カンスト勇者のやり直しハーレム無双~異世界帰りの俺、今度はアニメの推しヒロイン達を全員幸せにします~ 作:のびすけ。
プロローグ 隣の席じゃない君に、心を奪われた日
私の名前はアリサ・ミハイロヴナ・九条。私立征嶺学園に通う、成績優秀、容姿端麗、生徒会では広報を務める、いわゆる“完璧”な女子高生。
周りからは「孤高のお姫様」なんて呼ばれているけれど、そんなことはない。
ただ、誰にも弱みを見せたくないだけ。
常に完璧で、常にトップでいなければならない。それが、九条の家に生まれた私の、宿命なのだから。
そんな私の日常に、少しだけ特別なスパイスがあるとすれば、それは隣の席の男子生徒、久世政近君の存在。
彼はアニメやラノベが好きな、どこにでもいるやる気のない男子だけど、私が時々ボソッと呟いてしまうロシア語を、なぜか聞き取ることができる、唯一の日本人。
私がロシア語で悪態をついても、呆れた顔で受け流してくれる。
彼の隣は、ほんの少しだけ、完璧じゃない自分でいられる、特別な場所だった。
——そう、あの日、あの男が転校してくるまでは。
「紹介する、今日からこのクラスに仲間入りする、佐藤海斗君だ」
担任の言葉と共に教室に入ってきたその男は、私の「完璧」という概念を揺るがすほどの、完璧な存在だった。
非の打ち所のないルックス、モデルのようなスタイル、そして、すべてを見透かすような、少しだけミステリアスな瞳。
教室中の女子生徒が、うっとりとしたため息を漏らすのがわかった。
(なんなのよ、この人……。胡散臭いわね)
私は内心で悪態をつきながら、彼から視線を逸らした。私とは違う人種の人間だ、関わることなんてない。そう思っていた。
しかし、そんな私の予想は、すぐに、そして見事に裏切られることになる。
佐藤君——下の名前は海斗君、というらしい——は、こともあろうに、あのやる気のない久世君の前の席に座り、休み時間にはあっという間に打ち解けて、楽しそうにアニメの話で盛り上がっていたのだ。
「海斗、お前もあのロボットアニメ見てたのかよ!」
「ああ、もちろんだ。あの最終回は、男なら泣くだろ」
「だよな!」
(信じられない……)
久世君と、あんな完璧な男が、友人? 冗談でしょ。
私の特別な場所が、知らない男に土足で踏み込まれたような、そんな不快感と、ほんの少しの焦り。それが、佐藤海斗という男に対する、私の第一印象だった。
***
彼に対する印象が、ほんの少しだけ変わったのは、生徒会長選挙戦が本格化してからだった。
次期生徒会長を目指す私は、誰の手も借りず、たった一人で選挙活動の準備を進めていた。膨大な資料作成、データ分析、演説原稿の推敲……。完璧な私なら、これくらい一人でできて当然。
そう自分に言い聞かせ、連日、放課後の生徒会室でパソコンと向き合っていた。
その日も、私は一人、山のようなデータ入力作業に追われていた。
カタカタと無機質なキーボードの音だけが響く静かな部屋に、不意に声がかけられた。
「九条さん、まだ残ってたのか」
「……! さ、佐藤君」
そこに立っていたのは、なぜかまだ制服姿の佐藤海斗君だった。
「どうしてここに?」
「忘れ物を取りにね。それより、大変そうだな。何か手伝おうか?」
彼の言葉に、私はカチンときた。手伝う? この私に?
「必要ないわ。あなたに手伝えることなんて、何もないんだから」
ツン、と顔を背ける。これは私の戦い。誰の助けもいらない。
しかし、彼は諦めなかった。私のパソコンの画面をちらりと見ると、こともなげにこう言った。
「そのデータ入力、単純作業の繰り返しだろ? マクロを組めば、5分で終わる」
「まくろ……?」
「ああ。ちょっといいかな」
私が呆気に取られている間に、彼は私の隣に座り、慣れた手つきでキーボードを操作し始めた。よくわからない黒い画面に、彼が凄まじい速さで英数字を打ち込んでいく。
そして、エンターキーを押した、その瞬間。
カタカタカタカタッ!
