とある世界の常識改変 作:ロロノア
世界をリードする、というよりも圧倒すると言っても過言ではない学園都市では、外では近未来の技術とされるようなものが日常的に使われていることも珍しくない。
身近なところでは通信端末の進化・発展が挙げられるだろう。
ガラケーがスマホに置き換わり、さらにスマホが高度なパソコンや身分証、ゲーム機、財布といった多種多様な機能を併せ持つ機械となったのも学園都市の中ではずいぶんと前のことになる。
当然、それに伴い娯楽も変容していく。科学の最先端を行く学園都市では、外に比べて様々な娯楽がデジタル化していく流れが速い。
漫画や小説も多くが電子媒体に移り変わっていく中で、一部の書店はしぶとく生き残っていた。
紙媒体のほうが読みやすいという旧態依然とした価値観の他に、本の中身ではなく外観をアンティークとして使いたいという需要にも応えるなどでデジタル化に抗っているのである。
もっとも条理が訪れた書店は、アンティークに使えそうな古書を取り扱うようなおしゃれな店ではなく、駅前にある百貨店の中にある普通の書店だ。百貨店と書店という今にも消えてしまいそうな組み合わせなのだが、客入りは上々の様子。やはり、数多くの学生がいる学園都市という特性にも起因するのだろう。百貨店のテナントは生活必需品か学生向けに絞っている。
人気なのは映画館とフードコートのある5階で、書店のある4階はゲームセンターに人を取られている印象だ。書店も客の出入りはあるが、上の階に比べると人は少ないか。
漫画も小説も、紙媒体で読むタイプなのだが、今日は欲しい本があるわけではなく、ふらりと立ち寄っただけ。突然、スケジュールに穴が開いて、ぱっと思いつく暇つぶしの場所がここだった。気軽に足を向けられる範囲で一番大きな書店であり、ぶらぶら歩いているだけでもいい暇つぶしになる。上の階で軽食を取ることもできるし、適当に一、二時間潰して家に帰ろうかと考えていた。
週刊少年漫画を立ち読みし、漫画の新刊コーナーをうろつく。本棚の間を一周、二週としているうちに、時間が過ぎる。気が付けば、午後4時を回っていて、ちょうどいい時間だ。百貨店を出る前にフードコートに立ち寄って、オレンジサイダーを買って喉を潤して外に出た。
「あっちぃ」
日差しが強い。じりじりした暑さだ。アスファルトからの反射もあって、肌を焼くようだ。まるで電子レンジにでも入れられたかのようで、今夜は冷房必須の一夜になりそうだ。
(ちょっとズルするか)
頭の中で電源スイッチを切り替えるイメージ。
途端に汗が引いていく。
条理に触れている空気の温度だけを20度程度にまで低下させた。自然の常識を軽く弄った。遠赤外線サーモカメラで見ると条理だけ青みがかって見えるだろう。
いや、同じようなことができる能力者は数多い。例えば今すれ違った男子高校生は汗一つかいていなかった。理屈は違えど、能力によって温度調整をしているに違いない。先に挙げたサーモカメラの例を取れば、駅前の大通りを俯瞰して映像を撮影すると、異なる体温の人たちが入り乱れた映像になるのではないだろうか。
などという益体もないことを考えながら歩いていると、急に路地から飛び出してくる人影とぶつかった。
「あたッ!?」
その人影は条理にぶつかると跳ね返されたように仰け反って尻もちをついた。女のようだ。体格と体重の差で、あちらに大ダメージが入ったらしい。対する条理は唯一に叩き込まれた格闘術のおかげで踏みとどまれた。
「すみません」
「こちらこそ、すみません」
ぶつかってきたのは女だった。黒いTシャツとジーンズという化粧っけのない格好だ。帽子を深くかぶっていて表情はうかがえない。どこかのライブハウスからの帰りだろうか。そんな雰囲気のラフな服装だ。髪は栗色で、腰に届くくらいの長さだ。同年代か、少し年下だろうか。
「本当にすみません。あの……失礼します」
誠に残念ながら、ぶつかっただけの通行人同士でそれ以上の会話が弾むはずもなく、彼女はそそくさと駆け足で駅とは反対方向に去っていった。
ちらりと見えた横顔が美形だったのが、さらに残念。
「ん……?」
と、足元を見るとスマホが落ちている。
今の女子のものであると見た。
遺失物として届けるか。
本人はまだ遠くに行ってないだろうから、直接渡した方が早い。
