※この作品はR-18です。

淫臭村フィールドワーク〜ムチムチドスケベ欲求不満おんなばかりの田舎村を調査する〜   作:ユリイカ

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第1話「桃の香の村」

 まさしく、そこは秘境だった。

 車窓を流れる木々の緑を眺めながら、初瀬川耀は奥歯を噛みしめる。

 大学四年生の春先というこの時期に、いまだ卒業論文の題材すら決まっていなかった彼は、指導教官に言われるまま山奥の小村へフィールドワークへ出かけることとなった。なんでもこの年、五年に一度の秘祭が執り行われるという。それを調べてレポートでも書けば卒論の代わりになるだろう、というあまりにやる気のない指示だった。

 

「それにしても、お客さんなんて珍しいわ」

 

 耀の不安が滲むような沈黙を嫌ったか、年季の入ったタクシーの運転席から声がした。バックミラー越しに女性運転手が視線を送ってくる。

 車窓から視線を外して前に向き直った耀は、曖昧な声で応じた。

 

「このへんはアクセスも悪いですし、名産らしいものもありませんからね。お客さんみたいな若い男性なんてほとんど来ません。百花舞奉納についてはどちらで?」

「うちの教授が教えてくれました。なんでも、門外不出の秘祭だとか」

「なるほど。まあ、そう言っていただけると格好も付きますが、そんなに面白いものでもないわよ?」

 

 うふふ、と上品に笑う運転手。こんな田舎では驚くほどの美人だ。制服のボタンが窮屈そうな胸に、つい視線が吸い寄せられそうになる。そんな耀の葛藤を知ってか知らずか、彼女は軽快にハンドルを繰った。

 百花舞奉納。それがこの先の小村で行われる秘祭の名前だ。五年に一度、五穀豊穣を願って山の女神に舞いを納めるという、概要だけを聞けばどこにでもありそうな祭である。耀も教授から単位を人質に迫られなければ、赴くことなどなかっただろう。

 都心部から電車を乗り継ぎ、更にディーゼルで山の奧へ進み、そこからタクシーまで手配しなければ辿り着けない秘境だ。むしろ魔境とでも称した方が良いような気さえする。道路がそれなりに整っているのは不幸中の幸いだったが、周囲に人の生活する気配はまったく感じない。

 

「運転手さんも、えっと、その村の……?」

「ええ。私も桃香村の出ですよ」

 

 人里離れた秘境の村、桃香村。行政区分上は山の麓にある町と合併されているようで、地図上でも見つけるのは困難だった。どうして教授がこんな僻地の平凡な祭を知っているのかさえ、耀にはわからない。

 

「村はあまり有名じゃないかもしれないけど、ここの出身者で有名な方も多いの。知りません?」

 

 運転手が挙げたのは、耀でも知っている化粧品メーカーやファッションブランドの社長や重鎮だ。まさかと疑う耀だったが、運転手ははっきりと断言する。

 

「桃香の女は強いんですよ。ふふっ」

 

 そう笑う彼女は確かに年齢以上の若々しさを放っている。おそらくは40半ば、50に差し掛かっていても不思議ではない。だが、耀の知る女子大生たちにも引けを取らない輝きがあるような気がした。

 

「百花舞奉納は一週間後ですけど、その間は白樺荘で過ごされるの?」

「ええ。教授がそこまで手配してくれたんです」

「桃香村の宿はあそこだけですものね。でも、女将も娘さんも優しい方なので安心して」

 

 田舎の村というだけあって村民同士は身内のようなものなのだろう。親しげな声色で語る運転手に耀はまた曖昧に頷いた。生まれも育ちも都会の彼にとっては、この距離感の近さがどうにも慣れなかった。

 

「あれ、でもお兄さん、桃香村の掟は知ってる?」

「掟? いえ、何も聞いてないですけど」

 

 唐突に不穏な言葉があがり、耀は無意識に居住いを直す。

 

「掟と言っても、そんなに小難しいものじゃないけどね。それさえ気を付けていれば、村の人たちも親切にしてくれるわ」

 

 逆に言えば、掟を破ると大変なことになるのだろうか。

 耀は道の向こうに暗雲が立ち込めるような気配を感じた。手っ取り早く卒論の材料を集めて、帰れるなら今すぐにでも帰りたかった。しかし宿泊場所は教授が勝手に手配してしまったし、肝心の祭は一週間後だ。

