TSゆりフタ令嬢侍女メイド! 作:min(みならい)R18
◆♀◆ 12、女侯爵ツクノー ◆♀◆
「我が名はツクノー! 『南海の女侯爵』とは、身共のこと!」
女騎士は、道を塞いで、そう名乗りました。
栗毛の戦馬から、私たちを見下ろして、
黒い槍を真っ直ぐに立てて。
「そちら、ダンゼイズの戦士じゃな? 名を名乗るがよい!」
侯爵?
お嬢さまの父上と同格ですが。
そんな御方が、自分で馬に乗って出てきた? ホンマかいな。
女侯爵ツクノー(自称)さま。
歳はモリーヌと同じぐらい。20代後半ですね。
目は茶色。髪は赤く焼けた金髪。ちょっとユリに似てるかな。
日焼けした肌。ふっくらした頬っぺ。なんか・・・可愛らしい雰囲気です。子供っぽい。
彼女の後ろには、騎兵が10騎。
こちらは凄味があります。鬼気・・・とでも、申しましょうか。
全員、同じ紋章の入った長い盾をぶら下げています。紋章は、槍を持つ黒ネコ(?)です。
「・・・取り巻きは強そうですね」と、私。
「・・・どっちにする?」と、お嬢さま。
「フにゃーリアで」
「ネコでいいの?」
「脱ぐヒマないですし」
話していると、
(待て)
勇者さまが、無言で合図してきました。
剣の柄頭に手を置いて、前に出ていきます。
「王都以来ですな! コノマーズの女侯爵、ツクノーよ!」
と、呼びかけました。
本物の女侯爵だったようですね・・・。
「・・・おや? 勇者ではないか」
「いかにも! アスカリアの勇者、ユリ!」
ユリは高らかに名乗りました。
ラッパみたいに響く声です。
相手の騎兵が『ほう』と、呟くのが見えました。
「南洋の女侯爵よ! 北の国まではるばると、何の御用でお出でかな?」
「なんと、これは、白々しい。──殿下のために決まっておる!」
「あなたも王女を。そうですか」
ユリはうなずいて、
「それは、無駄足でしたなぁw」
「なにっ!?」
「ネムリタロッカ王女を救うのは、この、アスカリアの剣だ!」
宣言しました。
「侯爵。御身は、明るく温かな、南の領地に帰りなさい」
「フン」
女侯爵は、鼻で笑いました。
「そのちっぽけな剣に出番はないし、身共が手ブラで帰ることもない」
手にした黒槍を、高々と掲げます。
「竜を屠ったこの槍が──“コノマーズの黒”こそが、王女殿下をお救いするのじゃ!」
ドラゴンスレイヤー(槍)ですか。
たしかに、いかつい槍ですね。
柄は黒木。太く、堅く、重たげで、冬の日差しにツヤツヤと、蛇のように輝いて。
穂先は長く幅広く、両刃もギラギラ反射する。
「・・・すごい槍ね」と、お嬢さま。「あの本の『ドラゴン』なら、殺せそうだわ」
「・・・ワニならね」と、私。
「フタゴンなら?」
「ブレス一発ッスね」
(待てって言ってんだろ!)