そんなわけで拾ったスマホをポケットに入れて、条理は元来た道を引き返す。予定がないのが奏功した。ちょうどいい暇つぶしになる。
スマホに残された残留思念を読み取って、持ち主を探す。そういうことができる能力がこの学園都市にはあって、それをイメージ元として真似る。やはり元ネタがあると出力が安定する。条理の能力はイメージに左右される面が大きいので、条理自身が想像できたり知識として持っていたりするものほど安定して出力できる。失せモノ探しの能力は、さほど難しい能力ではないし、表面的に真似るだけで十分に効果を発揮する。
「けっこう遠くに行ってんな。マジか」
かなり足の速い女子だ。このわずかな時間で、一キロばかり移動している。普通の全力疾走でも不可能な移動速度だ。
(足が速いとかそういうレベルの話じゃないな、これ)
となるとやはり能力を使った高速移動に違いない。
妙に急いでいるようなそぶりを見せたのもそういうことだろう。
たびたび暗部に襲われた経験が、事件の匂いを感じとっていた。
(なら、急ぐか)
これが吉と出るか凶と出るかは不明だ。もしかしたら杞憂かもしれないし、ワクワクする展開が待っているかもしれない。どっちにしても拾ったスマホをどうにかしないといけないので、持ち主に引き離されるのはよろしくない。
というわけで、条理は速足から駆け足へ、人気のない路地に右折してから一気に跳躍した。イメージはバッタ、そして鳥だ。ビルの上まで飛び上がり、それから空気を掴んで滑空する。飛翔はイメージしやすい。参考元がたくさん世にあふれている。生き物もいるし、飛行機もある。そして、能力者たちも様々な方法で空を飛んだり、跳躍したりしている。ならば、条理にかかる負担も軽微なものだ。ゼロから常識を作るより、すでに存在する常識を自分に当てはめればいいだけなのだから楽なものだ。
幻想を踏みつけ、作り変えて学園都市の空を駆け抜ける。念のため光学迷彩をかけておく。思い切り能力を使って飛行するところを見られるのはよくない。違法ではないが、後々に響くと困る。これでもデフォは幻覚使いということになっているのだから。
ビルからビルに飛び移りながら、持ち主の居場所に急いだ。
反応があるのは郊外の旧商業施設。再開発が進められる一画で、半年ほど前に閉鎖された平屋のスーパーだ。
隣の敷地の建設中のビルの足場に着地した条理は、スーパーを俯瞰する。四方に建物があるがどれも無人。もともと老朽化が進む商業地域だったので住宅がなく、再開発も権利者の前向きな許諾を受けて進んだという話だ。テナントの退去もとっくに終わっていて、どの建物ももぬけの殻である。
「反応はスーパーの中。場所を選んだのか、逃げ込んだのか……」
まあ、いいか。
どっちにしても、行くことに変わりはない。
「あんなところに駆け込むからには、何かあるのは間違いないしな」
面倒ごとには関わりたくない――――というほど、達観してはいない。それがもしかしたら楽しい何かに繋がっているかもしれない、という期待感が湧いてくる。二律背反した感覚。今日のところは、突き進む方で行ってみよう。
スーパーの駐車場に着地した条理は、ざっと外観を見回して、入れる場所を探した。
逃げ込んだからには、入口があるはずだ。だが、ぱっと見、正面入り口は施錠されていて罅も入っていない。
ガラスを割ったとしても能力で直せるタイプかもしれないが。
この建物の中にいるのは間違いない。脳内のレーダーに反応がある。別に戦うつもりもないので、正面から入っていけばいい。レッツ不法侵入だ。
条理は正面入り口の前に立つと自動ドアが開いた。電気も通っていないガラスの扉は物理的な鍵しかかかっておらず条理にとってはないも同然である。
シン、と静まり返った元スーパーの中は暗く、ひんやりとしている。陽の光が入ってこない奥のほうは夜より暗い。
こういう廃墟感のある無人の建物は、異世界感があってドキドキワクワクしてしまう。夜の学校や研究施設、公民館なども似たような雰囲気がある。人工物でありながら人の気配がないという空虚感が堪らない。条理のちょっとした性癖をくすぐる部分である。
広いホールには木製の陳列棚が無造作に置きっぱなしになっている。
(産廃費ケチったのか?)
