配信しか出来ないと追放された俺、迷惑系エロ配信者になってダンジョンで【通信】スキルで好き勝手する事にしました 作:九凪
下層からは、もうオーガの皮を被るのをやめた。ここから先は、人間がまばらとはいえ往来する。二度と「白峰勇也」には戻らないと決めた俺は、浅黒い肌に金髪、彫りの深い偽りの顔を選ぶ。名は黒井勇樹──死んだ男の代わりに、今日から生まれた男だ。
ミキは金髪ツインテールの小柄な少女へ。明るく、カメラ映えする笑顔が似合う作り物の天使。その名はアメリア。
凍矢は、脂肪を纏った巨体、パンパンに張った頬、ぶ厚いフレームの眼鏡。ゆったりと動き、ゆったりと笑う。男の名は山田。
……いや、お前それでいいのか、とは思うが。お前けっこうなイケメンだっただろうに。まあいいけど。
偽貌の仮面は、姿かたちから歩幅、喉の震え方までまるっと変える。皮膚の温度ですら違って感じるのだから、よく出来ている。声色も自然に付いてくるのがありがたい。
そうして俺たちは、問題なく上層、そして一階層の安全地帯へと到達した。
安全地帯の空気は、地下独特の冷えと油と金の匂いが混じっている。
整備された床に、露店と常設売店、簡易診療所。それらしい装備の探索者が行き交い、壁面の巨大スクリーンにはダンジョンのニュースと、配信サイトのランキングが持ち回りで流れている。
「目立ちたくはないんで、手短に行こう」
「了解。じゃあボク──アメリアは換金行ってくるね。山田くん、交渉は任せたよ」
「ええ。深層産のドロップは高く売れますからね」
山田はたっぷりと笑った。巨体のくせに足取りは軽い。深層で拾った鑑定鏡は手元に残し、高純度魔石、牙、エクスポーションの空瓶、使いかけの呪符……不要なものをテーブルに出していく。俺は並行して、売店で補給の算段をした。
消耗品、ロープ、ピトン、攀じ登り用の折り畳み梯子、バッテリー互換の魔力結晶。配信用に、耐衝撃のコンパクトカメラと骨伝導マイク、そして発信器。俺には【通信】がある。正直、機器は要らない。このスキルを秘匿するためには道具がある、と見せることが必要だ。
「おにーさん、そっちのは最新型だけど高いよ。こっちは型落ち、性能はほぼ同じ。どっちにする?」
「高い方だ。壊れにくいのがいい」
金はある。深層のドロップアイテムは高く売れるのだ。
買い物を終えた俺たちは、休憩スペースの端で軽いミーティングをした。
「改めて確認しておきたい。俺の【通信】は、たぶん俺が思っていたより遥かに広い。距離も、対象も、従来の“機器間通信”の枠じゃ収まらない。脳に直接、あるいは魔力構造に直接、何かを流し込める」
「うん。テレパシーもそうだし、あの時の“叫び”でモンスターが自壊したことも、その延長線上で説明できる。ボクの感覚だと、言葉じゃなくて、波形そのものを送り付ける感じ」
「危険でもありますね。誤って強い命令波を流せば、友軍にも致命的になる」
「だから、検証だ。行動は段階的に。無駄なリスクは取らない」
「ですね。我々のスキルは公になると危険でしょう。……アメリアさん以外」
「へいへい、ボクのスキルはどーせありがちのテイミングですよーだ」
アメリアが頬を膨らませる。
「それと……復讐は急がない。最初にやるのは、看板作りだ。黒井勇樹と、アメリアと、山田。この三人の探索者としてのブランドを、刻む。『白峰勇也』『敷倉凍矢』『須藤ミキ』の亡霊だと悟られるのが一番つまらない」
「全くです。私達は別に復讐に全てをかけた復讐鬼ではありませんからね。新しい人生もあります。
そういう意味では、この三人の探索者としての顔とは別の顔も作っておくべきでしょうね。てっとり早いのは迷惑系をやることですし」
「それはおいおいやっていこう。なあに、この仮面で新しい顔はいくらでも作れる」
「ならば必要なのはとにかくお金ですね。戸籍捏造にはお金がかかりますが……逆に言えばお金さえあればどうにでもできますから」
山田が笑う。
まあそこはおいおいだな。
とにかく今は……
「探索者として、配信者として名を売ろう。そのためにもとりあえず探索して、何かネタを探す」
「りょーかい。体力も回復したし、がんばりますか!」
深層から帰還したばかりだが、先程購入した回復薬で体力も疲労も回復している。もうしばらくはうごけるだろう。
休憩を終えた俺たちは、再びダンジョンへ潜った。中層。石壁は湿り、足元に這う苔が靴底にまとわりつく。空気の層が一枚、重くなる。
「検証は、この階でやる。任意の距離、対象、強度。あと、アメリアのテイミングも試す」
「はーい。できればカワイイ子がいいな、もふもふとか」
「贅沢を言う」
