TSゆりフタ令嬢侍女メイド! 作:min(みならい)R18
◆♀◆ 14、冬至の準備 ◆♀◆
冬至が迫ります。
フターリアはてんてこ舞いです。
「ええと。
吟遊詩人は1人確保しただろ?
近隣の村には通知しただろ?
酒樽は1つゲットしたし。
テーブルは、まあいいや。椅子は、ユリマリと客のがあればヨシと。
あとは、お菓子と、プレゼントと・・・
肉だ、肉!!」
手に、板切れと炭を持って(メモ帳です・・・)。
伯爵邸の倉庫に向かいます。
倉庫。建物に組み込まれた、半地下式の小さな倉です。
短い階段を下りて中に入ると、お嬢さまがいました。
小さなテーブルに羊皮紙広げて、なんか書いてます。
「お嬢さま。冬至の儀式の食料ですが、「ダメよ」
目も上げてくれませんでした。
・・・しかし私も冬至の儀式の担当者。くじけるわけには参りません。
「酒は何とか。でも肉が足らんのです。少なくともあと十貫「ダメったらダメ」
目も上げてくれません。
しかし私も続けます。
「――去年、三百人は来たって話でしてね。マレーナさんによれば」
「ダぁーメ」
「当然、今年はもっと増えるハズで。去年よりショボくするなんてあり得ませんし」
「・・・ダメって言ってるでしょ?」
やっとお嬢さまが目を上げてくれました。
灰緑の目が冷たいです。この子、イライラしてると、冷た~い眼をするんですよね。
ま、ひるみませんがね。こちとら、身分は下でも気分は兄なんだぜ。
「お嬢さま。冬至の儀式で肉が足りないなんて、それこそダメでしょ?」
「出せる分は出したわ。司厨長補助として、備蓄の取り崩しはできません」
テニッサメイズお嬢さま。
『司厨長補助』とかいう身分になっておられます。
司厨長。
食料部門の大将ですね。
平時には、領地の食料を管理する。
戦時には、補給部隊の指揮をする。
要職です。
毒殺や食中毒から領主を守る仕事ですからね。
ふつうなら、仲のいい親戚や、譜代の忠臣を当てるところ。
孤児のユリは、マレーナ姉さんを司厨長にしたのですが・・・
「マレーナさまに言うのはナシよ。あの人、兼務しすぎて寝る暇もないんだから」
「さっき挨拶に行ったら『いまは無理』って追い返されましたよ」
「でしょ」
お嬢さまは、羽ペンをふたたび走らせ始めました。
「私も忙しいのよ」
言ってるお嬢さまの手元には、アイメンカ侯爵家の印章入りの手紙があります。
実家だから任されてるんでしょうが、妾腹の姫にはしんどい仕事のハズです。
「・・・お茶でも淹れてきましょうか」
「・・・あなた、ヒマなの?」
「いえ。ですが、私はあなたの司厨長みたいなモンですから」
お湯をもらってきました。
メイド服じゃないんで、給仕はしづらいです。
トポトポトポ・・・
「その茶葉、どこから取ったの?」ギロリ! 睨まれました。
「アイメンカ家の物資でございます」
「ならよし」
「ふぅ・・・」
お嬢さまは、お茶を口にして、ホッと息をつきました。
私は、その背後に回って、小さな肩を軽くマッサージです。
「お疲れさまです」
「私はいいんだけど。・・・遠征団の指揮に、手を焼いてるらしくてね」
「マレーナ姉さん?」
「ええ。『父の言うことは聞くけど、私の言うことは聞かない』ですって」
「あー・・・。お父さんが出してくれた文官団でしたっけ」
「そうね」
「姉さんも大変ですなぁ」
「素直な部下を持つ者は幸せよね?」
「素直なだけのは『佞臣』ですよ」
「・・・。」お嬢さまが見上げてきました。
「・・・。」私は見下ろしました。
「・・・十貫は出せないわ」
「宴で肉をケチったら、ユリの面目が潰れるんですよ。せめて9貫」
「面目より備蓄よ」
「面目です、いまは。不安定な時期ですので」
「不安定だから、備蓄がいるのよ」
「真冬に攻めてくるヤツぁいませんよ」
「いたら責任取れるの?」
「その論法は卑怯なのでナシで。・・・春になったら買い入れましょ。ね?」
「買い入れる! 大赤字なのよ? この領地」
「ユリに出させりゃいいんですよ」
「ユリさまに甘えるクセがついてない?」
「私だって、できるコトはなんでもしますよ」
「じゃ、フタゴンになって狩りして来なさいな」
「いや・・・フタゴンは、真冬はちょっと・・・」
「鹿4頭取ってきたら、干し肉10貫出してもよくってよ」
「鹿4頭・・・?」
どんぐらいだ?
えーと。
たしか、この世界の鹿は『10貫越えてりゃ上々』って聞いたことがある。
1頭、12~3貫として。
4頭で、50貫。
可食部が40%なら、20貫。
保存加工で半分になるとして・・・
「ぴったり10貫じゃねーか」
「よくできました」
お嬢さま。こちらを見上げながら、笑いました。
なお、1貫はブレロッケ銅貨千枚の重さです。
銅貨の重さは不揃いですけどね・・・。
「お茶、ありがと」
「いえいえ」
「・・・。」
お嬢さま。
まだ、何か言いたげに、こちらを見上げています。
可愛い頬っぺた。
撫でると・・・
「んにゃ♥」猫みたいに満足なさいました。
「はぁ・・・!」
「なに?」
「美少女だなって」
「うるさいw」
私は・・・
仰向けのお嬢さまに、キスをしました。
お互い、顔が上下逆さまになるキスです。
フターリアのデカパイが、お嬢さまの目元を温かく包みます。
「5貫だけ・・・出したげるわ・・・」
「やったー」
色仕掛け成功です!
