僕は
明るくて誰にでも優しく、笑顔が素敵で、嬉しいことがあると小柄な総身で喜びを表現すべくありったけ跳ね回ったりしてしまう癖があって。兎に角、可愛い。正直、性別なんて気にならないどころかオスだから好き、と思える位まで僕は彼に心臓を鷲掴みにされていると言っていい。
だけど、実際にその気持ちを伝えられるかどうかは別だった。
というのは妄想、ではない。と言ったらこいつは頭がおかしくなったんじゃないのか、と言われること間違いなしだが妄想ではない。どうやら僕が死んだ時、何故か僕が産まれ出てきた日に巻き戻ったようで。こうして二度目の生を謳歌している訳だ。重ね重ね言うが頭がおかしくなった訳ではない。
さて、自分の死因を説明していた時点である程度察せると思うが、僕の一度目の人生の記憶はきちんと残っている。卒業式の日にはすずくんと今生の別れになるのではないかと思ってぼろぼろ泣いたし、中学、なんなら高校まで引きずっていた記憶はちゃんとある。心機一転を決意した大学でだってすずくん以外の誰かに恋愛的な好意を抱いたことは無いし、バイト先のコンビニだって彼が行くと言っていた中学の近くに決めたことも憶えている。
僕はその記憶を大いに活用した。当然のことだが、持ち越された記憶のお陰で勉強の難易度は大幅に下がった。暇な時間に机に向かい一度目で苦しんだ中高の範囲を復習したり──教材が無いのでネットで調べまくった──人に教えられるように易しく喋る練習をしたり。運動の方は筋肉が子供のものにリセットされてしまったのでゼロから地道に走り込みや筋トレを積み重ねた。幼いうちの弱い体を壊しかけたことは何度かあったが、結果的には運動能力はだいぶ高まってスポーツ万能にはなれたと思う。
内向的な部分──性格はあまり変わらなかったが、それでも1年生の頃からすずくんには積極的に会話をするようにしたお陰か、ありがたいことに親友の座を彼本人から頂いている。
「ねぇねぇ、こがねくん!」
「ん、どうしたの?」
等と言っていると丁度話題のすずくんが話しかけてきた。彼は今日も元気いっぱいで可愛いことこの上ない。思わず頬が緩み、尻尾が揺れてしまうのを自然な程度に抑え込んで、すずくんに顔を向ける。
「今日体育の授業でしょ?こがねくん、おれとペア組んでくれない?」
「ああ、勿論良いよ。今日の体育は……先週卓球だったしバドミントンか」
「やったー!おれバドミントン好きなんだよねー!卓球より打ち返しやすくてさ」
「卓球ってラケットの当て方が難しいんだよねぇ……」
「ねー。走らなくていいのは楽なんだけど」
そんな事を話しているうちに学校が見えてきた。僕らは校門の脇にたっている先生に挨拶をして学校の敷地に入っていく。人が集中して喧騒に包まれる中でも僕とすずくんの会話は続いている。階段を上がって5年生の教室まで歩くと引き戸を開け、ふたりで入る。そうして僕らは授業が始まるまで他愛のない雑談を続けたのだった。
授業終わりのチャイムが鳴る。次の授業は皆大好き体育だ。バドミントンの様なネットスポーツは僕のクラスでも人気が高いからか、皆風の様に更衣室へと駆け出して行った。
「あれ、皆は?もう行っちゃった?」
「よっぽど楽しみだったのか、走って行っちゃったみたい。ま、気持ちは分かるけど僕らはゆっくり歩いて行こっか」
「そうだね。体育の前に走って転んじゃったらサイアクだし」
トイレから戻ってきたすずくんと軽く言葉を交わし体育館へと向かう。体操服袋をぷらぷらさせながら歩く彼と並んで渡り廊下を歩く。更衣室のドアの前に立って開けるよ、と声掛けをしたが反応が無いのでさっさと開けて入った。更衣室の床にはクラスメイト達の衣類がばら撒かれたかの様に散乱している。どんだけ楽しみなんだよ、と苦笑しながら床に何も無い2人分のスペースを確保し、すずくんを手招きする。
「今日ってシングルスとダブルス、どっちやるんだろ。おれはダブルスがいいなー、対決するのもいいけど、やっぱりこがねくんと協力プレイするの楽しいし」
「……うぇッ……。そ、そう?すずくんにそう言って貰えると嬉しいな、はは……」
『こがねくんと』、『プレイ』、『楽しい』のみっつが一文に同居している事に気付いて変な声が漏れてしまった。一回目の人生で大学生だった頃、すずくんのあられもない姿がどうしても見たくなってしまい、彼に似た童顔な男優のビデオを漁っていた時期があった。そこでしこたま仕入れたそういう知識のせいで過剰反応してしまう事が多々ある。
正直見るんじゃなかったと思う。なにせすずくんの顔を見る度、脳裏のすみっこに浮かび上がって来るのだ。何とか理性を保てている現状は奇跡だと思う。僕は前屈みがちになりながら体操服に着替えるのだった。隣に人がいるとはいえ同性なので特に気にもとめず大胆に着替えるすずくん。
当然の事だが、見てる側は心臓ばくばくなのでもう少し隠して欲しい。いや、隠されたら隠されたで意識してる感が出て大変エロいんだけどね。兎に角、隠さないならじっくり見せてもらうことにする。彼の肉付きや下着の柄を、余すところ無く目に焼き付け脳に刷り込むのだった。
体操服姿で汗だくになって動き回るすずくんを堪能できたので今日は最高の日と言っていい。念の為弁明しておくと、僕だって最初からじっくり視姦するつもりがあった訳じゃない。ただ目を逸らそうとしたけれど一度ちらっと視界に入ったらもう我慢が出来なかっただけなんだ。……余計に変態性が増している様な気がするが、ひとまずそれは置いておいて。
「はー、今日の宿題めんどくさいなぁ……」
現在僕らは下校中だ。隣からはすずくんの愚痴が聞こえてくる。今日の宿題は勉強熱心な彼が溜息を吐くほどに面倒な作文だ。毎週末のように月曜日に提出してね、と原稿用紙を一、二枚渡されるのだ、ネタ切れを起こすので生徒たちからは非常に不評である。私生活を題材に、と言われても毎週末必ずイベントが発生するものでも無いんだぞ、と言ってやりたい。
「あ、そうだすずくん。もし作文が大変なんだったら、僕が手伝うよ。だからもし良かったら、うちに来ない?」
「え?こがねくんが手伝ってくれるの?」
「勿論。良かったらご飯なんかも食べてく?今日家に僕一人しか居ないんだけど、どうにも作りすぎちゃうんだよね。一緒に食べてくれると嬉しいな」
「えっ、ほんと!?この前分けてもらったやつ、凄く美味しくて……また食べたいって思ってたんだよね。行く!こがねくんちに行くよ!」
とはいえ、こうしてすずくんを家に誘うことができるのだから、作文を出されるのも悪くは無いのかも知れない。僕は冷蔵庫の中身を思い出しながら、すずくんとふたりで家路をあるくのだった。この時思わず鼻歌が漏れていたことと、すずくんに聞かれていたことを僕が知るのは、暫く時が経ってからになる。