※この作品はR-18です。

質屋艶聞禄(仮)   作:体調最悪マン

1 / 2
酔った勢いで書いたのを添削してたらこんな時間うんち(深夜四時)
原作未プレイでソシャゲとかの知識が大半なのでいろいろガバがあっても許してほしいうんちね



第一話 妖より妖しい色男

焼けるような陽光が、博麗神社の古びた木材の朱を、血のように濃く染め上げていた。

境内を満たすのは、全ての音を塗り潰すかのような蝉の大合唱。夏の盛りを告げるその声は、耳を通り越して脳髄に直接響くようで、思考すらも麻痺させていく。

縁側では、紅白の巫女服を気だるげに着崩した博麗霊夢が、片肘をついて退屈そうに空を眺めていた。その白い頬には汗が滲み、うなじに張り付いた黒髪が鬱陶しい。

 

「……賽銭、参拝客、共になし」

誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた言葉は、すぐに夏の喧騒にかき消された。目の前には、飲みかけの麦茶が入った硝子杯。表面には水滴が無数に浮かび、日に焼けて温かい畳の上に、わずかばかりの涼しげな影を落としている。むわりと立ち上る乾いた土の匂いと、青々とした夏草の香り。それら全てが混じり合い、幻想郷の夏という、抗いがたい現実を形作っていた。

ちりん、と風鈴が乾いた音を立てる。だが、吹き抜ける風は生ぬるく、涼を運ぶにはあまりに無力だった。

 

「あーあ……何か面白いことでも起きないものかしら」

異変は願い下げ。しかし、この退屈を紛らわしてくれる程度の、ちょっとした騒動。そんな都合のいい出来事ならば歓迎だ。そんなことを思いながら霊夢が大きくため息をついた、その時だった。

 

霊夢の目の前の空間が、まるで薄い絹を引き裂くように、音もなく裂けた。黒々とした裂け目の向こうから、無数の禍々しい瞳がこちらを覗いている。

 

「うわ、来たわよ…面倒くさいのが」

 

霊夢が顔をしかめるのと同時、その裂け目から、日傘を差した八雲紫が優雅に姿を現した。その後ろには、式神である八雲藍が控えている。

 

「ごきげんよう、霊夢。こんなに暑いのに、精が出るわね」

 

「見てわからない? こちとら暑さと退屈で死にそうな顔してるでしょ。で、何の用? 先に言っておくけど、異変なら願い下げよ」

 

「あら、つれないわね。今日は異変の報せじゃないの。人探しよ」

扇子で口元を隠し、紫はくすくすと笑う。

 

「人探し?」

 

「ええ。少しばかり、胡散臭くて素敵な男を見かけなかったかしら?」

 

紫は、探している男の特徴を、まるで大切な恋人のことを紹介するかのように甘い声で語り始めた。

「鳶色の長い髪をね、鳥の羽根をあしらった派手な紐で、無造作に束ねているの。」

「そして、月を溶かして嵌め込んだような、悪戯っぽく輝く金色の瞳。あの瞳に見つめられると、どんな女も嘘がつけなくなるのよ。不思議でしょう?」

「服装は相変わらず妙ちきりんでしょうね。光沢のある黒い洋装の上に、上等な絹の羽織を引っ掛けているような、和洋折衷の伊達男。そんな人間の男よ」

 

霊夢は、その甘い語り口に若干の気味の悪さを感じながら、ぶっきらぼうに聞き返した。

「そんな胡散臭い奴、知らないわね。で、一体あんたの何なのよ、その男は」

 

すると紫は、うっとりと天を仰ぎ、陶然とした表情で告げた。

「私の、古くからの友人にして……そうね、愛人よ」

 

「はぁっ!?」

愛人。この胡散臭い妖怪相手に寄り付くような相手がいたことに驚きを隠せない。

 

「あ、愛人!? あんたにそんな殊勝な相手がいたなんて、初耳も初耳なんだけど!?」

 

「あら、失礼ね。私だってお慕いする殿方の一人や二人……まあ、千年単位でお付き合いが続いているのは、彼くらいかしら」

 

