日本ベースの少しずれた世界で2度目の先生 作:sasahara
シロコに誘拐された数日後。
アビドスに行こうと街を歩いていたら、隣につけてきた黒塗りの高級車に連れ込まれてしまった。
ゲヘナの公用車だった。
広い車内には、運転手のほかに『この世界でも』見知った顔。
また誘拐か、と心の中で冗談を言う余裕すらある。
車内なら会話が漏れない。
仕事がしっかりしているヒナらしい配慮だ。
運転席をちらりと見やると、ヒナが先回りして答えてくれる。
「運転しているアコは今の私の行政官。信頼していい」
「そっか」
こういうキヴォトスをなぞるような出会いは、キヴォトスでの記憶を持った脳の裏側をくすぐられるようで、変な気持ちになる。
キヴォトスでのアコとの出会いを思い出すと複雑な気持ちにはなるが、ヒナを裏切らないことについては確かに信頼できる娘であることは間違いない。
「先生が、久しぶりに生徒を育成してるって聞いて、正直驚いた。もう先生を辞めたんだと思っていたから」
「実際辞めたんだ。再開すべきか悩んでる。けれど、いまさら私なんかが助けになるなら、生徒のために何でもするつもりだよ」
「やっぱり先生は変わってない。先生を辞めても先生のまま」
風紀としての硬い態度の中から、本当の『ヒナ』が少し顔を出してきた。
運転席のアコが、ヒナが纏う雰囲気の違和感に気づいて怪訝というか意外な顔をし始める。
「各学園が注目してる。これはその警告」
ヒナもそれに気づいて、ぎゅっと眉を寄せた脅迫の表情で取り繕おうとする。
でも、私がアコが持つヒナへの固定観念に配慮する理由はない。
「ありがとうヒナ。心配してくれてるんだね」
「違うわ。わたしはゲヘナの風紀としての仕事を...ごめん、先生に嘘つきたくない。本心は別」
こちらを顧みずに怖い言葉を紡ぐ風紀委員長ではなく、女の子のヒナちゃんとして、私の方に向き直る。
「ずっと探してた。ずっと心配だった。ずっと甘えたかった」
「ヒナ委員長!?」
驚いているアコの態度で、最近見れていなかった、ヒナの近況は明らか過ぎるほどにわかった。
アコ行政官には悪いが、私もヒナと私の間だけで通じる話をしてしまうことにする。
「こっちでも相変わらずワーカーホリックなんだね」
「ごめんなさい先生。私が仕事を手放しても良いように、いろいろ手を回してくれたのに。結局、仕事をしていない時間が得られても、やることもやりたいこともなくて。仕事をしていたほうが何も考えずに済むし、風紀のみんなも喜ぶし、ズルズルと元の仕事生活に戻ってしまって...」
前の世界(キヴォトス)では社会制度がわからなかったので長らく手を出さなかったのだが、この世界は私の知っている世界に近かったため、早いうちからヒナの仕事を減らす手伝いができていた。
だが仕組みの問題は解決できても、ヒナの性格の本質的なところは変えられなかった、ということらしい。
「結局、あなたとデートする以外に楽しいこともそんなに無くて」
ああそれは、私が10割悪い。
「じゃあ、これからはもっと頻繁にデートしよう」
「えっ」
ヒナが目を丸くする。
風紀委員長としての仮面は、もうそこには欠片も残っていなかった。
「先生って、釣った魚には餌をくれないヒトなんだと思ってた」
「それは...ごめん」
謝るしか無い。
そういうつもりじゃない、と言ったところで実際の行動の言い訳にはならない。
「じゃあもう、今からデートしよう!」
「先生って何時もそう。私が思いがけない、でも本当に欲しい言葉をくれる」
「ヒナはどこに行きたい? 遊園地、水族館、カフェ、ショッピング、何でも付き合うよ」
「えっと...」
ヒナは少し考え、それからもじもじと躊躇する様子を見せてから、私の瞳を見て、信頼を込めて切り出す。
ヒナは爆弾発言を落とした。
「久しぶりに、ホテル、行きたい」