お堅い学校といっても、お堅いのはそこの教職員だけであって、学生達は結構自由な雰囲気で、校則もそれほど厳しくはない。偉い人のありがたいお言葉を頂戴し、入学式は一時間かそこらで終了。
教室に戻ってからの担任挨拶、LHRも済んで、今日はもう下校してもいいらしい。そういうわけで放課後だ。
教室では帰宅する生徒達があちこちで雑談を繰り広げている。これからどこ行く?とか、アレ見た?とか、あの芸能人最近よくテレビで見るよね、とか。どこにでもある日常の光景である。
僕も和気あいあいと雑談に興じたい気分ではあるが……残念ながらそうもいかない事情がある。僕は教室の後方、窓際の自分の席から、その『事情』へと視線を向けた。僕の視線の先、そこには、数人の女子生徒が楽しげに談笑する姿がある。
まるでそこだけ花が咲いたかのように華やかで、艶やかなその空間。そこが僕の事情……。
「これからどうする?どっか寄ってく?」
「この近くにカフェができたらしいんだけど」
「いいねぇ行こう行こう」
「それよりあそこ行きたいなぁ私」
絹をさくようなソプラノボイスの数々が織り成す和やかな会話。実際その場だけまるでお花畑のような雰囲気を醸し出している。そんな光景を眺めていると、どことなく心が癒される……。
「……でもなぁ……」
僕は溜息をついた。
「溜息なんてついてどうしたのかしら?」
堀北さんが僕の顔を覗き込んでくる。
「うわひゃ!?」
唐突に視界に入ってきたその綺麗な顔に、僕は仰け反りつつ大きくのけ反った。
「随分とオーバーリアクションね」
少し不満そうに眉を寄せる堀北さん。まあ確かに、僕みたいなのがクラスメイトに顔を覗き込まれて大げさに驚いたりしたら気分を悪くしても仕方ない。だけどそこは考慮して頂きたい。僕は生粋のもやしっ子だ。体力だって人並み以下だし、瞬発力は判断力も一般人並みなのだ。
「いや、なんというか……うん」
うまい言い訳が思いつかず言葉に詰まる。まさか可愛い女の子の顔が近くにきて驚いたなんて素直に言えるはずもない。かと言って他に納得してもらえるような理由も思いつかないし……さてどうしたものかと考えていると、幸い堀北さんはそれ以上僕を追求してこなかった。
「それで、なんで溜息なんてついていたの?」
改めてそう聞いてくる。僕は少し悩んだけれど素直に答えた。
「実は僕……人付き合いが苦手で……」
「……あなた自分で言って空しくならないの?」
憐れみを多分に含んだ視線を向けてくる堀北さん。事実なので反論の余地もないのだけれど、人に言われるとまた少し凹む。
「なんていうか……ああいう風に華やかなグループってちょっと気後れしちゃうっていうか……」
「つまり私といたほうがが居心地がいいということ?」
「平たく言うとそういうことだね」
僕がそう答えると、堀北さんは少し考える素振りを見せた。そして軽く息を吐く。
「確かに……あなたみたいな人と一緒のグループで過ごすのは少し疲れそうだものね」
ひどい言われようだ。でもまあ事実だから仕方ない。
「いやでもさ、僕は堀北さんみたいに可愛い女の子ならいつでも大歓迎だよ?」
ちょっとおちゃらけた感じで言ってみる。これで『気持ち悪いこと言わないで』の一言で一刀両断されるんだろうけれど。
しかし予想に反して、堀北さんからは呆れた表情で溜息が返ってきた。
「あなたそれ、冗談だってわかってても少し気持ち悪いわよ?」
「……少しなんだ」
「どういう意味かしら?」
いや……その……思ったよりダメージが大きくてさ……と適当に笑って誤魔化す僕。そんな僕の様子が気に入らなかったのか、堀北さんはフンと鼻を鳴らした。
「まあでも確かに、あなたは人付き合いが得意そうには見えないわね」
そんな堀北さんの評価に、僕は苦笑いしか返すことができなかった。
「でも……そうね、少し勿体ないと思うわよ?」
「勿体ない?」
「ええ。だってあなた、顔は整ってるほうでしょう?なのにクラスでは一人でいることのほうが多いじゃない」
それは僕としても常々気になっていることだった。
「僕もそう思うんだよね、なんでだろう?」
「さあね……でもひとつ分かったのは、あなたの性格は間違いなく問題がありそうね」
「はっきり言わないでよ。自分でもちょっと気にしてるんだからさ」
僕は肩を落とした。これだけ可愛い女の子と仲良くできるなら、僕の性格の良し悪しくらいどうでもよくなってくる。
「別に責めてるわけじゃないわ。ただの事実確認よ」
慰めているわけでもフォローしているわけでもないらしい。それはそれで結構凹む……。と、堀北さんが少し考える素振りを見せてから言った。
「……そうね、もしよかったらこれから少し付き合ってもらえるかしら?」
そんな意外な提案をしてくる。
「いいけど……なに?」
「まあ、ついてきてもらえるかしら」
そんな堀北さんについて教室を出る。それにしても一体どういうつもりなんだろう?例えばちょっとお洒落なカフェでお茶でもしようってことなら全然オッケーだ。むしろ断る理由が見当たらないくらいだし。
やがて堀北さんが足を止めたのは、コンビニだった。
「……コンビニ?」
「ええ、そうよ」
そう言って店内に入っていく堀北さん。僕もその後をついていく。
「何か買うの?」
「ええ、ちょっとね」
堀北さんはまず日用品コーナーに足を向けたようだ。そして迷うことなく次々と商品を手に取っていく。歯ブラシ、タオル、シャンプーにコンドーム……ってちょっと待て!
