連射暴走事故から数日後
マキナとチハルがモーテルに入る30分前
ミルキーハイウェイ上り方面を走る一台のバイク。
「総長。これって何て曲ですか?」
「ミナミちゃんの『ラブミー♡ABC』という曲だ」
バイクのメーター下部には、カナタが改造して設置したポータブルカセットプレーヤーがあり、そこから大音量で
♪~ 魅かれ合うココロ マッチングからのドッキング
「総長本当にこのアイドル好きっすよね」
「うん、好きだ」
「いつからファンなんすか」
「デビューしたての頃からだ。デビュー曲を聴いて、全身に電流が流れるのを感じた」
「それってアレっすか、あの電車の警備ロボにやられた時みたいな感じっすか」
「いや……物理的なビリビリじゃなくて、もっとこう、なんていうか……ココロ、そう心に響くような感じだ」
「あーなるほど、要するに感動したってことっすね」
「そうだ」
♪~ A! それはロマンチックに B! そっと優しく そしてC! そ・れ・は
ザー……と、唐突に入り込むノイズ音。途切れ途切れの歌声。
「くっ、いい所で……」
「やっぱ買い替えた方が良かったすね。それだいぶ古いモデルの機種ですから」
「ああ、先代からもらったのをずっと使ってたからな。大事にしてたんだ」
「どうせならこれから行くバルカンで探しますか? ネオアキバに行けば幾らでもあるっすよ」
「ああ……だが、コレが良いんだ」
声の調子を落としながら、カセットの電源を切るアカネ。
「……あの、もしよかったら俺が直しましょうか」
「本当か?」
「まぁ実際分解しないと分かんないっすけど、そんな複雑な造りじゃないっすから、たぶん出来ると思います」
「……ありがとう、カナタ」
アカネはチラッと後ろを振り返り、カナタと目を合わせた。
「いや、まぁ……俺が出来る事なんてそれぐらいっすから」
「そんなことはない。カナタはいてくれるだけで心強い」
その言葉を聞いたカナタは、内心嬉しく感じ、アカネの背中に身体を密着させた。
「カナタ……」
「はい、総長」
「すまないが、あまり頭を押しつけないでくれ。ヘルメットが当たって痛い」
「あ、ごめんなさい総長」
マキナとチハルがモーテルに入る1時間30分前
ギャラクシースピリッツ本部
「あー、こりゃダメだわ。シリンダーが死んでる。これだと上手くピストン出来なくてエンジン掛かんないんすよ」
カナタは工具を手にしながら、メンバーのバイクを整備していた。
「何とかなんないの? カナタこういうの得意じゃん」
バイクの持ち主(女の強化人間)は特攻服のポケットに手を突っ込みながら言った。
「いやー、これはもうパーツ買わないとダメですわ。ネオアキバに行けば安く手に入るっすよ」
「えー、バルカンまで行くとかめんどいわー。お前が行ってくんね?」
「はぁ……とりあえず総長の許可もらってきますわ」
カナタは不服そうな顔をしながら工具を箱に戻し始めた。
「そういえばこの前の、ほら電車の件、オマエ総長に迷惑かけてねーだろーな? うん?」
「いや、だから話したじゃないっすか。俺は俺なりに頑張ったっすよ」
「でもそもそも、オマエがチンピラに喧嘩ふっかけなきゃ総長巻き添えにしなかったんだぞ。マッポにしょっぴかれてよぉ」
「それは……そうっすけど」
「いいか、いくら総長に可愛がられてるからって、あんま調子に」
「私が何だ」
気配を消して現れたアカネの姿に、カナタと女メンバーは「ほぁっ⁉」と変な声を出して驚いた。
「そ、総長……いたんですか」顔を硬直させる女メンバー。
「私がいたらダメなのか」真顔のアカネ。
「いえいえいえ、そんなことはないですっ。ただカナタが、その……」
「カナタが何だ」
「えっと……バイク、そうバイクの修理してくれて、助かってるなって。アハハ……」
「そうだな。私も含めて構成員たちのバイクは、全部カナタが整備してくれている。とても助かってる」
「ええ……それで、アタシのバイクの部品を買ってきてほしいな……なんて」
「どこまでだ」
「えっと……」女メンバーはカナタに目配せし「どこだっけ?」と訊いた。
「バルカンのネオアキバです」カナタが答えた。「俺まだバイク乗れないんで、惑星間高速バスで行って来ます」
