とある世界の常識改変 作:ロロノア
空き部屋に飛び込んだ条理を追って、少女が飛び込んでくる。
「ところで君のことは何て呼べばいいのかな? 自己紹介よろしく。ちなみに俺は逆巻条理って言うんだ」
「釣鐘茶寮っス。短い間ですけど、どうぞよろしくっス」
ひらりと舞った白刃を条理は木刀で受け止める。それと同時に襲ってきた蹴りが腹部に突き刺さって蹴り飛ばされた。
「はあー、すげえ脚力。能力じゃないってマジか」
条理は何事もなかったかのように立ち上がった。
不思議そうに首を傾げたのは茶寮の方だ。
「なんで普通に立てるんっスかね。せめてむせるくらいはして欲しいんスけど」
「悪いね。常識的に蹴りは効かねえ」
「どんな常識っスか」
さて、条理は木刀を握って茶寮を見た。優れた身体能力は忍者を名乗るだけのことはある。この動きでは刃物を振り回せば大抵の人間は一撃で終わるだろう。彼女も能力者のはずだが、今のところ目に見えた能力は使っていない。
条理は木刀で茶寮の頭を狙った。上段からの振り下ろしである。それと同時に幻覚で首を狙った斜め上からの振り下ろしに見せかける。
茶寮は条理の幻覚を無視して刺突を繰り出してきた。
一連の交錯の後、飛び退いたのは茶寮の方だった。
「はあ、なんなんスか。刃が刺さんないんスけど!?」
「常識的に刃物で布は切れないんだよな」
「そんな常識聞いたことないっス」
常識改変で茶寮の刃をなまくらにしただけだ。彼女がどれだけ頑張っても、条理の皮一枚傷つけることはできない。そういう設定にしてある。本来はここまですることはないのだが、どうも彼女には通常の幻覚が効いていないようだ。
「まったく、通常技だけでやっつけられてくれれば手間はないってのに。あまり、本気になっちゃうと唯一ちゃんから小言をもらうんでね」
「小言だったら、わたしが言いたいっスよ」
飛び掛かってくる茶寮に合わせて、今度は条理がカウンターを放つ。
「そんなの視えて……くぁ!?」
ばしん、と音を立てて、茶寮が床に這いつくばった。肩の痛みをこらえてばね仕掛けの人形のように跳ね起きると、3メートルも後ろにジャンプした。
「すごい動きだねほんと」
「痛ッ……今のは」
「幻覚が効かないのは五感以外で俺を見ているからなんだな。さっきから視覚と聴覚から攻めてみたけど、どっちも見破られてる。でも幻覚を破ってる感じじゃない。幻覚を見ていながら、それが幻覚だと看破できる。五感以外の感覚で対象を捉えているからだな。赤外線とか、超音波もアリか? まあ、いろいろ試せそうだけど、能力者が相手なら、やっぱりAIMを誤魔化すところからだろうと思ってね。で、なんだ、一発目から当たりか? AIMを読み取って能力の発動を感知するって感じか?」
「いや、なんていうか、そういうこともできるって、ずるじゃないっスか?」
「悪いね。何でもありが俺の能力なもんで」
ゴガッッ!! と、激しい衝撃とともに、茶寮の身体が浮き上がる。
「な、に――――ッ」
突然の衝撃に目を白黒させながらも、痛覚を抑え込む。叩き込まれた忍の技術の賜物だ。呼吸が止まりそうになりながら、状況を把握しようと頭を働かせる。
目の前の標的の姿が揺らぐ。
(しまった、幻覚――――AIMの残像まで重ねて、わたしの能力を逆手にッ)
手品の種が割れたのなら、条理はそれを弄ぶだけだ。
試してみようという思いつきを積極的に試していく。今回は綺麗に嵌ってくれた。
茶寮はふらつきながら条理から離れようとするが、足が言うことを聞かない。
「無理すんなよ。脳が揺れてんだから。脳震盪は危ないんだぞ」
「なんで、脳。攻撃されたのは、お腹なんスけど、うぷ」
「ま、それは俺の師匠直伝の体術の派生技さ。本来は衝撃を重ねて血管内に気泡を作るっていう殺人技なんだけどね。俺のは能力込みで衝撃を脳に伝える安心安全の型落ち版だ。つーか、体術だけであんな器用な技できんわ」
忍者少女はそれでも刃を構えようとして、身体が動かないことに気が付いた。
「なんスか、これ!」