勇者さまが合図してきました。
そして、女侯爵に言い返します。
「あっぱれ! 戦場知らぬ侯爵も、勇気だけは一人前でいらっしゃる!」
「ヌッ!」女侯爵は気色ばみました。
「満月は、明後日ですが。それまでに、森に着くおつもりでしょうな?」
「無論!」
「では、駆けくらべをしませんか?」
「駆けくらべ・・・?」
「どちらが先に森に着くか。ちょっとしたものを賭けて、競うのです」
「ほう?」
女侯爵ツクノーは、私たちを眺めました。
「・・・ロバに乗って来るのかな? 孤児院育ちの勇者には、似合いの馬かも知れんのう!」
女侯爵は、笑いました。
彼女の手勢も、ユリに笑いを浴びせました。
私はキレそうになりました。
ユリは平気でした。「おや、怖じ気づいたので?」
「──貴様!!」
キレたのは女侯爵のほうでした。
しかし、彼女の怒りは、すぐに溶けました。
ユリがこう言ったら・・・
「私が負けたら、おなごのドレスで、あなたと夜会に行きましょう」
「ほほう・・・?」
・・・と、ニヤケた目になって。
ユリに流し目を送ったのです。
「そちが、おなごのドレスで・・・? それは、見ものじゃな」
あー。
コイツ、アレだわ。
「・・・女色家ね」と、お嬢さま。
「・・・私もそう考えていたところです」
「よし。受けた!」
「そう来なくては。それで、ツクノー。御身は何を賭けるのです?」
「そうさな・・・」
女侯爵は、私たちをグルッと見て。
私に目を留めました。
「そこの。エルフの令嬢の後ろに乗っておる、メイド」
「・・・。」
私は無言で礼をしました。
「そう。そち、私が負けたら、その服を寄越せ」
は?
「・・・フタゴン行っときますか」
「・・・私もそう考えていたところよ」
(ヤメロ)
「はて、負けたら服を寄越せとは? 頭がおかしくなられたか?」
「一時的にじゃ!! ──そのメイド服で、ユリよ。そちに丸一日、仕えてやろう」
「なんと、御冗談を! 侯爵閣下が、そんなこと!」
ユリは叫びました。
すごく、白々しかったです。
内心「やったぁ!」と喜んでるのがバレバレでした。浮気者・・・!
「やると言うたら、やるのじゃ」
女侯爵は、馬首を返しました。
「とは言え、身共が負けるハズはない。夜会を楽しみにしておるぞ、ユリ! ハイヤー!」
あっと言う間に、駆け去ります。
コノマーズの騎兵が、主君に続き・・・
さらに、騎兵に帯同する槍持ちども、下男どもが、徒歩で続き・・・
長い列となって、街道を駆けてゆきました。
「さ~て、行くとしますか」
ユリは、のんびりと言いました。
「急がなくていいのですか?」と訊くと。
女侯爵の長~い列を指差して・・・
「アレじゃ、長持ちはしないさ」
と、笑ったのでした。
◆♀◆ 13、『眠りの城』と、日差さぬ森 ◆♀◆
パカ、ポコ、パカ。
私たちは、街道を進みます。
女侯爵の列は、もう見えません。
モターズ伯爵領は、山脈と山脈に挟まれた、長細い国です。
森が多く、起伏もあって、まったく見通しが利かないんですよね。
ユリは焦る様子もなく、私たちを先導しました。
「・・・ところで、ユリさま」
余裕があったので、お嬢さまが質問を始めました。
「明後日が満月、と仰っていましたが、今回の探索と何の関係があるのです?」
「ああ。そうでした。もう、話してもいいでしょう」
ユリは、歩きながら話してくれました。
「ネムリタロッカ姫は、『眠りの城』に囚われている。城は、日の差さぬ森にある──と、言いましたね?」
「ええ」
お嬢さまはうなずきました。
「一度踏み込んだら、決して出て来れないという、迷いの森のことでしょう?」
「ええ」
「どうやって助け出すのです? 考えはおありなのですか?」
「もちろん」
ユリはうなずいて、
「これは、陛下の軍団が経験したことなのですが・・・」
と言って、不思議な話を、聞かせてくれました・・・
「数カ月前のこと。
王国の軍団が、王女の行方を突き止めました。
しかし。
女神ヒサモンモーリアさまの神域は、人間を拒みます。
森に放った偵察は、1人も帰って来ませんでした。
やがて、食料が尽きました。
王都に帰還しようと、隊長が決めた──
その夜のことでした。
満月の光が、森を照らしたのは。
すると。