「ちょっと堀北さん!?」
僕は慌てて堀北さんの肩を掴んだ。堀北さんが不思議そうに振り返る。
「なにかしら?」
「いや、え?どういうこと!?」
僕は商品を汚らわしそうに眺めると、改めてその品物を指し示した。
「なんでこんなものを買うのさ!」
「なんでって……生活必需品だからだけれど」
いや、そんな当たり前みたいに言われても……っていうか今『生活必需品』にコンドームが含まれてなかった?気のせい?僕の勘違いだよね?
「……まさかとは思うけど……堀北さんって……実は男子?」
「あなた、やっぱり喧嘩を売っているでしょう?そうなのね?」
堀北さんが僕の胸倉に掴みかかってくる。
「ち、違うって!ただちょっと……なんていうかその……女子として色々欠如してるなって思って!」
「それは私に魅力がないってこと?喧嘩なら買うわよ?」
まずい、火に油を注いだ形になってしまった。僕は慌てて弁明を続ける。
「いや、そういうことじゃなくってさ。なんていうか……その……」
「私は女よ。そして学生寮で暮らす以上、こういったものは必要なのでしょう?」
至極全うな堀北さんの返答に僕は頭を抱えた。どうやら堀北さんは少し常識がずれてしまっているようだ。これは教えてあげる必要がありそうだ。
「……えっとさ……一応念のため確認するけど……堀北さんって今まで自分で下着買ったことってあるよね……?」
「それくらいはあるわ」
「じゃあさ……その……なんていうか……ね……?わかる……よね……?」
僕は恐る恐る、遠まわしな表現で聞いてみた。しかし堀北さんはそんな僕の配慮を汲み取ってはくれない。もうこれ以上聞くのも野暮だ。僕はそう悟って堀北さんのかごからコンドームを手に取り、そのままコンビニの中を徘徊する。
「ちょっと、何をするの?」
「いや、これは流石に堀北さんが買うわけにはいかないからね。僕が代わりに買ってくるよ」
「なんであなたが?」
堀北さんの疑問を適当にはぐらかし、僕はコンドームをかごの中に放り込んだ。そのあと見つけたカップ麵に僕の目は釘付けになった。迷わずそれを手に取ると、かごに放り込む。
「ちょっと待って、あなた、それを買うつもり?」
「え?うん。ダメかな、Gカップ麺」
「G……?」
堀北さんが眉根を寄せる。余談だけど、堀北さんは貧乳でもなければ巨乳でもない、普通の胸の大きさだと思う。
「……いいんじゃないかしら。あなたがそれでいいと思うなら……。それより早く会計を済ませて頂戴」
僕は堀北さんに急かされつつ、他の商品を探していく。
「これは……髭剃り?あー……堀北さん、流石に髭は生えないよね?ってことはいらないか」
「一体、私に何を剃れと?」
「あ、そう……」
僕は適当に相槌を打ちながら、その商品を棚に戻すと、もう少しだけ店内をうろつくことにした。
「この洗顔料とかいいんじゃない?あ、でもだめか。洗顔料って普通女性が使うものだしね」
「あなたは何を言ってるの?」
僕の言動に堀北さんは少し苛立ち始めたようだ。ちょっとからかい過ぎたかな?僕は適当に謝ると、会話はぱったりと止まってしまう。女の子と二人でコンビニの中で買い物をするって、もっと楽しいものだと思っていたけれど、現実はそう甘くないらしい。
「ねえ。これって、どういう事なんだろうね?」
話題を変えようと店内を見渡しながら模索していると、ふとある一角が目に留まる。コンビニの隅に置かれた一部の食料品や生活用品。一見他のものと同じに見えるが大きく異なる点が1つだけあった。
「無料って書いてあるわね。どういうことなの?」
「僕もわかんない……」
食料品や生活用品が陳列されたエリアの一部分に、『一カ月三点まで』と但し書きが添えられ、明らかに周りから浮いた異質さを放っていた。
