堀北さんを部屋まで送った後、僕は一人で自分の部屋に向かって歩き出した。途中、ポケットの中で軽く振動する感触がして、携帯に通知が届いたことに気づく。
「今日は本当にありがとう」
堀北さんからの短いメッセージ。簡潔ながら温かみのあるその言葉に、思わず目元が緩む。
「こちらこそありがとう。またね」
すぐに返信すると、間を置かずに既読がつき、さらにすぐ返信が返ってきた。
「ええ、また明日学校でね」
その文面を読んで、携帯をポケットにしまう。自然と吐息が漏れたあと、無意識に部屋への足取りが早くなる。
自室に戻り、一息つくこともなく、管理人さんから受け取った寮生活のルールが記載されたマニュアルを手に取る。
ゴミ出しの日や時間、騒音への配慮、水の使い過ぎや電気の節約など、細々とした注意事項がびっしり並んでいる。
「電気代やガス代には特に制限なし……か。ん?男女共用の寮である性質上、高校生らしい節度を持った生活を送ってください……」
一通り目を通しながらつぶやく。小さな八畳ほどのワンルームには、ベッドに簡素な机、テレビなどがコンパクトに配置されている。
「節度のある生活ね……」
そう呟いて周囲を見渡し、マニュアルを閉じる。そしてベッドに腰かけ、ぼんやりと天井を仰いだ。
「……これからどうするかな」
心の中の迷いがそのまま言葉となり漏れ出た。学校の寮と言えども、今日からこの場所が自分の新しい生活の場になる。それでも実感は薄く、まだどことなく虚空を漂っているような気分だ。
この学校を選んだ理由は明確だ。全寮制で衣食住が揃い、おまけに給料も支給されるという破格の条件だった。両親が海外赴任することになったため、卒業までの間、自分は一人暮らしを選んだ。その選択肢としては最適解だったのだ。3年間ここで頑張れば、帰国後は両親への負担も大きく軽減できるだろうと思った。
けれど、自覚がある。自分には根気や強い精神力が欠けている。3年という期限を決めて臨んだものの、本当にやり遂げられるのか。1年と持たずにリタイアしてしまうのではないかという不安が頭をよぎる。
「いや……そんな弱気でどうする」
弱音を吐いてどうなる。今大切なのは未来を悲観することじゃなく、少しでも良い学校生活に向けて努力することだろう。自分を鼓舞するようにつぶやきながら決意を胸に刻む。
整えられたベッドに体を投げ出し、大きく一息ついた。目を閉じると、それまで気づかなかった疲労がどっと押し寄せてくる。
気付けば、そのまま深い眠りへと落ちていた。新しい生活の始まりは、とても静かで、とても穏やかだった。