※この作品はR-18です。

とある世界の常識改変   作:ロロノア

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第九話

 条理と冷理、たった2人で傭兵部隊を駆逐している。

 戦っているのはほとんどが冷理で、条理は幻覚を使ったサポートに徹している。この建物が直線ばかりで構成されているので、出会い頭の遭遇戦というのがほとんど発生しない。進路上にはバリケードが築かれていて、その後ろに傭兵と兵器が並ぶという状況である。そのため、対処は簡単だ。傭兵たちは数をそろえても展開ができない。細い直線の廊下しかないのだから当然である。

 吐息が白い。

 床も壁も天井もすべてが白く凍てついた。

 ワンフロアが丸ごと季節外れの氷の城と化し、傭兵たちは氷の彫像に姿を変えた。

 

「う……ぐ、ぁあ……化け物」

 

 氷の彫像というには、まだ体温が高い。

 冷理の手加減によって、命だけは見逃されている。暗部の能力者なら、容赦なく命を刈り取っていただろうが、冷理はまだ表の人間だ。殺人までは犯さないし、そのラインを守っている。

 戦いの中で冷理が目を付けたのはスプリンクラーだ。

 フロア全体に水をまき散らした後、自身の能力で一瞬で凍結させた。

 『全般量子固定変化(フリーズチェックメイト-273)』と名付けた切り札は、広範囲を瞬きほどの間に-100℃近くまで冷却し、凍結させる。冷理の水が行き渡った範囲は、すべてが凍結の対象となる。

 人体内部まで凍らせていないとはいえ、表面だけでも瞬間冷却されては堪らない。傭兵たちの装備品では、地球上に存在しないレベルの超低温にまでは対処できない。

 レベル4の中でもここまで1人で暴れられる能力者はそう多くない。レベル5には至っていないが、その手前くらいにはいるのかもしれない。

 冷理の能力のおかげで広範囲殲滅が可能となり、2人の進撃は一方的な蹂躙劇となった。傭兵たちの装備は冷理の能力と相性が悪すぎたし、施設内での戦闘というのがさらに彼らに不利となった。

 

「爬虫類じゃないんだから、表面がちょっと凍ったくらいじゃ死なないわよ」

 

 と、冷理は冷たく言い放つ。

 外も暑いので、放っておいても彼らはすぐに自由になるだろう。凍死する前に、全身を拘束する氷のほうが早く溶ける。

 だが、その前に、

 

「とりあえず無力化させてもらうな」

 

 条理の手で仕上げを行う。

 傭兵たちの常識を改変して、条理と冷理に敵対できないようにしておく。こうしておけば、氷が溶けた後に味方になってもらうのだ。一度に複数人というのは少々面倒だが、この手間を惜しむと後々に響きそうなので丁寧に処理しておく。

 将棋のように、倒した相手の駒をこちらの駒として使うのだ。

 社長は冷理が仕掛けてくることは想定していたようだが、条理の能力までは想定していただろうか。

 向かってくる傭兵はもういなくなった。もともと、数が多いわけではない。ベンチャー企業一つを守るのに、そこまで人員を割くことはできないのだろう。想定される敵も冷理だけなのだから、何十人も常駐させておくのは、普通に考えれば無駄なことだろう。

 結果として、まったくの戦力不足ではあった。

 

「この先か」

「はい。地下研究棟の入口です」

 

 社長室は蛻の殻。

 襲撃を警戒するのなら、3階にある何の守りもない部屋にいるはずがない。

 傭兵たちの頭を覗いて出てきたのは、彼が地下研究棟にいるという情報だった。

 

「1階から3階の見えているところは、事務棟。研究所としての本体は、地下研究棟ですから。どっちみち、乗り込まなくちゃいけないのは変わりません」

 

 データサーバーも地下研究棟に設置されているので、結局は社長を確保できていたとしても地下には降りなければならないことに変わりはないのだ。

 その地下研究棟はさすがに簡単には入れないようになっていて、出入口は3階から直通の階段かエレベータを使うしかない。

 一本道なので、待ち伏せも罠も設置し放題だ。エレベータはむしろ危険で、階段のほうが逃げ場がある分だけまだ安全だろうか。

 非常口にカモフラージュした鉄扉を開けようとしたとき、条理の首筋に悪寒が走った。

 鮮血が噴き出して、条理の首が宙を舞う。

 

「――――あ」

 

 冷理は茫然とその様子を眺め、

 