・・・っつっても、要求の半分にされてっけどな。
「あと、薪と、お菓子用の小麦粉とハチミツももらっていきますね」
「あ、こらっ!」
◆♀◆ 15、器を磨け ◆♀◆
「つまんねぇ」
「サボんなよ、クリッカ。ユリに言いつけんぞ」
冬至の儀式担当・フターリア(メイド服)です。
お館の食堂に子供たちを集めて、児童労働をさせております。
コップ磨きです。
コップ。
冬至の宴で、領主さま(ユリ)が手渡すプレゼントです。
「ショボ!」とか言うなよ?
ちゃんとした陶器なんて、ちょっとした財産なんだぞ。
これね。
ツクノーさまが贈ってくれたんスよ。
300セット、藁を詰めた木箱に入れて、ドーンとね。
『冬至に使え』ってことでしょう。あの人はホント気が利くわー。
いっぽう、私はガラスのグラスを磨いてます。
こちらはバーシー王から届いたもの。同じく300セット。
たぶんツクノーさまと相談したんでしょうな。輸入もツクノーさまかも?
私の隣で、枯れ木のシノ婆さん(=聖女アスカリアさま)も、グラスを磨いてます。
「なぁ。なぁ」
「なんだよ」
「そっちやらしてくれよー」
クソガキちゃん。
テーブルを回り込んで、こっちに近付いて来ます。
「オレ、ちゃんとするから。なぁ!」抱きついてきました。
「ダメだよ」とシノさん。
「そうそう。ガラスはまだ早い。これ、メッチャ高いし」
「どんくらい高いんだよ?」
「1個割れたら、私が真っ青になるぐらい」
「そんな高いの?」
「高いぞー」
「すげーなw へへへ」
クソガキちゃんが耳元で笑います。
吐息があったかくて、くすぐったいです。
クソガキちゃん。
名前は、クリッカ、っていうらしい。
『冒険者の村』で生まれた父なし子です。母もすぐ死んで、孤児院に入れられたんだと。
初めて見たときは、髪の毛ボッサボサで男に見えたけど。
散髪したら、結構な美少女でした。
この前、床屋が巡回して来ましてね。
孤児院の子供も散髪できたんですよ。ユリのお金でね。
クリッカちゃん。
綺麗になった髪は、深い茶色です。栗毛のクリッカ。覚えやすくてよろしい。
「何歳になったらやらしてくれるゥ?」とクリッカ。
「そうだなぁ。シノ先生、どうでしょう?」
「あと1年して、粗相しなくなったらだね」
「しねーって!」
「もうちょっとだね」
「ちぇっ」
「ファリアさまー。できたぁ」別の子がカップ持ってきました。
「どれどれ? お! 綺麗になってる。よし! 合格」
「やった」
「お疲れさん」
軽く腕を回してポンポンしてあげると、キャッキャ言って席に戻って、次のカップを磨き始めました。
「ちぇ」
「ほら、クリッカも頼むぜ。ホント手が足りないんだから」
「子供働かせてんじゃねーよ。甲斐性ナシ」
「はははw すまんなー」
いまのはちょっとグサッと来たぞ。
けど、やめないもんね。
俺、もう日本人じゃねーし。児童労働オッケーのブレロッケの貴族だし。
「けどさー、ホント、人が足りなくってな? 諸君に頼むしかないのだよ」
「んじゃ金くれよ。ファリアさま」
「うん。お小遣いはやろう」
「・・・マジで?」
「マジで。あと、お菓子も出す」
「マジで!?」
「マジで」
「やった!」
クソガキ栗毛のクリッカちゃん、シュタタタッと席に戻って、コップ磨き始めました。
急ぎすぎです。手元が危なっかしい。
ガチャン。「あっ」
「こらこら」
「みんな、お疲れさま。お菓子ができたわよ」
マレーナさんが食堂に入ってきました。
「やったー! あっ」
「こらこら」
小麦粉とハチミツで作ったお菓子。
一口ずつですが、みんなに回りました。
「うめー!」「サクサクしてる!」「おいしい、おいしい」
「・・・行けそうですね」マレーナ姉さんが、私の側に立ちました。
「ですな」
じつはコレ、宴に出す菓子の試作だったんですね。
試食、大好評ってトコです。
「はぁ・・・」
「お疲れさまです。お茶、いかがですか?」
「・・・1杯だけ」
目の下に隈を浮かべてるマレーナ姉さんに、暖炉のお湯でお茶を淹れてあげました。
いつも淹れてる侯爵家の茶葉。
たぶんカフェイン入ってる系なんで、少し薄めにして。
確保してあるハチミツを、ちょっとだけ入れて。うっすら甘くしてあげました。
「はぁ・・・!」姉さん、ぐんにゃり。
「みんなも呑んでいいぞ。これ薄めだから。ちょっと甘いし」
「っしゃあ!」
ハチミツをジーッと見てた子供が、群がってきました。
奪い合いみたいになる。度を越した子(クリッカ含む)は、シノ婆さんに頭を叩かれてます。
「うめぇ・・・」「甘い・・・」「おいしい・・・」
「ずりぃ。いつもこんなの呑んでんの?」
「いつもはハチミツ抜き。コレは特別。マレーナ姉さんが出してくれたんだぜ」
「ありがとー」「ごちそうさまでしたぁ!」
「はーい」
マレーナ姉さん、ちょっと元気になって戻ってゆきました。
私は、残った茶っ葉にお湯を注いで、出涸らしを、シノと2人で呑みました。
「やれやれ・・・」
・・・足りねぇ。
菓子もハチミツも、全然足りねえ。
子供の前だから、クール美女メイドの仮面かぶってるけど。
侯爵家の美食に慣れた俺が、いちばん不満持ってるかも知れねぇ・・・!
