淫臭村フィールドワーク〜ムチムチドスケベ欲求不満おんなばかりの田舎村を調査する〜 作:ユリイカ
翌朝。耀は全身に倦怠感を抱きながら目を覚ました。しばらく呆然としたのち、急に記憶が鮮明になる。結美に続き、玲奈とも関係を持ってしまった。彼女の若く柔らかな身体の感触が手のひらに残り、淫らな声が耳の奧でまだ響いている。汗ばんだ匂いが、まだ消えていないような気がした。
「やばい……。なんてことを……」
うら若き乙女を犯してしまった。たとえ彼女が自慰に及んでいたとしても、一時の感情に流されてよい行いではないはずだ。
頭を抱えて懊悩していると、不意に戸が叩かれる。続いて聞こえてきたのは、結美の声だった。
「おはようございます、耀さん。昨夜はよく眠れたかしら?」
「ゆ、結美さんっ」
戸を引いて、ラフな普段着の女将が現れる。その魅惑的な肉体が、彼女の娘の乱れた姿と重なり、思わず鼓動が加速した。しかし結美は他意のない表情で、耀を責めるような気配もない。
安穏とした様子に、耀は昨夜の記憶をさらに思い出した。
「き、昨日の夜は、静かでしたね……?」
恐る恐る尋ねる。
結美はぱちくりと瞬いた後、ふわりと微笑んだ。
「ええ。虫の音も聞こえないくらい。おかげでよく眠れたわ」
夜獣の声が聞こえたら、部屋から出るべからず。この掟は村人の全てに適用される。だから玲奈は母親に聞こえることを厭わずに大きな声を出して喘いでいたし、他の村人たちも夜の声はなきものとする。
玲奈が己を慰める声が、廊下を挟んだ耀の部屋まで聞こえてきていたのだ。本来、二人が盛んに求め合っていた声が結美に届いていないはずもない。だが結美は掟の通りにその声を聞いていない。
奇妙で異常な掟だが、耀は納得する他なかった。
「さあ、朝ごはんが用意できてるわ」
結美は目を細め、耀を連れ出す。食堂へ場所を移せば、すでに制服を着て朝食を取る黒髪の少女がいた。
「あ、玲奈ちゃん――」
一瞬どきりとした後、耀は思い直す。昨夜のことは"なかったこと"なのだ。ここで態度を変えてしまっては元も子もない。努めて平静に、以前と変わらぬ態度で接するのが、この村の流儀であるはずだった。
「おはよう、玲奈ちゃん」
「んふっ。――おはようございます、耀さん♡」
気を取り直してフランクに声をかけた耀に帰ってきたのは、妖しい光をともなった熱っぽい目つきだった。彼女はわざわざ席から立ち、耀のもとへと歩み寄る。
「れ、玲奈ちゃん!?」
あろうことか、彼女は耀の胸元に手を置いて身を寄せた。白い薄布に包まれたたわわな果実がふにょりと密着し、下着の感触まで伝えてくる。
吐息まで届くような至近距離に、看板娘の艶っぽい唇が迫る。昨夜のことがなかったことになったとは思えないほどの、距離の縮まり方だ。
「――玲奈」
あたふたとする耀に代わり、冷たい声が放たれる。振り返れば、結美が微笑みを浮かべて立っていた。しかし、目の奥が笑っていない。その気迫に、青年は背筋を冷やす。
「はしたないわよ、お客さんに。それよりも早く学校に行きなさい」
「どうしたの、お母さん。ちょっと寝惚けて体勢を崩しちゃっただけなのに」
明らかに自らしなだれかかっていたが、玲奈はあくまでよろけたと強弁する。その間も耀に密着し、さらにはスカートを押し付けるような動きまで。
「耀さんは優しいから、これくらいじゃ怒らないよ。それにとっても逞しくて、私をしっかり支えてくれて……男らしくて素敵なの♡」
「玲奈。あんまり耀さんを困らせないの」
そこに親子の姿はなかった。女と女が激しく視線を交わす。表面上は穏やかな会話だけに、間に挟まれた耀はパニック寸前だった。
昨夜の情事がなかったことであるのは明白だ。しかし、結美も玲奈も、明らかにそれをあるものとしている。明言こそしないものの、激しく視線をぶつけ合っている。
女同士の静かな争いに、男が口を挟めるはずもない。情けなく狼狽えることしかできない耀を救うように、食堂の時計がポーンと時報を鳴らした。
「ほら、本当に遅刻するわよ。さっさと行きなさい」
「はーい。耀さん、またね」
それを合図に、緊迫した空気は一気に弛緩する。