「危ねえから下がれ」

 

 と、何事もなかったかのように振る舞う条理に突き飛ばされて尻もちをついた。

 

「え、あ、あれ、今……」

 

 目をぱちくりとさせる冷理。

 

「変っスね。今、確かに首を落とした感触があったんスけど」

 

 対して、襲撃者もまた同様の違和感を覚えていたようだ。

 不意打ちを仕掛けてきたのは黒いセーラー服の少女だった。黒いショートヘアの整った顔立ちの少女だ。得物は飾りのない短刀で、これで条理の首を背後から切り落とそうとしたのだ。

 

「どうやって避けたんスか?」

「トリックだよ」

「能力っスね。幻術系……まあ、いいっス。わたしは依頼をこなすだけっスから」

 

 少女がそう言うや、条理と冷理の間に天井から鉄板が落ちてくる。

 

「防火戸っス。見ての通り、非常時に敵の侵入を食い止める防壁にもなるすぐれもの。なんでもライフルくらいじゃビクともしないって話なんスけど、ほんとのところはどうっスかね」

 

 少女は切っ先を条理の心臓に向けて話している。

 このような状況でも彼女の口調はまるで友人に声をかけているかのように平然としている。

 この手慣れている感じからして、暗部に所属しているのであろう。

 

「逆巻さん! ……んなッ、きゃあああああああああああ!」

 

 冷理の悲鳴が鉄板の向こうから聞こえ、どんどん遠のいていく。

 

「分断完了。女性の方は、先に地下に落ちてもらったっス。社長さんが用があるっていうんで。で、あなたの方は特にそういうわけでもないんで、ちょっとここで死んでもらうっス」

 

 そう言い放つや、少女は条理の眼前に飛び込んでいる。伸び上がるように突き出される刃を首を振って躱し、さらに身体を入れ替えるようにして背後に回り込む。

 

「セイ」

 

 勢いを乗せて回転し、肘を背中に叩き込む。

 ゴン、と激しい音が防火戸から響く。が、それは少女が叩きつけられた音ではなかった。なんと、少女は条理に背中を撃たれると同時に前方に飛んでダメージを受け流し、さらに防火戸を蹴って天井まで跳ね上がると、空中で身を翻して腕を振るう。

 西日を受けてきらりと光る何かが条理の胸を貫いた。

 

「厄介っスね、その能力」

 

 何事もなかったかのように着地した少女は忌々し気に言った。

 条理を貫いたはずの鉄針は、床に突き刺さっている。狙った条理はその50センチほど左にズレたところに立っていた。

 

「幻覚、ずいぶんと器用なことっス」

「器用って、君に言われるとなぁ。何だ、今の動き。身体強化系能力か?」

「いえ、自分のは素の体術っス」

「マジか、すげえな」

 

 雑技団でもびっくりな身体能力だ。

 正直、能力を使わずにあのような動きができるものかと驚愕した。

 

「雇われただけなら、手を引いてもらえないかな。あの社長さんは今日で終わりだぞ」

「何言ってるんスか。学生2人が暴れまわってるからって、雇い主の企業を切れるわけないっスよ。普通に考えて、そちらに勝ち目があるとは思えないっスね」

 

 少女は恐ろしい踏み込みの速度で切りかかってくる。

 条理は胸ポケットのボールペンを手に取って、鞭のように腕を撓らせる。

 

「ッ……!」

 

 驚愕は少女のもの。条理が掴んだボールペンが一瞬で伸びて木刀になったのだ。とっさにブレーキを踏んで後ろに跳んでいなければ、少女は頭を割られるところだった。

 

「今の何っスか?」

「見ての通り、伝説の剣だよ」

「はあ?」

「小さいころ、木の枝とか傘とか、こう長いのを振り回したりしなかった?」

「知らねーっス」

「男のロマンが分からんかね」

「自分、女の子なんで」

「それもそうか。まあ、黒いセーラー服に忍者っぽい動きってのも、ロマンがあるからアリだな」

「ぽいってなんスか。わたしは正真正銘の忍者なんスけど?」

「えー……まあ、そういうことにしてあげるよ。世の中には魔術なんてのもあるんだし、忍者がいてもいいか」

「信じてないっスね? 失礼な顔してるっスよ」

「そんなことないぞ」

「その広い心で受け入れてあげる、みたいな上から目線の顔がムカつくっすね!」

 