くそっ・・・。
このカラダ、ホント快楽に弱ェ・・・!
さて。
子供たちのおかげで、コップは無事に磨き終わりました。
小遣いを出します。金額は、シノさんと打ち合わせ済み。原資は俺のポケットマネー・・・。
で、シノさんに手渡します。
「ああー! オレらの金だぞー!」
「冬至の日に出したげるよ。ちゃんと帳簿につけとくから」
「ええー!? いまくれよぉー!」
クリッカちゃん、喰い下がります。
俺のエプロンにぶら下がって、ジタバタしました。
「なぁー! ファリアさまぁ、シノ婆さんに言ってくれよー」
「冬至の日にもらったほうがいいんじゃないか? 行商人だって来るんだぜ?」
「ぎょーしょーにん!」「ホント!?」
「ホントホント。ヨソの国から来てくれるんだよ」
『ヨソの国』ってのは、よその領地のコトです。アイメンカ侯爵領とかね。
領地1つが、ひとつの御国なんですよね。
気軽に出歩ける世界じゃないしね。
俺だって、『アイメンカで一生終えるのかな』って思ってたもんなー・・・
・・・みんなが引き揚げた後。
「オレ、ヨソの国に行きたい」
クリッカが、ボソッとそんなことを言いました。
「ほう」
私は彼女を見下ろして、ニヤッと笑いました。
「じゃ、強く賢くならないとな」
「・・・ファリアさま」
「なんじゃ?」
「連れてってくれる?」
ふむ?
コイツ、俺に甘えてんな。
まあ甘えるのはいいんだけど。子供だし。
けど・・・
ここはちがうよな。たぶん。
「ダメ」
「・・・。」
「オマエは、どこにでも行けるし、なんでもできる」
私は、クリッカの肩に手を置きました。
「自分の生命を賭けりゃあな」
クリッカは俯きました。「・・・死にたくねぇ」
「俺もだよ」
◆♀◆ 16、冬至の日 ◆♀◆
冬至の日がやってきました。
1年でいちばん日の短い日。夜の長い日です。
これから寒さが厳しくなってゆく――死者が増えてゆく日でもある。
そんな日に。
私たちは、盛大に火を焚いて、アスカリア伯爵領の建国を祝いました。
午前。まずは神事です。
太陽の女神に「早く暖かくしてください」とお祈りをします。
領主館の正面、南の方向に祭壇を作って。
領主のユリと、執事・魔術師長・司厨長のマレーナ姉さんが、酒と果実を持ってきます。
太陽の女神の司祭補助(司祭は来てくれなかった・・・)が、それを祭壇にお供えしました。
儀式のあいだに、カラスがやって来て、お供え物を食べてしまいました。
「太陽のお使いが来たわい」と、みんな笑いました。
次は外交。
ヨソの国――伯爵家・侯爵家から使者がやってきて、ユリと会う。
マレーナ姉さんはユリに同席したため、テニスお嬢さまが司厨長を代行しました。
私は来客の案内。祭りの進行も同時進行。クソ忙しかったです。ベロ~ン君にまたがったまま、鞍の上から指示を飛ばし続ける羽目になりました。
さらに、あちこちで不測の事態が起こって、みんなが私を呼びに来ます。
「ファリアさま。コノマーズ侯爵の使者がお見えです」とモリーヌが。
「月の女神の司祭が『荷物どこ置いたらええの?』って言うてはります」とダーリン姉ちゃんが。
「ファリア! あっちでケンカ始まったぜ!」とクリッカが。
「おわぁ」
・・・と、こんな具合でした。
午後に入ると、来客は一段落。
日は急速に傾いてゆきます。
それだけでなく、天気も悪化してきました。
灰色の雲が空を覆って、あたりは一気に薄暗くなってしまいます。
「良くないな」
「ですね」
ユリとダーリン姉ちゃんが、そんな会話を交わしていました。
「アんて?」口いっぱいにパンを頬張った私が、訊き返したところ。
「太陽が消えるのは良くないんだ。このあたりでは」
ユリが教えてくれました。
「吸血鬼どもが、日中でも動けるようになるからね・・・」
交代で軽食を詰め込んで。
お腹が落ち着くより早く、仕事に戻ります。
「そこォ! 斧片付けんかい!」
「あぁ? 俺じゃねぇッスけど・・・ハイハイ、睨まなくても片付けますって」
「バケツも! そんなトコに出しとくんじゃない、片付けろ!」
「・・・なんすかファリアさん。バケツぐれぇでカリカリして」
「バカ野郎! 大勢来るんだ、1人コケたら大惨事になんだよ! 片付けろィ!!」
庭の整備の(サボってた)おっさんらを怒鳴りつけ・・・