茶寮の身体を植物の繊維が這い上って拘束していた。それはみるみるうちに太くなり、木質化してしまった。茶寮の身体が木の中に取り込まれたような形になったのだ。
「木刀が」
条理の木刀が形を変えて、ステッキのような形状になっていた。
「ああ、これが本来の使い方だよ。ぶっちゃけ俺もよく分からないんだけど、『
例えば、木材は形を自在に変える。だから、ボールペンから木刀にまで自在に変形する。
例えば、植物は根を伸ばし、木々を太くして成長する。だから、茶寮に根を絡ませた後で太くたくましく幹を成長させた。
他にも、植物に絡めて様々な現象を引き出すことができるのが、この『
最初はユグドラシルのエッセンスだけだったのだが、制作する過程で「せっかくだから、似たようなエッセンスを全部まとめてしまえ」「条理は不条理な存在なんだから、一つの神話体系に拘らない理不尽さを出した方がらしい」という理屈で、半ば面白がって作り出された代物だ。そんな理屈で成り立っているので、一つの信仰を持っているまっとうな魔術師ほど使いたがらないものに仕上がっているらしい。
条理には魔術の原理は理解できない。
専門的な勉強をしていないのだから当然だ。
だが、霊装と呼ばれる道具を使うことは不可能ではない。
パソコンの組み立て方は知らなくても、電源を入れてネットサーフィンをすることは誰でもできる。それと似たようなものだ。魔術の使用によるフィードバックを無視できる条理なら、魔術絡みの製品を表面的に使うことはできるのだ。
「これで俺の勝ち。で、忍者ちゃん。俺は、こう見えて女の子には優しい男なんだけど、敵にまで優しくしてやるほど博愛主義じゃない。最初に宣言させてもらうと、基本的に俺はロクデナシだ」
「へえ、じゃあどうするんスか?」
「そりゃ、自称とはいえくノ一を捕まえたんだぞ。感度3000倍ってヤツを試してみたいじゃないか」
+
『しかし、さすがに動物程度の頭ではこんなものか。やはり生物兵器として使うには微妙なところだな』
残念そうでもなく、公孝はスピーカー越しに使い捨てた動物たちをさげすんだ。
「もう少し、言葉を選べないの? 動物実験は否定しない。けど、向き合い方ってもんがあるでしょう」
『学園都市で科学者をするのなら、そんな倫理観は捨ててしまうのが普通だと思うがね。それとも、君は今度は動物愛護を始める気かね。心配しなくても、LSSの商品は今ので打ち止めだよ。残念なことに我が社に動物園を維持する余裕はないからね』
会話を続ける気はない。
冷理は地下核シェルターに向かう扉をめがけて走り出した。
急な寒気に背筋が震えた。
「――――うくッ」
足を止めて、バックステップを踏まなければ、危なかった。
目の前に氷の壁が立ち上がったのだ。
「今の……!」
『ああ、そうとも。ようやく、ここまで来たんだ。よく見てくれたまえ』
搬入出口からやってきたのは、四足歩行の多脚戦車。その形状はまるで蜘蛛のようだ。3メートル前後の大きさで、数は3両である。
『人間は戦車には勝てない。基本的事実だ。能力者は別かもしれないが、それにしても限度はある。君は外で警備用の戦車を破壊してくれたが、こいつはどうかな?』
「ぶっ壊してやるわよ!」
『ああ、いいとも。我が社の新商品だ。全力を尽くしてくれたまえ!』
冷理に足を止める理由はない。
多脚戦車が相手でも、引くわけにはいかないのだ。
だが、嫌な予感がする。
今の氷の壁を作った能力。
その時に感じた水素の動きからして、十中八九――――、
(『
間違いないだろう。
自分の能力だ。
絶対に間違いようがない。
戦車の砲門が冷理に向いた。
「ッ――――」
火薬の炸裂はない。
その変わり真っ白な水蒸気が噴き出した。水蒸気ガスに押し出された氷の砲弾が、冷理に襲い掛かる。冷理は水と氷の壁を作り出して砲弾を受け止めた。水の壁で衝撃を殺し、その次の氷の壁でしっかりと受け止める。水と氷、どちらか一方だけでも、純粋な物理砲撃は止められずに貫通しただろう。
「機械だってんなら、これでどう!」