 攻め込んでくる少女の斬撃を木刀で受け止める。

 

「ハッ!」

 

 少女が凶悪に笑う。

 条理が振り回す木刀の下をすり抜けて、太ももを刃を突き立てる。リーチは確かに木刀の方が長いが、狭い廊下では小回りの利く短刀が有利だ。まして、運動能力は条理よりも自分が遥かに上である。

 が、条理も接近戦ができないわけではなく、刃が太ももに突き立つよりも前に身体を反転させて素早く回避し、木刀を少女に向けて振り下ろす。 

 

(これくらい問題ないっス)

 

 ただの棒振りだ。止まって見える。返す刀で斬り付ければそれで終わり。彼女の短刀には強力な痺れ薬が塗ってある。ほんの少し傷をつければ、それだけで身動きが取れなくなる。

 

「がッ――――!」

 

 ずん、と衝撃を受けたのは少女のほうだった。

 上から振り下ろされていたはずの木刀が、脇腹にめり込んでいる。

 

「ぐ……何が」

 

 考える暇なく、目の前に突きが迫っている。短刀を斬り上げて、木刀を下から弾こうとしたが手ごたえなく空振りしてしまった。

 

「はぐッ!」

 

 そして、今度は腹部の衝撃だ。

 突かれたのか、打たれたのかは判断ができなかった。痛みを感じた瞬間に飛びのいて距離を取ったのが幸いした。

 

「はあ……はあ、なるほど、幻覚。目で見た映像と実際の攻撃は別物ってことっスね」

 

 条理が仕掛けていたのは別に大したことではない。ただ自分の攻撃方向を幻覚で誤魔化していただけだ。上段から振り下ろすと見せかけてその実、横薙ぎの一閃を加えるといった形でだ。これが本物の刃物なら、ここで勝敗はついていた。相手は何が起こったのかも分からないまま、斬られていただろう。

 

「いいだろ。たまにはこういう使い方もしないと、腕が鈍っちゃうからね」

「舐めたことを。わたしなら最初の一回で決着をつけるっス。そういう点で、三流っスね」

「殺し屋として一流になる気はないからね。というか、これでも初見殺しのつもりだったんだけど、普通に避けるからさ、君が」

「殺し屋じゃなくて、忍者っス」

 

 少女は鉄針を投擲する。条理はこれを躱し、次いで少女の刺突を木刀で受け止める。少女は、刃の切っ先と木刀の接触点を支点にしてジャンプした。しなやかに空中で弧を描き、膝蹴りを条理の延髄に叩きつけようとする。条理は頭を下げて膝蹴りを潜り抜け、木刀をスイングして少女を狙う。

 少女の身体が空中であり得ない動きをする。突然、ホバリングしたかと思うと、何かに引っ張られて距離を取る。

 

「ワイヤーアクションかよ」

 

 条理が見たのは細い鋼線だ。少女の腕から伸びたそれが、天井から彼女を支えていた。今の一瞬のやり取りの中で仕込んだのだ。とんでもない早業だ。

 

「すごい技ばかり。もっと見せてほしいもんだな」

「その余裕、すぐに引きはがしてやるっスよ」

「余裕ってわけじゃないんだけどな。ともかく、こっちも支倉さんを追っかけなくちゃいけないから、そろそろ終わりにするぞ」

 

 

 

 +

 

 

 

 冷理は、暗闇に吸い込まれていく。

 条理との間に防火戸が落ちてきた後、足元がぱっくりと開いてそのまま落下してしまったのだ。

 

(ダストシュート!? いいや、地下研究棟にゴミを投げ入れるなんてないだろうから、非常階段かエレベータ用の点検口か何か、ええい、考えてる時間なんてないか!)

 

 びゅうびゅうと耳元で風を切る音がする。真っ暗な穴の内部構造は把握できないが、地下研究棟がどれだけ深かろうと叩きつけられるまでに時間はない。

 冷理の身体を水のベッドが受け止める。水を作るだけではなく、自在に操ることができる冷理は、こうして水を足場にして飛行することもできるのだ。

 自由落下は、彼女にとってなんら致命的なものではないのだ。

 水流を叩きつけて壁を抜き、階段に着地する。

 さすがに、階段には電気がついていて明るかった。

 

「ふう、ちょっと冷や汗かいたわ」

 