なんと不思議なことに、森の中に、城が見えたのです。
勇敢な戦士が、城門まで走りました。
ところが、門に触れるや否や、彼は倒れてしまった。
仲間が助けにゆくと・・・
彼は、グーグーいびきをかいて、眠っていたそうですよ」
「・・・それで、『眠りの城』と命名されたのです」
「その軍団兵は?」
「行方不明です」
ぱか、ぽこ、ぱか。
馬の足音が響きます。
「『妨害』できる人、いなかったのかな・・・」と、私。
「『妨害』も、疲れるからね。呪いを受け続けたら、いつかはやられるさ」
「じゃあ、ユリもダメじゃん」私は不安になりました。
「ダメなら戻って来るよ」
「戻れなかったら?」
「アスカリアの勇者は、おしまいさ」
「そんな・・・!」
「名もない兵が、姫のために死んだんだ」
ユリは、肩をすくめました。
「勇者が逃げるなんて、できないよ」
◆♀◆ 14、ガイコツの駆除 ◆♀◆
モターズ領は・・・
もぬけの殻でした。
砦は無人。関所は破れたまま。
守備兵ナシ。難民もナシ。
やせこけた野犬以外、生き物の姿を見ることはありませんでした・・・。
午後遅く。
行く手に、枝道が現れました。
これまで歩いてきた街道は、そのまま北西に伸びています。
そこから、小さな土の道が北に分かれているのです。
ダークエルフのダーリン姉ちゃんが、足跡を調べて・・・
「街道を行ったみたいですわ。土の道には、馬の足跡、ありませんもん」
「では、私たちはこっちだね」
ユリは、土の道に踏み込みました。
「こちらが近道なのですか?」と、お嬢さま。
「いいえ」
「ん?」
「モターズの国は、おそらく、死霊使いに滅ぼされたのでしょう」
ユリは、お嬢さまを見上げました。
「ですが、生き残りはいるかも知れません。侯爵が街道を、私たちが枝道をゆけば・・・」
「どちらの生き残りも、救うことができる?」
「その通り」
「なるほど。立派な理由ですわ」
ユリの善意は、すぐに報われることになりました。
夕方、大きな村が、前方の丘の上に見えてきました。
静かで暗い村でした。人の姿ナシ、煮炊きの明かりナシ、です。
「全体、止まれ」と、ユリ。「ダーリン」
「ここに」
スッ・・・。
ダーリン姉ちゃんが、音もなくユリの背後で片膝を付きます。
「調べろ。生き残りを発見したら、鏑矢を放て。敵が30以上の時も、鏑矢だ」
「はい」
ダーリン姉ちゃんが村に侵入。
しばらくして、
ヒョロロロ・・・ッヒョロロロロ・・・ッ・・・と、2回、鏑矢の音がしました。
「テニスさま、『フタゴン』お願いします」とユリ。
「わかったわ」
お嬢さまと私は、去勢馬を降りました。
「じゃ、脱いで」
「らじゃー」
私は、去勢馬に身を隠して、ストリップしました。
さっきの鏑矢2発は『生き残りがいる』『敵30以上』の意味です。
モタモタできません。脱ぎます。脱ぎました!
「幻のドラゴンの力よここに。火を吐き、征し、モターズの希望となれ! ──フタゴンに、な~れ!」
「ギャオーゥ!」
フタゴン降臨です。
身体にトーガ巻いてもらう時間すら、もどかしい。
ズッシャズッシャズッシャ! 走ってユリの下に戻りました。
「フタゴン、マレーナ、モリーヌ、ここで待機。モリーヌには、マレーナを守ってもらいたい」
「はい」「はい」「かしこまりました」
「テニスお嬢さまは退避。班長殿、お嬢さまのことはお任せします」
「はい」「承知」
「ダンゼイズの戦士がたは、姫の背後に── う し ろ !」
「なんでじゃ。わしら、姫の護衛じゃのに」「バカモン。火じゃ。火」「ああ、ドラゴンブレスか」
配置完了。
ユリは剣を抜きました。
「私が釣って来る。『撃て』と言ったら、私に向かってブレス吐いて」
「・・・当てろってこと?」
「そう。私に当てろ。調節は、マレーナ、君がやれ」
「村を焼くな、ということですね? お任せを」
「じゃ、始めるぞ!」
ユリは村まで駆け上り、名乗りを上げました。
生きている者はいるか? と、呼びかけています。
この時点では、返事はありませんでしたが。
ガイコツは釣れました。
髑髏狼人です。
上半身が狼、下半身が人間ってヤツですね。
村の中央通りから、家の屋根から、畑の窪みから・・・雪崩のように、攻め下ってきました!
