配信しか出来ないと追放された俺、迷惑系エロ配信者になってダンジョンで【通信】スキルで好き勝手する事にしました 作:九凪
目を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは、ぼやけた天井の石肌だった。意識が徐々に鮮明になるにつれて、冷たい地面の感触と、何よりも安堵の息が漏れた。視線を巡らせると、二つの人影がそこにいた。一人は、まだあどけなさの残る中学生くらいの少女で、短い髪が快活な印象を与える。もう一人は、大学生ほどの年齢だろうか、すらりとした体躯に整った顔立ちの青年だ。彼らの眼差しには、警戒と、しかしどこか助けを求めるような色が混じっていた。
「……生きてる?」
掠れた声が喉から絞り出た。全身を巡る、熱い液体が焼けるような感覚。それが命を繋ぎとめてくれたのだと、本能的に理解した。
「ええ、もちろん。我々は死なせませんよ」
青年が静かに答えた。
「しかし、このエクスポーションの効果は想像以上ですね。エリクサーに次ぐ効果があるという話は、どうやら真実だったようです」
少女が、どこか呆れたような顔で付け加えた。
「まあ、もとより死んでなかったけどね! 意識不明だっただけで!」
体の節々が痛み、頭が重い。しかし、生きている。その事実が、何よりも確かな現実として胸に迫る。
「……あんたたちは、一体……」
「問われて名乗るも烏滸がましいが、聞かれれば名乗ってしんぜましょ!
ボクは須藤ミキ! よろしくね!」
「私は敷倉凍矢です」
二人はそう名乗った。
そして語られた彼らの境遇は、俺の胸に重くのしかかるものだった。それぞれが、信頼していたパーティメンバーに裏切られ、この地の底へと突き落とされたという。その言葉は、俺自身の経験とあまりにも酷似していた。
「私のスキルは、危険視されましてね。力を持ちすぎた者は、いつか支配を望む。そう思われる前に……排除された、ということでしょう」
凍矢の声には諦めにも似た響きがあった。
ミキは、どこか自嘲気味に笑う。
「ボクはモンスターテイミングスキル持ちなんだけど、成功率が絶望的でさ……結局、使えないって、ゴミみたいに捨てられちゃったんだ」
その言葉が俺の心を抉る。
手のひらに汗が滲み、心臓が激しく脈打つ。ああ、そうか。彼らもまた、俺と同じ傷を抱えているのか。その共通の痛みが、言葉にならない絆を瞬時に結びつけたような気がした。
「ともかく、お互いなんとか生き延びて、この大穴の底で出会い、とりあえず組んだわけだけど……」
ミキが続ける。
「彷徨っているうちに、なんだか変なことが起き始めたんだ」
「ボクの頭に、突然、助けて、とか。苦しい、とか、死ね、とか、色々な声が直接響いてきて……」
凍矢も、眉間に皺を寄せながら頷いた。
「私のスマホにもです。ここは電波も通じていないはずだし、我々は携帯Wi-Fi機器も持っていません。なのに、まるで誰かがメッセージを送ってくるかのように」
その話を聞いた瞬間、まさか、と、一つの可能性が頭をよぎる。
いや、もしかして。しかし……。
「それで、キミを見つけたんだけど。あ、さっきのポーションはここで拾ったやつだよ、さすが深層、いいアイテム落ちてるね」
ミキは屈託なく笑う。
「戻れなければ宝の持ち腐れですけどね」
凍矢は肩をすくめる。
俺は、込み上げる確信を抑えきれずに口を開いた。
「それは……もしかして、俺の、スキルかも……」
俺は【通信】スキルの詳細を、彼らに説明した。最初は半信半疑だった二人の顔に、徐々に驚愕の色が浮かぶ。
「なるほど。本来はWi-Fiの代わりをする程度の力、だったのか、それとも、そう思い込んでいただけで……。だけど、まさかテレパシーのように相手の頭に直接通信したり、近場の通信機器にメッセージを送る……いや、乗っ取ることも出来るとは」
凍矢が、その能力の可能性を一つ一つ噛み締めるように呟く。
ミキは、目を輝かせた。
「すごいスキルじゃない! これって、使い方次第で、とんでもない力になるんじゃない!?」
その声には、深淵の絶望を打ち破るような、かすかな希望が宿っていた。
ともかく、この底なしの深淵から外に出るためには、互いの力を合わせるしかない。
俺たちは、正式にパーティを組むことを決意した。しかし、上層へ向かう道は、絶望的なほどに険しい。無数の魔物が徘徊し、すでに回復アイテムも尽きかけ、精神的な疲弊も限界に近かった。
その時、ふと、視界の隅に転がる異物に気づいた。先ほど倒した魔物から、偶然転がり落ちたものだった。
「これは……」
それは仮面だった。のっぺりとした、まるでのっぺらぼうのような仮面。
「なにそれ?」
「さっき俺の目の前で死んだ魔物から落ちたものだと……思う」
「へー。レアアイテムかな。そういや凍矢くん、鑑定鏡拾ってたんだっけ」