玲奈と結美は親子らしい雰囲気を取り戻し、普段の会話に戻る。玲奈はぱたぱたと小走りで玄関へと向かう。結美と耀はそんな彼女を見送り、食堂のテーブルについた。
「あ、あの結美さん。その、昨日は……」
「ええ。とっても静かだったわ」
居た堪れずに耀が口を開くも、結美は穏やかにそれを封殺する。真正面からそう言われてしまえば、青年にできることなど何もなかった。
逃げるように、テーブルに用意された朝食に向き直る。そこでようやくラインナップを確認し、彼は思わず瞠目した。白米に納豆、味噌汁、焼き魚と素朴な和食だが、そこに小鉢がいくつも付いている。ニンニクの芽のおひたしや、鶏の肝煮、果ては牡蠣の酢の物。
耀が対面に座る結美の顔を思わず見ると、彼女は微笑みのまま促した。
「どうぞ、召し上がって♡ フィールドワークは大変でしょうから」
思わず生唾を飲み込む。
朝食を用意したのは間違いなく結美である。この品揃えに意味を見出せないほど、耀も朴念仁ではない。箸を持つ手が震えるのを抑えながら、彼は覚悟を持って食事を摂った。
――その時だった。
「ごめんください」
突然、白樺荘の表玄関の方から真の通った声が響いた。聞き覚えのある声に、耀は思わず肩を跳ね上げる。結美がすっくと立ち上がり、廊下へ向かう。玄関先で、突然の来客に対応しているようだった。
二人のやりとりは食堂までは聞こえない。だが、随分と長い応酬があった。
その後、結美が戻ってくる。彼女は申し訳なさそうな顔をして口を開く。
「耀さん、笙子さんがお話があるって」
「笙子さん……」
この桃香村の村長で、耀に五つの掟を提示した張本人である。
緊張する耀に、結美が屈んで囁く。
「大丈夫。ただの抜き打ちの確認だわ」
「わ、分かりました」
彼女は白樺荘から離れた村の奥の屋敷に住んでいて、耀がすでに二つの掟を破っていることは知らないはずだ。しかし、まだ朝の早い時間にこうして、前触れもなくやってきた。直感のようなものでも備わっているのだろうか。
耀は気持ちを落ち着けつつ、朝食を食べ切る。その間は結美が応対して、時間を稼いでくれていた。
「おはようございます、笙子さん」
「……おはようございます」
急いで胃袋に詰め込んで向かえば、黒い和装をしっかりと着こなした妙齢の女性が立っていた。勢い余って下の名前で読んでしまった耀が後悔するも、彼女はわずかに眉を寄せただけで静かに応答した。
「俺に何か用事があると」
「約束を守っていただけているかの確認と、調査の進捗を伺うためです。そう身構えずとも結構です」
やはり笙子は青年の実情を知っている様子ではなかった。それを察して、耀は胸を撫で下ろす。その安堵が露呈しないように気をつけつつ、しっかりと頷く。
「ちゃんと掟は守ってます。安心してください」
「そうですか……」
和装の女性は、女将の方を一瞥する。結美もまた、耀が感心するほどの平然とした態度だ。
「フィールドワークの方も、昨日は何人かにお話を伺うことができました」
「それは良かった。――実は、我が家の蔵にいくつか古い史料がありました。よければ、そちらもご覧になりますか?」
切り出された言葉に、耀は再び安堵する。どうやら掟の確認はついでで、本題はこちらのようだった。谷倉家は確かに歴史のある門構えだった。何か百花舞奉納に関わるものがあってもおかしくはない。
それより耀は、一見すると冷徹な雰囲気もある笙子が、わざわざ史料を探してくれていたことに感銘を受けた。元々はやる気のない大学生であったが、存亡の危機に瀕した伝統行事を目の当たりにして、やる気も出てきた。貴重な史料があるなら、ぜひ一目見たかった。
「ありがとうございます! ぜひ――」
「笙子さん」
二つ返事で受けようとした耀の声を遮ったのは、結美だった。彼女は一歩前に出ると、娘を超える爆乳を見せつけるように胸を張る。
二人の視線が交わり、一瞬の沈黙が広がる。耀が違和感を抱いた直後、結美は穏やかに口を開く。
「わざわざありがとう。きっと耀さんの研究も良いものになるわ」
「それは、この方次第よ」
そう言って、村長は踵を返す。耀は慌てて自室に戻り荷物を掴むと、結美にお礼を言いつつその後を追いかけた。