ほどなくして、気配が変わった。鼻を刺激する獣臭と、割れた陶器みたいに尖った皮膚の擦れる音。通路の角から現れたのは、ゴブリンの群れだった。だが、その中心にいた一体は、群れの他とは明らかに違った。
背は人間の少女ほど。皮膚は翡翠色に近い薄緑、目は金に光る。骨格のバランスが整い、顔立ちも一般のゴブリンたちのような化け物というよりは、人間の美少女に近い、かわいらしい姿だ。
装飾らしい小さな銀の輪が耳に並び、粗末な布切れをきっちり巻き付けている。
ゴブリンプリンセス──極めて稀に発生する、群れの女王個体だ。
「珍しい……」
「これは……裏で高く売れますよ」
山田が言う。こういった希少モンスターは裏で高く取引されているという。
しかし、売るにはまずテイミングを成功させないといけない。モンスターはスタンピードが起きない限り、ダンジョンの外には出ないからだ。
モンスターを捕えてダンジョンの外に連れ出した場合、モンスターは苦しんで死ぬ。それはまるで魚を陸に上げたように。
ダンジョンの魔素が生きるために必要であり、テイムされたモンスターは主の魔力や生命力をその代わりにしているのだという話だ。
「擬態で近づく。会話は俺がやる。アメリア、テイミングの準備。山田、時間は温存」
二人が頷く。俺たちは仮面の力を広げ、肌を緑に、体躯を縮め、粗末な布をまとったゴブリンの姿へと流し替える。鼻腔に湿土と獣の匂いが満ちる。自分の発している匂いまで変わるのだから、この仮面は本当に恐ろしい。
俺たちは群れの縁から滑り込み、自然な足取りで中心に向かった。プリンセスが金目をすっと細める。
(聞こえるか)
俺は直接、彼女の頭に声を落とした。金の瞳が、はじけるように見開かれる。
(だれ……?)
幼い響き。だが、幼稚ではない。慎重で、素早い。
(通りすがりの群れだ。道を借りたい。代わりに、お前の群れの邪魔はしない)
(あたしのなわばり。とおすか、とおさないか、あたしがきめる)
(そうだ。だから聞いている。交渉しよう)
数秒。プリンセスの視線が俺の肩越しにアメリアを掠め、また俺に戻る。アメリアの目はすでに光を宿している。テイミングの術式が、彼女の指先に静かに集まっている。
(しるしを、みせな)
(しるし?)
(ここで……あたしにさからわない、って、しるし)
言葉と同時に、四方でゴブリンたちが騒ぎ始めた。わかりやすい「下位は上位に従え」の確認儀礼。なるほど。
言葉だけでは無理ということか。ね
……試してみるか、俺の【通信】がどこまでいけるか。
俺は、ゴブリンの一体を見る。
そして――内心で強く叫ぶ。
ゴブリンの心に、魂に届くように。
あの時の怒りを思い出しながら。
(死ね!)
「ギッ――!」
その瞬間。
ゴブリンの一体が、その矮躯をビクンと震わせ、そして倒れた。
――成功だ。
「ギッ!?」
ゴブリンたちがざわめく。そして群れの外縁にいた三体のゴブリンがこちらに飛びかかろうとした。
山田の親指が鳴る。
時間が止まる。
静止したままの刹那に、俺は一歩踏み出し、短剣の峰で三体の顎を砕いた。再生。
乾いた音が連続し、三体はその場に崩れ落ちる。停止が解けると同時に、プリンセスの唇が震えた。
(……なに? いま、なにしたの)
(こっちの手の内は関係ない。お前に害意はない。ただ――従え。平伏せ)
その瞬間、ゴブリンたちが平伏した。彼らの顔は、苦渋に満ちている。平伏したくないといった感じだ。
だが好機である。
「アメリア、今だ!」
「うぃ!」
アメリアの指先から、柔らかな糸が伸びるように、プリンセスの胸の前に見えない輪が掛かる。拒絶が起これば、輪は弾けて消えるだけ。受け入れるなら、輪は緩やかな首輪に変わる。
(……)
金の瞳が、一度だけ、アメリアと俺を交互に見た。
(……いや、だ。いや、いやいやいやいや…………はい)
幼さを帯びた語彙が、はっきりとした服従の意志に変わる瞬間。輪は音もなく締まり、薄い紋がプリンセスの首筋に浮かんだ。
「テイム……成功」
アメリアが息を吐いた。
次の瞬間、残ったゴブリンたちが一斉に悲鳴とも怒号ともつかぬ声を上げ、俺の【通信】の効果を振り切りこちらに殺到してきた。
『女王が奪われた』と本能が騒ぐのだろう。
俺は短剣を逆手に持ち直し、アメリアは後退、山田は掌を広げて走り出す。
押し寄せる群れ。俺は体を低くし、一体の膝に刃を滑り込ませる。のけぞり上がる腹に肘をめり込ませ、別の個体の喉を切る。山田の肩が一体の胸骨に当たり、その衝撃で骨が砕け、巨体が転がる。アメリアの放った火花が天井の鉱物に反射し、目くらましを生む。
数、力、士気。全てがこちらに傾いている。俺たちは深層の地獄から這い上がった。中層のゴブリン群れは、もはや脅威ではなかった。