 上に戻って、条理に加勢するか。あの謎の襲撃者が何者かは分からないが、間違いないのは暗部の人間だということだ。だとすれば、条理の手にも余るかもしれない。正直、条理の強さははっきりとしない。冷理も知り合って数日しか経っていないし、戦う姿を見たわけでもない。まして、暗部の暗殺者が襲ってきたのだとすれば、危ういことになっているかもしれない。自分が巻き込んでしまったのだ。条理がまかり間違っても命を落とすようなことがあってはならない。

 やはり、条理を助けに行こうと階段を上り始めた時、突然、冷理があけた穴から黒い何かが飛び出してきた。無数の弾丸ではなく、鳥――――いや、これは蝙蝠だ。

 

「な――――?」

 

 とっさに冷理は全身を水で覆い、さらに蝙蝠が湧きだした穴を氷で塞いだ。

 

「こいつら、そうかLSSの生物兵器。土地だけじゃなくて、こんなのまで一緒に買い取ってたのね!」

 

 生理的な嫌悪感を催す蝙蝠の大群に追い立てられて、冷理は下層に転げ落ちる。水の膜をうまく使って、滑り降りるようにして、階段を滑走するのだ。

 上の方から何か大きな物音がしている。蝙蝠とは別の生き物が階段の上で待ち構えているに違いない。傭兵だけが社長のガードマンではないということか。

 蝙蝠は集団になって冷理に襲い掛かり、水の膜に食いついている。

 

(蝙蝠とBC兵器の組み合わせ。まあ、噛まれたらアウトよね)

 

 もともと蝙蝠は自然界でもウイルスや細菌を運ぶ第一人者だ。それを任意の相手を襲うように兵器化したのだから、ただ噛み付くだけで終わりなはずがない。毒やウイルスを噛んだ相手に仕込むということくらいはするだろう。

 

(どうやって蝙蝠を操っているのかしら……精神感応系の能力の応用? 本物の能力者ならまだしも、この数の蝙蝠を同時に操るって無理でしょう。だったら――――)

 

 冷理は水膜の内部で手を伸ばす。

 直後、階段フロアを上から下まで真っ白な閃光が覆い尽くした。猛烈な振動と轟音が反響し、思わず冷理もくらくらしてしまった。分かっていたので対策はしていたが、至近距離で落雷が発生したようなものだ。さすがにすべての衝撃は殺しきれない。

 ボタボタボタボタと黒い雨が音を立てて落ちてくる。

 それは黒焦げになった蝙蝠の死骸たちだ。数えきれない蝙蝠が、感電して落命した。生き残りもいるだろうが、もう支配はされていないはずである。冷理の読みが正しければ、

 

「やっぱり、マイクロチップ経由のコマンド入力か」

 

 蝙蝠の死骸を拾い上げて観察すると、細い首輪がつけられている。飼い犬や飼い猫の皮下に飼い主の情報を記録したマイクロチップを埋め込むというのは、以前から実用化されている技術である。蝙蝠に装着したマイクロチップからの電気刺激により、狂暴化させて人間に噛み付くように設定しているのであろう。牙や唾液にウイルスや細菌を付着させれば、それだけでパンデミックを引き起こせる。

 電子機器で操っているのだから、電流で故障するのは当然の帰結である。

 燃料電池の要領で大気中で発生させた電撃と雷サージによってマイクロチップは破壊された。

 

「水ってほんと便利ね。不純物を含めば電気を通すけど、逆に純水なら絶縁体になるんだから」

 

 実際にこのような使い方をしたのは初めてのことだから、成功するかは分からなかったが、絶縁体である純水に身を包んでいれば、電撃は防げるはずだ。さすがに、御坂美琴レベルの電撃は防ぎようもないが、燃料電池化した大気で生じる一瞬の大電流くらいならば、耐えられるはずだ。

 最下層の扉を開く。固く閉ざされた鉄扉をウォーターカッターで切り裂いて、中に入った。

 地下研究棟の本丸。

 広さは体育館一個分にもなる。奥には原子炉を模した金属の塔があり、その周囲を鉄の梯子や通路が蜘蛛の巣状に巡っている。

 壁際には電源装置や薬品棚をはじめとする研究に必要な機材が並ぶ。核融合を扱う施設という触れ込みなので、非常に堅固な造りではある。が、しかし、やはり原子炉を置くような構造としては三流以下だ。核実験などできるようなものではない。施設そのものを分厚い鉛版で覆っているということなので、ちょっとした核物質を扱うくらいは可能かもしれないが、ここで核兵器の実験などあり得ないだろう。

