※この作品はR-18です。

とある世界の常識改変   作:ロロノア

11 / 21
第十一話

 末広公孝にとって、突如乱入してきた男のことは完全な想定外だった。

 支倉冷理という少女のことは事前に調べ尽くしていたし、彼女の人間関係も把握していた。

 元常盤台の大派閥長だということからも、彼女の周辺に高位の能力者が多数存在しているのは確実だ。冷理と敵対するのであれば、その仲間たちとも敵対する可能性を考慮して動かなければならない。その上で、公孝は冷理が周囲を巻き込むことを恐れて単独で動くことに賭けた。これはギャンブルではあったが、冷理の性格を分析し、心理学的な蓋然性の高さに勝機があると睨んでいた。事実、追い詰められた冷理は単独で研究所を襲撃する暴挙に出た。より厳密にいえば、そうなるように条件を整えて誘導したわけだが、冷理と何ら繋がりのない第三者がここまで深入りしてくるというのは予想できなかった。

 

(しかし、問題はない。レベル5ならばいざ知らず、レベル4以下の能力者がたった一人。彼女をコアに格納したイミテーション・ファイブオーバー(IFO)の戦闘能力なら十分に処理可能だ)

 

 むしろ、これはより具体的な戦闘データを取得できるという点では幸運でもある。

 冷理が行う水素原子の操作を解析するには多面的なデータが必要不可欠だ。図らずして対能力者戦のデータが取得できる。

 ズキズキとする胸を公孝は押さえて、額に脂汗を浮かべながらモニターを睨みつける。

 右肩から左の脇腹まで、ばっさりと斬りつけられたかのような感覚があり、強烈な痛みがあった。

 精神系能力による精神干渉。

 剣で斬られたと思い込まされたことによる存在しない痛み。幻肢痛の亜種とも言えるだろうか。幻肢痛であれば、明確な対処法はないが、今、公孝が食らったのはあくまでも脳に斬りつけられたと誤認させるだけのものだ。

 実際に痛みを感じてはいるが、脳の認識の問題なら、その認識を誤魔化してしまえば痛みの低減は可能だ。

 取り急ぎ、公孝はカッターで小さな傷を胸に付けた。幻の傷の真上にほんの少しの痛みを感じる程度の本物の切り傷を乗せる。そして、救急箱から消毒液とガーゼを取り出して、その傷を治療してから、強い痛み止めを注射する。

 シェルターの中には食料品のほか、医療物資も保管してある。本当に痛み止めを打つ日が来るとは思わなかったが、備えあれば憂いなしだ。

 存在しない傷は治療ができない。

 だから、延々と痛み続ける。

 ならば、存在する傷で上書きすればいい。傷を目に見える形で治療して、実際に痛み止めを打つ。脳に傷は治療済みであると錯覚させるのだ。

 心的外傷から逃れるために、自分の身体を傷つけてしまう人がいるが、その状態と類似した対応である。学園都市製の痛み止めに加えて脳内麻薬も出るので、幻の切り傷からの激痛はそれなりに抑制できる。

 苦痛は制御可能なレベルまで落とし込んだ。

 ならばあとは、モニタリングに集中しないといけない。

 計器がすべて観測してくれるのだが、それでもバグや故障があっては元も子もない。きちんと各種機器が機能しているかは、目視確認をしていないと心配だ。

 公孝はIFOと対峙する条理の映像と送られてくる数値を交互に睨みつけながら、自分の研究が完成するときを今か今かと待ちわびているのだった。

 

 

 

 +

 

 

 

 

 巨大なヤドカリ。あるいは近未来的な多脚戦車とも見える鉄の塊、IFOは、公孝が冷理に語った通り観測機器であって、戦闘用の機械ではない。戦闘機能は、あくまでも能力を解析する機能の付属品である。

 内部に格納した能力者が実際に能力を使った際の脳波を計測し、記録し、解析する。外部から観測するだけでは埋まらない計算式を能力者本人の脳の活動をなぞることで完全なものにしようという試み。機械自身が能力を使うことで、穴だらけの数式の空欄を埋める作業をするというのがコンセプトだ。