「千!?それ、もう人間じゃないでしょ…どんな大妖怪よ、そいつ」

 

「うふふ、彼が聞いたら喜ぶわ。自分はただの人間だと、いつだって嘯いているもの」

 

紫が愉しげに笑うその隣で、控えていた藍の表情が、みるみるうちに氷のように凍てついていくのを霊夢は見ていた。藍は一歩前に出ると、主人の言葉を遮るように、鋭く冷たい声で言い放った。

 

「博麗の巫女…くれぐれも気を付けるように」

その声には、隠しきれない嫌悪と、そして何故か焦りのような色が滲んでいた。

 

「その男は、女と見れば見境なく口説き落とし一夜を共にする、ただの色情魔! 幻想郷の風紀を著しく乱す、百害あって一利なしの不埒な輩…!」

 

愛人に、色情魔。両極端な評価に、霊夢は頭が痛くなるのを感じた。

「……まあ、どっちにしても、ろくな奴じゃないことだけは、よーくわかったわ」

霊夢が呆れ果ててそう結論付けた時、楽しそうに目を細めていた紫が、ふと藍に視線を向けた。

 

「でも藍、貴方もあの男の腕の中で、散々よがっていたじゃない。気持ちよかったのでしょう? 百年経っても、忘れられないくらいに」

 

「なっ……!?」

藍の顔が、羞恥で耳元まで真っ赤に染まった。

 

「ゆ、紫様っ! そのような、事実無根な戯言を…っ!」

 

「あら、事実よ?」

紫は悪戯っぽく微笑む。

 

「あの夜の後、貴方の肌に残っていたあの男の甘い白檀の香り、私はちゃんと気づいていたわよ。貴方が私の前で、どれだけ平静を装おうとしていたかもね。随分と可愛かったわよ?」

 

「あ……うぅ……」

藍は言葉を失い、顔を真っ赤にして俯いてしまった。主への忠誠心、男への嫌悪、そして抗いがたい過去の記憶。それらが綯い交ぜになり哀れな狐の思考を完全に麻痺させている。

 

「うわ、やめてくんない」

霊夢は心底うんざりした顔で、手でしっしと二人を追い払う仕草をした。

 

「知り合いの、そういう生々しい話は聞きたくないんだけど。気分が悪くなるわ」

 

「あらごめんなさい。でも、それくらい魅力的な男だということよ」

紫がくすくすと笑い声を漏らした、まさにその時だった。

 

「よぉ、霊夢! 何か面白い話でもしてるのか?」

箒に乗った霧雨魔理沙が、威勢のいい声と共に、乾いた土埃を巻き上げながら境内に降り立った。

 

「あら、魔法使いさん。いいところに来たわ。今、とある男を探しているのだけど…」

紫はにこやかに向き直ると、魔理沙にも同じ質問を投げかけた。

 

魔理沙は紫から聞いた男の容姿を頭の中で反芻し、「あー…?」としばらく唸った後、ポン、と手を打った。

 

「ああ! そんな感じの胡散臭い男なら、さっき魔法の森の入り口で見たぜ」

その言葉に、紫と藍の視線が、同時に魔理沙へと突き刺さる。

 

「アリスと一緒だったな」

魔理沙は続けた。

「なんだか妙に楽しそうに話し込んでてさ。あのアリスがだぜ? 普段、あんなに男と親しげに話すなんてこと、絶対にないのにな。珍しいこともあるもんだと思って、声かけるのも野暮かと思ってやめといたんだ」

 

その目撃情報に、紫は扇子を広げて口元を隠し、愉悦にその肩を震わせた。

「あらあらまあまあ……百年ぶりの帰郷で、さっそく手を出しているのね。相変わらず仕事が早くていらっしゃる。あの人形遣いが、どんな風に喘ぐのかしら。想像するだけで、面白いわ」

 

その隣で、藍は苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔で、ギリ、と奥歯を噛み締めている。その表情には、主の男が他の女といることへの嫉妬か、あるいはアリスへの同情か、それとも過去の己への屈辱か、複雑な感情が渦巻いていた。

紫は満足げに頷くと、霊夢たちに向き直った。

 