「ええ、ここに」
凍矢が鑑定鏡を取り出す。
小さな片眼鏡の形のアイテムで、これを覗くとアイテムの説明が浮かび上がるというものだ。
「これは……『偽貌の仮面』。レアアイテムですね」
彼の声に、僅かな驚愕の色が混じる。
レアアイテムか。
「自分と仲間の姿を変えることが出来る。実在の人物に化けることは出来ないが、何にでも姿を変えることが出来る、と」
一瞬の沈黙の後、ミキがはっと息を呑んだ。
「これを使えば、もしかして……!」
ダンジョンの魔物は、基本的に人間しか襲わない。生物としての摂理を歪められた存在だが、それがこの世界の絶対的なルールだった。
つまり、もし魔物に擬態できるのなら、俺たちはこの地獄を突破できるかもしれない。
「やってみる価値はありますね。まあ、もし失敗しても……その時は私のスキルを使えば、逃げることくらいは出来ると思いますし」
「そのスキルって?」
ミキが問う。凍矢が肩をすくめた。
「時間停止、ですよ」
「それは……なんとも強力なスキルだな」
「ええ。少しの間だけ、仲間たち以外の時間を停止できます。どうです、一気に信用できなくなったでしょう?」
凍矢は自嘲気味に笑う。
確かにそうだ。それは強力だがとても危険なスキルだ。
だけど……。
「こんな深層の闇の中で。それでもお前は俺を助けてくれた。信用も信頼も、それで十分だよ」
それは俺の素直な気持ちだった。
俺は裏切られた。信じていた仲間とリスナーたちに。あの嘲笑が忘れられない。もうきっと俺は他人を二度と信用できないだろう。
だけど、この二人は……俺と同じだ。裏切られ、切り捨てられ、あの大穴から落とされた。
だからこれは、信用でも信頼でもない。
共感だ。
この二人は、俺なんだ。
「そうだよ! 私は確信したね、この三人なら絶対大丈夫だって!」
ミキが声を張り上げる。
「……やれやれ。お人よしですね。精々私に寝首を書かれないように注意してください」
「ああ、そうするよ」
そして俺は、僅かな希望に賭け、仮面を装着した。
そして念じる。すると――
「げげーっ! オーガだー!」
眼前に現れた筋骨隆々の鬼が女の子の叫びを上げた。
ミキだ。
声も変わっているが、オーガはこんな人の喋りはしない。
「ふむ……体格の変化に伴い視点や身体感覚も変わっていますね。幻覚を被っているというわけではないようです」
もう一匹のオーガがやたら冷静な事言い出した。違和感しかない。
「ともあれ無事に変身出来たようだな。じゃあこのまま上を目指すか」
「おっけー!」
「なるべく会話はやめておきましょう。オーガは喋りませんからね」
「そうだな……」
俺は試してみることにした。
(これで通じているか?)
【通信】のスキル、本当に通信機器だけでなく他人の心に通信できるのなら……
(おお! 頭の中に声が響く!)
(なるほど、確かに便利ですね)
二人の声も俺の頭に聞こえる。なるほど、これが【通信】スキルの真価か。
しかし凍矢の仮定の通りにあの魔物を殺したのも俺の心の叫びだったとするなら、注意しないといけないな。
もし間違って全裸でブレイクダンスしつつ鼻からビール飲め、と言ってしまったら……きっと彼女はそうしてしまうだろう。
(しないよ!?)
どうやら心の声が漏れてしまったようだ。
ともあれ、俺たちはオーガに扮して歩き出した。
……結果を言うなら、成功だった。
途中で現れるオーガやトロール、巨大なムカデや全身が鉄で出来たコウモリ、そして……ドラゴン。
彼らは皆、ダンジョンのモンスターの生態である人間以外を特に襲わないという不文律を守り、オーガである俺達三人、いや三匹に特に襲い掛かる事もなかった。
(その仮面の効果、めちゃくちゃすごいですね)
(ああ……ここまで上手くいくとは思わなかった。想像していたよりずっとレア、いや下手したらレジェンダリーアイテム、ユニークアイテムの域かもしれないな)
だとすると本当にいい拾い物だった。
これは魔物に擬態するだけじゃなく、変装に役に立つ。
そう、変装だ。
俺達三人はそれぞれのパーティーを追放された。それも奈落に落とされる形でだ。
素顔でのうのうと地上に戻れば、それは要らぬ危険を呼ぶかもしれない。
特に俺はかつて大手探索者パーティーのメンバーだった。奈落に落とされた白峰勇也が昨日の今日で再びダンジョンで出歩いていたら大変な事になるだろう。
この仮面で新しい顔を用意しておくべきだろうな。
そう、白峰勇也は――今日死んだのだ。
次からは――そうだな、黒井勇樹とでも名乗るか。
そして地上に出られたら――復讐するのだ。
俺たち以外の、全てに。
(ああ――楽しみだ)
俺は笑う。絶望の底から何の問題も無く解放されると思うと笑いが止められない。
さあ、どう復讐してやろうか。
俺達の目の前に、下層の明かりが見えてきた。