 そのため、IFOが十分に機能するためには、実際に能力を使用することが必要となる。

 どうせ能力を使うのならば戦闘にも使えるようにしようという蛇足的な改良により、IFOは戦闘用AIを搭載し、自立稼働する「能力を使用する戦車」となった。

 定められたプログラムに沿って動くだけではない。能力者の脳を解析するためのAIは、そのままマルチな思考で柔軟に適切な戦闘行動を選択できる。 

 水と氷を操る変幻自在の攻撃に目にも止まらぬ電撃を織り交ぜた絨毯爆撃。

 レベル4の大能力者であっても、粉微塵に粉砕できるだけの火力を叩き込んだ。

 主人の命令はシンプルに、冷理の能力を駆使して眼前の敵を殺せというものだ。

 人間を殺すのに、大それた火力は必要ないが、冷理の能力を解析するという第一の仕事と同時並行して処理するために、同時多発的に能力を行使する。

 敵は確実に殺す。

 能力も多彩な形で使用して、より多くの反応を記録する。 

 2つの仕事に同時に処理するということもまた、機械ならではの機能であろう。

 

「ロボットってのは確かにロマンあるけどな」

 

 粉砕されるはずの人間が、傷を負うことなく立っている。

 避けたわけでもなければ、防いだわけでもない。 

 そのどちらの反応も戦闘用AIは観測していない。

 カメラと直結する電子的思考回路が疑義を抱き、状況を整理し、これが幻であると結論する。

 地下研究棟の温度が急速に低下する。

 水をまき散らして濡れた床だけでなく、柱も壁、核融合炉の外壁に天井まで結露して水滴に覆われていく。

 やがて成長した水滴は雨となって降り注ぎ、地下研究棟全体をざぁっと舐めるように濡らす。まるで一瞬の通り雨。そして、その直後、世界は真っ白に染まった。

 『全般量子固定変化(フリーズチェックメイト-273)』を最大出力で使用する。

 戦闘用AIは、条理の幻の原理を把握していない。光の屈折等で、実際に幻を作っているのか、それとも電子回路に干渉して偽の映像を見せられているのか不明である。だが、明確なのは、逃げ場のない地下研究棟全体を瞬時に凍結させてしまえば、およそあらゆる生物は死滅する。

 能力は一人につき一つが大原則である。

 精神系能力者に、広範囲に作用する物理現象を防ぐ手立てはない。

 景色が一変する。

 一瞬とはいえあらゆる原子の動きが停滞する白銀の世界は、同時に極めて空気の薄い極限環境。北極圏以上に生物にとって劣悪な世界だ。ここで生きられるのは、IFOに格納された冷理のみ。そのほかのすべては、氷像となって停止する他にない。

 常識の範囲内では、確かにその通り。

 

「――――!」

 

 AIにも驚愕という概念はあるのだろうか。

 もしもあるのなら、確かにそのような「感情」を抱いていただろう。

 カメラが揺れたかと思えば、轟音を立てて足が崩れた。

 

「常識的に極低温状態に金属は耐えられない」

 

 条理は傷を負うことも、凍えることもなく、それどころか一歩もそこから動いていない。変化したのはIFOの四脚の根本だ。絶対零度にすら耐えられる特殊な鋼鉄製の脚が、どういうわけか破断して、砕けている。金属特有の「粘り」を失い、ぽっきりと根元が外れて本体が床に落下した。

 本体の重量を劣化した脚部が支えられなかったからだろう。

 

『な――――に、今、何をした!』

「さあ、こんなに寒いと金属も壊れやすくなるんじゃないのか?」

『そんな馬鹿なことがあるか! 『水素結合(ハイドロジェンステーション)』を扱うために特別に調整した機体だ! この機体一つにどれだけの資金を投資したと思っている!? 地球上に存在するあらゆる低温環境で、何の問題もなく性能を維持できる設計なんだぞ!?』

「んなこと、俺に言われても知らん。でもまあ、あんたの投資が無駄になるってのは、イイ話なんじゃないか?」

 

 特に面識があるわけではないが、公孝は敵であってそれが投資に失敗して損失を出すというのなら、条理にとっては悪い話ではない。同時にメリットがあるわけでもないので、所詮は他人事になるのだが、他人の失敗というのは、自分に関わらない範囲でなら笑い話だ。敵のことならなおさらである。

 

「そんじゃあ、引き伸ばしはここまでな。最後だからそこでよーーーーく見とけ。自分の玩具が産廃行きになるところをな」

 