「居場所がわかったのなら、野暮な真似はよしましょうか。さぞ、甘い言葉で籠絡している最中でしょうしね」

彼女はくるりと踵を返し、空間の裂け目へと歩き出す。

 

「じゃあ、私たちはこれで。ああ、霊夢」

紫は振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「今話した男のことだけど、賽銭箱に大金を放り込んでくれるかもしれないわよ? 何せ、女にはとことん甘い男だから」

その言葉を残し、紫は藍を伴ってスキマの中へと消えていった。後には、夏の暑い空気と、呆気にとられた霊夢と魔理沙だけが残された。

 

「……また、ろくでもないのが増えるのね」

霊夢が心底うんざりしたように呟く。

 

「でもよ、霊夢」

魔理沙はニヤリと笑った。

 

「あのアリスを口説き落とすなんて、ただものじゃなさそうだぜ?ちょっと興味あるな!」

 

「あんたは絶対に首を突っ込まないの。面倒事が増えるだけよ」

 

「賽銭、入れてくれるかもしんないんだろ?」

 

「……それだけ入れて、さっさと帰ってほしいわね」

二人の会話もまた、蝉時雨の喧騒の中へと溶けていった。紫の友人にして愛人だというまだ見ぬ男への疑惑と、ほんの少しの興味だけを、博麗神社の気だるい夏に残して。

 

 

 

◆

 

 

 

その頃、魔法の森は、神社の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。

鬱蒼と茂る木々が天蓋となり、森の中は薄暗く涼やか。木漏れ日が、スポットライトのように、苔生した地面をまだらに照らし出している。色とりどりの、魔を帯びたキノコが、朽ち木の根元に群生していた。

湿った土の匂い、胞子が放つ香り、そして雨上がりのような濃い緑の香りが混じり合い、魔法の森特有の独特な香りが漂っていた。

 

七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは、人形の材料になりそうな素材を探して、慣れた足取りで森の奥深くへと進んでいた。

聞こえるのは、名も知らぬ鳥のさえずり、風が木の葉を揺らす音、そしてアリスが湿った腐葉土を踏む微かな音だけ。

ふと、彼女の傍らを付き従うように飛んでいた上海人形が、ぴたりと動きを止めて、前方の木々の影をじっと見つめた。

 

「どうしたの、上海?」

アリスが顔を上げた、その瞬間だった。

 

木々の影から、一人の男がゆったりと姿を現した。

片手には、使い込まれて飴色に変化した、上質な革のトランクケース。角は真鍮の金具で丁寧に補強されていた。服装は光沢のある黒い洋装の上に、艶やかな生地で仕立てられた着物風の羽織。鳥の羽根をあしらった派手な飾り紐で、鳶色の長髪がうなじのあたりで緩く束ねられている。そして何より目を引くのは、月光を溶かし込んだかのような、妖しく輝く金色の瞳だった。

 

男は、アリス本人には目もくれず、彼女の傍らに浮かぶ上海人形へと真っ直ぐに歩み寄る。そして、悪戯っぽく輝くその瞳を細め、まるで古い友人に語りかけるような、芝居がかった口調で人形に話しかけた。

 

「おやおや、これはこれは可愛らしいお嬢さんだ。こんな森の奥で、主のお供かい? ご苦労なこった」

彼は人形の頭を、壊れ物を扱うかのように優しく撫でる。

 

「……いや失敬、もう一人、可愛らしいお嬢さんがいやしたね」

そこでようやく、男はアリスへと視線を向けた。突然の出来事に、アリスは驚きと警戒心を抱きつつ、硬い声で言葉を返した。

 

「…どちら様かしら、何か御用?」

 

男はアリスの警戒など柳に風と受け流し、楽しそうに上海人形を眺め続ける。

「へぇ、見事な作りだ。この滑らかな肌の艶、そしてこの繊細な表情……これは手間のかかるブレスドビスクですかい? 大したもんだ。今時、こんな古典的で誠実な仕事ができる職人は、外の世界じゃとんと見かけなくなっちまった」

 

「……!」

アリスの心臓が、小さく、しかし確かに跳ねた。

 