・・・くそ。敵のが高所だと、恐いな。足、震えてきたわ。
「ガイコツじゃ!」「なんぼのモンじゃい」「カチ割ったる」「手柄じゃ手柄!」
ダンゼイズの戦士は相変わらずうるさいです。
おかげで少し落ち着きました。うるさいですが。
マレーナ姉さんがクロスボウを出して、レバーを回しました。ガチャコン。
ユリが駆け戻って来ます。
時折振り向き、飛び掛かってくるガイコツを斬り落としながら。
「背中に目がついとる」「さすが勇者じゃ」「多いな。百は居るじゃろ」「手柄じゃ手柄!」
ユリが、私を見ました。
私は、息を吸い込みました。
マレーナ姉さんは、クロスボウを構えました。
「撃て!」
≪モターズ領を、返せぇっ!! ンガァーーー!!!≫
「大気よ変容せよ。竜の炎を渦巻かせ、伸ばし、髑髏魔人を呑み込ませよ」
火の竜巻が、土の道を、吹っ飛ばしました。
ユリを中心にして。
「ぷはー!」
炎の中から、ユリが出てきました。
まったくの無傷。見事に『妨害』したようです。
「此は烈火──」
マレーナさんが別の呪文を唱えて、クロスボウの引き金を引きます。
ボヨン。受け皿にセットされていた粘土玉が、飛びました。
ユリの頭を飛び越えて。
散ってゆく炎を抜けて。
ユリの背後に迫る、新手のガイコツに・・・ボコッ。当たりました。
「──焼き討て!」
ドガン! フタゴンのブレスとはちがう、重低音の爆発。
ガイコツが吹き飛ばされ、バラバラになりました。
これで、駆け下ってきた第一波の敵は、壊滅しました。
10体あまり、生き残りもいましたが・・・
「ダンゼイズの戦士よ! 出番ですぞ!」ユリに叩き斬られ、
「ダンゼーイズ!」突撃した戦士に突き飛ばされ、
「手柄じゃあ!」カチ割られました。
「フタゴン班、前進! ここに来い!」
ユリの声。
私たちは、前進しました。
「もう一回やるぞ! それが終わったら、村に突入する。フタゴン!」
「はい」
「ブレスは次で終わりだ。村の中では、絶対吐くなよ」
「はい!」
ユリが前進。釣り出し。
カウンター・ドラゴンブレス。
問題ナシ。成功です!
「突入!」ユリが叫びました。「生き残りがいるぞ、人間は叩くなよ!」
「おおう!!!」「人助けじゃあ!」
私は、ダンゼイズの戦士と共に、突入しました。
マレーナ姉さんは、外に残りました。乱戦を避けるためでしょうね。モリーヌも残ります。
ダンゼイズの戦士は、私をよく守ってくれました。
4人で、前後左右を囲んでくれたのです。
・・・邪魔! なんもできん!
戦闘終了。
髑髏狼人100体あまりを討伐。
こちらの被害は、ダンゼイズの戦士3名がカスリ傷。以上。
『勇者一行』の勝利です!