 IFOがバキバキと音を立ててひしゃげる。

 装甲に罅が入って凹み、捩じれていく。四方八方から猛烈な力で圧搾されているかのようだ。

 条理に常識改変されたIFOの装甲は、大気圧に耐えられないほど脆弱になった。物理的な強度など、いくらでも改変できるし、この方面に特化した能力者でも可能な現象だ。

 条理はひっくり返ったIFOの上に飛び乗って、蓋を外した。

 完全に閉鎖され、決して開くはずのない蓋がいとも簡単に本体から引きはがされて床に落ちた。

 拘束された冷理が信じられないといった表情で茫然と条理を見上げている。

 

「元気そう?」

 

 と、何気ない顔で条理が尋ねる。

 汗一つかくことなく、まるで家の周りを散歩しているかのような自然さだ。

 

「あ――――はい……」

「じゃあ、出ようか」

 

 冷理を拘束するケーブルが内側から弾けるように断ち切られた。

 条理は冷理を抱き抱えてIFOから飛び降りる。そして、直後にギギギギギ、とIFOが悲鳴を上げる。

 すでにIFOのAIは機能を停止しているが、もしもAIが生きていたらどのような感情を抱いただろうか。何が起こっているのか分からない不明確な力で全身が圧縮されていくことに、底知れぬ恐怖しただろうか。まっとうな人間なら、発狂したかもしれない。

 限界を超えた金属塊がバンバンと部品を飛ばしながら変形する。

 そして、内側から猛烈な火柱が立ち上がる。積んでいたバッテリーが火を噴いたのだ。潰れながら内側から焼けていく。

 冷理から取得したデータも欠片も残さず燃え尽きる。

 

『な、にをしたんだ。――――いったい、何をしたんだ!? 精神系の能力ではないのか!? なぜ、IFOを破壊できる!?』

「教えるわけないじゃん?」

 

 冷理を下ろした条理は、スピーカーの向こうで困惑し、声を荒げる公孝に蔑むような口調で挑発的なことを言う。

 

「さぁてと。今からそっち行くから、ビビりながら待ってろクソ野郎」

 

 

 

 +

 

 

 

 公孝の居場所は特定している。

 地下研究棟のさらに下にある第二社長室とも言うべきシェルターだ。 

 放射線を遮断する鉛と鋼鉄を組み合わせた分厚い隔壁で四方を囲んであり、ロケットランチャーの直撃にも耐えうる頑強さを誇る。携行可能な通常兵器では、そう簡単に突破することはできない構造となっているのだ。もちろん、そのような物質的な強度というものは条理の前では意味をなさない。それどころか空間転移(テレポート)対策も疎かにしているあたり、対能力者仕様にはなっていないようだ。

 考えてみれば、3次元で説明できる物理現象を発生させるタイプの能力者対策なら素材を工夫すればいいが、幻覚やら空間転移やらを使用するタイプの能力にはAIMジャマーでもなければ、対処は難しい。そして、そのような設備は、少年院のような学園都市の中でもごく一握りの施設にしか存在しない。

 

「ネズミの巣穴にしちゃあ、ずいぶんと綺麗な部屋じゃないか」

 

 条理はシェルター内部を一瞥して所感を述べた。

 壁をするりと抜けて、入ってみるとなんと一流ホテルのVIPルームのような豪華な部屋になっていた。

 地下シェルターかつ社長個人の研究室という話だったので、飾り気のない薄暗い部屋をイメージしていたのだが、正反対だった。

 壁には複数の大型モニターが設置され、観測機器がいくつも並んでいるのはさすがに研究室というだけのことはあるが、ガラスケースに入った白磁の壺や壁にかかるよく分からない絵画、テーブルも金色の華美な装飾に彩られ、大きな一枚の絨毯が敷いてある。

 大きな機械や電源装置と思しい長方形のラックが並ぶ部分とホテルのVIPルームのような調度品が並ぶ部分が一体となった奇妙な部屋である。

 

「いつの間に……! なぜ、どうやって入ってきた!? センサーにも反応はなかったはずだ!!」

 

 公孝は驚愕して後ずさりする。

 その反応は無理もない。

 シェルターの入口は公孝が来てから一度も開いていない。何か動きがあればセンサーが捉えて警告し、場合によっては自動的に攻撃していたはずなのだ。

 

