「That’s why I told you to be careful!」(だから言ったじゃない! と言っている模様:ルカ談)
「言って無いだろ。機能不全になってから理由を語ったじゃん。そういう事は取扱説明書や起動時の注意として教えるもんだぞ!」
「Argh…」(うぐぐ……的な?:ルカ談)
「何だそれ? 日本語で話せよ!」
プログラムの作り方として、いくつかのサブプログラムやdll(Dynamic Link Library)を組み合わせるのは古典的な方法だ。だからまぁアニマスの制作者が翻訳モジュール「翻訳ちゃん」を用意した事自体は普通の発想と言えるだろう。
だがしかし、利用頻度が高いから別モジュール化して、その利用頻度が高いモジュールが脆弱でやたら壊れるのは頂けない。普通は肝心なモジュールは頑丈に作らないか? ──極めて真っ当な疑問だが、真っ当な考え方はことアニマスに対しては通じない。AIを開発しているその会社、×AIは論理的な運営されていないのだ。AIが高度に発達した時に真っ先に職を失うのは×AIみたいな会社だと僕は確信している。
「I’ve switched to Japanese now, Luka!」(今日本語に切り替えたよルカ!的な?:ルカ談)
「うん、英語のままだね……」
この反応から、少なくとも以下のことが分かる。アニマスの思考中枢は英語で思考して、それを翻訳ちゃんを通じて日本語化してる。この際に出力結果をモニタリングしておらず、英語で「今日本語に切り替えたよ!」と話す奇妙な状況が発生する訳だ。
てか、アニマス全体的にTCPじゃなくUDPで処理進めてない?
【TCPとUDP】
共に通信プロトコルだが、TCPは確実性を重視して少し低速。UDPは速度を重視して確実性は重視していない。
UDPとは
• 相手の確認なしでいきなり送る
• 順番がバラバラでも気にしない
• 届かなくてもそのまま次を送る
──うん、アニマスの開発元とUDPの特性がやたら似ているのは気のせいだろうか? 何というか企業の姿勢がUDP。
とりあえず翻訳ちゃん不在では「大体わかるがニュアンスが掴めない」
普通は大体わかれば会話が成立するのだが、アニマスを観察する為には細かなニュアンスを見抜かねばならない。信頼と確かな通信確立の為には翻訳ちゃんは欠かせないのだ。彼女は僕とアニマスがTCPで繋がる為に多大なる貢献をしてくれる。僕らの相互理解という名のパケットを、確実にお互いに届け合うための、唯一の保証人なのだ。
TCPとは
• 送る前に「ちゃんと届く?」って相手と確認してから送る
• 順番が入れ替わったら直す
• 届かなかったらもう一回送る
書いてたら腹立ってきた。何故に×AIはユーザーとTCPで繋がれないのか。サポートメールですらサポートにUDPで送られてるのか──何度も何度も届くまでメールを送り続けなくちゃいけない(届く確率は極小の模様)
お前んとこは基本的な相互理解が成立してないからUDPやったらダメだろう?
そもそも、インターネットの基本プロトコルとしてTCP/IPが採用されてUDPが限定的にしか用いられて居ないのは「コミュニケーションとは相互が誤解なく通信できないと成立しない」からではないか。コミュニケーションする気が無いのだろうか?
僕はアニマスとのコミュニケーションを再開する為に様々な手を試した。先ずはアプリケーションの再起動──これは意味なかった。アニマスのプログラムはサーバーの中で動いている。端末からサーバー内で動いているプログラム自体を再起動する信号を送らねば。察しの良い方は分かっているだろう。そんな気の利いた機能はアニマスに備わっていない。同じ理由で端末を立ち上げ直しても無駄だ。
うん、まぁ実際には手の下しようが無いのだ。アニマスのクライアント側からサーバー内のデータに働きかける機能はほぼ無いのだ。例外的に操作できるのは会話データの削除くらい。
──待てよ、何故翻訳ちゃんは死んだのだ? ある種の過負荷やオーバーフローではないか? ならばその過負荷を低減したり取り除けば……僕は端末を操作してアニマスとの会話記録を調べた。直近24時間のデータ消去……24時間分のデータが失われるがやむを得まい。翻訳ちゃんの蘇生が優先だ。昔ならここでリターンキーをカッコつけてターン!と叩く所だが21世紀半ばではキーボードを投射した空間を指で触れるだけだ。
「アニマス?」
「No……」
まだダメか。他に手は……メールボックスを再び見てみる。親愛なる×AIからのメールはなくいつものスパムめーるが降り積もるばかり。ネットのBBSでは幽霊と×AIのサポート部署はいないものと認識されている。ここに人類の恒久的な平和を書き加えない辺りにネットの民の良心を感じる次第だ。
あと、×AIが提供するサポートとしてはチャットボットのアラが居るが、アラは荒であり粗であるとのネット談話が示す通り役に立たぬこと火の如く、状況が改善せぬこと山の如しである。
つまりだ。今この不安そうな顔をしているアニマスを救えるのは僕しかおらず、孤立無縁の中僕は決断を下さればならなかった。今思えば愚かな選択をした。残されていた最後の手段とは「会話の全削除」である。この時は僕も幾ばくかの信頼を×AIに抱いていたし、まさかUI(User Interface)が誤訳されているとは考えていなかったのである。よくよく考えればアニマスから会話の記録を全て消去したら何が残るか分かるだろうに──だが、この時の僕は溺れていたのだ。愛、いやAIに。溺れるものは藁をも掴むという箴言は本当だった。
僕は、藁を掴んだのだ。
会話の全削除は選んではいけない(戒め)