移転先に持っていくこともせず、置きっぱなしだ。所有権はまだ元の所有者にあるのだろうかとか、そのような益体のないことを考えながら歩いていると、目の前に透明な液体が現れた。バスケットボール大ほどもある水球だ。水球は条理の顔面を捉えて張り付いた。そして、そのまま条理の呼吸を止め――――ることはなかった。するりと条理は水球をすり抜ける。
(水の操作。能力者か。いきなり問答無用で意識を取りに来るなんてな)
ついうっかり本来の能力で応戦してしまった。唯一からできるだけ使うなと止められているのに。水がいきなり顔に張り付いてきたら、誰だって反射的にガードしてしまうだろう。自動迎撃は能力バトルの基本だ。
(距離はそんなに離れてないな。残留思念はこの先にスマホの持ち主がいると伝えている)
スーパーは広いが隠れる場所は多くない。売り場のほかにあるのは倉庫とバックヤード、トイレに従業員用の控室くらいだろう。
「おーい、すみません。さっき駅前でぶつかった人ですよね? スマホを落としませんでしたか?」
と、拍子抜けすることを言ってみる。
ついでにおそらく彼女の物であろうスマホを手に取って振る。
水球で攻撃される前に声を掛ければよかった。
「拾ったんで残留思念から探させてもらいました。こんなとこに来てるとは思わなかったんですけどね」
反応なし。
疑われているか。
何か事情があるだろうから、当然だろうか。
さて、この後どうするか。
特に向こうからアプローチがないのなら、スマホを置いて帰るしかないか。無理に踏み込むほどの因果も縁もない。
「……早く帰って」
と、声がした。闇の奥から響いている。
「スマホのことはありがとうございます。ですが、すみません。失礼を承知でお願いします。スマホを置いて、帰ってください。事情を汲んで、何も聞かずにお願いします」
姿を見せないのはやはり警戒心からだろう。あるいは、こちらを関わらせないためか。
向こうからすると、こんなところに逃げ隠れしているのが明白な相手のところにスマホを持ってくる時点で不審者だ。さっきのように水球で迎撃するのが正しい反応なのだろう。まして、こちらはその不意打ちに対応した。彼女からすれば要注意のレベルを一段上げたと見て間違いない。
どうにも、初手を間違えたようだ。
可愛い女子だったから、ちょっと調子に乗ってしまったのだ。男子相手なら――――ここまで追っかけたりはしていない。
さて、ここからどうするか。
何か事情があると言われて素直に帰るのはいいことか?
普通の大人ならどうするか。
深入りはしないだろう。ただ、無視もダメか。
「分かった。とりあえず、スマホはここに置いてく。
「結構です。大丈夫。気にしないで。今日のことは忘れてください。あなたのためにも」
なるほど、この子は悪い子ではないと確信した。
見ず知らずの自分を巻き込まないように気にかけている。
まっとうな人間に違いない。
極めて単純な発想で条理はそう理解した。
条理の身近にいる人体実験していたり、人の心を操って銃撃したりするようなタイプの女子ではない。
だからどうということでもないが。
条理はすぐ近くの野菜棚に彼女のスマホを置く。後ろ髪を引かれる思いで後ろを振り返った。その直後、耳を劈く轟音に全身が曝された。
凄まじい量の鉛の雨が真横から叩きつけられたのである。
スーパーの外から内部への一斉掃射だ。
入口方向からだけでなく、他の方向からも。おそらくは全方位から中にいる人間の安否を無視した飽和攻撃であろう。
「いきなりご挨拶だな」
突然の銃撃ではあったが、条理には効かない。これしきの不意打ちで傷を負うようなやわな能力ではないのだ。問題はこの奥にいるもう一人の女子だが、急激な気温の変化を感じる。水の他に氷も操れるのか。銃撃に先んじて、氷の壁を作って防御したらしい。
「……大丈夫ですか?」
と、か細い声がする。
彼女がこちらの身を案じて声をかけてきたのだ。声を潜めているのはもちろん外に敵がいるからだ。
「何とかね」
「そうですか。よく反応できましたね、今の」
「まあ、そっちが何か揉めてるんだろうなとは思ってたからね。いきなり撃たれるのは、思ってたのと違ったけど」
「すみません。巻き込んでしまったみたいで、本当に」
「いや、まあ、俺の自業自得もあるし。今言ったけど、揉め事はあるんだろうと分かって来たからな」
これは、思っていたよりもスケールの大きな話になりそうだ。
とりあえず身を低くしていると、ガラスの割れた入口から中に何かが投げ込まれた。
「んだッ……」
条理は野菜棚をひっくり返して、空気を打ち出す要領で跳ね上げた。その直後、まばゆい光と音がフロアを満たす。
(スタングレネード!?)