「なんで今更センサーで俺を検知できると思ったんだ? 機械で俺を検知するのは無理だって、分かってただろ?」

 

 条理の能力を正しく理解するのは不可能だが、機械の目をすり抜ける使い方があることを公孝は知っていたはずだ。

 どの程度まで条理の能力が対応しているのか、ということまでは把握していなかったということかもしれないが、お粗末な認識だ。

 

「そんじゃあ、要求は一つだ。今、ここで、すぐに支倉さん絡みのデータをこの世からすべて消して、復旧不能なレベルで破壊すること」

「ふ、ふざけるな。どれだけ投資してきたと思ってる? それを消すだと? 冗談じゃ――――あがッ!」

 

 条理は木刀で公孝の胸を突いた。

 突き飛ばされて尻もちをついた公孝の喉元に切っ先を押し付ける。

 

「が、く、かはッ……!」

 

 気道を押さえられて、公孝は苦し気に悶えた。

 

「あまり手間を掛けさせないで欲しいんだよなァ。頭ん中を弄んのは簡単だけど、それじゃあ面白みってのがないからな」

「く、ふ、あ――――か」

 

 じたばたする公孝を条理は木刀一本で押さえつけている。公孝の両手が木刀を握って、逃げようとしているのに微動だにしない。まるで、木刀そのものが一つの大木として根付いているかのようだ。

 

「往生際が悪いね。自分の立場ってのが分かってない。あんたは能力者を実験動物とか金のなる木くらいにしか思ってないんだろうが、俺にとっちゃあんたはその価値もない廃棄物だってこと、分かってるか?」

「かふッ、ど、どうする、つもりだ?」

「どうもこうも、俺の要求はさっき言った通りなんだが、ああ、そうだ。そういえば、支倉さんを助ける理由、というかあんたと敵対する理由な。ちょっと考えたんだけど、こういうのはどうかな?」

 

 そう言うや、条理は能力を使った。

 物理的な変化はない。

 公孝の精神に働きかける。

 

「く――――ぎ、ぎゃああああああああああああああッ!!」

 

 公孝は叫び声を上げた。がりがりと床を引っ掻き、全身を痙攣させて悶え苦しんだ。

 

「あ、だまが、割れるッ、くひ、んがああああああああッ!?」

 

 木刀で喉元を押さえられながらも叫びをあげる。窒息しかけて顔が青くなったり赤くなったりと忙しい。条理は公孝を逃がさないようにしているが、少しだけ木刀を緩めて呼吸しやすくしてやる。

 

「ひ、あ……くはッ――――はあ、はあ、ぐ、ぁ……」 

 

 条理はすぐに能力を解いた。

 公孝は苦痛から解放されて、涎を垂らしながら激しく呼吸を整える。

 

「モルモットの気持ちが少しは分かったか? 今のは俺が昔、能力開発で経験した痛みだよ。その一瞬を切り取っただけのささやかな経験の共有だ。しかし、あれだな。男の叫びってのは、なんか聞いてられないな。唯一ちゃんの時はもっとそそるもんがあったもんだけど。それに、ほんの数秒で音を上げるし、やっぱ性別の違いか? 女のほうが痛みには強いらしいからなァ」 

 

 徹底的に叩き潰して尊厳をぶち壊しても何も申し訳ないと思わない。そんな邪悪を屈服させるカタルシスを条理は知っているし、求めてしまう。正義の味方などではない。これはただの性癖だ。しかし、やはり男が相手だとどうにも乗り気にならないようだ。

 

「まあ、ともかく。俺たちは能力開発のときに多少なりとも代償を支払ってるわけ。個人差あるけどな。中にはあんたみたいのにモルモット扱いで頭ん中弄り回されたヤツもいる。そうやって手に入れるのが能力だ」

「だから、なんだ。恨みを晴らしに来たとでも? だとしたら、八つ当たりだ。科学の発展に、犠牲はつきもの、だろう」

「科学の発展に犠牲はつきものっていうけどさ。そうやって、無意味な犠牲を容認する言い訳にすんのはよくないよなァ。あんたの研究なんて、大した価値ないんだからさ。水爆作ったって、別に科学が発展なんてしないじゃん? その程度なんだよ。その程度の商品開発に、レベル4になるまで頑張ったヤツの能力がフリーライドされんのは、やっぱ変じゃないかって話? まして、世の中のためにって頑張ってるんだからさ、その足を引っ張って、汚ねえ泥ん中に引きずり込むようなことをするもんじゃないっての」