燃料電池からなる電撃だ。水で作った導線に沿って、3両の戦車に高圧電流を流し込む。
だが、それも効果がない。金属の塊だからだろう。落雷が車にあっても、表面を伝って地面に流れるので中にいる人間は助かるのと同じようなものか。戦車の表面を電気が流れてしまうので、内部の電子機器まで電流が届かない。
「はあ……く……そ」
歯噛みする冷理。
多彩な攻撃手段を有する冷理ではあるが、純粋な金属の塊である戦車は苦手な部類だ。物理的な破壊力がどうしても足りない。
多脚戦車から水を散布する。放水はやはり水素を操って作った水を撒いているのだろう。
「ああもう」
それを冷理は凍らせる。自分の能力なのだから、この散水が何を意味するのか理解できている。うっかり濡れてしまえば、瞬間凍結を食らう可能性があるのだ。
『よく立ち回るじゃないか。自分と同種能力だから、危険性がよく分かっている。ちなみに言っておくと、その戦車は極低温にも耐えられる設計だ。君の凍結は効果がないぞ』
嘲笑混じりのスピーカー音声に苛立ちながらも、打つ手がどんどん減っているのは確かだ。
冷理の能力を解析して作った兵器だというのなら、『
「わたしの能力って敵にするとめんどくさいな」
と、文句を言っても仕方のないことを呟きながら、核融合炉を壁にして距離を取る。
太ももが裂けそうに痛い。
かなり筋肉周りに疲労が蓄積している。
ここまで走り回って、体力を消耗している。
(頭、痛ッ……くそ、能力使いすぎか)
脳が締め付けられるような痛み。鈍痛がじわじわと冷理の思考力を奪っていく。レベル4の能力者とはいえ、彼女は人間だ。体力も気力も限界がある。特に能力者にとって致命的なのは、脳の疲労だ。演算能力が低下して、出力も正確性も悪化する。
「はあ、はあ、はあ……く、う……」
ポンポンポンと、何かが多脚戦車から上空に投じられる。それは空中で破裂すると白い粉をバラまいた。
「ええいッ」
冷理はすぐに水を生成して、白い粉を水の膜で受け止める。強力な凍結剤だ。冷理が作った水膜があっという間に凍り付いていく。そこに、砲撃が加えられて、あえなく氷の膜が粉砕された。
「ふう、はあ……はあ、く、ぅ……ああッ」
冷理は全力で水を生成する。
(大量の水で包み込んで、一気に凍らせる。戦車の動きを止めてる間に、シェルターまで突っ切る)
冷理の勝利条件は多脚戦車を破壊することではない。そこを間違えてはいけない。あの門番を突破すればいいのであって、撃破することに意味はないのである。
「なんで、水が……作れないッ」
冷理が苦悶の表情を浮かべた。
いつもなら簡単に生成できるはずの水がうまく作れないのである。
それどころか、徐々に水塊が小さくなっていく。
「はあ、はあ……まさか。わたしのコントロールを」
絶望的な想像が頭を過る。
『ハハハハッ、気づいたかね。同系統の能力なんてものじゃあない。君の能力そのものを研究して、その成果を反映した機体だよ。君と同じように水素を操る。当然、君が操る水素にも干渉できるさ。さあどうする? レベル4とはいえ、
ボガンッ、と真っ白な光が炸裂した。
多脚戦車の砲身から放たれた指向性を持つ水蒸気爆発。
単純な空気の圧力で冷理は跳ね飛ばされた。
+
――――寒い。
冷理は全身を強く打ち付けながら、天井を見上げていた。
水浸しの床に仰向けで寝転がっている。
よく気絶しなかったものだ。
公孝のいう通り、綱引きで機械に勝てるはずがない。万全の状態なら何とかなったかもしれないが、連戦に次ぐ連戦で疲弊した脳の演算能力では、機械が生み出す無尽蔵の演算能力には及ばない。
何とか生成できた水の壁で衝撃を殺せたのが幸いしたが、それでも車にひかれたのではないかというほどの衝撃を感じた。
空砲を使ったということは、公孝は冷理を殺すつもりはないのだろう。ただ、五体満足で帰すことも考えられない。
(これが、レベル4の限界なのかな)
と、冷理は弱気になる。
御坂美琴なら、この危機的状況にあってもごり押しで解決したかもしれない。
(御坂なら……?)