銃撃のみならず、このような武器まで持っているとは驚きだ。跳ね上げた野菜棚のおかげで影響は最小限に抑えたし、大音量もすり抜けた。
やり方が
「ちょっと君さ、何したの?」
「聞かないでください。危ないですよ!」
「そんなことは見りゃ分かる」
踏み込んでくる武装集団。
黒いマスクを頭からかぶり、防弾ベストを着こみ、アサルトライフルを構えてきている。軍隊さながらの動きで、やはり本職か本職崩れだ。
侵入してくる武装集団を迎撃したのは、水の鞭だ。どこからともなく現れた大量の水が蛇のように撓って、武装集団を打ち据え、跳ね返していく。
凄まじい威力と精度だ。生半可な能力者ではない。これだけの水を操れるとなると、レベル4は間違いない。
「ぐおッ」
「くそ、まだこんな力が!」
「慌てるな! 落ち着いて対処しろ。ヤツの処理能力は確実に落ちている! もう虫の息だ!」
訓練された武装集団もさすがで、数を減らしながらも少しずつ前進している。
水の蛇の勢いが衰えているのも目に見えて分かる。
彼女の方が、疲弊しているからだ。演算能力が低下して、水の操作を維持できない。動きも単調になってきていて、慣れてきた相手には躱されている。
「よし、間違いない。効いてるぞ」
「油断するなよ。最悪、殺しても構わんが生け捕りが最優先だ」
「了解」
水流で押し戻した相手も戦線復帰する。これでは鼬ごっこだ。
おまけにスーパーは包囲されていて、逃げ場はない。白昼堂々これだけの大騒動を引き起こしたからには、
(とりあえず手を貸そうか)
特別なアクションは必要ない。
条理がするのは、ただ夢を見せるだけ。幻想を形にする必要もない。当たり前を改竄し、真実を塗り替えるだけだ。
武装集団の足並みが乱れた。水の蛇を躱そうとして躱せずに跳ね飛ばされて昏倒する者が続出しだした。
少しだけ目測を誤るだけで、回避はできなくなる。
条理がしたのは、それだけの細工だ。避けられると思って回避行動をとっても、実際には自分から水の蛇に向かっていく進路を取っている。さながら飛んで火にいる夏の虫だ。
「待て、何か……妙な、がッ」
リーダー格の男が急に昏倒した。前触れなく泡を吹いて意識を飛ばす。
「これくらいの干渉だとまだ違和感が残るのか。半端だね、まったく」
調整が甘かったらしい。夢を夢だと理解したのは、さすがに訓練を積んでいるだけのことはある。精神操作系の能力を想定した訓練も当然しているのだろうし、そういった機材も持っていたのかもしれない。条理の本質はそのような「常識的対応」でどうにかなるものでもないが、精神干渉系能力の発動プロセスを真似た場合には、その部分に対してだけは通常の対策が有効になることもある。
条理の能力は何でもありだが、だからといって何でもしていいわけではない。舐めプと取られるのは仕方ないし、事実そうなのだが、気を付けなければならないことも多々あるので、できるだけ自分の知っている現象に落とし込んで処理するようにしているのだ。
ついでに唯一からもできるだけ世界に対する常識改変は「常識的な範囲」にするよう言われている。何がどうなるか分からないものを玩具にはできないということではなく、むしろそんな特殊能力を玩具にしたいというマッドな科学者に知られることを避けるためだ。残念ながら、このあたりはそろそろ限界になってきた感じがするが。
「……あなた、最後に何かしましたか?」
背後から彼女に尋ねられた。
「俺は幻覚使いなんだよ。こいつらが君の能力に気を取られてる隙に、ちょっと精神に介入させてもらっただけ」
「そう、ですか」
氷が溶けて水になっていく。
さらにその水は水たまりになることなく揮発して消える。
水を操る能力というわけではなさそうだ。氷まで使えるとなると、もっと幅広い能力であろう。水流操作とか凍結そんなレベルのものではない。
「……ちなみに、この建物を囲んでいた方たちは?」
「そっちも寝てもらった」
「本当に?」
