配信しか出来ないと追放された俺、迷惑系エロ配信者になってダンジョンで【通信】スキルで好き勝手する事にしました 作:九凪
びちゃり、と胃の内容物がタイルを叩く音が、狭いシャワー室に響き渡った。
熱いシャワーが全身を打ちつけているというのに、体の芯は氷のように冷たいままだ。どれだけ強く肌をこすっても、皮膚の下に染みついた汚濁が落ちることはない。男たちの粘ついた視線、下卑た笑い声、肌を這う感触、そして体の奥深くに注ぎ込まれたおぞましい熱。それらが記憶の中で繰り返し再生され、そのたびに胃が痙攣する。
「うっ……おえぇっ……!」
もう吐き出すものなど何も残っていないはずなのに、吐き気は止まらない。今日だけではない。昨日も、一昨日も、その前の日も。パーティー「水色の鉄」の探索が終わるたび、笹崎ユニの夜はこうして始まるのだ。
自分の体が、自分のものではない感覚。内側から腐り、溶けていくような不快感。シャワーの水は、汚れを洗い流すどころか、まるで腐臭を増幅させるための溶媒のように感じられた。
「汚い……きたない……」
誰に言うでもなく、か細い声が漏れる。それは、男たちへの罵倒ではない。自分自身に向けられた、呪いの言葉だった。
シャワーを止め、濡れた体のまま、古びたアパートの冷たい床に座り込む。壁にもたれかかり、膝を抱える。水滴が床に小さな水たまりを作っていくのを、ユニは虚ろな目で見つめていた。
――最初は、夢が叶ったのだと、本気でそう思っていた。
記憶の扉が、軋みながら開く。
数ヶ月前、ユニは大手クラン【白銀の峰】のスカウト担当者から声をかけられた。彼女の持つスキル【大容量アイテムボックス】は、Sランクに匹敵するほどの容量を持つ希少なものだった。これまで、どこのパーティーにも相手にされず、探索者になる夢を諦めかけていたユニにとって、それは天からの蜘蛛の糸だった。
『君の力が必要だ。ぜひ、我々のクランで活躍してほしい』
そう言って差し出された手を、涙が出るほど嬉しく思いながら握り返した。自分の力が認められた。やっと、自分の居場所を見つけられた。希望に胸を膨らませ、加入したのがパーティー「水色の鉄」だった。
リーダーの剣士、斎藤。魔導士の女、美咲。盾役の男、剛田。彼らは皆、最初は優しかった。新人のユニを歓迎し、気さくに話しかけてくれた。
しかし、その仮面が剥がれ落ちるのに、時間はかからなかった。
加入して一週間後の歓迎会。その帰り道、酔い潰れたふりをした斎藤に、無理やり路地に引きずり込まれた。
『お前、いいスキル持ってるじゃねえか。クランに入れたのも、俺が口利きしてやったおかげなんだぜ? わかるよな? 感謝の気持ちってやつを、体で示してもらわねえと』
抵抗は、無意味だった。力の差は歴然としており、恐怖で声も出なかった。路地の汚れた壁に体を押し付けられ、服を破られ、獣のように貪られた。それが、ユニの地獄の始まりだった。
まだ、希望を捨ててはいなかった。これは斎藤が個人的におかしいだけで、クランに報告すれば、きっと助けてくれるはずだ。震える手で、暴行の証拠となる痣の写真を撮り、斎藤の言葉を録音したデータを握りしめ、ユニはクランのリーダーに直訴した。
温厚な人柄で知られるクランリーダーは、しかし、ユニの話を聞くと、心底困ったという顔でため息をついた。
『斎藤くんが、そんなことを……? いや、ありえないだろう。彼はクランの創設期からのメンバーで、真面目で、仲間思いの男だ。君は何か勘違いをしているんじゃないかね?』
証拠を見せても、彼の態度は変わらなかった。
『これは……酷いな。だが、彼がやったという証拠にはならない。むしろ、君は彼を陥れようとしているんじゃないかと、そう疑われても仕方がない状況だ』
絶望が、足元から這い上がってくる。その時、部屋の扉が開き、張本人である斎藤が、心配そうな顔を装って入ってきた。
「リーダー、どうしたんですか? ユニちゃんが、何か?」
『ああ、斎藤くん。ちょうどよかった。彼女が、君に乱暴されたと訴えていてね』
斎藤は、心外だというように大げさに目を見開いた。そして、悲しそうにユニを見つめる。
「ユニちゃん、どうしてそんな嘘をつくんだ? 俺、何か君に気に障るようなことをしたか? だとしたら謝る。でも、そんな……人として、やっちゃいけない嘘だろ」
その白々しい演技に、吐き気がした。だが、クランリーダーは斎藤の言葉に深く頷き、諭すようにユニに言った。
『いいかね、笹崎くん。我々のような組織で最も重要なのは、積み上げてきた信頼だ。彼は長年、このクランのために貢献し、仲間との信頼を築いてきた。一方、君は入ったばかりの新人だ。君の言葉と彼の言葉、どちらを信じるべきか……言うまでもないだろう』