 この核融合炉は形だけの張りぼてだが、一つだけ有用性がある。

 それは、「絵」になるということだ。

 投資家向けのパンフレットには、だいたいここの写真が使われる。実際に核融合実験をしているわけではないが、それらしい写真を作り加工すれば知識のない資産家ならば騙せるのだ。

 社長が隠れ潜むシェルターはこの先にある。核攻撃にも耐えられると豪語する核シェルターだ。

 

『ようこそ、久しぶりだね。支倉さん』

 

 と、スピーカーから声が聞こえてきた。

 

「末広社長……」

『君が会社の設備をさんざんに壊してくれたおかげで、かなりの損害が発生しているよ。どう責任を取ってくれるのかね? 君の親御さんは払えるかい?』

「違法な兵器製造をしている人に支払うお金なんてないわ」

『違法というのなら、お互い様さ。こんなことになった以上、君も人様のことを言えた立場じゃないだろう。だが、まあ、いい。君が来てくれたことには意味がある。いつかはこうなると思っていたからね』

「兵器開発を中止してください」

『それは無理な相談だ。我が社の経営方針はすでに慈善事業から兵器開発事業にシフトしている。PMCの関連企業になったのだよ。知らないわけじゃないだろう? 金にならない慈善活動など、NPOにでも任せておけばいい。君の方こそ、今からでも協力してもらえないだろうか?』

「すると思う?」

『どちらでも構わないとも。自発的な協力のほうが、後の手間暇が少なくていいというだけで着地点は変わらない』

 

 ガコン、という音とともにシャッターが上がっていく。

 資材搬入口は、クレーンやブルドーザーといった重機まで出し入れできる巨大さだ。

 

『まずはLSSの忘れ形見から試してみよう』

 

 急に騒がしくなったのは、ぞろぞろ入ってきた生物兵器たちががなり立てているからだ。

 

「……動物園かっての」

『我が社の製品でなくて申し訳ない。LSSの設備を買い取ったときに、この製品も付属していたんだ。実験に使うときに都度消費していたのだが、どうしても維持費がかかってね。動物園というのは、つくづく大変な仕事だと思うよ』

「こういうの、ほんとに最悪」

『とはいえ、人間は動物実験を繰り返して科学を発展させている。学園都市の外でも同様だ。それを否定はできまい。それに、仮に動物に自我を認めたとしても彼らにはそれを気にする必要はないさ。兵器だからね。ないんだよ、そういうのは。LSSの商品は、飼い慣らすというプロセスを省いてくれている点はありがたい』

 

 大型犬の他にゴリラやライオン、ハイエナ、ヒグマもいる。数は両手の指では数えられないほどだ。

 

(本当に動物園から連れてきたのかしら。犬ならまだしも、日本にいる生き物じゃないのはわざわざ密輸? それじゃ無駄が多すぎるし、クローンかな?)

 

 噂では人間のクローン技術も学園都市では確立しているという。 

 ならば、動物のクローンはより簡単に製造できるだろう。

 人間で試す前に動物で試すのは、一般的なプロセスだ。人間のクローンがあるのなら、動物クローンはもっと簡単に作れるはずだ。

 

(蝙蝠と同じ手が通じるのなら……!)

 

 水素を操って電撃を当てる。動物ならこれでショック状態にできるし機械が頭脳替わりならショートさせることもできる。

 

 ――――眼前にゴリラが迫っている。

 

「なん……きゃッ」

 

 ばああんんんんん! と派手な音を立てて、ゴリラの拳が水球を叩いた。振動が水球全体に伝播して激しく揺れる。とてつもない破壊力である。

 

「このッ」

 

 冷理はすぐにゴリラの顔を水で覆った。

 生物は窒息させることで簡単に対処できる。

 が、しかし、止まらない。ゴリラは頭を水で覆われていながら、構わずに冷理に殴りかかる。その迫力に思わず冷理は後ろに下がった。

 その判断は間違っていない。冷理の水球をゴリラは腕力で引き裂き、破裂させたのだ。

 

「あり得ない……いえ、今の振動は、能力か!」

 

 ゴリラのパンチを受け止めた水の膜が激しく揺れて破裂する。間違いなく、通常の物理攻撃とは異なる力が働いている。

 動物たちが背負った白いリュックサックのような装置が発生源だ。

 このゴリラで言えば、拳を中心に衝撃を伝播させるようなタイプの能力なのだろう。パンチの破壊力が大幅に強化される上に液体での防御も粉砕してしまう。

 