「司厨長補助。お菓子、上がりました?」
「いいえ」
「なんで!?」
「来客が予想以上にバクバク食べたからよ」
「追加! 追加して!」
「作業中よ。でも、間に合うかどうか」
「シノさん、菓子のオーブン補助入ってぇ!」
「あたしゃ孤児院長なんだけどねぇ・・・」
司厨長補助のテニスお嬢さまと、調理場を駆け回り・・・
「またケンカ!」
「ダーリン姉ちゃん、任せた」「はい」
「ファリアさま、下町のほうで睨み合いが」
「モリーヌ行ける?」
「いいえ。私は、午後はお館の警備です。ここを離れることはできません」
「ぬわー! んじゃ、ベロ~ン君出してきて!」
「そうおっしゃると思って」「ブヒ」
あっちこっちでケンカ始めるバカどもを蹴散らして回り・・・
「キツいわー・・・」
「ホント忙しいわね」
日が暮れる頃には、すっかり体力を使い果たしておりました。
かろうじて休憩が取れたので、調理場の片隅でお湯(茶淹れてるヒマもねぇ・・・)を呑む。
忙しく動き回る料理人の邪魔にならないよう、小さく縮こまって小声で話します。
「こんな忙しいの、生まれて初めてですよ」
「そうねw」
お嬢さまは、うれしそうに伸びをしました。
「・・・ユリさまに譲って、正解だったわね」
「・・・なにをです?」
「あなたを。あなたの手柄を」
「ああ、伯爵位ね」
私はうなずきました。
この時、庭から、おっさんらの声が聞こえてきました。
「降ってきたのう」
「こりゃ根雪になるぞ」
「ユリっぺが、伯爵なんかになるからじゃ」
「ガハハ!」
「しかしよォ、これでもう、『泥棒村』なんて呼ばれずに済むなぁ」
「税取られんのはゴメンだがな」
「脱税しようぜ、脱税!」
「わはは!」
「・・・私じゃ治まりませんよ、この村は」
「そうねw」
短い休憩は、すぐに終わります。
ダーリン姉ちゃんが、私たちを呼びにやって来ました。
「日ィ沈みましたで。そろそろ・・・」
いよいよ、宴の始まりです!
◆♀◆ 17、ぶっつけ本番 ◆♀◆
「じゃ、いきましょうか。樹ターリア」
「結局、練習もできませんでしたねぇ・・・」
裏庭の垂れ幕(私の変身スペースです)に入った私たち。
ドレスを脱ごうとします。
「あ、そのままでいいわよ」
「え?」
いま、侍女のドレスを着てるフターリアなんですが。
ダークブルーのドレスなんですが。
「これだと、青い木になっちゃいませんか?」
「ハイこれ」
お嬢さまが、毛皮のマントを突き出してきました。
明るい黄土色のマントです。
まあ・・・これにくるまれば、樹皮に近い色にはなるけれども・・・。
「なに? ハダカになりたいの?」
「いえ。まさか」
まあ・・・正直ね。
『自分だけハダカ』って状況に、スリルを感じてる面もあるんだけど。
フターリアのカラダ、メッチャそそるしね。
けどまあ、さすがにね。
「私に考えがあるの。服は着たまま、『変容』してくれる?」
「はいはい」
「変容せよ、フターリア。
その肌は堅く、髪は色鮮やかな葉となって、幹太く立つものとなれ――
樹木の乙女に、な~れ!」
ズズズ・・・ズリズリ・・・
「な、なんじゃありゃ!?」「木が動いとる!」「こっちに来るぞ」
ズリズリ・・・ズズズ・・・
樹ターリアです。
『変容』した私、現在、表玄関へ移動中です。
お嬢さまの身長の2倍は軽く越える梢を揺らして、一歩一歩・・・ズズズ・・・
「・・・もうちょっと速く歩けない?」
「無ぅーー理でぇーーす、ねぇーー」
「木がしゃべったぞ!」「う、ウロが、モゴモゴ動いとる」「化けモンだァ!」
「うぅーーるせぇーーえぞぉーー・・・!」
「なんて恐ろしい声だ」「バンシーの泣き声か」「不吉な!」
「しぃーーつれぇーーいな、やぁーーつらぁーーだなぁーー! わぁーー」
「ちょっと静かにしてくれる?」
「あー・・・、はぁーーい」
「さあさあ、皆の衆!」
お嬢さまが、声を張り上げました。
「御注目、御注目!」
「なんじゃなんじゃ」「エルフっこがなんか言うとる」「なんでェ、あの木は。いつ生えた」
「アスカリアのみんなを、祝いに来てくれた、生きた樹木よ! 注目注目ゥ!」
「おぉーー・・・」
私は、感動しました。
お嬢さまが、これまでになく生き生きしていらっしゃる!