ちょうど、目についたのは動物たちの死骸だ。つい数分前に、冷理が手を下した命たち。非道な実験の末に、自我を奪われ能力を発生させるだけの存在されてしまった可哀そうな動物の成れの果てだ。
手近なところにあったのは、まさしく御坂美琴の能力をコピーした劣化版超電磁砲。それを装着したヒグマの死骸だ。
(そうか、あるじゃん。武器)
冷理は口元を拭って、起き上がる。ヒグマの肩についていた「砲身」に左手を当てて、片膝をつく。
『なんだ、まだ動けるのか? さすがに驚いたよ。それで、もう決着したと思うが、降参しないか? これ以上は資源と時間の無駄だと思うが?』
「お断りします、社長。それに、まだ悪あがきさせてもらうから」
『何?』
パキパキ、と音を立てて、氷の柱が立ち上がる。ヒグマの砲身を持ち上げた氷柱は、さながら三脚だ。
『ヒグマの超電磁砲? 今更、そんなもので抵抗するのか?』
「この子の超電磁砲は、御坂のそれには遠く及ばない威力だった。さすがに生身で食らえば死ぬでしょうけど、レベル5クラスの出力はない。他の子たちを見ても、結局レベル4クラスの能力の再現はできてないんでしょ? なら、この超電磁砲だって、レベル3以下の電力で起動しているはずよね」
多脚戦車の水素への干渉が冷理の周辺に及ぶ前に、冷理は発電を終えていた。
動物たちは凍り付いたが、彼らが背負っている機材は冷理対策で故障していないというのも功を奏した。
電気を流せば、超電磁砲は起動する状態なのだ。
冷理は全身を純水で包んで感電を抑止する。そして、しっかりと狙いをつけて、砲身に通電させた。
オレンジ色の閃光が一直線に駆け抜ける。
多脚戦車のうちの1両のど真ん中を貫通した。轟音とともに、内側から多脚戦車がはじけ飛ぶ。冷理がよく知る、水素爆発だ。
『何だと、どういうことだ!?』
スピーカーから驚愕の声が放たれるが、水に包まれている冷理にその音声は届かない。ただ分かるのは多脚戦車が1両減ったことで、水素への干渉が弱まったことだ。
対応される前に、第2射を準備する。
後先を考える必要はない。
砲身の熱で氷が溶けるのを、溶ける傍から急冷して誤魔化しながら、次弾を放つ。
着弾と炸裂はほぼ同時だ。装甲に大穴を開けて、多脚戦車が沈む。冷理を殺さないよう加減することを強いられている多脚戦車は逆に高威力の攻撃を控えざるを得ない。悪化した戦況をひっくり返す有効な手が打てないまま、最後の1射で全滅した。
さすがに超電磁砲の連射は専用の砲身でも持たないようで、銃口部分が融解して融け出している。
「はあ……はあ……けほ……なんとか、なるもんね。いッ、つ……」
冷理は膝に手を当てて息を整える。
ぜえぜえと酸素を求めて喉を鳴らした。
『多脚戦車の装甲を、その程度の超電磁砲で貫通することなどあり得ない。何をしたんだ?』
「さあ、思ったよりも脆かったんじゃない?」
敵に塩を送るほど、冷理には余裕がない。
彼女が仕込んだのは最初からだ。
水素脆化という現象がある。
金属が水素を吸収すると、脆くなるというものだ。
本来は年単位の月日が必要なのだが、原子レベルで水素を操作できる冷理にとっては、さほど難しい操作ではない。何だったら酸素と反応させて水を作るよりも簡単だったりする。ものの数分で何十年分も経年劣化した装甲は、レベル3相当の電流で発射される超電磁砲にすら耐えられなかった。
とはいえ、かなり危ない橋を渡っていた。
水素脆化の仕込みはしたが、水素の綱引きに持ち込まれたことで有効な決定打が作れなかったのも事実だ。
「じゃあ、いよいよ、覚悟してもらうわ」
冷理が歩を進めようとしたとき、くらりと目の前が暗くなった。