「これだけ動いてるのに、窒息しないってことはもう普通の呼吸器系は使ってないってことね」

 

 さすがに生物兵器として運用することを想定しているだけのことはある。あのリュックサックは、無酸素状態の極限環境での戦闘も想定しているのだろう。口から空気を遮断しても意味がない。ならば、あのリュックを水で覆ってみるか、とも思ったが似たような装置とは昨年相まみえている。

 あのときは『全般量子固定変化(フリーズチェックメイト-273)』で装置を破壊したが、

 

「ダメか」

 

 舌打ちして空中に逃れる。水を足場にして、ゴリラの腕の届かない場所まで飛ぶ。

 さすがにここで持ち出すからには、冷理対策もしている。

 リュックを狙って水を浴びせて凍結させたが、ゴリラは普通に活動している。

 ここまでくると、もう操られた動物という認識が間違いだ。あれは動物の死骸を機械で動かしているに等しい。動物たちの意識はもうなくて、リュックによって能力の発動媒体として使われているだけだ。

 

「心臓は動いていて、体温もある。自我だけ消されて動かされるってのは、非人道的なんてもんじゃないわ」

 

 腹立たしいにもほどがある。

 あのリュックが彼らの生命維持装置も兼ねている。

 なるほど、生物兵器とはよく言ったものだ。

 

『悪くないだろう。LSSの生物兵器に能力発生装置を取り付けた玩具だ。趣味の範疇にしては悪くない出来だろう?』

「悪質すぎるッ。命を何だと思ってるのよ!」

『動物実験など珍しい話ではないと、さっきも言っただろう』

「動物実験のラインを踏み越えてんのよ!」

 

 攻めてくるのはゴリラだけではない。ライオンやハイエナがそれぞれの身体能力を活かして冷理を追い立てる。基本的に人間が身体能力で対処できる生き物ではないが、空中に逃げた冷理は彼らとまともに戦わないで済んでいる。

 

「ッ!?」

 

 高速で飛来する何かを水球で受け止める。

 先端が鋭く尖った矢だ。

 

(カルシウムの矢。助澤と同じってことは)

 

「やっぱり、アンティキティラのデータを使ってるってわけ!?」

『既存のデータがあれば、使うのは当然だろう。まして、彼らの研究成果には君のデータも含まれている。手を付けない理由がない』

「この……!」

 

 カルシウムの矢を放ったのは、ダルメシアンだ。背中にショットガンのようなものを背負っていて、そこから生成した矢を射出している。

 

(人間以上の身体能力を持つ動物に複数の能力を搭載している。なるほど、これは厄介。しかも、懐かしい能力ばっか)

 

 壁を這い上がって伸びてきた茨を凍結させて、炎弾を水でかき消す。目に見えない風の弾丸を微細な水を使って感知して迎撃。足場の水場を維持しながら、乱戦を潜り抜ける。

 

「はあ、ふう……さすがに、キツイ」

 

 核融合炉の上に着地して、息を整える。能力の連続使用は体力を使うし、何より演算能力を消費する。脳が疲れれば、能力の精度が低下する。

 ふと目についたのは、こちらを見るヒグマの存在だ。パワードスーツのような金属の鎧を身に着けたサイボーグのような外観のヒグマだ。その肩には映画で見るような近未来的な金属の筒が装着されている。それを見て、ピンときた。

 

(常盤台の能力って――――まて、それはマズい)

 

 とっさに飛びのいたのが功を奏した。

 オレンジ色の閃光が核融合炉上部を貫通し、分厚い金属の壁に突き刺さる。壁は轟音とともにひしゃげて変形したが、幸いにも貫通はしなかったようだ。

 

超電磁砲(レールガン)って、正気!? ここ地下なのよ!?」

『心配しなくていい。まだまだ外壁を貫通する威力は出せないさ。君にとっては脅威だろうがね』

「ああ、もう。どうなっても知らないわよ」

 

 このレベルの兵器まで投入されたからには、冷理も全力で対処するほかない。音速を超えて撃ち出される弾丸を止める方法は冷理にはないのだ。他の能力とは決定的に危険性が違う。

 

「悪いけど、割り切らせてもらうわよ」

 

