数学の授業中、教室の一角では数人の女子グループが既に放課後の予定で盛り上がっていた。
「ねぇ、新しくオープンした駅前のカフェ、行ってみない?」
「いいね!行こう!」
「私も行きたい!」
「私も!」
「あ、でもごめん。今日は部活があるんだよね。パスする。」
「そっか~、残念。また今度一緒に行こう?」
「うん!じゃあ、部活頑張ってね!」
「ありがとう!みんなも楽しんで!」
そんな賑やかな声が響く中、ふと視線を横に向けると堀北さんが目に入った。堀北さんは教室の喧騒には気づかないようで、ただじっと黒板を見つめている。その静かな佇まいが不思議と目を引いた。
……気が付けば僕の意識は堀北さんに向かい、クラスメイトたちの会話も耳に入らなくなっていた。そして、ずっと堀北さんの横顔を見つめたまま――当の堀北さん自身に気づかれてしまった。
「何か?」
堀北さんと目が合い、不意に声をかけられて動揺する。
「あ、いや……その……」
頭の中が真っ白になる。視線に気づかれただけでも恥ずかしいのに、変な誤解を持たれたらどうしよう――そう考えて口ごもる僕。
「私の顔になにかついてる?」
そう尋ねられると、なんとなしに笑う余裕を感じる。それでも誤魔化す余地さえ見つけられず、素直な想いが口をついて出た。
「いや、あのさ……堀北さんって、美人だよねって……思っただけ。」
しまった――そう思った時にはもう遅かった。この不用意な発言が自らを追い詰めることになろうとは。
「あっ、ごめん!変なこと言っちゃった!」
必死に謝罪の言葉を重ねていると、堀北さんは少し小首を傾げながら笑みを浮かべた。
「別に謝らなくてもいいわ。」
拍子抜けするくらいあっさりした返事。それでも自分自身の発言が頭から離れず、恥ずかしさでいっぱいだった。
気まずさを振り払おうと授業内容に集中しようとした矢先、不意に堀北さんが再びこちらを向き直った。
「私って、美人?」
突然の質問に動揺しつつも、嘘をつくこともできず結局答える。
「えっと……うん。」
答えた瞬間、自分の心臓が跳ねてしまった。しかし堀北さんは表情を崩さず、さらに問い詰めてくる。
「それじゃあ、私のこと見惚れてたわけ?」
「え?いや、それは……別に……そんなことないけど。」
確かに見つめてしまっていたことは否定できない。でもそれはぼんやりしていただけで、本当に「見惚れていた」わけじゃない――そう自分なりに弁解していた。
そんな自己弁護も虚しくチャイムの音が教室中に響き渡り、授業終了を告げた。どこか釈然としないまま教科書を閉じて立ち上がる。ひっそりと訪れた気まずさを引きずりながら、こうして2時間目の数学の授業は終わった。