貧血にも似た症状で、倒れこんだ冷理は床に手を突いた。
「何……これ、はあ……はあ……は――――ぁ」
『息が苦しいかね。当然だ。あれだけ運動して、能力を使っていたのだからね』
「どういうこと?」
『君を迎撃するための準備をしていたと言ったぞ。ここは気密性抜群の地下施設。何せ核融合実験をするという触れ込みで作っているのだからね。その研究棟に外気が入る余地はないんだよ』
「……ま、さか、酸欠」
『頭が痛いだろう? 高山病の症状だね。酸素と水素を結合させて、水を作る。君の得意技だが、その場で消費する酸素は有限だぞ? 多脚戦車も盛大に水を作っていたからね。いよいよ、人間が活動できるレベルを下回ったわけだよ』
「う、そ、こんな……もう少し、なのに……」
立ち上がることができない冷理は、悔しいという感情すら抱けない。頭が爆発しそうなくらいに痛いのだ。
『ようやくだ。支倉くん。まずは君の頭脳をいただく。戦闘データだけではまだ足りない。すべての情報を計測させてもらうぞ』
「ッ……」
水をどう扱えばいいのか分からない。
いつもの冷理なら、すぐに水を分解して酸素と水素を作り出しただろう。だが、低酸素状態で演算が働かない。計算ができないので、能力が発動しない。それどころか、そもそもまともに呼吸ができない。今やエベレストの山頂に匹敵する酸素濃度だ。時間をかけて順応させなければ、そのまま死に至ることもあり得る。
公孝が送り込んできた最後の切り札が、ここで投入される。
動物兵器も多脚戦車もすべてはこのお膳立てに過ぎない。
それは大きな球形の機械だ。球体を支えているのは例のごとく4本の脚。奇妙な外見は、どことなくヤドカリを彷彿させる。
そして、球体部分の蓋が開く。人一人分が腰かけられる程度のスペースがあり、まるで飛行機の操縦席のようだった。
するり、とリボンが伸びてきて冷理の身体に巻き付く。
見たことのある能力。常盤台の学生の能力のコピーだ。ぐったりとした人間一人を拘束して、引きずり込むのには最適な能力だ。抵抗する気力もなく、冷理は操縦席に引きずり込まれて座らされる。人を取り込んだことで、それはコックピットとなった。
座席に縛り付けられた冷理の頭に電極のついたヘルメットが装着された。身動きが取れず、首を動かすこともできない状況で、頭だけが冴えてくる。
このコックピットは酸素濃度が平常なのだ。それで、ようやく状況を理解できるようになった。
「何すんのよ、離しなさい!」
じたばたともがく冷理ではあったが、がっちりと手足を拘束されて動けない。
『あまり騒がないでくれないか、モルモットくん』
「ぎぃ、ぁ!」
頭の中で何かが弾けた。
鋭い痛みが脳を揺さぶり、涙が滲む。
『その席に着いた以上、君を生かすも殺すも私の気持ち一つだということを理解してほしい』
「何が、目的」
『何度も言うようにデータだよ。具体的には君の水素を操る能力の本質を探りたい。そのために本人から直接データを採取するのが一番、というよりこれ以外の手が思いつかなくてね』
「データなんか渡すわけないでしょ」
冷理は脱出するために水を集めてウォーターカッターを作り出す。いや、作り出そうとした。
(能力が――――)
冷理の能力がまったく発動しなかった。
『この街の少年院でも使われる対能力者用の拘束具だ。脱出は不可能だから諦めてくれ。それと、すでに君は私のモルモットだという自覚を持つべきだね。今までさんざんに私の資材を破壊してくれた分は、きっちりその身体で稼いでもらう』
「冗談じゃないわ、人を実験動物扱いするんじゃ、あああああああッ!」
激痛が頭に響き、叫び声をあげる冷理。