「……一人でか」
「ええ、そうっすけど」
「それはダメだ」アカネは一歩前に出た。「また何かトラブルがあった時、一人じゃ危ないだろう」
「いや、でも……わざわざ俺なんかにバイク出してくれるのいないっすから」
カナタは当てつけのように女メンバーに視線を向け、女メンバーは気まずくなった。
「いる」
「え?」カナタと女メンバーは同時に声を出した。
「私だ。ちょうど
「え、いいんすか総長?」
カナタの問いに答えず、アカネはスタスタと去って行った。
カナタと女メンバーは再び視線を交わした。
「あ、あの……アタシのこと総長に悪く言うなよ? いや、言わないでね?」
明らかな作り笑いを浮かべる女メンバーに、カナタは内心ほくそ笑み「へいへい」と生返事した。
*
「……ん?」
「どうしました総長」
「まずい、ガソリンが足りなさそうだ」
「あ、すいません総長。満タンにしておくの忘れてました……」
「いや、カナタは悪くない。どこかで補給すればいいだけのことだ」
「でもこの先、確かしばらくサービスエリアなかったような……ん? アレ何すかね」
カナタが前方に目を凝らすと、英字の看板が見えてきた。
「ミルキーモーテル……モーテルだな」
「ガソスタ併設のモーテルもありますけど、あそこはどうなんすかね」
「寄ってみるか」
アカネはアクセルを回し、モーテルに向けてバイクを駆った。
「おーすげー、これNEW HONDAのSS600っすよ」
駐車場に着くなり、カナタは先客の赤い車に注目した。
「すごい車なのか」
「中古でも400円はしますよ」
「400円……確かにそれはすごいな」
「よほどの金持ちなんでしょーね、持ち主。いいなぁ、俺もいつかこういう高級車乗り回したいんすよね」
「カナタはバイクより車が好きか」
「どっちも好きですけど、持つんなら車が良いっすかね。スポーツカーとか」
「……そうか」アカネは少し間を置いた。「いつか持てたら、私を、その、助手席に……」
「つーかやってるんすかね、このモーテル」
アカネの小声はかき消されてしまい、気まずさを勘づかれないようにアカネは真顔を貫いた。
そしてモーテルは確かに、灯りは点いているもののカウンターのシャッターは閉められていた。
「おーい、誰かいねーのかー?」
猫背でズボンの腰元に手を遣りながら、カナタはカウンターに向かって吠えた。
「……いないみたいだな」
「いやでも車あるし電気は点いてるし、いるはずなんすけどね。おーい! いねーのかー!」
シーン
「やっぱりいないみたいだな」
「おーい! いるなら返事しろよなー!」
シーン
「いないな」
「うーん、じゃあこの車はいったい……」
ガラガラガラ
「いますよー」開いたシャッター、現れた眼鏡のそばかす女。「何かご用ですかー?」
「いやいるんなら開けとけよ!」吠えるカナタ。
「すいませーんサボってましたー」
「あぁ? ていうかご用もクソもあるかよ、客だよ客!」
「申し訳ございませーん。そちらは保護者の方ですかー?」
そばかす女はアカネを見ながら言った。
「ばっ! ちげぇ」
「はい、そうです」キリッと答えるアカネ。
「そ、総長⁉」
「承知いたしましたー。ご宿泊ですかー? それともご休憩ですかー?」
「その前にひとつ訊きたいんだが、ここはガソリンスタンドはあるのか」
「ガソリンですねー。それでしたら補給くんがいるので大丈夫ですよー」
「補給くん?」
「タイタン工業製のガソリン補給ロボットでーす」
「うーわ、あの列車のロボを思い出す……」うんざり顔のカナタ。
「用件はそれだけなんだが」
「あー、ですがご利用には当モーテルで宿泊か休憩してもらわないとダメなんですよねー」
「そうか……だったら休憩で頼む」
「承知いたしましたー。お部屋のグレードは如何いたしましょうかー?」
「いちばん安いので頼む」
「承知いたしましたー。ちなみにアベックでしたら割引が効きますがー」
「あ、アベックぅ⁉ なに言ってんだてめぇ!」たじろぐカナタ。
「確認してるだけですけどー、何か?」
「……じゃあ、アベック割りで」
「そそそ総長っ⁉」
「承知いたしましたー」
超高速タイピングでキーボードを打つそばかす女。発券されたルームキー。