私のパソコンが、勝手に、ものすごい勢いでデータ入力を始めたのだ。
山のようにあったデータは、本当に、彼の言った通り5分もかからずに、すべて完璧に整理されてしまった。
「……すごい」
思わず、素直な感想が口から漏れた。
彼は「これくらい、どうってことないさ」と涼しい顔で笑う。
「あなた、一体何者なの……?」
「ただの転校生だよ」
そう言って彼は生徒会室を出て行った。残された私は、完璧に整理されたデータと、自分の胸の中に生まれた、戸惑いと……ほんの少しの“感心”という感情に、しばらく気づかないふりをしていた。
次に彼が私を驚かせたのは、数日後のことだった。対立候補の陣営が、私の父がロシア系企業の役員であることを利用して、「九条アリサは日本の心を理解できない」などという、根も葉もないネガティブキャンペーンを計画している、という噂が流れた。
(くだらない……)
そう思いつつも、どう対処すべきか悩んでいた矢先、その噂はぱったりと止んだ。
不思議に思っていると、生徒会副会長の更科茅凪先輩が、こっそり教えてくれた。
「佐藤君が、相手陣営のところに乗り込んで、一瞬で黙らせたらしいわよ」
「えっ!?」
「脅したりしたんじゃないの。『そのような非生産的な戦術は、あなた方の評価を著しく損なうだけでなく、征嶺学園全体の品位を貶める行為です。それでも実行するというのなら、僕は一人の生徒として、あなた方の見識を疑わざるを得ません』って、完璧な正論で、にっこり笑いながら言ったんですって。怖いわねぇ」
私は、言葉を失った。彼は、私のために……?
放課後、私は勇気を出して、彼のクラスを訪ねた。
「佐藤君、ちょっといいかしら」
「九条さん。どうしたんだ?」
「……どうして、あんなことを?」
私の問いに、彼はきょとんとした顔をした後、すぐに合点がいったように、優しく微笑んだ。
「ああ、あのことか。別に、たいしたことじゃない」
「たいしたことあるわ! なぜ……!」
「なぜって……」
彼は少しだけ考える素振りを見せた後、私の目をまっすぐに見て言った。
「君が悲しむ顔を、見たくなかったから。それだけだよ」
その言葉に、私の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
顔が熱くなるのがわかる。
私は慌てて視線を逸らし、「そ、そう……」とだけ言うのが精一杯だった。
そして、運命の演説会当日。
私は、舞台の袖で、自分の出番を待っていた。
大丈夫、準備は完璧にした。
練習も何度も繰り返した。私は勝てる。
勝たなければならない。
そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、足が震え、呼吸が浅くなる。
「Алиса, не волнуйся. У тебя всё получится.(アーリャ、心配するな。君ならうまくいく)」
隣の席の久世君が、心配そうにロシア語で声をかけてくれる。
彼の優しさは嬉しい。でも、今の私には、その言葉ですらプレッシャーに感じてしまう。
ダメだ。怖い。もし、失敗したら……?
完全に自信を失い、俯いてしまった私の視界に、一足の革靴が入ってきた。
顔を上げると、そこには佐藤海斗君が立っていた。
彼は、私の前に跪くと、震える私の両手を、その大きくて温かい手で、そっと包み込んだ。
「九条さん」
真剣な声が、私の名前を呼ぶ。
「君がこの選挙のために、どれだけ努力してきたか。どれだけ眠い目をこすって、たった一人で戦ってきたか。誰も見ていなかったかもしれない。でも」
彼は、言葉を区切り、私の瞳を射抜くように見つめた。
「俺だけは、ちゃんと見ていた。君は、すごいよ。誰が何と言おうと、俺が保証する」
彼の言葉が、彼の瞳が、彼の温もりが、私の心の奥底にあった、硬くて冷たい氷の壁を、いとも簡単に溶かしていく。
「君は、一人じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、私の目から、堪えていた涙が、一筋だけこぼれ落ちた。
***
選挙は、私の圧勝で終わった。
あの後、海斗君の言葉で勇気をもらった私は、自分の思いのすべてを、全校生徒に伝えることができたからだ。
数日後、私はどうしても彼にお礼が言いたくて、昼休みに彼を屋上へ呼び出した。
二人きりになると、どうしようもなく緊張してしまう。
「あの、この前は……その……」
感謝の言葉が、うまく出てこない。私がしどろもどろになっていると、彼は「気にするなよ」と優しく笑った。
その笑顔を見たら、なんだか安心してしまって、つい、心の声がロシア語で漏れてしまった。
「Спасибо большое...(本当に、ありがとう…)」
しまった!
