った。
♪~ 満点の星の下 あなたとわたしは見つめ合う
「え……チハル?」
佇むマキナの目の前で、ベッドの端に座りながら服を脱ぎ始めるチハル。
♪~ あなたが見つめる前で わたしはそっと服を脱ぐの
紫色のブラが露わになり、誘うような目つきをしながらチハルは言った。
「ねぇ、
*
「おせっせって、え? どういう意味っすか総長」
館内放送を聞いていたカナタは、内容を理解出来ずにいた。
「意味……」
アカネはどう答えるべきか逡巡し、カナタと目を合わせられなかった。
「総長?」
「その……おせっせは、おせっせだ……」
「え、だからどういう意味っすか?」
「つまり……まぐわいだ」
「マグ? マグカップのことっすか?」
「いやマグカップは関係ない。ほら、映画で見たことないか……その、男と女が部屋で二人っきりの時にすること……」
一瞬の静寂。
「すみません総長、俺基本的にヒーロー映画しか見てないんで分からないっす。男ヒーローと女ヒロインが共闘すんのは分かるんすけど……あ、二人で協力してドアぶち破れば良いってことっすか?」
「いやダメだ。器物損壊は犯罪だからな」
「あー……確かに警察呼ぶとか言ってましたもんね。またマッポの世話になるのは勘弁ですもんね。えっと、じゃあどうすればいいんすかね」
「……おせっせを、するしかない、みたいだ」
「おせっせを」
「うん……」
「……」
「……」
「いや、ですからおせっせが分かんないっすよ」
「だから、えっと……うーん」
顔を赤らめながら頭を抱えるアカネであった。
次回 『恋愛のABC』