ブレスドビスク。

人形師の中でも、古い知識を持つ者しか知らない製法の名。二度焼きすることで生まれる、深く、透明感のある肌の質感を出すための、非常に手間のかかる技法。自分のこだわり、自分の人形の本質的な価値を、この見ず知らずの男は、一目で見抜いた。

その事実に、警戒心を少し和らげる。

 

「…あなた、人形師か何かなの?」

 

思わず問いかけるアリスに、男は肩をすくめてみせた。

「いいえ、ただのしがない旅の質屋でさぁ。あたくしは鳳餝莉(おおとりかざり)と申しやす。以後お見知りおきを」

 

餝莉と名乗る男は、優雅にお辞儀をする。

「もっとも、あたくしの店は品物だけじゃなく、人の『技』なんかも預かるもんでね。ちょいと昔に、外の世界で腕利きの職人から、その技術をそっくり借り受けちまったんでさ」

 

「技を…借りる? 訳の分からないことを言うのね…」

 

「あたくしは嘘はつきやせんよ。まあ、信じる信じないは、お嬢さんのお心次第ですがね」

餝莉は飄々と笑う。その掴みどころのない態度に、アリスは戸惑いを隠せない。だが、彼女の魔法使いとしての探求心は、既に目の前の男が放つ不思議な魅力に強く惹きつけられていた。

 

「……完全に自立した人形を作るのが、私の一つの目標なのよ」

 

気づけば、アリスは自分の信条を口にしていた。口にしてからはっとする。会ったばかりの、素性の知れない男に、自分の魔法の根幹に関わる夢を語ってしまうなんて。気が緩みすぎではないか、と。

 

すると餝莉は、待ってましたとばかりに、ぱん、と手を打った。

「へぇ、自立人形! そいつぁ面白い! いや、実に素晴らしい! あたくし、そういう一途な探求心、大好きでさぁ!」

 

彼の金色の瞳が、子供のような好奇心にきらりと輝く。

「ならばお嬢さん、動力源はどうお考えで? 古典的なゼンマイ仕掛けは寿命が短いし、お嬢さんのような魔法使いなら魔力供給式だろうが、それでは術者から遠く離れられない。いやはや、こいつぁ難題だ」

 

「……ええ、そうね。それが今の課題よ」

 

「なるほどなるほど。ちなみに、あたくしが旅をしていた外の世界じゃあね、『電気』ってもんを使って動く鉄の人形が大活躍でしてね」

 

「電気?」

 

「へい。雷様が落とす、あのピカピカーっとした光。あれを飼いならして、鉄の体に血のように巡らせるんでさ。そうすりゃあ、何日でも働き続ける。中には、自分で物事を考えて、人と話をする奴までいるってんだから、驚きまさぁね。こっちじゃ河童の連中が似たようなことやってたかね」

 

餝莉は、外の世界の知識を、まるで見てきたかのように、しかし巧みに幻想郷の住人であるアリスにも理解できる言葉に置き換えて、面白おかしく語り始めた。その話は、アリスの想像力を強く刺激した。

 

「自分で…考える人形…?」

 

「そう。そいつぁもう、お嬢さんが目指す『自立した人形』の、一つの答えかもしれやせんぜ?」

 

「ねえ、その旅っていうのは、一体どんなことをしていたの?」

警戒心はどこへやら、自分から身を乗り出して彼の話に聞き入っている。アリスはもうすっかり彼の話術の虜になっていた

 

「へい。なにせ、百年ぶりにこの幻想郷に戻ってきたもんでね。外の世界をふらふらと、面白い噺と、美しいお嬢さんを探して歩いていやした。おかげですっかり浦島太郎気分でさぁ」

 

「ひゃ、百年…!?」

アリスは思わず声を裏返らせ、目を丸くした。

 

「あなた、人間…よね?」

 

「おやおや、あたくしが何か妖怪の類に見えやすかい? 心外だなぁ。こう見えても、正真正銘、少しばかり長生きなだけでただの人間でございますよ」

 

「…少しばかり、ですって…? 人間の寿命ならもうとっくにおじいちゃんじゃない。どういう理屈なのよ」

 