『実験動物というのは、君がさっきとどめを刺したアレのことかね? まあ、確かにアレよりは君のほうがよほど価値がある。が、生憎と、この学園都市の研究者の視点からすれば、人間も他の動物も自分の実験において、どの程度価値があるかというくらいしか違いがない。私もかつてはそのような環境に身を置いていたのだ。君は私に捕らえられたことを感謝するべきかもしれないね。私でなければ、もっと酷い目にあっていたかもしれないぞ』
電流を流し込まれたかのような苦痛。叫び声は外には届かない。
『さて、私も拷問趣味ではないし、正常な脳機能が阻害されては本末転倒だ。お仕置きはここまでにして、これからは建設的な実験の話にしよう』
「はッ――――はッ、あ……ぇ」
『その
「わたしの能力をこれで計測するって、わけ」
『その通り。ようやく、頭が働いてきたじゃないか。だから君にはできるだけ正気を維持してもらう必要があるし、余計なデータを入力する気もない。だから、その点に関して君の安全は約束しよう。私の目的が達成されるまでの間は、君の命と正気は保証するとも。ということで、実際に使ってみてくれ。ちょうどいいところに、ネズミが紛れ込んできたところだ』
「え……」
コックピットの外に目を向ける。
いつの間に、そこにいたのか気が付かなかった。
暗部の能力者と戦っていた逆巻条理がほんの数メートル先に佇んでいた。
「逆巻さん!? なんで、いつ……いや、逃げて!!」
頭に微弱な電流が走ったのを感じた。それと同時にIFOの周囲に水塊が形成される。その数は5。一つ一つがバスケットボール大の大きさだ。それが、砲弾のように射出される。IFOの戦闘はプログラムによって自動化されている。必要な能力は冷理の脳を介して強制的に起動し、それを冷理は止めることできない。能力を演算機能がIFOに掌握されているかのようだ。
適切なデータを記録するために、冷理の人格に支障を来たすような刺激も与えない。
正気のままに、能力使用を強制され、そのデータを逐一記録される。
射出された水塊が条理を襲う。
水の重量を考えれば、鉄を捻じ曲げる程度の威力にはなっただろう。人体ならば一溜りもない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
止まれ、止まれと必死に念じながら、全身に力を籠める冷理をあざ笑うかのように、IFOは次々と攻撃を仕掛けた。電撃、凍結、ウォーターカッター、さらに水素爆発と冷理がとりうる選択肢をなぞるようにして力を振るう。
その出力は機械化したこともあって、ものによっては冷理のそれを上回る。
一通りの攻撃を出し尽くした後で、濛々と立ち込める水蒸気の向こうから、無傷の条理が現れたのは、さすがに驚いた。
絶望感が一転して、理解を拒む不可思議な現象に思考が空白を生んだ。
「支倉さん、聞こえるな?」
「は、はい。聞こえます、え、なんで?」
「あなたの頭に直接語り掛けてますってヤツ。普通にしゃべっても聞こえなさそうだし」
「ほんとに何でもありなんですね」
「とりあえず、遅くなって悪かった。ここまでになってるって分かってたら、もっと急いできたんだけど。いや、言い訳だな。遅れた分はこっから挽回するから」
「ぁ――――はい」
余裕のある落ち着いた声音の条理に、冷理は反論もなくうなずいた。条理はレベル3だという。冷理よりもレベルは低いのに、なぜかこの状況をひっくり返してくれるような気がする。
+
『君は何なのかな? 彼女の恋人か何かか? そういう人間がいるとは聞いたことがないが』
「社長さんか。女の子を機械に閉じ込めて兵器開発なんて、いいご身分だな。名前は、いいか。どうでもいいし、すぐに忘れそうだ」
『……君には暗部を派遣したはずなんだがね』