「ではそのカードに書かれた番号のお部屋になりますのでー、入室されましたらドアの脇にある機械に挿してくださーい。ガソリンはご休憩中に入れておきますのでー。ではごゆっくりー」
「……まぁ何というか、素朴だな」
部屋に入ったアカネの感想はその一言に尽きた。
年季の入ったダブルベッド、剥がれかけの壁紙、謎のシミが点々と付いているカーペット、ほのかに香る煙草のにおい。
安定した
「どうした、カナタ」
「いや、その……」もじもじとするカナタ。「いくら経費節約でも、総長とアベックってのが……その」
「嫌か?」
「いや、嫌じゃないんすけど……」
「どっちなんだ」
「あの……俺なんかとアベックって、ぶっちゃけ釣り合わないってゆーか」
「別に気にすることはないだろう。少しでも安くなるならそれに越したことはない」
「それはまぁ、そうっすけど……」
「喉が渇いたな」
まだ腑に落ちないカナタを尻目に冷蔵庫へ歩み寄るアカネ。
「カナタも何か飲むか?」
「いや、俺は大丈夫っす」
アカネは一番安い水のペットボトルを手に取り、
「あ、総長。休憩がてらちょっとコレ分解してみようと思います」
カナタはズボンのポケットに入れていたバイクから取り外したカセットプレーヤーを取り出した。反対のポケットからは携帯型のドライバーセットも出した。
「そうか、助かる」
カナタは簡素な椅子に座ってテーブルにプレーヤーとドライバーセットを置き作業を始め、アカネはベッドに腰掛けながらその様子を見ていた。
「……あの、総長」
「何だ」
「そんなじーっと見られてると、何か恥ずいっす」
「気にするな。私はカナタが真剣に何かをしてるのを見てるのが好きなんだ」
「真剣……」
「カナタはウチに入ってから、ずっとバイクの整備をしてくれてる。あの姿が好きなんだ」
「は、はぁ……やっぱ何か、恥ずいっすね、面と向かって言われると」
カナタは少し頬を赤くしながらも、まんざらでもない様子だった。
「そういえばさっきの、『ラブミー♡ABC』でしたっけ。ABCってどういう意味なんすか?」
「それは恋愛のABCが由来だ。アベックたちがよく使う隠語みたいなものだ」
「へぇ。じゃあそれぞれに何か意味があるんすか」
「ああ。Aは
「……?」
「キスのことだ。Bはペッティングだ」
「初めて聞く言葉っす」
「まぁ要するに、お互いの身体に触れ合うことだな。愛撫とも言う」
「はぁ。じゃあCは何なんすか?」
「それは……カナタには、まだ早い」
「え、そうなんすか? そう言われるとますます気になるんすけど」
「……すまん、私の口からは言えない」
アカネがなぜ口を濁すのか、カナタは疑問に思ったが深追いはせず、その後は黙々とドライバーを使ってプレーヤーを分解し、中の様子を確認した。
「あー、なるほど。ここが突っ張ってるのか。ここをこうして……こうすれば……よし」
プレーヤーを元の形に戻し、試しに再生ボタンを押す。
バイク走行時よりも明瞭な音源が流れ始め、やがて水無瀬ミナミの歌声が聴こえ出した。
♪~ 満点の星の下 あなたとわたしは見つめ合う
「おっしゃ、直ったかもしんないです!」
「おお、凄いぞカナタ」
二人がパァッと明るい顔になった刹那、館内スピーカーがブツブツと音を立てながら流れ始めた。
『あ、あー。マイクテストマイクテスト。えー、当モーテルをご利用のお客様にお伝えいたしまーす。このたび当モーテルは連邦保健省のテストモデル施設に選ばれましたー。つきましてアベックのお客様方にテストのご参加をお願いいたしまーす。テストの内容はとっても簡単でーす。お部屋でおせっせに励んでいただければそれでOKでーす。逆におせっせをしないとお部屋からは絶対に出られませんので、ぜひお励みくださいませー。あ、ちなみにこのテストはまだ非公表の政策なのでー、終了後外部に口外することはお控えくださいませー。さもないと黒グラサンに黒スーツの執行人が来ちゃいまーす。ご案内は以上でーす』
ポカンとする二人。
「は? おせっせ?」意味を理解出来ていないカナタ。
一方のアカネ。
「おせっせ、だと……?」
驚愕と困惑の形相。
こちらは意味を理解していた。
次回 『妄想が止まらない』