「そりゃあ、まあ、色々と訳がありやしてね。あたくし、質屋を営んでおりやすが、時々お客さんから『寿命』を預かることがあるんでさ。で、それが質流れしちまうと、あたくしのものになる。まあ、そんなところでございますよ」

 

「寿命を質草に…? そんな馬鹿な話があるの?」

アリスは眉をひそめる。あまりに荒唐無稽な話だ。だが、目の前の男からは、大法螺を吹いているような気配は感じられない。まるで天気の話でもするかのように、当たり前のこととして語っている。

 

「あるんでございますよ、これが。世の中にはね、長すぎる命を持て余しちまう方、寝たきりで家族の負担になりたくない老人、痛みもなく安らかに死にたい人間。そういう方々と、あたくしのような、まだまだこの世の美しいものを見足りない、知り足りない人間との間で、双方合意の上での契約が成り立つ。ただそれだけのことでございやす」

彼はそこで言葉を切ると、今度は逆に、輝く金色の瞳でアリスをじっと見つめた。

 

「さて、あたくしの話はこれくらいにいたしやしょう。今度は、お嬢さんの話を聞かせていただきやすかね。この鳳餝莉、百年分の浦島太郎でございます。この幻想郷で起きた、面白い噺の数々。よろしければ、お聞かせ願えやせんか?」

その問いかけは、有無を言わせぬ不思議な力を持っていた。アリスは、まるで魔法にかけられたかのように、こくりと頷いていた。

 

「…そうね。どこから話したものかしら。本当に色々あったわ。退屈しない程度にはね」

 

「ほう! そいつは結構なことだ! 退屈は人生最大の敵でございますからね」

 

「まず大きかったのは、紅い霧が幻想郷を覆った異変かしら。犯人は吸血鬼だったわ。今ではすっかり馴染んだけど」

 

「へぇ、吸血鬼! そいつぁまた、業の深い連中が来たもんだ。お嬢さん方はさぞ難儀したでしょう」

餝莉は、まるで極上の辻噺を聞くかのように、身を乗り出して相槌を打つ。その純粋な好奇心に満ちた眼差しに、アリスはつい話の続きを促されてしまう。

 

「ええ。でも、解決したのは博麗の巫女と、私の…まあ、知り合いの魔法使いよ」

 

「ははあ、あの神社の巫女ちゃんか。今代も相変わらずなんだねぇ」

 

「…知っているの?」

 

「そりゃあもう。百年や二百年前から、博麗の巫女ってのは、幻想郷の名物みたいなもんでしたからねぇ。どの巫女も強くて別嬪だった」

餝莉の言葉に、アリスはまた一つ驚きを重ねる。この男は本当に、昔の幻想郷を知っているのだ。

 

「それから、春が来なくなる異変もあったわ。原因は冥界の…」

 

「冥界!」

餝莉はぱっと顔を輝かせた。

 

「白玉楼かい! あそこのお嬢さんは、今もお元気に? 相変わらず、食い意地は張ったままかねぇ」

 

「え…あなた白玉楼の主のことまで知ってるの!?」

アリスは絶句した。白玉楼の主、西行寺幽々子。彼女は亡霊姫であり、幻想郷における最強格の一人である。故に恐れる存在も多く、人間があんな風に親しげに語る様子など、アリスは他に知らない。

 

「ああ、知ってるも何も。昔はよく縁側で、あたくしの辻噺を聞かせてくれとせがまれたもんでさぁ。桜餅を頬張りながらね。…っと、こいつぁ昔話が過ぎた。で、その白玉楼が、何か?」

 

「え、ええ…。その幽々子が、白玉楼にある『西行妖』っていう妖の桜を、満開にさせようとしたのよ。庭師に命じて、幻想郷中の春を集めさせてね」

 

「なんだって!?」

それまでの飄々とした態度が嘘のように、餝莉の顔から笑みが消えた。

 

「あの桜を…? 無茶をしなさる。あいつは、絶対に咲かせちゃならねえ代物だ。あのおっとりしたお嬢さんが、一体どういう風の吹き回しでそんな無謀な真似を…」

 