「けっこう強かった」
『殺したのかい?』
「モニタリングはできてない……あ、そういえば、カメラ関係は誤魔化してたんだったな。うん、殺してはいないよ」
『そうか。奇妙な能力だ。カメラにも干渉する能力、光学迷彩か? いったい何だ?』
条理の存在を彼が認識したのは、中庭での戦闘の時だ。
そもそも条理と冷理が知り合ったのもつい数日前の話であり、公孝が条理の情報を得る術はない。戦闘時にもカメラ関係を幻覚で潰していたので、透明人間のようなものだ。ここに条理が現れたのも、その前触れすら観測できていなかった。
「このままあんたのところに乗り込んでもよかったんだけど、まあ、こっちが先決だからな」
『言うじゃないか。君に何ができる? 彼女を救い出せるか? ヒーローを気取るつもりかね?』
「いや、ヒーローなんかになる気はないよ。ただ、支倉さんが困ってるし、あんたの計画を潰せるんなら、それが一番だ」
『ほう、理由は?』
「大層な理由はないかな。乗り掛かった舟。これが一番近い。ようは偶然だ。たまたま、支倉さんを手伝う機会があった。んで、あんたは俺的にも許せない性質だった。だから、ここに来た。なんで悪いけど、あんたが納得するような「正当な理由」ってのはないんじゃないか」
『……なるほど。会話の無駄だったな。それでは、終わりにしよう。彼女の攻撃をどのように凌いだかは定かじゃないが、そう何度も避けられるものじゃあないだろう』
起動するIFOが氷の斬撃を振り下ろす。それは条理の身体を両断することなく、床を切り裂いただけに終わった。
条理はそこにいて、どこにもいない。あいまいな影のように揺らめいて、IFOの攻撃をすり抜ける。
『……幻? いや、何をしている?』
「さあ、なんでしょう」
条理は木刀をカメラ越しに構えた。
『何のつもりだね?』
「質問が多いな。研究者なら、ちょっとは推測なりなんなりしてくれ……けど、ヒントを上げるよ。伝説の剣だ」
『何?』
「伝説の剣だって。エクスカリバー、草薙剣、デュランダルにクラウソラス、いろいろあるだろ?」
『ゲームの話か』
「神話と伝説の話だよ。一振りでたくさんの敵を斬ったとか、遠くの敵を斬ったとか、斬れないはずのものを斬ったとかいうわけ」
『……それがなんだ? 今、この話は重要か?』
「もちろん。伝説の剣は、遠く離れた敵、斬れないはずの敵を斬ることができる必殺の剣だってことだ。分かる? 分からないなら、もう一度言うぞ。これは、伝説の剣だ」
木刀をこれ見よがしにカメラに向ける条理。
その直後だ。
『あ――――があああああああああああああああああああああああああ!!』
スピーカーを震わせる大音声で、公孝が激しく絶叫した。
『何、ぐえ、あッ、あが……何を、し、しした、私に何をッ』
「斬られたと思っただろ? ほんの少しでも、そう思った。あとはそれを増幅するだけ。伊達に『
『精神攻撃。私に斬られたと錯覚させて、実際に痛みを感じさせている!? だ、だが、なぜ、どうやって能力が私に届いた?』
「精神系能力の中には他人の位置を特定する使い方ができるものもあるんだよ。干渉する心がどこにあるか探すんだ。あんたがいるシェルターの位置は図面でもあんたの部下の頭からでも確認できたからね。分厚いだけの壁じゃあ防げないぜ。基本の応用。俺からすれば、おまけ程度。世界に夢を見せるまでもない。でもまあ、お仕置きにはちょうどいいだろ。あっさり終わらせたんじゃ、つまらない」
条理は大きく息を吸って、
「そんなわけでーぇ、てめえが作ったこのクソッたれな現実ってヤツを今から徹底的に踏みつぶしてやるから、そこで悶絶しながら見てやがれってことで一つよろしく!」