 

 パッと条理の手から木刀が消えて、ボールペン型に戻った。

 

「んじゃ、言いたいことは言ったし、あんまりそそられなかったから、もういいや。ぶっ壊してからが木原の入口らしいけど、あんたを壊してもつまんないからね。社長、パパッとデータの全消しよろしく。電子、物理両面から徹底的にやってね」

「……あ、ああ、そうだな。きちんと消さないと……水爆なんて、作るもんじゃないからな」

 

 公孝の中の常識を書き換えた。

 冷理に関する実験データや水爆関連のデータは特に念入りに削除して、データセンターも念入りに破壊してもらう。外部への情報流出を非常に恐れていたEDMOは、データサーバもオンプレである。サーバーの規模が小さいので、どうしても計算速度に限界があり、それがこの会社の作業効率の低下を招く要因でもあっただろうが、それでも情報流出への懸念のほうが強かったらしい。それだけ、公孝は自分の技術に自信があったのかもしれない。が、それも今となっては昔の話だ。常識が切り替わった公孝は、自ら積み重ねたデータを削除し始めた。

 あとは機械的な作業だ。

 関係者も含めて、全員の記憶から冷理の能力の悪用に繋がる分析データを削除してしまう。それで、この一連の戦いは終了だ。

 

 

 

 作業中の公孝を残して、条理はシェルターを出た。

 条理を待っていた冷理が不安げにこちらを見ている。

 

「大丈夫ですか?」

 

 と、冷理は尋ねてきた。

 

「問題なし。社長は今、必死になってデータを消してくれてるよ。シェルター開けといたから、見に行ったらいいよ」

「本当ですか!? じゃあ、これで……」

「一応は解決じゃないか? ここのデータは少なくとも今日中には真っ白だよ」

「は――――ぁ」

 

 かくん、と冷理がひざを折ってしゃがみこんだ。

 

「そっちこそ大丈夫か?」

「はい、すみません。ほっとしたら、力が抜けちゃって」

 

 ずっと気を張っていた不安の根幹が、今、明確に解決に向かっている。

 それですっかり気が抜けてしまい、冷理は頭が真っ白になってしまった。

 

「本当に、終わったんですか?」

「こっちでできることは終わりだな。今日取られたデータも外部には出てないはずだから、このまま削除されるよ。もともと水爆に辿り着けない程度の研究にしか進んでなかったから、仮に情報流出があっても、大丈夫じゃないか」

「そうですか。はあ、よかった」

 

 ぽろぽろと冷理の目から涙があふれてきた。

 

「すみません。ごめんなさい。なんか、助けてもらってばかりで」

 

 涙を流す冷理に、条理は声をかけなかった。こういう時に何と声を掛けたらいいかすぐに分からなかった。冷理の感情の発露だ。彼女にも制御はできないが、長く続くこともない。不安と安心の入れ替わりの整理がつけば、問題なく落ち着くだろう。

 

 

 

 公孝がすべての社内のシステムを停止したことで、防衛システムも機能を停止した。

 行きと異なりエレベーターで地上に戻る。

 完全に陽が落ちて、夜になっていた。

 山の中なので真っ暗なのかと思ったが、さすがに学園都市の中にあるのでそんなこともなかった。大都市の明かりを高台から眺めることができるので、意外といい夜景スポットかもしれない。

 冷理の能力をそこかしこで使ったので、社屋の中は水たまりだらけだ。

 ガスを浴びせられて会議室で眠っていたEDMOの幹部たちの頭の中を処理して、万が一自宅に持ち帰った冷理の情報があればそれも削除するよう指示を出す。

 ただの記憶操作ではない。世界の常識から改変することで、たとえレベル5でも記憶の復元を不可能にする。ここだけは念入りに対応した。せっかく最後まで関わったのだから、それくらいは骨を折らなければ。

 駐車場に出てくると、街灯の下に見覚えのある車が停まっている。

 社用車としてもよく使われている白いバンだ。ナンバーを見れば、それが唯一の所有する車の一つだと分かる。

 そして、運転席から降りてきたのは、白衣の女――――木原唯一だった。 

 