「古い記録を読んで、桜の下に封印されている存在に興味を持った、って聞いたわ。本当に、ただの興味本位だったみたい」

 

「…はぁ。相変わらず、食い意地だけじゃなく好奇心も旺盛なこった。で、その無茶な命令を受けた庭師ってのは、一体どこのどいつだい?」

 

「今の白玉楼の庭師よ。魂魄妖夢っていう、半人半霊の女の子」

 

「女の子…?」

餝莉は怪訝な顔で首を傾げた。

 

「待ちな。あそこの庭師は、妖忌の旦那だったはずだ。…まさか、血縁者かい?」

 

「ええ、その通りよ。妖夢は、先代のお孫さん。あなた、その先代のことも知ってるの?」

 

その言葉を聞いた瞬間、餝莉は天を仰いで、やがて腹を抱えてわなわなと震え、ついに堪えきれないといった様子で大声で笑い出した。

 

「ぶっ…はははは! そうかい、そうかい! あの妖忌の旦那に孫娘が! しかも庭師を継いでるってのか! こいつぁ傑作だ! あの石頭で堅物で、融通の利かねえ剣術馬鹿も、あたくしの知らねぇとこでやることやってたんだなぁ!ははははは!」

ひとしきり笑い転げた後、餝莉は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながらアリスに尋ねた。

 

「で、そのお孫さんってのは、腕は立つのかい?」

 

「ええ、そうね。二本の刀を自在に操る剣士よ。ただ、少し…いえ、かなり単純で抜けているところはあるけれど」

 

「だろうねぇ! あの爺さんの孫だ、きっと剣の才能はあっても、世間知らずの朴念仁に違いねえや!」

 

自分よりもよっぽど白玉楼についてよく知っているような様子。アリスは、目の前の男の底知れなさに、もはや驚きを通り越して、一種の感嘆すら覚え始めていた。

「本当に…あなた、一体何者なの…? 昔の幻想郷のことにも、冥界のことにも詳しいなんて」

 

「だから言ったでしょう。ただの旅する質屋でさぁ。お客さんには、色んな方がいやしたからね。妖忌の旦那とも、よく手合わせを願われたもんでさぁ。いやはや懐かしいもんだ」

 

「あなた、先代とも手合わせを…?」

 

「へい。もっとも、あたくしは斬り合いなんて野暮な真似はいたしやせん。ひらりひらりとかわして、疲れ果てた旦那に酒を奢らせるのが常でございましたがね」

 

飄々と語る餝莉の姿に、アリスはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。この男は、自分が知る幻想郷の歴史のよりもさらに深い場所で生きてきた。

(西行寺のお嬢様も、先代庭師のことも知っている…本当に、この人、百年以上生きてるんだわ…)

 

「さて、面白い噺の続きを頼みやす。春のこない異変の次は?」

 

「次は…そうね、終わらない夜の異変かしら。偽物の月が空に浮かんで…」

アリスは堰を切ったように語り続けた。永夜の異変、六十年周期の大結界異変、妖怪の山に現れた新しい神様、地底に追いやられた怨霊たちの騒動。彼女が語る幻想郷の出来事を、餝莉は時に感嘆し、時に茶化し、時に真剣な表情で聞き入った。

 

「ほう、山に神様ねぇ。そいつはまた、賑やかになったもんだ。昔は天狗と河童の縄張りで、よそ者は入れなかったもんだが。今でも鴉天狗の連中は、相変わらず空を飛び回って、新聞なんぞを作ってるのかい?」

 

「ええ、射命丸文が有名ね。彼女の新聞は、色々と騒動の種になることも多いわ」

 

「ああ、あの小生意気な娘か。昔、あたくしの辻噺を『情報操作の極み』なんて書き立ててくれやがってね。お灸をすえてやったもんだ」

 

「鬼も地上に戻ってきたわよ。伊吹萃香っていう、小さな鬼」

 

「萃香ちゃんかい!」

餝莉はまたもや、旧知の名を聞いたかのように声を弾ませた。

 

「あいつは元気にしてるかい! 相変わらず、酒を飲み散らかしてるんじゃないかい?」

 