「無料って……どうして?」
「ポイントを使いすぎた人への救済措置、かしら……」
堀北さんも同じようにその異質さに興味を引かれたようで、商品を眺めている。僕も同じように他の商品を手に取ったりして色々と試行錯誤してみる。でも残念ながら結局答えは分からないままだった。
「無料のことは気になるけれど……ここで考えていても仕方ないわね」
それもそうだと頷く僕は堀北さんとともに買い物を済ませる。そしてそれをレジに持っていくと、学生証の提示を求められたのでレジの機械に通すと、画面にはスキャンした商品の合計ポイントが表示された。小銭の受け渡しもないので作業は円滑に進み、ものの数秒で会計が終了してしまった。
堀北さんは手に持っていたポイントの書かれた紙をしばらく見つめ、それから無造作にポケットに突っ込んだ。僕は少し気になって聞いてみることにした。
「ポイント、ちゃんと見た?」
「ええ。見なくても覚えられるから」
そう言ってのける堀北さんは、少し得意げだ。でも確かに、堀北さんがそう断言できるだけのことはあるかもしれないと思った。僕も最初はそう思ったけれど、流石にもう覚えてしまったので見る必要はないだろう。
「さて……それじゃあ帰りましょうか」
「そうだね」
これでやっと堀北さんの不思議な行動も終わりか、と僕は少し安堵する。
「ところであなたは、これからどうするの?」
「え?いや、帰るけど……?っていうか、そのためだけに付き合ったの?コンビニまで?」
「そうよ。だって、こうでもしないとあなたと一緒に帰る機会なんてないじゃない」
そんなさも当然とばかりに言われても……。
「……まあ、僕は別に構わないけど……」
「ならいいじゃない」
そう言って堀北さんも少し嬉しそうに見える。そんな姿を見てしまうと僕としても断るのが忍びないというかなんというか。結局そのまま一緒に寮へと戻ることになったのだけれど、その道すがらも堀北さんは僕に色々と質問をしてくるのだった。
「ねえ。あなたはどうして誰ともグループを組もうとしないのかしら」
「僕って協調性ないからさ。いつも一人で行動してるよね、なんてよく言われるよ」
僕がそう言うと堀北さんは少し不満そうに言った。
「私は今あなたと行動を共にしているわ」
「え……まあそうなんだけど……でもほら、それも成り行きっていうかなんていうか……」
そんな僕の返答に堀北さんが眉を寄せる。また機嫌を損ねてしまっただろうか?そしてしばらく沈黙した後で呟いた言葉は意外なものだった。
「……私がいるから?」
僕は少し驚きつつも苦笑いして答える。
「そういうことになるのかなぁ。確かに、堀北さんと一緒なら一人ぼっちってわけじゃないしね」
「つまりあなたは、私がいれば今後は困っている時に助けてもらえるし、損はしないと考えているってこと?」
「え……?いや……別にそういうわけじゃ……」
鋭い指摘に思わず動揺する僕を見て、堀北さんは不機嫌そうに溜息を吐いた。
「……まあいいわ。あなたのことは隣人として信用しているから」
何とも辛辣な評価だったけれど事実なので仕方ない。結局僕は、堀北さんが満足するまで質問攻めにされ、寮に帰りついた頃には既にヘトヘトだった。
「じゃあ私は部屋に戻るから」
そう言って自分の部屋の鍵を開ける堀北さん。そして中に入った後、思い出したようにこちらを振り向いた。
「そうだ……言い忘れてたけれど……」
「なに?」
「今日はありがとう。その……少し楽しかったわ」
そう言い残し、今度こそ部屋に入っていく堀北さん。僕はそんな後ろ姿を見送りながら一人呟く。
「……ちょっとくらい、仲良くなれたかな?」