◆♀◆ 15、虚ろな食料と、フタゴンの恵み ◆♀◆
「おお、勇者さま・・・」
やせこけた初老の男が現れて、ユリの前に膝をつきました。
村長らしいです。
「戦士がやられ、生き残りも、謎の病で、やせこけて・・・もはやこれまでと、覚悟しておったところ」
ユリを拝み、感謝します。
「あなたは、オネオッツの村の、恩人じゃ! なんでも言うてくだされ」
ユリは、食料の余裕があるかどうか訊きました。
備蓄はある、とのことで、倉を見に行くことになりました。
「何度か、侵入はされましたがのう。所詮はガイコツ。食料は、ご覧の通り・・・」
運び出された食料。
麦、根菜、干し肉、酒の入った甕・・・などなど。
すべて、無事のようでした。
しかし。
「いけません! その食料、食べてはなりません!」
マレーナさんが、叫びました。
「な、なんと?」
「見ていてください」
彼女は、松明を手に取って、その火に干し肉をかざしました。
干し肉は、灰になりました。
火が付くことも、焦げることもなく・・・
一瞬で、白い灰になって、サラサラと崩れたのです。
「やはり・・・」
マレーナさんは首を振りました。
「どういうことです? 魔術師さま」
「この食料は、すでにヤツらが『食べた』後です。口にしてはいけません」
「なんですと!?」
「ヤツらが『食べた』ものは、虚ろな食料になります。このように・・・」
マレーナさんは、今度は、酒を汲み上げました。
小さなカップに一杯だけ。
そこに、火を近付けます。
酒は、なくなりました。
うっすらと湯気が昇っています。
一瞬のうちに蒸発してしまったようです。
「・・・この食料では、飢えは収まりません」
「・・・。」
村長も、手伝いに来た男どもも、沈黙しました。
彼らは・・・
全員、ガリガリにやせていて・・・
その原因は『謎の病』と、言っていましたが・・・
「あなたがたは、飢えているだけです。虚ろな食料を口にしたせいで」
私たちは、空き家を2軒、借りました。
男たちが1軒、女たちで1軒、分かれて宿泊するのです。
温かい家で過ごせるのは、ありがたいことでした。
しかし。
「毒だろうと、飢え死にするよりゃマシだ・・・!」
「落ち着け。魔術師さまが・・・」
村人どもが言い争う声が、聞こえてきます。
「あんな小娘の言いなりになれるか」
「やめろ。食うな。やめるんじゃ・・・!」
これは、つらいことでした。
「・・・彼らは、アレを食べてしまうでしょう」
マレーナさんは首を振りました。
「なんとなく、わかった気がするわ」
お嬢さまが、私にもたれかかったまま、話しました。
眠りかけです。『フタゴン』の呪文は消耗が激しいので、もう限界なのでしょう。
それでも、理解力はさすがでした。
「味は、ふつうの食料と変わらないのでしょう? だから、食べてしまうのね」
「御賢察」と、ユリ。「ちょっとパサパサしてるけど、まず、区別はつきませんね」
「そうです」
マレーナさんは俯きました。
「味もするし、お腹も膨れる。だから、飢えた者ほど、アレを食べてしまうのです・・・!」
「・・・。」
カロリーがゼロになる・・・みたいな感じなんかね?
砂糖が合成甘味料に変わる、みたいな。
飢えてたら、そりゃ、食べちゃうよね・・・。
「君は、ちゃんと警告したさ」
ユリが、マレーナさんを抱き寄せて、髪を撫でました。
「あとは彼らの運命だ」
私は立ち上がりました。「らしくねーな」
「・・・リア」
「ユリ。人助けのために、こっちに来たんだろ? なら、助けようぜ」
「君が恨まれるだけだ。口出ししたって・・・」
「口出しはしないさ」
私は、外に出ました。
地面を蹴って、翼を広げ、夜空に舞い上がります。
明るい月。ほぼ、満月。
地上は、青白くぼーっとかすむようでした。
フタゴンの目には、その明かりで、十分でした。
「・・・よし」
鹿が1頭。
モシャモシャと木の芽をかじっています。
私は、翼をたたんで、そいつ目掛けて墜落しました。
──舞い降りて足で掴めって? そんな芸当、できるわけないだろ。
どがーん! 哀れな鹿を敷き殺します。
フタゴンはそいつを(今度こそ)後ろ足で掴んで、バッサバッサと飛び上がりました。
村まで戻って・・・
戻っ・・・て・・・Zzz・・・
あれ? 眠くなってきた。
あれれ? 力が抜けてきた・・・
「お嬢さま!」モリーヌの声がしました。「フターリアよ変容せよ。御身は鉄! あらゆる打撃によく耐える!」
「リア! しっかりしろ」ユリの声も。「眠るな。目を覚ませ。いま、呪文をかけ直す!」
「変容せよ、フターリア」
お嬢さまの声も。
「幻のドラゴンに。力強く、空飛ぶものに! ──引き続き、フタゴンであ~れ!」
「フギャー!」
気付けば、地面が目の前でした。
私は、あわてて鹿を放し、翼を突っ張って、頭を起こしました。
──が、間に合わん!
