女子生徒が明るい声を響かせながら話しかけてきた。
「桔梗ちゃん、帰りにカフェ寄らない?」
櫛田さんはすぐに「うん、いいよ!」と満面の笑みで答えたものの、何かを思い出したのか、急に立ち止まった。
「あ、ちょっと待って。他の人にも声かけてみるね。」
そう言い残して、彼女は軽やかにその場を離れ、近くで鞄に教科書をしまい込んでいた堀北さんの方へ足を向けた。
「ねえ、堀北さん。一緒にカフェ行かない?今日から新しいパンケーキが出るらしいよ。気にならない?」
堀北さんはいつも通り、感情を抑えた調子で返事をする。
「興味ないわ。」
その冷淡な一言は、櫛田さんの朗らかな誘いを一瞬で跳ね返した。彼女の目には「そんなことを聞いて何になるの?」とでもいうような冷ややかさが伺え、はっきりとした拒否の意思が込められていた。
それでも櫛田さんは表情を崩すことなく「そっか」とだけ答えると、微笑みながら何事もなかったように別の女の子たちの方へ向かっていった。
少し経ってから彼女がぽつりと漏らした。
「私さ、堀北さんに嫌われてるのかな?」
その寂しげな声色に、思わず僕は慌てて否定する。
「え?いや、それはないと思うけど。」
「そう?なら、いいけど。」
軽くそう答えた彼女は、再び明るさを取り戻し、他のクラスメイトたちに声をかけ始めた。その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、僕は考え込んでしまう。もし本当に堀北さんが櫛田さんのことを嫌っているのだとしたら、もっと露骨で厳しい態度を取るんじゃないだろうか。確かに櫛田さんは少しお節介なところがあるけれど、それすら憎めない愛嬌があって、人を包み込む雰囲気すら持っている。彼女には悪意なんて1ミリも存在していないと思えるほどだ。
気がつくと、教室では堀北さんがさりげなく荷物をまとめ、帰り支度を整えていた。自然と体が反応し、僕の口から声が出る。
「良かったら一緒に帰らない?堀北さん。」
彼女は少しだけ考える素振りを見せた後、小さく首を横に振った。
「今日は遠慮しておくわ。」
それだけ短く言い残し、堀北さんは教室を後にしていった。
僕は教室の真ん中で立ち尽くし、小さなため息を漏らす。最初から期待していたわけじゃない――そう自分に言い聞かせながらも、なぜだか彼女が残した「遠慮しておくわ」という言葉が妙に引っかかってしまう。
そんなもやもやとした気持ちを抱えながら、自分も荷物をまとめて、静まり返った教室をようやく後にした。