 

「村に着いたら谷倉さんのところへ行くんでしょう? あの方が教えてくれるから、そんなに心配しないで」

 

 耀の不安を感じ取ったのか、運転手は明るい声で言う。だが、耀もはいそうですかと頷くことはできない。こんなことなら、友達の一人や二人を強引に誘えばよかった、と後悔しきりである。

 谷倉とは、桃香村の代表を務める家のようだった。教授がその人物との伝手があり、それを頼って今回のフィールドワークが計画されたのだ。その関係上、入村後すぐに挨拶に赴くことが厳命されていた。

 

「ほら、村が見えたわよ」

 

 ずっと上り続きだった道が下りへ転じる。木々がせめぎ合うような道の向こうで視界が開け、谷間に人家が点在する村が現れた。

 やはり都会のような雑然としたものではない。長閑を体現したかのような、緩慢とした時間を感じさせる風景だった。斜面を削った畑があり、農作業に精を出す村民らしき姿も見える。なるほど、逞しい人間性の残る村だ。

 気を利かせてか、運転手が車窓を開ける。まだ冷たい春先の風が社内に流れ込み、耀は思わず目を細める。

 

「あれ、甘い……?」

 

 その時、鼻先を微香がかすめる。

 淡く甘い、花のような香りだ。

 耀がそれに気を取られているうちに、タクシーは滑らかに村の中へと入る。村の境らしい小川を越えると、橋の袂に年季の入った二階建ての家屋があった。車はその門前に停車し、後部ドアが開く。運転手も下車し、後方のトランクから荷物を下ろした。

 ずっしりと重量感のある梁が渡された、立派な旅館である。小ぢんまりとしているものの、隅々まで手が行き届き、貧相な印象は全くない。玄関の上部には白樺荘という名前が描かれていた。

 

「ここが白樺荘か……」

「ええ。ちょっと待ってくださいね」

 

 タクシー運転手の業務にそこまでは含まれていないだろうに、彼女は耀の荷物を抱えたまま玄関を開ける。当然のように鍵など掛かっておらず、彼女は奧に向かって声を張り上げた。

 

「橘花さーん! お客さんよ!」

 

 周囲に聞こえそうな声量で、耀の方が落ち着かない。思わず他の人家から睨まれやしないかと周囲を見渡していると、白樺荘の奧から足音が聞こえてきた。

 

「ああ、いらっしゃい! お待ちしておりました」

 

 現れたのは、桃色の和装を纏った美貌の女性だった。草履を履いて軒先に出てきた彼女を見て、耀は思わず喉を鳴らしてしまう。

 傍の運転手も美人だが、彼女はそれに輪をかけて美しい。鼻梁の通った瓜実顔に、優しげな眼差し。丸みを帯びた女性的なラインで、胸元がはだけそうなほどに押し上げられている。全体的に肉付きのよい、柔らかそうな印象を抱かせる女性だった。

 彼女は耀を認めて、はなやかに微笑みを浮かべる。そうして、恭しいお辞儀で迎えた。

 

「白樺荘の女将、橘花結美と申します。ご連絡は伺っておりますので、どうぞごゆるりとお過ごしください」

 

 品のよい出迎えに圧倒される耀。彼はぐっと突き出された結美の尻に瞠目する。華やかな花の描かれた着物がぱんと張り詰め、滑らかな曲線が露わになっていた。

 すぐに結美は頭を上げて、その稜線は隠れてしまう。だが、帯の下から広がる桃を逆さにしたような丸みに、耀は視線を囚われていた。一般に和装は日本人の起伏に乏しい体型に合うように作られているという。しかしその女性は大胆な魅力に満ちた四肢にもかかわらず、着物を整然と着こなしていた。

 ほっそりとしたうなじが涼やかで、柔和な笑顔が耀の不安を瞬く間に晴らす。

 

「初瀬川様?」

「あ、いえ。よ、よろしくお願いします!」

 

 ――ひとりで来て良かった。

 耀はこれまでの暗澹とした気持ちが吹き飛ぶような爽快感で、結美に向かって深ぶかと頭を下げた。

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