これまで、状況に流されてきた私ですが・・・
流されながらも、頑張ってきて良かった。そう思ってしまいました。
「アスカリアのみんなが、仲良くするなら!」
お嬢さま。
フワッフワポニテを振りながら、綺麗な声で宣言します。
「目にも麗しい樹木の乙女が、姿を現してくれるでしょう!」
「・・・ほう?」「そういう演しモンか?」「あ、そうか。魔術の隠し芸か」
おっさんらがうなずきました。
「やあ! 樹木の女神さま。俺たちゃ、こんなに仲良しだぜ!」
肩を組んで、酒の盃を突き上げます。
「仲良し仲良し!」酒がこぼれました。「てめェ! 俺の顔に!」殴り合いが始まりました。
「はーい、殴り合いは、ほどほどに! でないと乙女は見れないわよ!」
お嬢さまがたしなめ、ダーリン姉ちゃんが2人を張り飛ばして、ケンカは収まりました。
で。
みんながこちらを注目したのを確認して・・・
「アスカリア領の皆の衆! これから仲良く、忠実に、ユリ伯爵をお祝いできますかー?」
「「「へーい」」」
みんなをまとめ上げて・・・
「じゃ、ファリア。後はあなたが『出る』だけよ」
お嬢さまは私に囁きました。
「どぉーーうやぁーーってぇーー?」
「合言葉を唱えて、第二形態になるのよ!」
「だぁーーいにぃーー・・・?」
「合言葉はこうよ。長いから、よく聞いてね?」
焚き火の炎を背に、お嬢さまが私を振り向きました。
フワッフワ金髪ポニテが火に輝いて、まるで光の精霊のようです。
「本光る太き幹の中の花、
異国の樹霊なるあなた。
羽織る木皮を脱ぎ捨てて、
羽ばたき――」
光の精霊・テニスちゃんが、そこまで言った時でした。
「吸血鬼だー!!!」
村の入り口のほうから、そんな絶叫が聞こえてきたのは。
◆♀◆ 18、吸血鬼の恐怖! ◆♀◆
「女子供は館に入れ!!」
ユリが飛び出してきました。
伯爵の、重いマントを投げ捨てて。いつもの長剣を、いつでも抜ける形にして。
「中に入れ、中にッ! クリッカぁ! 小さい子供を食堂に集めろ。点呼!」
「は、はいっ!」
栗毛のクリッカちゃんが走り出します。
「防衛隊、行け! 酒場前で隊を組め!」
「おう!」
「テニス、ファリア、モリーヌは、館を守れ」
「かしこまりました、伯爵」
お嬢さまがそう答えて、すぐに館の中に逃げ込みました。
右往左往していた女どもが、お嬢さまについてゆきます。転んだ女はモリーヌが助けます。
「うおっ」おっさんもコケてます。「誰でェ! ンなとこにバケツ置いたのは」
「ユリさま」
駆けつけたダークエルフの美女を。
ユリ伯爵は、押し戻しました。「おまえは館の指揮を取れ」
「私は!」
「わかってる。けど、吸血鬼相手だ。マリが必要なんだ。館を守ってくれ」
「・・・はい」
ダーリン姉ちゃんも中へ。
「リア!」最後に、私が声をかけられました。「中に入れってば!」
ばしっ。樹皮のお尻を叩かれます。
「館は任せたからな? ――我は駿馬!」
そして、女勇者は走り去りました。
逃げてくる女どもをかき分けて、夜道を村のほうへ駆け下りてゆきます。
「そぉーーう、言ーーーわれぇーーてもぉーー、ねぇーー・・・」
いやー。
私だってね。命令に従おうと思ってるんですよ。
館に入らなくちゃってね。
けどね?
樹ターリアは、背が高くてですね?
戸口、くぐれないんですよね!
私がモタモタしていた、ほんのわずかの間に。
わーっ、うおーっ、ガキン、ガキン・・・!
村の入り口のほうから、戦闘の音が聞こえてきました。
「キャー!」「閉めて、閉めて!」
女どもが悲鳴を上げて。
バターン! 伯爵邸のドアが、閉まってしまいました。
わーお。
樹ターリア。庭に取り残されてしまいました。
どうしよう。
合言葉・・・樹木の乙女になるんだっけ?
唱えてみるか。最後の部分は、聞いてないけど。
まあ、聞いた分だけは、ちゃんと覚えてるし。
フターリアも、この世界の人間ですからね。耳コピー能力は高いんですよ。
ほな、やろか。チャチャッとね。
「もぉーーとひぃーーかる、ふとぉーーきぃーーみぃーーきのぉーー、なぁーーかの、はなぁーー」
長いわ!!!
合言葉が!!!
しゃべるのクッソ遅ェのに、長文ポエム唱えさせんじゃないよ!!!
「いぃーーこくのぉーー、じゅれぇーーいなぁーーる、あぁーーなたぁーー・・・」
私が、唱えておりますと。
「人の声がするわ! ここに逃げ込んだのね!」
突然、甲高い女の声がして。
バサバサッ・・・!
夜空から、真紅のマントを羽ばたかせて、1人の少女が舞い降りて来ました。
私のすぐそば、積もり始めた雪の上に、着地します。
コイツ・・・空を飛んできたのか?
◆♀◆ 19、吸血貴族、シーモイベーヌ ◆♀◆
白い肌をした少女でした。
異常に白い、死人のように白い肌でした。
ギロリ。周囲を見回すその目は、血のように紅く燃えていました。
暗闇の中に光る目が、一瞬、私と合いました。
「・・・うん?」
少女は私を見上げました。
クンクンクン。匂いを嗅ぎます。
そして、ニヤリと笑いました。
「若い娘の匂いがするわ。エルフの娘の匂いもする」
バレたか!?