膝が地面に接触。
バターンとブッ倒れ、ズサーッとヘッドスライディングしてしまいました。
「ほげぇ・・・」
ユリとモリーヌに引き起こされます。
マレーナさんが毛布を持って来て、包んでくれました。
トーガが乱れて・・・おっぱい丸出しになってたんですね・・・。
「バカ。ムチャすんな」ユリに怒られました。「バカ」
「鹿。取ってきた」
「うん」
「食わせてやって」
「うん」
翌朝。
私たちは、鹿肉しか入ってないスープを頂いて。
狩りと採集で、半日を潰すことにしました。
「時間は大丈夫ですか?」
「昼に出れば、何とかなる──足止めを喰らわなければね」
フにゃーリアになった私は、ユリ・ダーリンと3人で、ウサギ狩りをしました。
狩りの経験はないんですけどね。ま、役には立てたと思います。
ネコ娘モードだと、鼻がそこそこ利くのでね。
ダンゼイズの戦士も、アナグマを仕留めました。
大漁とは行きませんが・・・
「フターリアさま。虚ろな食料は、火で始末いたしますじゃ!」
村長が、そう約束する程度には、足しになったようです。
昼前になって、お嬢さまが目を覚ましました。
「大丈夫ですか?」
「元気いっぱいよ」
「良かった・・・」
お嬢さま。
私が村に墜落しかけたとき、2回目の『フタゴン』を掛けてくれたのですが。
それで限界突破して、ブッ倒れてしまったそうです。
「ごめんなさい」
「いいのよ。それより・・・眠りって、さびしいのね」
「さびしい?」
「あなたが活躍してるのに、見ることも聞くことも、できないんだもの」
そう言って、お嬢さまは私の頬を撫でました。
◆♀◆ 16、女侯爵を救え ◆♀◆
昼過ぎに、私たちは出発しました。
丘を登り、木立を抜け、小川を渡って・・・
モターズ領の奥地に入ります。
戦闘ナシ。出会いもナシ。
滅びた村をいくつか通過しただけでした。
いよいよ、満月の日。
明け方から夕方まで旅をした私たちは、深い深い森の前で、足を止めました。
「深緑川の源。雪山を両肩に、2本の高い樫の腕が挟むトンネル」
ユリは、満足そうにうなずきました。
「──間違いない。ここが、『眠りの城』への入口だ」
私たちは、川を見下ろす小さな丘に登って、天幕を張りました。
その丘には、大きな岩があるのですが。
この岩の陰に、野営の痕跡が残っているのです。
「軍団の野営かな?」
「たぶんね」
私たちは軍団兵に祈りを捧げ、跡地を再利用させてもらいました。
一番助かったのは、竈です。
岩を積み上げて造られた、即席建築ですね。
風が吹いても火が消えないので、料理人が喜んでいました。
さて。
私たちが、岩陰の天幕で、スープを啜っていると。
パカランパカランパカラン・・・と、ひづめの音が聞こえてきました。
「ふふふw ようやく御到着か」
ユリは笑いましたが。
外に見に行って、すぐ、こんな叫び声を上げました。
「──敵襲! コノマーズ侯爵が襲われている! 戦士よ、武器を取れ」
「おおう!」
「リア、ネコ。天幕を守って!」
「はい!」
私は、タイツとパンティを下ろしました。
お嬢さまが私のお尻を叩きました。