斎藤が、クランリーダーには見えない角度で、ユニに向かって歪んだ笑みを浮かべた。その目が、雄弁に語っていた。
――誰もお前を信じねえよ、と。
それが、決定的な絶望だった。逃げ場はない。このクランにいる限り、自分は人間として扱われることはないのだと、ユニは悟った。
その日を境に、全てが変わった。斎藤は隠すことすらしなくなり、美咲も剛田も、斎藤の暴行を知りながら見て見ぬふりをした。いや、それどころか、彼らもまた、ユニを「使っていいオモチャ」と見なし、代わるがわるその体を貪るようになった。
彼女はパーティーの便利な荷物持ちであり、メンバー全員の性欲を処理するための『肉便器』になった。抵抗する気力も、どこかへ逃げ出す勇気も、とっくに失せていた。ただ、心が死んでいくのを、ぼんやりと眺めているだけだった。
◇
長い回想から意識が浮上する。いつの間にか体は乾き、冷え切っていた。ユニは力なく立ち上がると、クローゼットから適当なスウェットを引っ張り出して身につけ、ベッドに倒れ込んだ。
明日もまた、ダンジョンへ潜る日だ。そして、夜になれば、またあの地獄が繰り返される。死んだように眠り、死んだように朝を迎える。そんな毎日が、永遠に続く。
その時、枕元に置いたスマートフォンが、ぶぅ、と短く振動した。
びくりと、心臓が跳ねる。斎藤からの呼び出しかもしれない。無視すれば、明日、何をされるかわからない。ユニは震える手でスマホを手に取った。
しかし、ディスプレイに表示されていたのは、登録のない、未知の番号だった。
『メッセージが1件あります』
迷惑メールだろうか。そう思いながらも、なぜか指が動き、メッセージアプリを開いてしまう。
そこに表示された内容に、ユニは息を呑んだ。
添付されていたのは、一本の動画ファイル。再生ボタンを押すのが怖かった。けれど、押さずにはいられなかった。
画面に映し出されたのは、見慣れたパーティーの拠点であるマンションの一室。そして、斎藤に組み伏せられ、涙を流しながら抵抗している、自分自身の姿だった。
アングルが違う。誰かが、隠し撮りしている。
映像は次々と切り替わる。剛田に、美咲に、代わるがわる陵辱される自分の姿。それは、今日だけの光景ではなかった。昨日も、一週間前も、一ヶ月前も。自分がこのパーティーで受けてきた仕打ちの全てが、そこに記録されていた。
「ひっ……!」
短い悲鳴が漏れる。血の気が引き、指先が急速に冷えていく。誰が、何のために。これをネットにでもばら撒かれたら、もう自分は生きていけない。
恐怖に震えながら画面をスクロールすると、動画の下に、短いテキストメッセージが添えられていた。
『復讐をしたくないか?』
たった一言。その言葉が、ユニの心の奥底で、灰になって固まっていたはずの感情を、激しく揺さぶった。
復讐。
考えたこともなかったわけではない。あいつらを殺して、自分も死のうと、そう思った夜は一度や二度ではなかった。だが、自分にはそんな力も勇気もない。諦めて、心を殺して、感情に蓋をして生きてきた。
なのに、この言葉は、その分厚い蓋をいとも簡単にこじ開けていく。
――したい。
――復讐、したい。
――あいつらに、私と同じ、いいや、それ以上の地獄を味あわせてやりたい。
心の声が、堰を切ったように溢れ出す。
まるでその声が聞こえたかのように、スマートフォンが再び振動した。
『答えは聞かない。本気なら、この場所に来い』
メッセージには、一つの座標データが添付されていた。それは、探索者からは見捨てられ、今ではモンスターもほとんど寄り付かない、過疎ダンジョンのものだった。
罠だ。そう、頭の片隅で警鐘が鳴る。こんなものに釣られていけば、もっと酷い目に遭うだけかもしれない。
だが。
ユニはベッドから体を起こした。
これ以上、酷いことなどあるだろうか。このまま、心を殺して家畜として生き続ける地獄と、未知の危険が待つかもしれない僅かな可能性。天秤にかけるまでもなかった。
失うものなど、もう何もないのだから。
◇
指定されたダンジョンは、不気味なほど静まり返っていた。入り口は崩れかけ、本来なら明々と灯っているはずの照明も、ほとんどが壊れて点滅を繰り返している。湿ったカビの匂いが鼻をつき、闇の奥から何かが自分を見つめているような錯覚に陥る。
ユニはスマートフォンのライトを頼りに、恐る恐る奥へと進んでいった。
やがて、開けた空間に出る。その中央に、三つの人影があった。
「……!」
ユニは息を呑み、足を止めた。
中心に立つ、黒いコートの男。その姿は、ニュースやネットで何度も見たことがあった。世間を騒がせ、既存の探索者の秩序を破壊し続ける、悪名高い配信者クラン【黒の復讐者】のリーダー。
「黒井……勇樹……」
呟きは、自分でも驚くほどかすれていた。なぜ、こんな大物が、自分に?