「これは当たりね・・・」
少女は。
クルリと私に背中を向けて、伯爵邸の玄関に向かいました。
「早速、この館を攻略するとしましょう!」
・・・バレとらんかったわ。
「フフフ。『魔王陛下の解放』だなんて、眉唾だと思ったけど・・・」
少女。
なにやら、1人で解説を始めました。
「いいわ。この作戦が、死霊使いのいつもの手口、
敵も味方も騙して操る、あの人間女の企みだとしても――
『収奪砦』の、飛ぶことすらできぬ吸血土民が、まんまと騙されていたとしても――
私に、得るものがあるなら。
真に高貴な吸血貴族、シーモイベーヌが、
新鮮な乙女を備蓄にできるというのなら、大目に見てもよくってよ!」
雪が強くなりました。
大粒の雪。
視界が一気に狭くなり、村の光景が見えなくなりました。
「ああ、いい天気。明日の朝も、外を歩けそう」
笑って。
玄関まで歩いていって・・・
ガンガンガン! 少女は、ドアをブン殴りました。
岩を叩きつけたような音です。明らかに、人外の拳でした。
「開けなさい。『希望の港』の正当なる領主・シーモイベーヌが、おまえたちの血を搾取しに来てやったわ」
応答はありません。ま、当然ですわな。
ガンガンガン! 少女はふたたびドアを叩きました。
「開けなさい。シーモイベーヌの指示に従いなさい。そうすれば、全員は殺さず・・・ん?」
少女はこちらを振り向きました。
私は止まりました。ザワザワ・・・葉ずれの音がしました。
「おかしいわね? 確かに、足音がしたんだけど・・・」
少女は首を傾げました。
しばらくして、肩をすくめました。
「・・・まあいいわ。人間に私を倒せるハズがないのだし」
少女は玄関に向き直りました。
ガンガンガン! 少女はみたびドアを叩きました。
「開けなさい。シーモイベーヌを迎え入れなさい。これが最後よ、野良猫ども。次は・・・・・・んん?」
少女は振り向きました。
私は止まりました。ザワザワ・・・。
さっきから、私、ちょっとずつ近付いてるんですよね。
なんとか不意打ちできないかと思って・・・
動きが鈍すぎて、成功の見込みはないのですが・・・
「おかしいわ。この木。さっきはもっと離れていたハズよ」
少女は私に近付いて来ました。
周囲を調べます。
幸いなことに、雪の勢いが強かったので、私の歩いた痕にはもう雪が乗っています。
ダーリン姉ちゃんなら、それでも足跡を見抜いたでしょうが・・・
「うーん」
少女は首をひねるだけです。
そして。
「ああ、いいものがあったわ」
庭に転がっていたバケツを持ってきて、私の足元に置きました。
「これでよしと。・・・あら、あそこにも、いいものが」
さらに、館の壁に立てかけてあった斧を、手に取りました。
「玄関を破るのに、ちょうどいいわ」
バカ野郎・・・っ!
片付けろって言ったのに・・・バケツも斧も、出しっ放し・・・!
庭に置きっ放しじゃねぇかっ・・・!
バギャァン!! 少女は斧を叩きつけました。
一発で、伯爵邸の玄関扉に、斧の刃がメリ込みました。
「このシーモイベーヌさまに樵の真似事をさせるなんて。お仕置きが必要ね」
ギコギコと斧をねじくって強引に引っこ抜き・・・
ぼふっ。カラン、コロン。
「・・・んんん?」
少女は振り向きました。
私は止まりました。バケツも止まりました。
「バケツが転がっているわ!」
少女は私に近付いて来ました。
「おかしいわ! バケツが転がるなんて」
調べます。
「どうして転がったのかしら。確かにまっすぐ置いたハズなのに」
それはね。
樹ターリアが、足でつまんで、動かしたからじゃよ。
・・・いやぁ、バケツと一緒に動けばバレないんじゃね? と思ったんですが。
樹ターリアにはちょっと難しすぎましたわ。
「薄気味悪い木だわ。燃やしてしまおうかしら?」
少女はしばらく考えました。
「・・・いえ、やめておきましょう。館に燃え移ったら、仔猫ちゃんたちが焼けてしまうわ」
そうだね。
よく気付きました。シーモイベーヌちゃん、えらい、えらい。
「斧で伐り倒しましょ」
やめろーーーっ!!!
斧を振りかぶる少女。
狙いは、私の足元です。
「せーの、」
振りかぶった少女の、顔面に。
ゴン!!!
石が命中しました。
「ごげっ」
「っしゃあ!!!」
クリッカの声が聞こえました。
館の、上の方。屋根のあたりからです。
見上げてみれば、降りしきる雪の中・・・屋根にある、明り取りの窓から、クリッカが上半身を出していました。
「・・・やったわね」
少女はクリッカを睨んで、斧を投げ捨てました。
「いいわ、そこから入ることにしましょう」
バサッ!
真紅のマントを広げた少女。
地面を蹴って、雪の中に浮かびます。
紅い旗が、雪の夜空にはためくように・・・マントを波打たせて、上昇してゆきます。
クリッカはポカーンと口を開けて見ています。
バカ。引っ込め。速く引っ込め!