「変容せよ、フターリア。猫の力をその身に宿し、密かに優美に敏捷に。──ネコ娘に、な~れ!」
「ニャー! ・・・んでお尻叩いた?」
「目の前にあったから」
私はモリーヌと共に天幕の入り口に立ちます。
下男どもも集まって、天幕の周囲に立ちました。彼らの武器は、棍棒、ナイフ、木の棒などです。
街道を見下ろします。
1騎、こちらに駆けてくるのが見えました。
「・・・単騎?」
「どういうことでしょうね」
私とモリーヌは首をひねりました。
ユリとダンゼイズの戦士が、「こっちへ来い!」「がんばれ、もう少しじゃ!」と声をかけます。
大きな戦馬が、大きな黒槍を手にした騎兵を乗せて、ダカダッ、ダカダッと丘を登ります。
馬脚が乱れました。疲労が激しいようで、なだらかな登りでも苦しそうです。
乗り手は、大きな黒槍を右手一本で、右に、左に、と打ち下ろし、馬の両脇のガイコツを倒しますが・・・
髑髏狼人は、ジャンプ力があります。
馬の真後ろから跳躍して、乗り手の背中に届くほど。
そうして乗り手にしがみつき、首筋に噛みつく。
乗り手は手綱を離し、籠手パンチ。
1体を叩き落とすが・・・
その間に、右手の槍に抱き付かれ、左足にしがみつかれます。
ピンチですが。
「突撃ぃーーー!」
ユリが叫び、ダンゼイズの戦士と一緒に駆け下りました。
ガイコツにブチ当たります。
勇者ユリはもちろん、戦士たちもガイコツ相手は慣れたもの。
数の不利をものともせず、たちまち蹴散らしてしまいました。
戦闘終了。
我々の勝利です。
◆♀◆ 17、女侯爵、負けを認める ◆♀◆
「・・・助けて頂いたこと、感謝する」
傷だらけのヨロイを着たままで、女侯爵ツクノーは、頭を下げました。
馬も彼女も傷だらけなのですが・・・
ツクノーさまは、私たちへの礼を優先したのです。
「アスカリアの勇者。アイメンカの姫。そして──ダンゼイズの姫よ。この借りは、きっと返そう」
それから、彼女は治療に取りかかりました。
兜を脱いで、籠手を外すと・・・
「陽の火よ、熱よ、輝きよ。このツクノーを変容せしめよ。癒し、祓い、清めたまえ」
みずから呪文を唱えます。
ジュワジュワ・・・彼女の傷口に、白い泡が噴きました。
血が流れ落ち、黒い土の汚れが取れ、綺麗な肌が現れます。
それから、傷口がふさがっていきました。
「この泡は・・・?」
「この泡は、穢れ祓いじゃ。化膿や狂犬病を、防いでくれるのじゃ」
「すげぇ!」
ハンドソープの泡みたいなの、こっち来て初めて見た!
いやー。石鹸はあるけど、全然泡立たないし、肌も荒れるんですよねぇ・・・。
「そちの方がすごかろう」
ツクノーさまは、私のネコ耳と尻尾を見ました。
「見事な『変容』っぷりじゃ・・・」
「光栄です」
フにゃーリアの尻尾。ピン! ピン! と立って踊っています。
すげぇ! ってなったら勝手にこうなるんですよね。
ツクノーさまは、そんな私の尻尾を見ながら、栗毛の雄馬のキズを癒してゆきます。
「さすがは、ドラゴン殺しの侯爵家。戦士にふさわしい呪文ですね」
「・・・。」
あれ?
皮肉ではなく、心から褒めたのに、反応が悪い?