 動物に悪いと思って、手を緩めていたのは事実だ。不思議と人間は人間よりも動物に感情移入してしまうことがある。顔を隠した傭兵には容赦なく能力を行使するのに、操られている生物兵器には手加減をしてしまう。

 

(二発目を撃たれる前に、優先的に潰す)

 

 超電磁砲は一発ごとに冷却時間が必要なようだ。赤熱する金属筒を見れば、その危険性がよく分かる。

 

「搔き集めた水で一気に押し流す!」

 

 空中に作り出した巨大水球。ざっと直径は5メートルくらいになるだろう。それを、生物兵器に向けて落下させる。逃げ足は速いが、それ以上の速度で全方位に広がる水からは逃げられない。

 流れてくる水に足を取られて、動物たちが転倒して流される。ほんの十数センチの水位でも、人間を押し流すことは可能だ。屈強なヒグマやゴリラならば耐えられるかもしれないが、犬やハイエナはバランスを崩す。問題のヒグマはさすがに耐えた。そして、二射目に入ろうと狙いを定めている。

 

 バツンと、紫電が駆け抜けた。

 

 ヒグマに付与された電撃能力が、水を伝って四方八方に電流を放ったのだ。制御されていない無秩序な大電流が、濡れた床に足を置いているすべての動物兵器を感電させた。すべての中心にいたヒグマは、後ろに倒れて二度と立ち上がることはなかった。

 『全般量子固定変化(フリーズチェックメイト-273)』。

 今度こそ、動物兵器のすべてを凍結させる。

 感電したもののまだ息のある個体も、これで終わった。筋肉も血液も延髄まで瞬時に凍り付いて、完全に組織は破壊された。たとえリュックが機能を維持していたとしても、動かす先が壊れていたらどうにもならない。

 

「これで玩具は片付いたわ。さっさと出てきてもらうわよ。それで、データをきっちり消して、何もかも、終わらせるわ」

 

 

 

 

 +

 

 

 

 これは、すばらしい、と末広公孝はモニターに齧りつくようにして冷理の戦いぶりを観戦している。

 地下核シェルター内部は、生活空間としてだけでなく研究施設としての機能も備えてある。地下研究棟のバックアップ設備でもあるのだ。

 各種機器がリアルタイムで冷理の能力を観測したデータを分析している。

 水素を作り、反応させ、自在に操る革命的な能力を持つ冷理との協力関係が崩れたのは惜しいが、重要なのは彼女の能力を適切に理解し、応用することだ。

 それができれば、支倉冷理という個人に執着する意味はない。

 正直に言えば、EDMOの研究は暗礁に乗り上げつつあった。簡単な水素結合(ハイドロジェンステーション)の応用は可能となったが、やはりレベル4を完全に再現するのは至難の業だ。先鞭をつけていたアンティキティラ社も、よくてレベル3までが再現の限界で複数を組み合わせてようやくレベル4に達するかという程度だ。公孝が望む自在に水素を操り、安定的な熱核融合を引き起こすには程遠い。

 最終目標の水素爆弾までの道筋は見えるのに、何かが不足しているのだ。

 必要な数値が足りない。

 冷理の能力を理解し、応用するためには表面的なデータだけではまったく足りない。

 例えば、水素と酸素を反応させて水を作ったとして、その際に生じる反応熱はどこに消えているのか。

 中庭での戦いから、水素爆発が生じることは明確だが、では普段の水を生成する際にはなぜ何事も起こらないのか。

 そこには、何か彼女が無意識でコントロールしている数値があるはずだ。

 AIMの関係かもしれない。

 ミクロの世界で、都合よく何かの処理をしているのか。

 その「何か」を解き明かせなければ、核融合反応を制御することなど夢のまた夢だ。

 さすがに、よく分からない数値に頼って水素爆弾を作るほど、公孝も愚かではない。

 彼女が自発的に提供してくれるデータでは、兵器化に必要な数値は補えないことは早くから判明していた。

 会社としては兵器開発に舵を切る一方で、冷理が兵器開発に協力してくれるはずがないという点で最初から破綻の可能性は高かったわけで、何とかして不足するデータを確保しなければならない。

 今、まさに研究が前に進んでいる。

 冷理が攻撃的な水素の使い方を自ら教授してくれている。

 今までにない水素の反応。能力だからこそ実現する現象が、観測機器の前で繰り返し発生している。

 それでも、やはり、最も欲しい核融合に関するデータまでは取得できそうにないが、それは彼女自身を確保できれば解決する。

 

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