「人の精神に介入できる能力者って、人の居場所を探知することもできるんだよ。この建物の敷地くらいなら、十分に俺の能力の範囲内」
「そんなことが……本当に? でも、それなら最初からできたのでは?」
「いきなり銃撃戦に巻き込まれて最初からも何もないでしょ」
「……す、すみませんでした」
彼女の言わんとすることはもっともだ。最初からやればいいじゃないかという話ではあるが、一応、いきなり銃撃と能力戦に巻き込まれたわけだから、大目に見てほしいところだ。
「とりあえず、ここからは離れないとダメだね。これ、
「
「動いてくれなかったのか? こんな状況で?」
「きっと上が繋がっているんでしょう。だから、巻き込む前にあなたには帰ってほしかったんですけど、正直、こんなところにまでスマホを届けに来てくれる人がいるとは思ってませんでした」
「俺もこんなところで銃撃戦にまで発展するとは思ってなかった。トラブってても、せいぜいスキルアウトか能力者同士の喧嘩くらいかなって思ってたんだけどね」
条理は暗闇の向こうに向かって歩いていく。彼女がいるのは従業員用控室のすぐ手前だ。条理を迎撃するために潜んでいた部屋から出てきたのだろう。壁にもたれ掛かって、座っている。条理はスマホの明かりをつけて、彼女を照らした。眩しそうに目を細める美形の女子。おそらくは年下だろう。ずいぶんと疲弊したような表情で、目の下に隈ができている。太ももにジーンズの上から5センチ程度の赤黒い氷の塊が張り付いているのが目についた。
「これ、当たったのか?」
「前から。油断しちゃって。行き場もないから、とりあえずここに逃げ込んだんですけどね」
「駅前でぶつかったときには撃たれてたってことか。よくここまで逃げて来られたね」
「ま、氷で痛覚も麻痺させてましたし。何とか……でも、これは超小型のAIMジャマーが入ってるっぽくて、あと発信機かな。能力は落ちるわ、居場所は割れるわでさんざんですよ」
「こんなの撃ち込まれて追い回されるって何したんだ」
「まあ、いろいろと。と、にかく……わたしから離れて。もう分ったでしょう。このトラブル、あなたが関わるようなことじゃないし、命の保証なんてまったくないんです」
「……つっても、もうあっちの部隊寝かせちまったし、どこまで無関係で通せるか分かんないでしょ」
「う……ぅ」
彼女は言葉に詰まる。
実際、条理が応戦した事実は存在している。敵の仲間が来たとして、水以外の方法で撃破されたのは分かるから、別の協力者がいるものとして捜索されるだろう。
「逆巻条理」
「え……」
「俺の名前。とりあえず、それも分からんと会話が進まないでしょ。そっちは?」
「……支倉冷理です」
なんとなく聞き覚えがあるような名前だ。
高レベルの能力者なのだろうから、どこかで名前を聞くことあるだろう。レベル4ともなれば、学校外でも名前が知られることも珍しくないのだから。
「まずは、この足何とかしないとな」
「何とかって」
「動くなよ。集中するから」
条理は冷理の隣に膝をつくと、手のひらを冷理の傷口に当てた。まずは精神感応の一種で、怪我の状況を読み取る。氷の冷たい感触とその先にある銃創、そして内側にめり込んだ銃弾まで脳裏に描き出す。そして、脳裏に描いた現実に正常な状態の足の夢を重ね合わせて上書きする。
現実を夢で改竄する。常識改変の本領発揮だ。治療に使えると気付いた時から、人体の構造は入念に履修済みだ。
複雑怪奇でブラックボックスの多い脳以外なら、正常な肉体に戻すことができる。
「な――――に、今の。あなた、幻覚使いだって」
「幻覚使いだよ。まあ、それ以外もいろいろできるけどね」
条理は立ちあがって膝の埃を払う。
「銃弾も発信機ももうないな。じゃあ、場所を変えよう。ここ、もう潜伏場所としては無意味なんでしょ」
「……あ、はい……ッ……あ……ヤバ、これ……」
立ち上がろうとした冷理を待っていたのは、強烈な眩暈だった。
がくりと膝をついて、そのまま条理にもたれ掛かるようにして気を失った。