そう思っていたら・・・
紅いマントが到達する、まさにその直前、
「いま!」
モリーヌの声がして。
クリッカが、サッと引っ込んで。
ギラリと槍穂が突き出しました。
窓に突入しようとしていた少女の胸元に、その刃が突き刺さります。
「ぐ!」
少女は一瞬、槍にブラ下がる形になりました。
しかし、すぐに両手で槍を掴んだかと思うと・・・
バキリと、柄をヘシ折ってしまいました。
なんたる怪力。
しかも、胸を貫かれたというのに、動きを止める気配もありません。
そのまま小窓に取り付き、窓枠を掴み潰しながら、中に入ってゆきました。
戦闘の音がしました。
衝突。苦鳴。家具が倒れ、物が散らばる音。
――モリーヌ!
私は、あわてて残りの合言葉を唱えました。
「はぁーーおるぅーーきかわぁーーをぉーー、ぬぅーーぎすぅーーててぇーー」
長いっつーの・・・。
3句目までは唱え終わりました。間違ってはいないハズです。
しかし、4句目がわからん。
いままで聞いた呪文のパターンから言って、最後は発動命令だとは思うんですが。
お嬢さま的には『○○にな~れ!』みたいな。
しかし、わからん・・・!
私が必死に考えるあいだにも、館の中で次々に悲鳴が起こっています。
走り回る音。物が落ちる音。館が壊れる音・・・!
そして。
玄関の扉が、破れる音。
「まったく、手こずらせてくれるわね、仔猫ちゃん」
真紅のマントの少女が、姿を現しました。
「こちらの・・・セリフですわ。吸血鬼の・・・お嬢さま・・・」
私のお嬢さまの、首を掴んで。
◆♀◆ 20、テニッサメイズ、危機一髪 ◆♀◆
吸血鬼シーモイベーヌ。白い肌をした少女が。
フワッフワ金髪ポニテのテニッサメイズさまを、掴んでいます。
片手で。
首を。
お嬢さまが、爪先立ちになるほど、高々と。
モリーヌが追いかけて出てきます。
しかし、手が出せません。テニスお嬢さまを、盾にされて。
「武器を捨てなさい。いますぐ、首を折ってもいいのよ」
「・・・。」
モリーヌは剣を落としました。
よく見れば、モリーヌもズタボロです。
服が裂け、ズボンの膝には穴が空き、髪もグシャグシャになっています。
幸い、出血はないようですが・・・たぶん『鉄身』の呪文で自分を守っているのでしょう。
「いい子ね」
吸血鬼は、お嬢さまを釣り上げている手をゆるめました。
「そうやって素直にしていれば、助けてあげるわ。若くて美しい娘だけは、ね」
そして。
自分の唇を、お嬢さまの耳元に近付けました。
ペロリ・・・
俺のお嬢さまの耳を、紅い舌で舐め回します。
「いい匂いがするわ。男は知らずに、快感だけを知った娘の匂い・・・ああ、たまらないわ!」
吸血鬼は唇を開きました。
白い牙が、紅い唇のあいだで、輝きました。
「我慢するつもりだったけど。痛い目に遭わされたことだし。血を補給しなくてはいけないものね」
その、白い牙を。
吸血鬼は、お嬢さまの喉元に、あてがいました。
「搾取させてもらうわ、エルフさん・・・」
「あの」お嬢さまが、口を開きました。「歌を、詠ませて頂けませんか?」
「歌?」
「1歌だけ、お許しください」
「辞世の句? ・・・風流ね。いいわ。待ってあげましょう」
「感謝いたしますわ。吸血鬼の姫」
「いいのよ。上品な娘のほうが、血を吸う悦びも大きくなるというものだわ」
テニスお嬢さまは、歌を詠みました。
「本光る太き幹の中の花、
異国の樹霊なるあなた。
羽織る木皮を脱ぎ捨てて、
羽ばたき変われ、樹ターリア!」
「・・・。」
ほほえみながら聞いていた吸血鬼は。
突然、サッと顔色を変えました。
「樹霊? その歌・・・まさか、樹霊の召喚!?」
そして。
ようやく気付いたという様子で、私のほうを振り向きました。
「はぁーーばたぁーーきかぁーーわれぇーー、」
もちろん私は、最後の1句を唱えました。
「樹ぅーータぁーーリアぁーー・・・あああ、おおおおっ!!?」
その途端。
身体が、軽くなりました。
冷気がどっと押し寄せてきて、薄い肌にまとわりつきます。
サワサワサワ・・・!
柔らかな新葉が、私の頭を包みます。
私は、伸び上がりました。
空中に。
足元を、力強いツタに支えられて。
「やはり、樹霊ッ!!」
吸血鬼は悲鳴を上げて、後じさりました。
「どうしてこんな、開けた土地にッ・・・!!?」
私は突進しました。足元をツタに支えられて。
ツタが。
私を、空中に持ち上げているのです。
魔術的にどこまでも伸びる、力強いツタが。
飛ぶがごとくに、私を運んでくれるのです。
私は腕を振り上げました。
その手は枝。指にはトゲ。鋭く硬く長いトゲが、爪の代わりに、生えていました。
「俺のお嬢さまから、手を、放せッ!!!」
「ぎゃっ!」
振り抜いた手が、吸血鬼を引き裂きます。
悲鳴を上げて倒れる彼女を、私はツタで追い討ちしました。
パカァン!