黒井と呼ばれた男の両脇には、快活そうな雰囲気の少女と、理知的な印象の女性が控えている。彼女たちもまた、【黒の復讐者】のメンバーなのだろう。
「ようこそ、笹崎ユニ。よく来たな」
響く声は、どこまでも冷徹で、感情が読めない。だが、その声には有無を言わせぬ圧力があった。
「お前の状況は、全て見させてもらった」
黒井は続けた。その言葉は、ユニが先ほど見た動画の送り主が彼であることを示していた。
「同情はしない。世の中には、お前以上に悲惨な目に遭っている人間などいくらでもいる。だが、お前を利用し、尊厳を弄び、それを当然の権利だとうそぶくあのクズどもには、反吐が出る」
それは、慰めでも、同情でもない。ただ、事実を淡々と述べているだけ。それなのに、ユニは初めて自分の苦しみを理解されたような、奇妙な感覚に襲われた。クランリーダーに訴えた時とは、全く違う。この男は、自分の絶望を、その本質を見抜いている。
「……なぜ、私に……? 何が目的なんですか?」
震える声で、ユニは尋ねた。
「取引だ」
黒井は、こともなげに言った。
「俺たちはお前のパーティー、『水色の鉄』を潰す。文字通り、再起不能になるまで徹底的にな。お前が奴らにされてきたこと、その全てを、何倍にもして返してやる。お前が味わった以上の地獄を見せてやろう」
地獄。その言葉の響きに、ユニの心臓がどくりと鳴った。
「……その、かわりに……私は、何をすれば?」
「簡単なことだ。お前には、俺たちのショーの『舞台装置』になってもらう」
黒井は一歩、ユニに近づいた。仮面の奥の瞳が、暗闇の中で鋭く光る。
「次のダンジョン探索で、俺たちはお前たちのパーティーに、あるスキルを使う。その時、お前は一切抵抗するな。何が起きても、ただ黙って、それを受け入れろ。いいな?」
「……スキルに、抵抗しない……それだけ、ですか?」
「ああ、それだけでいい。それだけで、お前の望む復讐は、俺たちが最高のショーに仕立てて、全世界に配信してやる」
全世界に。ユニはごくりと唾を飲み込んだ。
この男は本気だ。冗談や、からかいで言っているのではない。彼の言葉には、それを実現させるという絶対的な意志が宿っていた。
ユニは、黒井の仮面の奥にあるはずの瞳を、じっと見つめた。そこに映るのは、自分と同じか、それ以上に深く、暗い、復讐の炎の色だった。この男なら、本当にやってくれるかもしれない。あのクズどもを、地獄の底に叩き落としてくれるかもしれない。
もう、迷いはなかった。
この手を掴まなければ、明日はまた、あの絶望的な日常が戻ってくるだけだ。
「……やります」
ユニは、はっきりと答えた。声の震えは、いつの間にか止まっていた。
「お願いします。あいつらに……地獄を見せてください」
その瞳に、諦観でも、絶望でもない、新たな光が宿るのを、黒井は見逃さなかった。それは、憎しみと、破壊衝動と、そして、復讐への渇望が入り混じった、危険で、しかし何よりも強い光だった。
「フッ……契約成立だ」
黒井は満足げに頷くと、踵を返した。
「ショーの開幕を楽しみに待っているがいい、泥中の花。お前が咲かせるのは、美しい復讐の華だ」