「ええ、その通りよ。今は博麗神社に入り浸っていることが多いかしら。…あなた、萃香とも知り合いなの?」

 

「知り合いなんてもんじゃねえや。最高の飲み仲間でさぁ! 」

 

そう言って豪快に笑う餝莉。アリスは思った。この男の周りには、常に人が、妖怪が集まってくるのだろう。その軽妙な語り口と、相手の懐にすっと入り込むような人懐こさが、種族の垣根を越えさせるのかもしれない。

 

最初は胡散臭いとしか思えなかった男。だが、彼の語る昔話と、自分の語る現代の幻想郷の話がパズルのピースのように組み合わさっていく感覚は、アリスにとって新鮮で、抗いがたいほどに面白かった。

気づけば、彼女は異変の話だけでなく、自分の魔法の研究のこと、人形たちのこと、日々の生活のことまで、聞かれるがままに話してしまっていた。この男の前では、不思議と心の壁がなくなっていく。自分の話を心から楽しそうに聞いてくれるその態度が、普段はあまり人と深く関わろうとしないアリスの心を確実に解きほぐしていった。

 

 

話に夢中になるうち、二人はいつの間にか、森の出口近くまでたどり着いていた。夕暮れの光が、木々の隙間から差し込み、二人の影を長く地面に伸ばしている。

 

「…あら」

アリスは、はっと我に返った。すっかり話し込んでしまった。一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。

餝莉は名残惜しそうな顔で、ふと立ち止まった。

 

「いやはや、お嬢さんと話していると、時が経つのも忘れてしまう。実に有意義な時間だった。おかげで、この百年の空白が、すっかり埋まりやしたよ。この礼と言っちゃあなんですがね」

そう名残惜しそうにいう餝莉は小さな革の袋を取り出した。封を切ると、ふわりと、独特の香ばしい香りがアリスの鼻腔をくすぐった。

 

「こいつぁ外の世界で仕入れてきた珈琲ってもんでさぁ。挽いた豆を湯で濾して飲む、いわば大人の飲み物でしてね。ちいと苦ぇが、頭がすっきりするんで、難しいことを考える時にはもってこいでさ。よろしければ、お嬢さんの素敵な工房で、一杯ご馳走させていただきたい。ま、嫌じゃなければですがね」

 

アリスは一瞬、強くためらった。

会ったばかりの見ず知らずの男。それも、明らかに普通ではない男を、自分の家に招き入れるなど、常識的にあり得ないことだった。

 

だが、胸の内で、二つの感情がせめぎ合っていた。

常識的な判断を司る自分が、警鐘を鳴らす。危ない、やめておけ、と。

しかし、魔法使いとしての探求心が、好奇心が、もっとこの男と話していたい、と囁いていた。彼の知る古い幻想郷のこと、百年間の外の世界のこと、そして、彼自身の謎めいた生き様のこと。聞きたい話は、まだ山ほどある。

 

(会ったばかりの男を家に上げるなんて、流石に…。でも、またふらりと旅に出ないとも限らない…)

探求心が、警戒心にわずかに打ち勝った。

アリスは一つ咳払いをすると、わざと強気な表情を作って、餝莉を真っ直ぐに見据えた。

 

「……いいわ。ただし、変な気を起こさないでちょうだい。私の人形たちが、あなたの一挙手一投足、見張っているから」

 

その言葉は、高鳴る胸の鼓動を抑えるための、精一杯の虚勢だった。

アリスの返事を聞き、餝莉は満足げにその美しい金色の瞳を細めた。

 

「へいへい、心得ておりやすよ。麗しいお嬢さんと、その可愛い子供たちの前で、無粋な真似はいたしやせんて」

 

二人は並んで、夕日に染まり始めた魔法の森を抜け、アリスの家へと向かう。

その背中を見つめる森の木々だけが、マーガトロイド邸で繰り広げられる甘く危険な夜の始まりを、静かに予感していた。




このあとドチャクソセックスした
セックス話まで書いてるけど添削面倒だしエロわかんないので続きはないです
というか執筆とかよくわかんないうんち



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。