ムチの音が鳴り響き、紅いマントを引き裂きました。
吸血鬼は泣き叫び、雪の中を転がって逃げ、館の中へと戻りました。
「ニーズッ!!」
「バカっ、私はいいのよ!」
近付いた私を、お嬢さまはブッ叩きました。
「ヤツを追いなさい! 人間では手に負えない、あなたが頼りよ!」
「お・・・おう!」
私はツタを伸ばしました。
玄関へ。
いま、私は――木から飛び出した部分の私は――本来のサイズに戻っています。つまり、フターリアの体格です。両足はツタにグルグル取り巻かれ、樹木に繋がっておりますけれども。
なので、玄関は通れます。
一瞬振り向けば、樹木は健在でした。
ただし、ぽっかりとウロができていました。フターリアサイズのウロが。
私は館に突入しました。
「よくも、よくも、よくもっ・・・!」
吸血鬼が私を待ち構えていました。
「よくも逆手に取ったわね! 最期の望みを重んじた、私の慈悲を! 許さないわよ。全員殺して、呑み干してやる!」
――火のついた薪を、手に持って。
◆♀◆ 21、メイダーリンの仇討ち ◆♀◆
伯爵邸1階、玄関ホール。
正面に大きな暖炉があって、赤々と火が燃えています。
その中から引っこ抜いたのでしょう。燃え上がる薪を手に、吸血鬼が私を睨んでいます。
火・・・。
十分に離れた暖炉ですら、樹ターリアには恐怖の源です。
冷や汗がタラタラ流れるような気分です(樹ターリアは、汗はかきませんけどね)。
火があるというだけで、『ヤバい!』と、本能が叫ぶのです。
だというのに・・・。
「死ね!」
吸血鬼が、その火を、ブン回して来るワケですから。
「火ィーーーッ!!!」
私が、絶叫して逃げ出してしまったのも、やむを得ないことだったのです。
「火ィィィィ」
私は庭に逃げ出しました。
「ちょっと!? ファリア、なに逃げて来てるの!?」
「ひっ、ひっ、火ぃーー!」
「死ね! 樹霊! 信義を知らぬエルフの魔術師!」
吸血鬼が追いかけてきました。
「逃げちゃダメでしょ、ファリア!?」
「火ェェ~~~!!!」
お嬢さまを守ることすら忘れて、私は逃げ惑います。
ツタによる移動は、吸血鬼のダッシュをもしのぐ速さでした。
しかし。
「・・・。」
吸血鬼の、紅い目が。
逃げる私の足から、波打つツタへ・・・
ツタから、樹木本体へ・・・
繋がりを追いかけ、把握して。
ニヤリ。私に戻って、笑いました。
「なるほどね」
吸血鬼は。
燃える薪を手にしたまま、樹ターリアの母樹に向かいました。
「ぎゃーっ! やめろ! 火はっ、火はやめろっ!!」
「夜には火、雪には火、」
吸血鬼は歌いました。
「――樹にも火と、決まっているのよ、昔から!」
「かっ、乾燥した季節に、火はいけません。どうかお慈悲を!」
「アハハハハ! 慈悲はさっきので品切れよ!」
吸血鬼は笑いました。
「燃えて死ね、憎っくき樹木の精霊よ!」
そして、燃える薪を私の本体に――
叩きつけようとしたところで。
その胸に、銀の刃が生えました。
「・・・?」
「血族・同族の仇、取らせてもらいますで」
吸血鬼の背後に、ダーリンがいました。
ダークエルフのメイダーリン。
吸血鬼に故郷を滅ぼされ、仲間を殺された、褐色の肌の美女が。
銀の刃を、吸血鬼の背中に突き刺していました。
「メ・・・メーリン・・・!」
「シーモイベーヌさま。お久しぶりです」
「ど・・・どうして?」
吸血鬼は、崩れ始めました。
貫かれた胸のところから、ボロボロと。
灰になって、崩れてゆきます。
「あ、あんなに、仲良くしたのに。わたし、あなたには、優しく、してあげた・・・わ・・・!」
「・・・はい。確かに、優しくしてくれました。私には」
「裏・・・切り・・・者・・・」
「はい。みんなにも、そう言われました」
ダーリン姉ちゃんは、吸血鬼よりも紅く、その目を燃え上がらせました。
「『おまえだけ生き残りやがって。裏切り者』て。
親にも兄弟にも、言われましたわ・・・!!!」
吸血鬼シーモイベーヌは、灰になって、雪の中に散りました。
最期に辞世の句を詠んだようですが・・・
それは、私たちには聞こえませんでした。
「・・・さようなら。『血の悪霊』さまのところへ、お還りください」
ダーリンは、銀の刃をポトッと、雪の中に落としました。
※このページの修正記録
2026/2/15
『14、冬至の準備』
フターリアとお嬢さま、どっちがしゃべったかわかりづらかった発言を修正。
修正前↓こんな感じだった2箇所です。
> 私は、その背後に回って、小さな肩を軽くマッサージです。
> 「・・・遠征団の指揮に、手を焼いてるらしいのよ」
> 撫でると、猫みたいに満足げな表情をなさいました。
> 「はぁ」
2026/2/6
『19、吸血貴族、シーモイベーヌ』
雪が降り始めた、と書いてたところを修正。降り始めたのは『16、冬至の日』です。