十分も経たず、通路は沈黙した。血の匂いが強くなる。アメリアは小さく吐息を漏らし、プリンセスの肩に手を置いた。
彼女は座り込んで、ゴブリンたちの死体を眺めている。
哀しそうだ。しかし、俺たちに対する憎しみは無い。
これが【テイミング】の効果なのだろう。
もっとも、完全な精神支配は不可能だとされている。実際にテイムしたモンスターに殺された探索者もいるからな。
「他の個体には、やっぱり効かない感じだね」
アメリアが言った。
「試してみたけど、普通のゴブリンは全然ダメ。うーん、そこらにいるモブモンスターに効かなくてなんでレアのプリンセスに効いたんだろ?」
「メスモンスターにしか効かないんじゃないですか」
山田が言った。まさか……いや、可能性としてはありえるのか。
「そこらへんもこれから要検証だな。さて、いちおうカメラで一連のは録画していたが……」
なお生配信はしていない。スキル検証もしている以上、それを配信してしまったら自分の首を絞めることになるからだ。
「一連は編集してからの動画配信でしょうね。初手で超レアモンスターのテイミング動画はかなり話題を呼ぶかもですね」
山田が言う。しかし、それだけではもう少しパンチが足りないような気もするな。
「……」
俺は屍の間を抜け、プリンセスの前にしゃがむ。彼女の耳がぴくりと動いた。
じっくりとその姿を見る。
背は人間の少女ほど。皮膚は翡翠色に近い薄緑、目は金に光る。骨格のバランスが整い、顔立ちも一般のゴブリンたちのような化け物というよりは、人間の美少女に近い、かわいらしい姿だ。
装飾らしい小さな銀の輪が耳に並び、粗末な布切れをきっちり巻き付けている。
……ふむ。
「山田。高く売れるって言ってたよな」
「ええ。希少モンスターはテイムすれば、専用のカードに封印して外に持ち出せますし、外で召喚する事も出来ます。魔素の関係か、戦闘力は極端に落ちますけどね。
専門のアイテムなどでテイマーとモンスターの契約を白紙にしての売買が可能ですよ。
もっとも、ダンジョン協会はテイムモンスターの売買を認めていませんが」
「なるほど。売れば金になる、と。ただ……」
俺はアメリアを見る。アメリアはぶんぶんと首を振る。
「だめだよ! ボクの初ゲットモンスターなんだよ!」
「……そうだな」
「……でしょうね」
山田も肩をすくめる。
「だけど、売り払わなくても金になると……思わないか?」
その俺の言葉に、山田とアメリアは目を合わせる。
「……なるほど、そういうことですか。確かに人間の美的感覚に合わせても、上玉と言えるでしょうしね。
ええ、そういう配信をするなら、しっかりと稼げると思いますよ」
「うわー。ひとのテイムモンスターにそういう発想しちゃいますかー、外道~っ」
「駄目か?」
「うーん………………アリ!」
アメリアはサムズアップで笑った。
「やけにすんなり納得しますねアメリアさん。黒井くんに【通信】スキルでも使われて操られたりしてますか?
「されてないよ! ……ないよね?」
「ああ、してない」
俺は保証した。さすがにこの二人に、そういう方向で【通信】を使う気にはなれない。
「そもそもボク、もともと百合のケあったし」
「いきなりカミングアウトですか。まあいいでしょう。じゃあ撮影の時はアメリアさんにお任せしますかね。私としては残念ですが」
「なに、こういう子が趣味なのー?」
アメリアがジト目でからかう。それに対し山田は平然と言った。
「綺麗なものが汚されるのを見るのが好きなんですよ、私は。可愛い女の子同士は汚いとは言い難いですからね」
なるほど、そういう趣味だったのか。
「オッケー、じゃあ早速撮影する? まずは……」
そう言った時だった。
遠くで、悲鳴が聞こえる。
「……誰かが襲われている?」
「どうしますか、黒井くん」
……どうするか。
助ける?
そうだな、探索者は助け合うのが基本だ、危ない時はお互い様だ。
……だが。
俺は忘れない。仲間だと思っていた探索者達が、くだらない理由で笑いながら俺を切り捨て、奈落に突き落として笑った事を。
俺は忘れない。リスナーたちの俺を嘲笑するコメントたちを。
「……そうだな。助けてやろうじゃないか。ただし……」
悲鳴は女性の声だった。
女性探索者、か。ちょうどいい。
彼女が誰かは知らないが、恨みはないが……地獄を見てもらおうじゃないか。
恨むなら、探索者の道を選んだ自分自身を恨んでくれ。
これは復讐の第一歩、いや……下準備だ。お前にとってはさぞや迷惑な事だろうがな。
「さあ、初配信だ」
◇
そうして俺たちはイレギュラーモンスターに襲われた御岬瀬里奈を救出し、そして彼女のチャンネルの数十万という視聴者の前で凌辱。
鮮烈なデビューを飾る事となった。