「・・・ときに、フターリア姫よ」
「はい」
「そちは、なぜ、そんな姿をしておるのじゃ?」
「急に戦闘になったので」
私は、ダークグレイと黒のシマシマ尻尾を、ユラユラしました。
「いや・・・『変容』は、まだ、わかるのじゃが、」
女侯爵は眉を八の字にしました。
「なんで、下女の格好をしておる?」
「本業はメイドでして」
「本業は侍女よ!」
「・・・?」女侯爵は首をひねります。
「侯爵」ユリが声をかけました。
「なんじゃ。勇者よ」
「お仲間のことは、よろしいので?」
「よろしいのじゃ」
ツクノーは肩をすくめました。
「私が無理して突出しただけで、仲間に危険はない。私より弱いヤツは居らぬし・・・」
と、ここで。
パカランパカラン・・・ドドドドド・・・と、馬蹄の轟きが迫ってきました。
「ウワサをすればというところじゃ」
女侯爵と私たちは、迎えに出ました。
はたして、コノマーズの騎兵たちが、追い付いてきたところでした。
「お嬢さまァ!!」
コノマーズ騎兵。
その長が、馬から降りるや否や、怒鳴ってきました。
「なんちゅう馬鹿なことをなさる! 万が一のことがあったらと、生きた心地も!!」
「心配無用じゃ。ほれ、生きておる」ツクノーは胸を張りました。
「結果論!」
コノマーズ騎兵は怒鳴りました。ものすごい剣幕です。
「人の上に立つ者は、結果だけではいけませんと! 何度も何度も!!」
「わかったわかった!」
・・・と、しばし、お説教のあと。
「我が主を助けて下さり、感謝いたす」
コノマーズ騎兵たちは、一列に並んで頭を下げてきました。
「なーに」
ユリは、軽く流しました。
「それにしても、1人で突出なさるとは。いったい、何があったのです?」
「大したことではない」と、ツクノーさま。
「途中で、3つ、村を救いましてな」と、コノマーズ騎兵。
「髑髏狼人ですね?」
「そちらも?」
「ええ。こちらは1つだけでしたが」
「なるほど」
騎兵はうなずいて、話を続けました。
「ま、それで、侯爵は、敵を蹴散らしたあと、単騎で早駆けされたのです」
「討伐を優先なさったということですか?」
「当然じゃ」ツクノーさまは、サラッと答えました。「そちは、どうしたのじゃ」
「討伐しましたよ」
「じゃろう?」
「ふふw」ユリは、笑いました。「『虚ろな食事』については?」
「料理人を残してきた」と、ツクノーさま。「父の代からの、委細わきまえた男をな」
「おお!」
ユリは、ぱあっと明るい笑顔になりました。
「御身は立派な侯爵だ! 今回のことで、真価を見せて頂きましたよ」
と、褒めちぎりました。
「褒めすぎじゃ。そして、こちらも同じ言葉を返しておく。そちは立派な勇者じゃとな」
そして、ツクノーさまは、ため息をつきました。
「なんにせよ、身共の負けじゃ。約束は守ってやるから、いつでも呼び付けるがよい。今夜はダメじゃがな」
「潔い侯爵閣下だこと!」
ユリは、またまた御機嫌になりました。
ツクノーさまの両手を握って、
「では、力を合わせて参りましょうか。殿下のために」
「手柄は譲らんぞ!」
「はいはいw」
2人は、仲良く森のほうへ歩いてゆきました。
「・・・お嬢さま」
「・・・なに?」
「私も森に入ることにします」
「ファリアが行くなら、私も行くわ」
「ご冗談を」
「私がダメなら、ファリアもダメよ」
「・・・。」
「・・・。」
「しかし、勇者さまが」
「私と勇者さま。どっちを取るの?」
「どちらかを見捨てるなど」
「あなたの身体は、ひとつしかないわ」
「・・・む」
私は背筋を伸ばしました。
「ニーズ、あなたです」
└(・v・)┘
「わかったわ。行ってらっしゃい。──モリーヌ、『鉄身』をかけ直してあげてはどうかしら?」
「よいお考えです」
夜空には、いよいよ、満月が姿を現わすところでした。
「ネムリタロッカ姫! アスカリアの勇者が参ります!」
「御身の敵は、“コノマーズの黒”が祓ってみせますぞ!」
威勢のいい2人の声が、そんな夜空に響きました。