日本ベースの少しずれた世界で2度目の先生 作:sasahara
そんなものはない(機会があればまたいずれ)
「先生、そっち支えて」
「はいよ...って冷蔵庫は重すぎるよ!」
「持たなくていいから! 私が持つから、先生は倒れないように手を添えて支えるだけでいいの!」
先生に復職してアビドスの戦闘教育を引き受けるか、私はまだ悩んでいる。
だが何もしないつもりもなく、今はセリカのバイトを手伝っていた。
理由は単純。
現在のアビドスは4人。1人増えて5人になるだけでも単純計算で戦力1.25倍だ。
だからといって最初から正面切って説得しようとしてもセリカが聞くと思えないし、事情があるのだろうからまずは縁を持つことを優先した。
セリカのバイトは毎日変わり、今日は引っ越しのバイトだったのだが、バイト長からバイト代を受け取る。
「2人ともおつかれ。これ、今日の日給ね。やっぱヘイロー持ちに手伝ってもらうと早いや。セリカちゃん、やっぱり日勤じゃなくてシフトで来てくれない? シフトならバイト代ももっと出せるよ?」
「バイト長しつこい! ごめんなさい、あたし今は気楽なフリーアルバイターが気に入ってるし、同じバイトずっと続けるつもりないのよ」
キシャー、と威嚇する猫のようにバイト長の誘いを跳ね除ける。
「ほら先生、いつもの行くわよ」
私たちの『いつもの』は、バイト上がりのカフェだ。
前の世界でアビドスの借金を返していた時とは違い、セリカはあまり倹約に興味がない。
当日のバイト代をほとんど使ってしまう日もある。
そして今日はそういう日らしい。
セリカがネットで探してきたカフェは、ディナーもやっていて雰囲気が良く席が広いぶん、目玉が飛び出るような料金のお店だった。
そしてこういう日は、決まって、セリカは何か話したいことがある。
「ヘイローが無いって不便よね」
「力がないだけだよ」
「先生は、『力を持つ者には義務がある』って考えるタイプ?」
「...私は教育者だから、適性があるなら選択肢を広げる提案はするけれど、最後は本人の望みが全てだと考えてる」
「......そっか」
魔獣を倒せるのはヘイロー持ち生徒だけ、だからそれをする義務がある、とは考えていない。
「アヤネちゃん、すごいと思うの」
「それは、義務の話?」
「それもあるけど、アビドスのことまとめて面倒見れるのがすごいなって。
幼馴染だから、書類とか、挨拶まわりとか、アヤネが真面目にコツコツやってるのずっと見てた。
サボってる言い訳かもしれないけど、『あー、あたしはアヤネみたいにはできないな』って、思ったの」
「それが、流浪のフリーアルバイターの理由?」
「なにそれ。まあ、そういうこと。色んなことを体験してみたかった。アヤネがしてないことをしたかったの。アヤネよりあたしのほうが上手くやれることが見つけられるかもって。バカみたいだと思う?」
「セリカは自分に向いてることや強みを探そうと頑張ってるってことでしょ。何もバカなことはないよ」
「バイトもいろいろやったけど、本当は芝関のバイトが一番性に合うのよね。ずっとあのお店一本でやろうかな、って気持ちもあったの。あ、芝関は覚えてる? 一緒にバイトした中にあったラーメン屋さん」
「忘れるはずないよ」
「賄いも美味しいし、店長いい人だし。あと床が綺麗なのもいいわよね」
「床?」
「ラーメン屋さんってどうしても油が多いから、床まで油っぽいお店あるじゃない? あたしあれ嫌いなのよ。二郎系なら仕方ないって言うヒト居るけど、許せない。ましてやつけ麺の専門店とか、さっぱり系の醤油とか、あと女性向けって言って店内ちょっと小綺麗なやつ! ああいうラーメンのお店が床掃除サボってると思うともうイライラしてきて!」
それからセリカのラーメン店ベトベト床談義が10分近く続いた。
「......って、何の話してるのよ!」
「話してたのはほぼセリカだけど」
「止めなさいよ! 大事な話ししてるところだったでしょ!?」
「そうそう、芝関の店長が床掃除に使うモップを買い替えるのにホームセンターでずっと悩んでた話の」
「続きを話したいわけじゃないわよ! もう!」
セリカはぷんと怒ってから、肩の力が抜けて落ち着いた。
「アルバイトは気楽だけれど、無責任なバイトの立場でできる経験はほとんどしちゃったし、幼馴染のアヤネが困ってるなら、手伝ってあげてもいいかなって。でも今さら言い出しづらくって。それにホシノさんがガンガン来るから、折れたら負けっていうか、アヤネを手伝いたい気持ちはあるのに、ホシノ先輩に説得されたと思われたくないっていうか、そういうくだらない理由だったんだけど」
「うん、わかるよ」
「先生からみて、こんな動機でアビドスに加わるの、舐めるなーとかふざけるなーとか、そんな軽い気持ちだで命掛けるなよとか、死ぬぞって思ったりしない?」
「セリカがアヤネを助けたいって気持ちを、私は軽いとは思わないよ」
「......そっか」
セリカは吹っ切れた顔をして、カフェオレのストローに口をつけると、吸わずに戻して、少し無言になった。
「ほんと、先生は欲しい言葉をぽんと投げてくれちゃうんだから。そんなだからあたしは...」
「セリカ?」
「ねえ、先生って、いろんな生徒に手を出してるんでしょ?」
吹き出してしまっただろうから、何か飲んでいなくてよかった。
「あ、あたし、そういうコトも前から興味あったし、先生ならいいかなーって。ううん、先生がいいなって、思ってる。実は今日、ちょっとだけ、そういう話をすることも考えながら、ちょっとお高めの静かで綺麗なお店を選んだりしたし」
雰囲気の良いカフェのBGMが一瞬だけ意識に登る。
「死ぬ前に一回だけ、なんて変なことは考えてないわよ。けどアビドスに参加して戦うなら、危ない目にあうかもしれないのは理解してるし、チームの仲間のためにも、半端な覚悟はしたくないの。今までの中途半端な自分を吹っ切るために、区切りが欲しい」
セリカの好意と決意が籠もった瞳から、私は視線を逸らすことはできなかった。
「あ、彼女とかいるなら、諦めるけど」
「今はいない、かな」
いろいろな意味で頭にヒナの顔が過ぎった気がするけれど、許してほしい。
「じゃ、行くわよ」
「ちょっと待った!」
「何よ!?」
「このカフェ、ディナーも美味しいんだ。先に腹ごしらえしてからにしよう」
その時ちょうどよくセリカのバイト上がりの若いお腹が鳴って、恥ずかしがるセリカを私は可愛いと思った。