「お疲れ様、条理君。ちゃんと終わった?」

「終わったよ。とりあえずね」

「うんうん、じゃあ、ちょこっと見てこようかな。暗部流のチェックポイントがあるからね」

 

 わざわざ唯一に連絡を入れたのは、まさにその部分だ。条理が見落とす可能性がある。暗部としてのものの見方を知る唯一に頼ったのは、条理の認識の外に情報が残されるリスクを考慮してのことだ。

 

「ねえ、それってどれくらい時間かかるの?」

 

 と、声をかけたのは助手席から降りてきた海美だった。

 

「1、2時間くらいあれば十分でしょ。条理君の能力であらかた潰してるでしょうしね。だから、別にあなたは出て来なくてよかったんだけど」

「いいじゃない。ずっと家を空けていた夫を迎えに行くのは妻の仕事でしょう?」

「誰が夫で誰が妻だってぇ?」

 

 唯一が海美を睨みつけるが海美はまったく意に介さない。

 

「ええと……」

 

 新たな登場人物に困惑する冷理は、女性2人と条理を見比べる。

 

「こっちは俺の能力開発担当の先生で後見人の木原唯一先生で、こっちが、同居人の獄彩海美さんです」

「同居人……?」

 

 冷理は海美に視線を向ける。

 

「あらら、条理ってば恥ずかしがっちゃって」

 

 海美はクスクスと笑った。

 

「よろしくね。条理の妻の海美です」

「つ、妻って、結婚してたの!?」

 

 条理が他の女性と関係を持っていることは冷理も理解していたが、婚姻関係があるとは想像の範囲外だ。

 条理が否定する前に真っ先に口を差し挟んだのは唯一だった。

 

「そんなわけないじゃないですか。この女が勝手に押しかけてきて、妄言を吐き散らかしてるだけです。騙されちゃダメですよ」

「あら、お義母様ったら。義理の娘のことが疎ましいのは理解しますけど、もう成人しましたし、あまり過保護にするのはよくないと思いますよ」

「はァ? わたしのことなんて呼んだ?」

「夫の保護責任者の呼び方としては適切でしょう?」 

「大変、ちょっと妄想が酷いみたい。ちゃんと治療しないとアブナイからすぐに入れるイイ病院紹介しますよ。30年くらいお勤めしたら少しはよくなりますかね?」

 

 互いにニコニコしながら罵り合う。

 笑顔は時として攻撃的な表情となる。

 

「あの、えーと、支倉冷理です」

 

 この会話をしている中に口を挟むのは気が引けたが、この2人が条理と関わりのある女だと思うと、黙っているのもモヤっとする。

 

「ええ、知ってます。加巳野ちゃんの先輩ですよね。たしか心理掌握(メンタルアウト)とは交流がありましたかね?」

「常盤台と関係が?」

「あそこの理事長とはビジネスパートナーでもあるんです」

「そうなんですか」

 

 それは意外だった。

 常盤台の理事長と関係があるのなら、唯一は相当優秀な研究者なのだろう。

 

「じゃ、無駄口はこのくらいにしておきますか。さっさと済ませないと、日付が変わっちゃいますしね」

 

 唯一は手を叩いて会話を打ち切った。

 立話をしに来たわけではない。

 唯一はこのトラブルの最後の仕上げをしに来たのだ。

 

「いってらっしゃい、お義母様。お気をつけずに」

「もうここまで来たらあなたも来るんですよ! 証拠隠滅はそっちの得意分野でもあるでしょう!」

 

 唯一と海美が社屋に入っていくのを見送りつつ、冷理をバンの後部座席に乗せた。

 

「あの人たち大丈夫なんですか?」

「荒事には慣れてるから大丈夫でしょ。それに傭兵の皆さんは俺たちの味方だし」

 

 社員も傭兵も常識改変している。すでにこの敷地内には条理の味方しか存在しない。

 

「あ……」

 

 と、そこで放置している忍者のことを思い出した。

 感度3,000倍は死ぬというから2,000倍に加減してあげて、イキたくないというからイカないようにイク寸前に自動的にブレーキを踏むようにしてあげていたのだ。

 この案件はもう終わったので、後でちゃんと解放することにした。




今日気付いたけどキャスジル宝具1だった(FGO初期登録勢)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。