久世君以外の前で、デレてしまった!
私が顔を真っ赤にして固まっていると、海斗君は「今の、もしかして…」と興味深そうに顔を近づけてきた。
「な、なんでもないわ!気のせいよ!」
私はそう叫んで、その場から逃げ出してしまった。
自分の教室に戻ってからも、心臓のドキドキが止まらない。
どうしよう。聞かれたかもしれない。軽蔑されたかもしれない。
でも、不思議と、後悔はなかった。
むしろ、彼にだけ、ほんの少し本当の自分を見せてしまったことが、どこか心地よくさえあった。
それから、私の日常は少しずつ変わり始めた。
休み時間に、海斗君が私の席に来て、話しかけてくれるようになった。
最初は素っ気なく返していた私も、彼の話が面白くて、いつの間にか笑顔で会話するようになっていた。
そんなある日、彼がクラスの女子生徒と親しげに話しているのを見てしまった。
ただのクラスメイト。わかっているのに、私の胸は、チクリと針で刺されたように痛んだ。
「Почему так больно...?(どうしてこんなに痛いの…?)」
無意識にロシア語で呟いていた。その声は、自分でも驚くほど、か細くて、弱々しかった。
「九条さん? 大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
いつの間にか隣に来ていた海斗君が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「な、なんでもないわ!」
強がってそう言ったけど、彼の優しさが、痛む胸に温かく沁みた。
嬉しいのに、苦しい。こんな気持ち、初めてだった。
そして、決定的な出来事が起きたのは、その週の金曜日の放課後だった。
私が日直の仕事で、重い資料を一人で運んでいると、階段で足をもつらせてしまった。
「きゃっ!」
体が大きく傾き、もうダメだと思った、その瞬間。
強い力で腕を引かれ、私の体は、温かくて硬い何かに、ふわりと抱きしめられた。
「危ない!」
海斗君の声。
彼が、私を助けてくれたんだ。
安心したのも束の間、バランスを崩した私たちは、そのまま二人で階段に倒れ込んでしまった。
幸い、彼が下敷きになってくれたおかげで、私に怪我はなかった。
でも、問題は、体勢だった。
彼の顔が、すぐ目の前にある。吐息がかかるほどの距離。
そして、私の柔らかい胸には、彼の大きな手が、しっかりと……。
「ば、ば、ば、馬鹿ぁっ!!♡」
私は、生まれて初めて出したような素っ頓狂な声で叫ぶと、力いっぱい彼を突き飛ばした。
そして、資料も何もかも放り出して、全力でその場から逃げ出した。
自室のベッドに飛び込み、顔を枕にうずめる。
顔が熱い。心臓が、今にも破裂しそうなくらい、うるさく鳴り響いている。
彼の顔、彼の声、彼の匂い、そして……私を抱きしめていた、あの腕の感触。胸に触れた、手のひらの熱さ。
思い出すだけで、体が、きゅん、と甘く疼く。
(佐藤君の前だと、私は私じゃなくなってしまう……)
いつも冷静で、完璧なはずの私が、簡単に表情を崩されて、声を上ずらせて、みっともない姿ばかり見せてしまう。
でも、嫌じゃなかった。
彼に助けられた時、腕の中にいた時、胸に触れられた時も……本当は、全然、嫌じゃなかった。
むしろ……もっと、って。
もっと、あの腕の中にいたいって、思ってしまった……。
「Что это за чувство...?(この気持ちは、何…?)」
私は、そっと自分の頬に手を当てる。燃えるように熱い。
窓の外には、綺麗な月が浮かんでいた。
「Это... любовь?(これって…………恋、なの?)」
呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく、静かな夜の空気に溶けていった。
佐藤海斗という、隣の席じゃない転校生が、私の世界のすべてを、根底からひっくり返してしまったことを。
私はこの夜、ようやく、認めざるを得なかったのだ。